古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第939話

 何だ、この無礼極まりない男は?

 

 

 

 礼儀を弁えて敵国認定ではあるが貴族的な礼節に則って挨拶をした。これでも大陸一の大国、エムデン王国の主席参謀だと名乗った。だが、この男は自分を一瞥しただけだ。

 

 薄汚れてはいるが、仕立ての良い貴族服を着ている。馴染んでいるので普段から着慣れていると思っても良い。滲み出る尊大さは、バーリンゲン王国の貴族特有のものだ。

 

 後ろに控える連中も同じ様な恰好だが、この男より若干安価な感じがする。これは貴族では有るが、下級貴族で三男以降の連中と良く似ている。後継者の予備にもなれない教育の行き届いてない連中。服もお下がりか安めの物を宛がわれる。

 

 

 

 基本的に我が国はバーリンゲン王国というかクーデターを起こした新政権とは敵対関係、亡命などの受け入れには応じない。今も城門の前で足止めをして事情を聞き出しているのだが……

 

 何故、貴様は偉そうなのだ?クーデターの件は中央の馬鹿貴族の仕出かした事で地方貴族の自分達は関係無い?証拠も無く、リーンハルト卿の世話をしたので好待遇で持て成せ?

 

 仮に敵対はしてないとしても、宗主国の主席参謀に対して属国の地方貴族が取って良い態度じゃないだろう。自分の後ろの警備兵達も、リーンハルト卿を蔑ろにする言動に殺意が滲んでいる。

 

 

 

 武官でない自分も感じる程の殺気、これを受けても平然と傲慢に振舞えるとは特上の馬鹿野郎だな。

 

 

 

「どうしました?早く街の中に入れて下さい。街でのんびりと警護の任に就いている貴方方と違って疲れているのですよ。バーレイ伯爵の恩人たる私達を蔑ろにして良いと?彼に言いつけますよ」

 

 

 

 恩人?アレに恩を売れる程の事が出来るだと?ははは、妄想もそこ迄いくと感動に似ている不思議な感情が湧いて来る。勿論、マイナス方面にだが。

 

 不遜な男と他に後から追い付いて来た連中を含めて八人が。全員が此方を見下している。ふふふ、自分も武官ではないが殺意が湧いて来た。

 

 バーレイ伯爵に対する感情は特別で一言で言い表せない位に複雑だ。決して尊敬も憧れもなく、かといって嫉妬も無い。近い感情は畏怖だろうか?主に周囲の女性陣に植え付けられたトラウマが……

 

 

 

「貴様等は……」

 

 

 

「お前達の戯言など聞かぬ。あの独断専行ばかりするゴーレムマスターが、お前達の助力を必要とする訳が無いだろう」

 

 

 

 言葉を被せられたが、相手がバニシード公爵では仕方無く飲み込むしかない。自分も所謂、啖呵とか引導とか渡す台詞を言いたかったのだが良い所を取られて不満が募る。

 

 貴方のそういう所が信望を損ねていると小一時間説教をしたい。まぁ無理だし聞いてはくれないと思いますが、一応心の中で何度も言います。空気を読んで下さい!

 

 突然現れた偉そうな中年貴族に対して、無礼な男は一瞬怯んだが公爵本人だとは気付いていないのだろう。上級貴族とは思っているだろうが、此処の責任者だろう位の判断だろうか?

 

 

 

 面白いですね。公爵本人様の手腕を見せて下さい。数歩下がって様子見させて頂きますね。後ろの警備兵達の近くまで下がると、彼等の怒りの度合いが分かる。これは相当な怒りを抱いている。

 

 未だ少年と言って良い年齢ですが、数々の戦場での功績は素晴らしい。ハイゼルン砦の攻略、デスバレーでのドラゴン討伐、バーリンゲン王国内の反乱分子の殲滅、他にも数々の王命を殆ど理想に近い結果を出している。

 

 大規模灌漑工事も二回も終えているし、まぁ使い勝手の良過ぎる出来過ぎな男なのは認めるしかない。近衛騎士団や聖騎士団に信奉者も多く、王宮勤めの女官や侍女達も殆ど味方と言って良い。

 

 

 

 アレに勝てるとも思えないし、恩を売れるなど笑い話でしかない。お前程度が偉そうに奴の恩人だから厚遇しろは無理筋だぞ。名前を騙っていると確信されている。

 

 

 

「突然現れて大層な物言いですね。貴殿はバーレイ伯爵よりも偉いのですか?」

 

 

 

 相当不機嫌になったぞ。薄っぺらい自尊心が傷付けられたからか?面白くなってきたな。警備兵達も単純な怒りから様子見に雰囲気が変わりましたね。

 

 

 

「まぁ偉いな。俺はエムデン王国でも上から数えた方が偉いぞ」

 

 

 

「ははは、宮廷魔術師第二席。エムデン王国の英雄殿よりも偉いと?笑えない冗談ですね」

 

 

 

 うわぁ、事実を知らないから言える台詞だな。主席参謀の自分でさえ、落ちぶれ始めているとは言え公爵本人には言えない。それを元属国の現敵国の地方貴族の子息がだぞ。

 

 妙にスカした態度もそうだが、謎の自信というか俺の方が偉い感の上から目線の態度が気に入らない。何故、彼等は我々エムデン王国に対して尊大になれるのだ?

 

 ただ隣国でしかない小国なのに、それ程の優越感を感じられるのだろうか?精神がおかしいんじゃないか?又は我等とは思考方法が違うとか?お国柄だけでは説明がつかない。

 

 

 

 今も羽虫を追い払うみたいに手を振り払ったが、もし自分が同じ事をやったらその場で殴り倒されても文句は言えないぞ。この勇者(馬鹿)は凄いな。

 

 

 

「ああ、俺の方が偉いぞ」

 

 

 

 貴方も左手を顎の下に添えて言い放ったけど、それはそれで似合わないですね。そんな謎の仕草で対抗しなくても良いと思う。

 

 後ろを振り返り、自分や警備兵達の顔を見た方が良いと思います。いや、今の顔を見られたら不敬案件で処罰対象になりそうなので振り返らなくて良いです。

 

 面白い見世物を見る為に場所を移動して横から見れる位置に動いたのは良い判断だった。双方の仕草や表情が確認出来るので楽しく思う。これが愉悦って感情か?

 

 

 

「なっ?」

 

 

 

 中年のドヤ顔に需要など皆無だが、事実国王の下に公爵四家が有る。その末席でも臣下の中では両手で足りる順位なのは間違いは無いですね。

 

 他の公爵三人と宮廷魔術師筆頭殿と次席殿の次くらいか?宮廷魔術師第二席は侯爵待遇、役職では下だが爵位で言えば上なので間違いでは無い。

 

 警備兵達も、その辺の爵位の件は分かっているので反発は無いが、大人気ないと思われていますよ。あの無礼者の驚いた顔を見れたので良しとしますか。

 

 

 

「俺はエムデン王国でも四家しか居ない公爵家の当主、お前等如きの嘘吐きの妄言など通用すると思うな。奴はお前達を殲滅する為に動いてるのだぞ。何が恩人だ!コイツ等を捕まえて尋問しろ。虚偽は許さず真実を吐かせろ」

 

 

 

 バニシード公爵の命令を聞いて、笑いたくても笑えず微妙な表情をしていた警備兵達が無礼者共に襲い掛かる。僅か数名に対して二十人近くが群がって取り押さえている。

 

 逃げ出そうとした連中は矢倉から弓兵の狙撃に合い足や腕を撃ち抜かれて、倒れて悶絶している所を捕縛された。遠慮も手加減も無い、バニシード公爵との掛け合い漫才で少しは怒りが収まったと思ったが違うらしい。

 

 まぁ少しは安心しても良い。我が国では罪人に対しても一定の配慮はする。拷問も素直に真実を吐けばされないだろう。しかし『我等が英雄の名を騙る罪人め!』は恐ろしい。

 

 

 

 バーレイ伯爵と政争であっても敵対すれば、武官や軍属連中は今みたいな感情を露わにして襲い掛かってくるのか?もしかしなくとも、自分って結構危ない橋を命綱も無く渡っていたのか?

 

 

 

「ご苦労様でした。流石ですね」

 

 

 

 ドヤ顔を続けて腕を組み捕縛劇を見ている、バニシード公爵に労いの声を掛ける。貴方は他の連中からは敬遠されているので、話し掛ける相手は自分位しか居ないので接待を込めて話し相手になっているのです。

 

 

 

「ふん。嘘だと分かり切ってる無法者の相手をする時間が惜しかったのだ。嘘吐き連中だから、適当な名前を騙っただけだろうよ。全く時間の無駄だったな。アレがお前等に恩義など感じるものか!気に入らなければ即殺する奴だぞ」

 

 

 

 その割には凄く楽しそうでしたが?あと即殺って?即刻殺す?即時殺す?新しい言葉ですか?貴方も苦労していますね?その殆どは自業自得と思います。自分も反面教師としての貴殿を好ましく思います。

 

 

 

 まぁ後日、報告書を読めば本当に、バーレイ伯爵と接触していた事は事実だった。だが真実は『貴族でありながら野盗に捕らえられていた所を助けられた』だったらしいが、その後、放置されたのが気に食わなかったらしい。

 

 助けられて武器まで貰って、任務中だから任務を優先しようとしたら『助けたならば最後まで面倒を見るのが義務?』らしいが、貴族ならば自分でなんとかするのが本来の姿では?何故、助けたのに補償や謝罪に賠償が必要なのだ?

 

 本来の恩人は奴なのに、それを自分の情けない立場とすり替えて恩人と偽っていたのだとか。恩を仇で返す典型的な屑。コレがバーリンゲン王国の連中の真実の姿なのか……分かってはいたが酷すぎて笑えない。

 

 

 

 また続々と同じ様な妄言を吐き散らかす連中が大挙して来るとは、胃が痛くなる話だな。エルフ族がヤラかした国土森林化計画は、この害虫の様な民族の殲滅という意味では大正解なのだろう。

 

 正直に関わりたくないが放置も出来ない。にっちもさっちもいかないとは、この事か?自分の権限の及ぶ範囲で増援を呼んだ方が良いな。予想外の対応にも対処出来る手立ては用意しよう。

 

 参謀仲間の実家の私兵も集めるか。フルフの街の防衛線を越えられてエムデン王国内に入れる事は許さない。ここが踏ん張り処、カシンチ族連合が来る前に出来るだけの事は準備しよう。

 

 

 

 俺にも主席参謀としての意地が有るので、無能とは言わせない。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 数日振りのケルトウッドの森への訪問。もう普通に挨拶だけで警戒されずに里の中に入れるって、エルフ族の連中も大分人間に慣れてきたのだろうか?人間と言うか僕に慣れたのか?

 

 相変わらずエルフの里の中は精霊達が存在し易いのか、飛魚(ひぎょ)や空鼬(からいたち)が現れて纏わりついてくる。飛魚は尻を突き、空鼬は身に纏う風で髪の毛を崩してくる。

 

 一応髪型にも気を遣っているので、頭上で小さな竜巻を起こしてヘアースタイルを変えるのは止めて貰って良いですか?そんな髪を逆立てる前衛的なのは拒否します。

 

 

 

 時代に先駆けたヘアースタイル?いえいえ、僕はこう見えて保守的なのです。万人に理解し難い難解さとか奇抜さとか過激さとかは無用で却下なのです。

 

 

 

「リーンハルト、帰って来たのか」

 

 

 

 里に入って直ぐに、レティシアが駆け寄ってきたのは感知魔法か何かで行動を把握されているのか?少し不機嫌なのは何も言わずに飛び出したからだろう。まぁ放置しましたから、拗ねるよね?

 

 王命優先、クロレス殿との交渉優先。自分に何も言わずに里を飛び出して任務に行けば、一言くらい言ってから出掛けろって言いそうだし。でもあの場合は一刻を争っていたので許して下さい。

 

 目の前に来た彼女に笑顔を向ける。すると少しだけ不機嫌さが弱まっただろうか?本来のエルフ族とは感情が希薄と思われていたが、実際はそうではないのかもしれないね。

 

 

 

「ええ、クロレス殿に中間報告と、レティシア達に何も言わずに出発してしまいましたからね」

 

 

 

「本当に仕事を優先するとは、つれない男だな。クロレス殿がフォローしてくれたが、奴とは随分と仲が良くなってないか?」

 

 

 

 え?そっちの方が不機嫌の原因なの?同性との友好関係まで不機嫌の対象になるとは、少し困ったな。所属する里が違うから?前もドワーフ族のヴァン殿との交流の件で揉めたんだよな。

 

 あの時は模擬戦の期間を二年短縮で済んだが、今回はどうなるのか分からない。だが他の2人が来てくれた事で不機嫌だった事は有耶無耶になり、そのままクロレス殿の屋敷に一緒に行く事になった。

 

 ディース殿が苦笑しながら、僕を見ていた事を考えれば気を遣って誤魔化してくれたのだろう。実は三人の中で一番常識が有るのは、彼女ではないだろうか?そう思ってしまうな。

 

 

 

 三度目の訪問かな?前回と同じ応接室に通されて、前回と違い葉っぱが複雑に絡み合ってコップの形をした容器じゃなくて透明な硝子の空のカップが用意されている。エルフの持て成しの飲み物は凄い効果が有る。今回はどんな飲み物だろうか?

 

 前々回は蜂蜜水みたいに甘かった。前回は柑橘系の酸味を感じて、今回は……透明なガラスの器に何かの葉を小さく包んた球形の物を入れて湯を注ぎ始めた。

 

 そのまま少し待つと中に入れた球形の物が徐々に開いてきて、最終的にはガラスの器の中で花が咲いた。何を言っているのか分からないかも知れないが、確かに花が咲いた。

 

 

 

「驚きましたか?これは工芸茶と言ってですね。茶葉を揉んで紐状に伸ばし糸で束ねた中に食用花を仕込んだものです」

 

 

 

 ああ、成る程ね。束ねた茶葉が開いて、その中にバラの花びらが包んであるのか。糸で束ねて任意の形に広がる様に矯正している。初めて見たが理屈は分かる。

 

 普通の茶葉と花びらの両方の味が混ざってしまうが、その混ざり具合も調合の楽しみの一つなのだろう。始めて見る飲み物を芸術の域にまで押し上げた作品、そうこれは作品だよ。

 

 見ているだけでワクワクが止まらない。クギューも野草茶を好んでいたが味と効能重視だった。これは、それに視覚的にも楽しめる様にされている。これは貴族社会で流行るんじゃないか?

 

 

 

「見事なものですね。これ一つでガラスの器の中に世界が出来上がっていますね。飲むのが勿体無い」

 

 

 

「本来はポットの中で花を咲かせて眺めて楽しんでから、カップに注いで味を楽しむのです。ケルトウッドの森の特産品ですかね?同族間での贈答用にしています。自慢のネタとしてですね」

 

 

 

 贈答用か。ならば人間社会で広がらないのも理解出来る。僅かな可能性として、エルフ族と古の盟約を結ぶニーレンス公爵が手に入れられるかどうかだろう。

 

 普通のエルフ族は人間に贈り物などしないだろうし、僕が飲ませて貰えるのも特別扱いだろうな。本当にクロレス殿には感謝しかないが、僕の興奮を他所に女性陣は普通に飲み始めた。

 

 もう少し見て楽しんでも良くない?飲み頃なのは分かるけど、中々お目に掛かれない逸品だと思います。今迄の疲れが薄れて行く気分だ……

 

 

 

「気に入って貰えたのは嬉しいですね。少し融通しましょうか?」

 

 

 

「有難う御座います。家族にも飲ませたいので嬉しいです」

 

 

 

 良い土産が出来たぞ。こういう雅な物を好む知り合いも多いし、贈答用という事は間違いないだろうね。

 

 

 

 


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