古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

946 / 999
第940話

 クロレス殿の応接室に、レティシア達と集まり報告と今後の行動の調整を行う。取り敢えず、カシンチ族連合の移動の件と魔牛族の里の件に妖狼族が応援に向かっている事。

 

 それと古老達の植物ゴーレムと遭遇し、何となく会話を理解してそうな事で遠隔操作をしているのでは?と疑問を投げかけてみたが、肯定ととれる苦笑をした。

 

 敢えて言わないが態度で教えるという事なのだろう。もしかしたら、エルフ族の秘儀に関する事なのかも知れない。だから、これ以上はそういうモノと思って聞かない。

 

 

 

 二杯目の工芸茶を楽しむ。今回の食用花はマリーゴールドで、大輪の花がガラスのカップの中で徐々に開いていく演出は素晴らしいの一言。

 

 

 

「リーンハルト殿は工芸茶が気に入ったみたいですね。花と蕾の部分と葉の部分の重さが違うのでカップの中でバランス良く立たせる事が難しいのですよ」

 

 

 

「ああ、成る程。そうですね。最初は蕾の中に納まっていた花びらが開けば蕾の中は空洞になり軽くなりますよね。蕾が上を向いては葉とのバランスが悪くなるのか……」

 

 

 

 凄いな。良く考えられている。これは工芸茶じゃなくて芸術茶と呼ぶべきじゃないかな?飲み干すまでの僅かな時間でしか楽しめないが、この風流さは芸術と呼んでも構わない筈だ。

 

 

 

 工芸と芸術、その差ってなんだろう?

 

 

 

 工芸とは実用を伴う装飾を施した物という意味では、茶葉に装飾を施した加工品という意味でなら理解は出来る。

 

 芸術とは一定の素材・様式を使って美的表現を高めたものだと思う。そこに乗じる差は実用って事か?では美術は?

 

 美術とは美の表現を目的とする芸術を指していると思う。これは自分の中での区分だから実際は違うという者もいるだろうし、それは否定しない。異論も認める。

 

 

 

 絵画一つとっても写実的とか抽象的とか美の表現は多種多様、その人の感性の表現方法だろうな。モリエスティ侯爵夫人のサロンに所属する芸術家達を思い浮かべれば何となく飲み込めた。

 

 初期の頃しか絡みは無かったが、彼等は芸術活動を続けているのだろうか?モリエスティ侯爵夫人のサロンを訪れても、殆ど会わないんだよな。

 

 まぁ訪問の目的が殆ど愚痴を聞くだけだから、弱みを見せたがらない彼女が洗脳の支配下に置いていない連中を同席させないって意味も有るのだが……

 

 

 

「そんなに難しく考えなくても良いですよ。工芸茶と呼ぶのは飲むと言う実用を伴うからであり、深くは考えていなかったからです」

 

 

 

「我々の工芸品と同じ感覚ですね」

 

 

 

 流石は自然と共に生きる種族という事か。僕は錬金以外に趣味が無いつまらない男だが、この工芸茶を少し嗜んでみよう。

 

 創意工夫は錬金の基本でも有るし、茶葉は貴族の趣味としても推奨されている。手探りで何かを始める事の楽しみを忘れていた。

 

 錬金だって最初はトライ&エラーの繰り返しだった筈だ。初心に帰るのとは少し意味が違うかも知れないが、楽しくなってきたぞ。

 

 

 

 今回の件が一段落して落ち着いたら、本格的に初めてみよう。

 

 

 

「ふむ、工芸茶は未だ歴史が浅く我が里以外では余り広がっていません。ですが工芸茶を志す仲間が出来るのは大歓迎ですよ。そうですね、何か教材的なものが……」

 

 

 

「リーンハルト?仲間を増やすのか?お前の仲間は私だろ?その私に許可も無く仲間を増やすのは、どうなんだ?」

 

 

 

 え?僕の仲間って、レティシアの許可制なの?それともエルフ族限定で許可制なの?

 

 

 

 レティシアを落ち着かせるのに相応の時間と幾つかの条件を飲まされた。クロレス殿達のニヤニヤした顔が憎らしい。エルフ族って感情を表すのを良しとしない種族じゃなかったですかね?

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 気持ちを切り替えて、打合せの続きを始める。因みに三杯目の工芸茶の食用花はバラだった。薄い桃色のバラが大輪の花を咲かせている。どれ程の種類が有るのだろうか?

 

 先ずは食用花から調べて、それに合う茶葉の選定を行う。その後に一番難しい造形だな。トライ&エラー、久し振りに熱くなってきた。未知のモノに挑む探求心を久し振りに味わえるだろう。

 

 味も素晴らしい。エルフ謹製の謎の効果の有る飲み物も良いけれど、こういう理解が及ぶ飲み物も良いな。戦後の楽しみが一つ増えたよ。

 

 

 

「さて、魔牛族の移住の件は問題無さそうですね。リーンハルト殿は、この後で聖樹を使用して王都に戻るのですね?」

 

 

 

「はい。可能であるならば、聖樹の力をお借りしたいです。王都にて報告を行い、その後はフルフの街に行ってカシンチ族連合の受け入れ準備を行う予定です」

 

 

 

 クロレス殿が予定の話を振ってくれたので、聖樹の力を借りて先に王都に戻り色々と下準備(仕込みと根回し)を行いたい。その後に、フルフの街で受け入れ準備を行う。

 

 受け入れ準備の為の仕込みと根回し、要は命令系統と区分の明確化を王命として出して欲しい。先にバニシード公爵が行っている筈だから、先任が公爵本人とか色々と面倒なんだ。

 

 命令系統に組み込まれたら面倒臭いので、正式に分けて欲しい。その仕込みの為に、アウレール王の承認と王命という命令書が欲しい。

 

 

 

 あと大使館の建設準備とか、今の住人の移転先とか……ああ、そうだった。あの街の住人の移動の件を忘れてたけど、バニシード公爵に丸投げで良いかな。

 

 

 

「成る程、根回しですね。私も今回の件で根回しの重要性を感じました。確かに出来レースっぽくてアレですが、意見を押し通すには必要ですね」

 

 

 

 古老達の我儘の件を思い出しているのだろうか?物凄く嫌そうな顔をして胃の当たりを押さえた。まぁ自分達の土地を好き勝手されては堪らないから理解出来る。

 

 しかも古老達という複数の上位者の要望に対して、何とか自分の意見を通そうとすれば嫌な事も多かっただろう。この件については、自分も当事者の一人として思い知らされた。

 

 苦労して調整した下話と違う事を平然とされると、本当にもう何と言って良いか。怒りと呆れと諦めとか色々と複雑な感情が交じり合って言葉に出来ない。

 

 

 

「まぁ人間は約束を守る為に色々と決め事をしていますので、前準備は必要なのです。会議で出す議題の殆どは事前に決まっていて、その確認が理想ですね」

 

 

 

「そうですね。小賢しいとか言う者も居ますが、当事者にとっては死活問題です。余計な事を仕出かしてくれた連中の事など……」

 

 

 

 出るわ、出るわ。クロレス殿が愚痴を言い始めたが止まらない。一つの森の代表とは言え、古老達は結構な上位者なのだろう。これも中間管理職の悲哀だろうか?

 

 組織人としての苦労はエルフ族も人間も変わらないのだろう。そんな些細な共通点を見付けられて少し嬉しくなった。種族の違いが決定的な違いではないって事だね。

 

 レティシア達というか、ファティ殿がクロレス殿の愚痴に居たたまれなくなったのか、隙を見て席を外したよ。流石に悪いと思ったのだろう。

 

 

 

 この辺は古老達と違い好感を感じる。愚痴って吐き出すと楽になるらしいので、聞き役に徹すれば問題は無い。モリエスティ侯爵夫人の件で理解している。

 

 

 

「と、言う訳で古老達に意見を通せる様になりました。あの老害達も他の連中の意見が纏まっていればゴリ押しはし辛い。各個撃破が出来ないですからね」

 

 

 

 各個撃破って?個別に説得じゃなくてですか?まぁ幾ら上位者でも下が総反対すれば、諦めるか妥協をしますからね。

 

 それでも意見をゴリ押し出来るのは集団のトップ。つまり王とか、それに準ずる者達位でしょう。それでも支配力が弱ければ、後々離反とかの火種を産む事になる。

 

 少しでも知恵が働く者ならば、そんな危険な事は出来ないだろう。それを行うのは『独裁者』だろうね。まぁ正当性が有って大多数が賛成するならば……

 

 

 

 ケースバイケース、今回は自分の趣味をゴリ押ししようとして、ケルトウッドの森のエルフ達に迷惑を掛けようとしたのだから。

 

 

 

「聖樹を使用するのは構いませんよ。我々がフルフの街に行くのは……そうですね。一年後位でしょうか」

 

 

 

 腕を組んで少し考え込んでから出した期間は、1年後位か……位と付けたのは相応の前後期間が有ると考えてよい。最短八か月、最長は数年位だろうか?

 

 長寿種故の時間のスパンが長い事は今回は当て嵌まらないと考えた方が良いのだが、最初はバーリンゲン王国と呼ばれた土地が森に覆われてからフルフの街に来ると思っていた。

 

 その前提では一年後位は微妙に当て嵌まらない。フルフの街の住人の追い出しという移動は間に合うと思うが、滞在中に押し寄せて来る難民達の対処を見せる事は問題視されるか?

 

 

 

 あの騒がしい連中が森に押し出される様に迫って来る。森の浸食スピードは当初の予想では、ざっくりと一年で10kmから15km位の距離を浸食すると想定していた。

 

 バーリンゲン王国の国土は全体でも16,000平方キロメートル、長辺の長さは約200km。ケルトウッドの森は中心部分に有るので、フルフの街まで森が近付くのは六年~十年後位か?

 

 まぁ幅は有るが前例の無い事だからね。想定が甘いとしても一年後だと未だ連中の王都手前位に森が押し寄せてくる感じかな?危機感を感じた連中が大騒ぎするのが半年から一年後だろうか?

 

 

 

「一年後位ですか?一年か、バーリンゲン王国の連中が漸く気付いて騒ぎ出す頃ですね。いや、もう少し早いかな?」

 

 

 

 古老達の植物ゴーレムの件で、エルフ族が何かし始めた事は国中に広まっている筈だ。そしてカシンチ族連合の大移動、少し頭の働く連中ならはエムデン王国に擦り寄って来る。

 

 

 

「アレの事はどうでも良いです。森の浸食とは別に早めに乗り込んで周辺の環境を整えたいのですよ。コウ川を清流に変える事は我々でも数年は掛かるのでね」

 

 

 

 確かに水量は多い川だが透明度は低い。エルフ達の好むのは清流、つまり源流から徐々に手を加えていかないと駄目って事か。前乗りして作業を行う。

 

 その作業を見させて貰えるならば、大規模な水源の改良とかも可能になるのか?いや、秘儀とか精霊魔法とか見たり知ったりしたらヤバい方法か?

 

 水そのものは国家繫栄に必要不可欠なもの。その水質も重要、水流が多くても濁っていては灌漑用水には使えても飲料水には不向き。ろ過とか必要となる。

 

 

 

「良いですよ。別に秘儀とか精霊魔法とかではない普通の方法ですが、まぁ魔法は使います。リーンハルト殿はフルフの街に居を構えるのならば、見せる機会も多いでしょう」

 

 

 

 思考を読まれるのは本音に対しての回答が直ぐに得られて良いのだが、流石に思考を纏めている最中に答えられると少し困る。だが普通の方法?我々でも可能な?それは凄く気になりますが……

 

 

 

「えっと、流石に常駐は厳しいので大使館を構えての対応になります」

 

 

 

 含み笑いで無回答ですか。まぁアウレール王に相談して、落ち着くまではフルフの街に滞在するのも悪くはない。やはりバニシード公爵の連中との職務の区分は最優先事項だな。

 

 彼等も難民の排除に年単位の常駐が必要となり、僕はエルフ族との折衝とカシンチ族連合の移住先の整備。魔牛族の移住先は……ザスキア公爵に頼るか。彼女ならば悪い様にはならない。

 

 イルメラ達もフルフの街に呼び寄せてもよいな。でも王都に長期間の不在は駄目と言われているから、二ヶ月位で往復すれば?でも移動時間を考えれば一月半滞在の移動半月とか?

 

 

 

 僕が単独移動するなら苦にはならないけど、同行者がいる場合は結構厳しいかな?

 

 

 

「移植する聖樹の力を使えば移動も楽になるでしょう」

 

 

 

 うん。未だ考えを纏めている最中ですので、結論を急がないで下さい。それと確かに数名の同行者を移動させられる事は知っていますが、余り広めては駄目な情報です。

 

 クロレス殿が協力的な事は物凄く嬉しいし有難いのですが、エムデン王国内の調整が正直追い付かないです。アウレール王の御考え次第な部分が多過ぎて、根回しが間に合うかな?

 

 間に合わせるしかないか。確かに移動時間の短縮はメリットが大きいし、今後もエルフ族との付き合い方が多くなるならば有利に働く様に情報を操作すれば……

 

 

 

「聖樹ですが、人間が頻繁に使わせて貰っても大丈夫なのでしょうか?」

 

 

 

「構いませんよ。リーンハルト殿とは長い付き合いになりますので、協力はしましょう」

 

 

 

 長い付き合いですか?ですが人間の僕の寿命を考えると、後六十年位ですが宜しくお願いします。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。