ベッドで寝ていて目が覚めると聖女が馬乗りになっていた。
──いや、訳が分からない。
混乱する頭を何とか落ち着かせて、今の状況を整理する。
僕は他のスタッフ達に「いい加減仮眠を取れ」と半強制的にデスクから追い出され、それなら部屋に書類を持ち込もうとしたら、マシュから「代わりにやりますので」と没収されたので、仕方がなく大人しく部屋で仮眠を取っていた……はずだ。ここまではいい、うん。
数日間まともに寝ていなかったせいもあって、かなりぐっすりと寝ていたが、急にお腹辺りに重みを感じて目を開けたら聖女──ジャンヌ・ダルクが僕に馬乗りの状態で僕の事を覗き込んでいたのだ。あ、ダメだ。訳が分からない。
「漸くお目覚め?随分とお寝坊さんですね」
「…………あれ、もしかしてジャンヌオルタさん?」
部屋が暗くて服の色を視認出来なかったが、よくよく見れば服が紫ではなく黒だった。あとこの皮肉めいた口調とくれば彼女しかいないだろう。
ジャンヌオルタさんは、僕が誰と勘違いしていたか分かったようで、暗い中でも十分視認出来る程、顔をしかめさせた。
「ちょっと、まさか私をあのお綺麗な聖女様と見間違えたワケ?不快。大変不快です」
「すみません。暗いと色の識別が難しくって……。ところで、あの、そろそろ降りてもらえませんかね?」
現在、上半身を少し浮かせて話している状態なのだが、これがなかなか腹部にくる。これ以上キツイというか体に優しくないので遠慮したい。
ジャンヌオルタさんはたっぷり間を空けてから、ぷいっ、とそっぽを向いて一言。
「イヤよ」
自分の顔が引きつるのを感じる。
なんとも困った。そもそも彼女がこんな行動に出るほどの接点があっただろうか。いまいち働かない頭を無理矢理使って思い出そうと試みる。
*************
それはいつからか、誰かがスタッフとサーヴァントの親睦もある程度深めておこうと、定期的に開かれる交流会という名の飲み会があった。もちろん僕達スタッフは毎回全員参加は出来ないし、サーヴァント側も最初の1回は顔合わせの意味を兼ねているので強制だが、それ以降は自由参加と緩やかなものだった。
その何度目かの交流会の時だったか、強制的に参加された1回目以降、顔を全く見せなかったジャンヌオルタさんが珍しく参加していた。
恐らく自分からこういう集まりに来るのが初めてなのだろう。各々好き勝手にグループで飲んだり、1人でのんびり飲んだりとしているので、どの席に座ればいいか分からず、壁の花になっていた。
つまらなさそうに、気まずそうにしている姿に何だか罪悪感を感じてしまったのと、これが原因でもっと心を閉ざしてしまうのでは、という心配で(あと少し酔ってた)僕はちょうど空いていた隣の椅子を引き、彼女を手招いた。
ジャンヌオルタさんは、まさか見ず知らずの男性スタッフに呼ばれるとは思わなかったのか、驚いた表情をしていたが、困っていたのは事実だったようで、おずおずと僕の隣の席に座った。
それからは、特にお互い何かを喋るわけでもなく、僕は時たまジャンヌオルタさんの様子を横目で見ながら飲み物や食べ物を彼女の方に渡し、ジャンヌオルタさんはそれらをちびちびと口に運んでいた。
そして無事にお開きの時間を迎え、自分の部屋へと帰るために、酔ってふらつく体を何とか動かした。
少し歩くと勢いよく腕を引かれ、驚きながら振り返るとジャンヌオルタさんが慌てた様子で僕の腕を掴んでいた。
「……────。──!──────!」
顔を赤くさせながら何やら言っていたが、生憎と酔いで頭が回らず、何を話しているのかさっぱり分からなかった。
恐らく今回の事へのお礼だろう。それにしては口数が多い気がしないでもないが、彼女はあまり素直な性格じゃないのは、カルデアにいる者なら誰でも知っている。多分お礼の言葉までの前置きが少し長くなったとかそんな感じだろう。
それでも律儀にお礼を言いにわざわざ引き留めてくれる辺りいい子だなと、まるで反抗期の子どもを見ている気分になった。まだボソボソと何かを喋っているジャンヌオルタさんに対し、酔っていた僕はへらへらとした顔で何度も頷きながら「全然いいよ~」と、彼女の頭を撫で回してからそのまま部屋に帰ったのだった。
**************
酔っていた。
もう一度言う。酔っていたのだ。
素面であんな行動出来るわけがない。色んな意味で死んでしまう。
後日、あの場面を目撃していた他のスタッフから、僕があの場から立ち去る時、ジャンヌオルタさんは赤い顔を更に赤くさせ、わなわなと暫く震えていたそうな。完璧に怒りの震えだ、間違いない。
幸いと言うべきか、僕はあの交流会以降、仕事の都合上参加出来ずにいた為、彼女に会う事なく命拾いした。あとは単純にカルデアは異常に広いので偶然会うという事もなかった。
ここまで思い出したらもう間違いない。
ジャンヌオルタさんが、僕の部屋に訪れ馬乗りまでするような用件は、十中八九この件の事だろう。
ひとまず謝ろう。
「すみませんでした」
「…………何よ。やっと私との約束思い出したの?」
「えっ、約束?」
「え?」
「ん?」
お互いにハテナが飛び交う。
いや、約束なんて覚えがない。だって、彼女と話したのはあの日だけで、約束を交わすような話はしなかったはずだ。
ジャンヌオルタさんは片手で頭を押さえて、もう片方の手で僕に向けて待ったのポーズをする。というかいい加減降りて欲しい。
「ちょっと待って。アンタ何に対して私に謝ったのよ?」
「何にって……、別れ間際に頭を撫で回した事ですけど。あと降りてください」
「それに対して別に怒ってないわよ!あと絶対降りない!」
「思い出すまで降りないから!」と、意地を張るその姿は、まるで子どもが駄々を捏ねるソレにしか見えない。
約束を思い出そうにも、自分には全く覚えがないので、変に誤魔化してもややこしい事にしかならないのは目に見えてるので、正直に話した。
「あ、アンタ私の話聞いてなかったの!?あの時頷いてたじゃない!」
「頷いてた……?あっ、もしかして僕を引き留めた時に何か言ってました?あの時、かなり酔っててあまり聞こえてなかったんですよね。てっきりお礼の言葉だけだとばかり……」
あの時の事情を語れば、ジャンヌオルタさんは最初は呆気にとられたような顔をしていたが、だんだんと頬を膨らませ、誰が見ても分かるぐらい拗ねた。
「……人がせっかく、珍しく……、珍しくよ!素直に礼と次も一緒に飲みたいって誘ったのに、覚えてない!?どういう事よ……」
「す、すみません」
「あれから何回交流会に行っても、アンタいないし。独り寂しく飲んで、もう次は行くもんかって思いながら、もしかしたら今度は来てるかもって期待して裏切られて……」
「……すみません」
ジャンヌオルタさんの怒鳴るような声がだんだんと、か細くなっていく。余程楽しみにしていたのだろう。
これは完全に僕が悪い。
記憶にないと言えど約束を破り、相手を待たせ続けるのはいただけない。現にジャンヌオルタさんがこうやって乗り込んでくれなかったら、僕はきっとこれからも彼女との約束を破り続けていただろう。
「ジャンヌオルタさん、本当にすみません」
「……本当よ、反省してんの?」
「はい、深く反省しています。だから、お詫びにジャンヌオルタさんのお願いを1つだけ何でも聞きます。あ、勿論僕の出来る範囲でですよ?」
「何でも?」
「ええ、何でも」
今僕が出来る最大の贖罪はそれしかない。例え理不尽な内容でも出来る限り叶えるつもりでいる。
ジャンヌオルタさんは暫く考え込むように黙る。それからゆっくりとお願いを口にした。
「じゃあ────」
**********
「あれ、珍しい。スバルさんとオルタちゃんが一緒に食べてる」
「そのオルタちゃんってのやめろって、言ったわよね?」
「ああ、リツカちゃん。うん、約束したからね」
ジャンヌオルタさんのお願いは『月1で手作りのご飯をご馳走する』というものだった。1人分だけだと面倒なので、ついでに自分の分も作って一緒に食べる事にしたのだ。
リツカちゃんは「え、何それずっこい」と、言いながらまじまじと料理を見つめ、首を傾げる。
「美味しそうだけど……、今日のメニューにそれ載ってたっけ?」
「これ、スバルの手作りよ」
ジャンヌオルタさんがしれっとした様子で答えると、リツカちゃんはとてつもない衝撃を受けたような顔をして、わなわなと震え出す。
「スバルさんの手作り……だと?それよりスバルさん料理出来たの!?毎日私にお味噌汁作ってください!」
「普段作らないからね。毎日は無理かな」
「私の『その胃袋貰い受ける!ゲイ・ボルク作戦』が……!」と、嘆き始めた。
そのネーミングはいかがなものか。
「じゃあ、私も一緒に食べるー!」
「残念でした。私とスバルの分しか作らせてないから、マスターちゃんの分はありませーん」
「酷い追い討ち!!」
地団駄を踏みながら悔しがるリツカちゃんに苦笑しながら、とりあえず隣の席をすすめる。リツカちゃんは素直に座った。
「また今度作ってあげるね」
その言葉にリツカちゃんはパッと明るい顔になった。
「約束ですよ!ところで、どうして2人でスバルさん手作りご飯食べる事態になったの?」
「えっと、言っても大丈夫?」
「…………好きにすれば」
ジャンヌオルタさんからお許しが出たので、これまでの事をかいつまんで話した。
「なるほどなー。スバルさんでもそういう失敗するんですね」
「ははは……、面目ない」
「それで、オルタちゃんは何で急に交流会に行こうと思ったの?」
リツカちゃんの疑問はもっともだ。僕もそれはずっと気になっていた。
僕とリツカちゃんがジャンヌオルタさんを見つめると、ジャンヌオルタさんは気まずそうな顔をしながら答える。
「それは……予行練習よ」
「予行練習?」
「あの時、私がカルデアを思いっきり満喫する事があの女への嫌がらせになるって気付いたから、アイツにはない友人関係とか作って自慢してやろうと……。それで、手始めに交流会に参加したのよ」
「なるほど……。でも自分から行くのは初めてだったから、どうやって輪に入るか考えてる所を僕が声を掛けたんですね」
なんとも彼女らしくて納得した。
「し、仕方ないでしょ!まだジルがいれば上手く動けたけど、当時まだ召喚されてなかったんだから!」
「そう考えたら、ジャンヌオルタさんはあの時本当に頑張ったんですね」
「慈愛が籠った目で見るんじゃないわよ。……そうよ。頑張ったのに、アンタときたらもう、もう!」
「だから、すみませんって……」
ジャンヌオルタさんは、むすっとした顔で料理を食べていたが、リツカちゃんの方に目を向けると、食べる手を止めて怪訝な顔で彼女を見る。
「何よマスターちゃん、だらしない顔して気持ち悪い」
「いやー、なんか今の会話って、まるで兄妹みたいだよねー」
「ちょっとやめてよ。何でか知らないけど、寒気がするじゃない!」
「そうだね。僕とジャンヌオルタさんは兄妹じゃなくて、友達だからね」
「…………ふんっ」
不機嫌そうな態度をしていても、頬を赤らめて、嬉しさと気恥ずかしさで口をもにょもにょさせる姿に、本人も満更でもないのだなと分かる。
この後、その分かりやすさに、リツカちゃんと一緒に笑ってしまい、それに気付いた彼女を怒らせるのであった。