古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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予定予約間違えてしまいました。
申し訳ないです。


第942話

 帰国後、直ぐに王宮に向かったのだが既に情報はいっていたらしくお出迎えの準備は万全だった。報告の前に準備をしたかったのだが、報告書でなく口頭説明になりそうだ。

 

 こういう事は書面で残したかったのだが待てなかったのか待てない事情が発生したのか……時間との勝負みたいな内容だし急かされるのも仕方無しだろうか?

 

 少し気になるのは、ザスキア公爵とリゼルの姿が見えない事だ。腹黒侍女であり腹心のイーリンとセシリアが居るので表情を伺うも焦った様子は無いので、考え過ぎか?

 

 

 

 いや、あの二人がセットで居ないとなれば何かしらの問題の対応をしていると考えた方が無難だよな。

 

 

 

「ザスキア公爵とリゼルの姿が見えないけど、今日は出仕していないのかな?」

 

 

 

 直球で聞いてみる。イーリンとセシリアとロッテは表情を変えない位の事は出来るが、オリビアは腹芸など出来ない。彼女が事情を知っていれば必ず表情か態度に出る。

 

 だが、特に何も反応は無い。つまり彼女は事情を知らされていない。最近は、ミズーリ達と共にザスキア公爵から腹心教育を受けているらしいが……未だ純粋で腹黒くない。

 

 視線をイーリンに向けて無言で問い質すが、フッと微笑みを浮かべただけで何も言わない。悪い類(たぐい)の笑みじゃないので、今は問題じゃないと割り切る。

 

 

 

 どうせ悩んでも何も変わらないのならば、悩むだけ無駄だ。

 

 

 

「リーンハルト様はジンジャークッキーがお好きと聞きましたのでシュペクラティウスという焼き菓子を作ってみました」

 

 

 

 そういって小皿に綺麗に並べられた焼き菓子を用意してくれた。彼女の作る料理は何故か僕好みで美味しい。

 

 

 

「オリビアの手作りだね。美味しそうだ」

 

 

 

 オリビアが新しい御菓子を作ってくれた。確かに僕はイルメラ謹製のジンジャークッキーが大好物だが、そんな情報を教えたかな?

 

 出されたクッキーを手に取れば、流石は食べ物関係に造詣が深い、彼女らしい均整の取れた美しい薄型の円形というポピュラーながらも拘りを感じる造形。

 

 一口齧ればジンジャーの風味だけでなく、カルダモンの香りも感じる。味も絶品、流石は王宮の料理人にも認められる逸材。良い仕事をしている。 

 

 

 

「うん。美味しいね」

 

 

 

 そう言って一枚目を完食し二枚目を手に取り、今度はゆっくりと味わう。イルメラのジンジャークッキーはモア教の教会が信者の子供達に配る為に修道女が良く作る。

 

 本来は贅沢を好む貴族には相応しくないと言う輩も居るが、彼女は僕の好みのモノを頑張って用意してくれる。わざわざ休日にイルメラにレシピを教わりに行く程の……

 

 無言で三枚目、四枚目と食べていたら、専属侍女達が一斉に見詰めている事に気付いて咳払いを一つ。美味しいものは美味しいのですよ。

 

 

 

「そんなに注目されても困るよ。でも流石はオリビア、凄く美味しいよ」

 

 

 

 僕の好みの情報収集ですか?しかし結構な量の個人情報が関係者達に流れていると思う。味方にするにしろ敵対するにしろ、相手の趣味嗜好の把握は重要な事だしね。

 

 

 

「はい、有難う御座います。イルメラさんに教えて貰った甲斐が有りました」

 

 

 

 イルメラ仕込みか。それならば僕の好みの味で間違いは無いのだが、彼女が僕の屋敷にそれなりの頻度で訪ねている事は聞いていた。もしかしなくても胃袋を掴まれている?

 

 

 

「オリビアさんは、リーンハルト様の御屋敷に頻繁に行き過ぎでは?」

 

 

 

「料理を教えて貰いに行く事は知っていますが、未婚の淑女が特定の殿方の御屋敷に入り浸るのは問題ですわ」

 

 

 

 イーリンとセシリアが苦笑しながら意見したけど、確かに外聞的には良くないのだろうか?配下であっても未婚の異性だし、端から見たらNGだろうか?

 

 苦言って訳でもなさそうだし、僕の不在時ばかりだし、問題とまでは言われないか?オリビアの実家にも一応親書で説明しておいた方が良いかな?

 

 オリビアには未だ婚姻話は上がっていないが、この件が結婚の障害になっているとかならば何かしら考えないと駄目だよな。貴族としてより、彼女の幸せの為に。

 

 

 

「ですが、リーンハルト様の不在時ですし、イルメラさんの許可は貰っています」

 

 

 

 うーん、イルメラが許可しているなら断れないな。でもフォローは入れておく事にしよう。専属侍女の間で不仲になるのは困るからね。

 

 

 

「ジゼル様ではなく?」

 

 

 

 思わずといった、ロッテの呟きに対外的には本妻(予定)より使用人の方を優先すれば疑問にも思うのか?その辺の情報は一部には知れ渡っているのだが、ロッテは知らないのかな。

 

 『僕はイルメラを最優先にしていて、彼女の思いにはなるべく応える事にしている。本妻よりも……』

 

 まぁイルメラは無理や無茶な事はしないし、惚れた女性の望みを叶える事は紳士として当然の事。それが自分の中の基準で悪い事と思わなければ尚更だ。

 

 

 

「ああ、イルメラが許可したなら良いんだ。問題は何も無いから構わないよ」

 

 

 

 何故か全員に生暖かい目で見られて、この話題は有耶無耶の内に終わった。何その『どうしようもない殿方ですね』みたいな目は?

 

 惚れた女性の尻に敷かれる事は、悪い事じゃないと思いますが?

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 専属侍女達との下らない会話で気持ちのリフレッシュは一応出来たと思う。迎えに来た近衛騎士団員に謁見室まで案内されると、今回は珍しく僕が最後では無かった。

 

 アウレール王にサリアリス様とザスキア公爵。それと予想と少し違い、リゼルが居た。爵位の関係か、リゼルのみ壁際に立っている。

 

 全員を見回すも、難しい表情ではないので深刻な状況になってはいないと思う。ニーレンス公爵とローラン公爵が不在なのは、リゼルのギフトを知らないからだな。

 

 

 

 つまり今回の話は先に、リゼルが報告した件についてか……

 

 

 

「まぁ立ってないで座れ。リゼルもリーンハルトの隣に座るが良い」

 

 

 

 礼を言ってから、リゼルと並んで座る。丁度先に座っていた三人と向かい合う感じ、アウレール王を中心に右側にサリアリス様で左側にザスキア公爵。

 

 アウレール王が護衛の近衛騎士団員を下がらせたのは、リゼルのギフトの機密保持の為だろう。流石に彼女を前と同じ様な立場に追い込む事はしない出来ない。

 

 それ程までに人の心が読める『人物鑑定』というギフトの扱いは慎重にならざるを得ない。バーリンゲン王国みたいに公然の秘密扱いじゃ駄目なんだよ。

 

 

 

 あの国って本当に愚か過ぎた。彼女の親族を口封じする癖に、その秘密が公然の秘密扱いで同僚達も知っている状況が既におかしい。

 

 

 

「さて、今回の王命も見事に達成だな。ケルトウッドの森のエルフ族との交渉の内容も、リゼルから報告は受けている。カシンチ族連合と魔牛族の件は報告してくれ」

 

 

 

 アウレール王の問いに答える為に、一旦深呼吸して気持ちを落ち着ける。自分でも気付かない内に緊張していたのか鼓動が少し乱れていた。

 

 何度か深呼吸を繰り返して動悸を抑える。ドキドキと少し早かった鼓動が普通と思えるレベルまで下がった。報告の準備が出来なかった事が少しストレスに感じていたのかな?

 

 頭の中で組み立てていた説明用の文章を思い出す。それなりに纏めていたので、しどろもどろにはならないだろう。でも、もう少し準備の時間が欲しかったな。

 

 

 

「先ずは、リゼルと別れてから……」

 

 

 

 ケルトウッドの森のエルフの長である、クロレス殿からの情報。エルフの古老達の予想外の行動により、バーリンゲン王国領の辺境部分が予定よりも早く森に埋まる事になる。

 

 それに伴いカシンチ族連合に早期接触を行い、予想よりも早く氏族を纏めてフルフの街に移動する様に交渉し纏めた事。魔牛族の移住の最終確認と、護衛の妖狼族を手配し合流を確認した事。

 

 予想以上にバーリンゲン王国内の治安が乱れて平民が野盗化し、貴族にまで襲い掛かっている事。フルフの街をケルトウッドの森のエルフ達に引き渡すのが凡そ一年後の事。

 

 

 

「流れとしては、今話した通りです。バーリンゲン王国の崩壊は加速していますので、予想よりも早くエムデン王国側に逃げ延びて来るでしょう」

 

 

 

 説明を終えて用意されていた水差しからコップに水を注ぎ一息に飲み干す。仄かな柑橘系の味と香りが心地良い。二杯目を注ぎ、半分位飲んでから周囲を見渡す。

 

 アウレール王は少し困惑気味で、サリアリス様は顔を顰め、ザスキア公爵は多分だが事前に詳細な情報が行っていたのだろう。落ち着いて扇で掌を軽く叩いている。

 

 横目でリゼルを見れば、報告の最中も思考を読んでいたので口頭報告以外の情報も読み取ったのだろうな。目の間を揉んでいるのは、元所属国家のアレ具合に頭が痛くなったのだろう。

 

 

 

「一年後とは予想よりも早いな。未だ広がっている最中でフルフの街の近く迄は森は迫ってないだろう。あと難民対策が佳境な時期じゃないか?」

 

 

 

「五年前後と予想していたが、相当早いぞ。計画の前倒しが必要なレベルじゃな」

 

 

 

「バニシード公爵主導では、少し不安になるわね」

 

 

 

 アウレール王とサリアリス様が不安を口にして、ザスキア公爵が僕の懸念事項を具体的に言ってくれた。流石に今の僕でも未だ失敗していない現役公爵の仕事に対して不安を口にする事は出来ない。

 

 だが失敗してからのフォローではエルフ族関連にしては遅すぎる。特にバーリンゲン王国の連中が絡むと悪い方の予想外の出来事が多過ぎる。流石に不安材料は減らしたい。

 

 コップに残った水を飲み干し、焦る気持ちを落ち着かせる。此処からが本番、僕の要求を呑んで貰い王命という形の強制権が欲しいんだ。テーブルの下で汗の染みた掌をズボンで拭く。

 

 

 

「落ち着いて下さいまし。大丈夫です」

 

 

 

「ん?ああ、リゼル。大丈夫、僕は落ち着いているよ」

 

 

 

 隣に座る、リゼルが汗ばんだ掌に手を添えてくれたが……流石に国王の御前で手を重ねるのは駄目じゃないかな。見えない筈だが、ザスキア公爵の視線が鋭さを増した気がします。

 

 

 

「大きな問題が幾つかあります。一つ目は一年後、まぁ余裕をみて十ヶ月後までにフルフの街の住民を追い出してエルフ族を迎え入れる準備をする事。これはバニシード公爵にお願いしたいです」

 

 

 

 敢えて、バニシード公爵の名前を出した。これが一番嫌で面倒臭い仕事だと思う。現住人にとっては受け入れがたい要求、彼等はそのまま住み続けて序にエムデン王国の庇護下に置かれたかった筈だ。

 

 いや、当然の権利だと思っているだろう。それを家財道具一式を纏めて出て行けって言われたら、あの連中の事だから宗主国の公爵相手でも間違いなく、謝罪と賠償と補償を要求するだろう。

 

 現政権が反乱軍に破れて政権が引っくり返ったから、厳密に言えば宗主国と属国の関係は解消されている。そんな正論が通用するなら、此処まで困惑していない。

 

 

 

 故に強制退去という強権を発動するしかなく、その一切合切の面倒事はバニシード公爵に押し付けたい。

 

 逃げじゃない、僕もフルフの街に滞在し他にやる事が多いので適材適所で割り振りたいんだ。責任の所在は明確にする事は仕事の基本です。あと仕事の区分もね。

 

 上位者が下位者に押し付けて終わりじゃ駄目です。バニシード公爵は前科が有り過ぎるので、強制権を以って仕事をさせないと配下と周囲が苦労して終わり。

 

 

 

 同僚としてフォローは嫌じゃないけど、尻拭いは嫌です。

 

 

 

「連中を追いだして街の整備と清掃か。確かに残置物とか有ると問題になりそうだが、バニシード公爵にか?まぁ現状の仕事の範疇だから任せても問題はないだろう」

 

 

 

「そうじゃな。アレも少しでも役立つ事を示さなければ厳しい状況じゃし、敢えて手柄を立てさせる意味でも良いじゃろう」

 

 

 

 最低の評価をされている。最近失敗続きだし、聖戦でも派閥の構成貴族達を使い潰していたし当然とは言え憐れみを感じる。

 

 まぁ弱みにつけ込み損害覚悟で突撃させるような奴は嫌いなのも事実。最初から気に入らないと責められていたし、政敵だから国益を損ねない嫌がらせはさせて貰います。

 

 具体的にはフルフの街というかバーリンゲン王国の連中のヘイトと言うか恨み辛みを一身に集めて下さい。

 

 

 

「正式に王命として命令を下さないと、下の者に押し付けて終わりの可能性もない訳じゃないのよね。失敗続きだし、いまいち信用出来ないのよ」

 

 

 

 ザスキア公爵の一言に、アウレール王とサリアリス様が頷いたので目的の一つは達成。残りは仕事の区分の明確化、同じくフルフの街の指揮下には入らないよ。

 

 


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