どうしようもない転生者とダメ男製造マシーン   作:クロエック

1 / 5
第1話

 なのは、はやて、フェイト。

 小学三年生からの付き合いであり、共に死線をくぐり抜け深い友情で繋がった三人。

 

 忙しい仕事の合間を縫って休日前の夜に集まり共に理想を語り合った夜。

 衣服も乱暴に床に脱ぎ捨て広いベッドで三人川の字になって眠り、朝のニュースを聞きながらゆっくりと微睡みから目覚めていく。

 

 自身の契約するタワーマンションの一室。

 そこで自分の両隣にいる友人の存在を感じながら目覚めた高町なのはは、この友情を永遠のものだと思った。

 

「ふぁ~~ぁ。また魔道士犯罪のニュースかぁ……ミッドの治安、はようなんとかせなあかんよなぁ」

「そのためのはやてちゃんの新部隊、でしょ?」

「はよ形に出来たらええんやけどなぁ……」

「大丈夫。はやては頑張ってるよ」

「……あんがとな、ふたりとも」

 

 八神はやては二人の友人に微笑んでから、両の掌を組んで腕を高く頭上に伸ばした。

 

「う~~~ん!」

 

 思い切り伸びをし、朝のニュースで少し憂鬱になりそうになった気分を追い払う。

 理想を形にする事の難しさにもどかしい思いをする毎日だが、自分には頼りになる味方がたくさんいるのだと。そしてその代表でもある二人に、まずはまた今も助けてもらった恩返しをしなくてはと彼女は思った。

 

「ふたりともお腹すいてへん? よかったら朝食つくろ思うんやけど」

「やったぁ。はやてちゃんの朝食だぁ!」

「あはは、そないに喜んでもらえると嬉しいけど昨日の残りに手を加えるだけやしあんま手の込んだ事する気はあらへんよ?」

「そんなこと言って毎回はやてちゃんの作る朝食って美味しいじゃない~」

「そんな思てたん? なのはちゃんのお墨付きが頂けるとは嬉しいわぁ」

 

 笑顔でなのはにそんな返事をしながら、心の中でほくそ笑むはやて。

 口では残り物の有り合わせだと嘯きながら、実はこれは彼女の巧妙な計算であった。

 

 この3人で語り明かす時は基本的になのはの部屋に集まる。

 自分の家ではヴォルケンリッターも交えての賑やかなあつまりになってしまうし……勿論それだって何も悪くないのだが、3人水入らずというのとは少し違う。フェイトの部屋も問題があるので必然的に毎回なのはのマンションで飲み明かしているのだ。(ミッドチルダではアルコールの年齢規制がない)

 

 そしてなのはの部屋の冷蔵庫は基本的に中身は悲惨な状況だということもわかっている。

 はやてには及ばないもののそれなりに料理を含めて家庭的なスキルを持ち合わせているなのはだが、その日常的な振る舞いは家庭的どころかどこの部族からでてきたのかと問い詰めたくなるような生粋の戦士(ウォリアー)であり、また世紀末の過酷な世を日夜戦い続けるブラックな企業戦士でもある。

 

 そんななのはは自身が料理スキルを持つにも関わらず、日々の食事をエナジーゼリーと栄養ブロックとビタミン錠剤、そしてインスタントで済ませることが多いことを友人たちは把握していた。

 

(と言うかそもそもこのマンション寝る以外の目的でちゃんと帰ってるんか?)

 

 何度も来ているが内装や家具が何年も一切変化がない。

 テレビに付属している録画機器などももう型遅れの古いものだし、最初にセットで購入してから一切使っていないのではないかとはやては密かに疑っている。

 

 友人と共に無理はするなと口をすっぱくして毎度飽きもせず言い続け、強制的に定期的な健康診断への連行も行っているので体調に問題がないことはわかっているが……教導隊では仮眠室で寝泊まりしデスクに向かったままカロリーブロックをかじる職場の地縛霊がいるともっぱらの噂らしい。

 

 自分のことを棚に上げてなのはのワーカホリックぶりに呆れるはやて。

 さておきそんななのはルームへお邪魔する際、彼女は毎度抜かり無く買い込んだ食材を持ち込む。

 そうすればなのはの性格的に自分が持ち込んだ食材を腐らせないようにと、少しの間だけ自炊をするだろうと言う計算もあるが、単純に忙しい友人達へ自分の手料理を振る舞いたいという思いもあった。

 

 そして夕食を作る時から、その残りを次の日の朝にどのような朝食に変化させるかまで彼女は計算に入れている。最小限の手間で効率よく味に変化をくわえアクセントになる食材も、きちんと買い揃え持ち込み済みである。

 毎度残りものにちょっと手を加えただけだと言っているが、それはこのたぬきの巧妙な嘘であり全ては計画の内なのである。

 

 そんな自分の生活面までも考えられた計画を張り巡らされているとは露知らず、なのははただ料理自慢の作る美味しい朝食への期待に心を踊らせていた。

 

 ……もうひとりの友人の持つ携帯端末が、その音を立てるまでは。

 

 ポコン。

 

 気の抜けた音とともにショートメッセージを送り合う事のできる通話アプリが周囲に着信をしらせた。

 それを聞いたフェイトが花が咲くような笑顔を浮かべて携帯端末を手に取り、そんな彼女をみるなのはの表情はフェイトとは対象的に一気に不機嫌そうなものへと変わっていく

 両極端な友人を見るはやては引きつった笑いを浮かべて困り顔を浮かべた。

 

 

    昨日なのはの家に泊まるって話だったけど今日は帰ってくるの?

    もしすぐ帰ってくるんなら朝食用意するから教えてくれ。

 

 

 端末へと送られたメッセージを読み終えたフェイトが顔をあげ、そわそわとした様子で口を開いた。

 

「あの……はやて、私の朝食なんだけど……」

「あ~、ええよ気にせんで。はよ帰ってあげーな」

「う、うん……ごめんね」

「ちょっとフェイトちゃん? せっかくはやてちゃんが朝食を作ってくれるって言うのに」

「ストップやなのはちゃん。むしろ引き止めて泊まらせたのはうちらの方やんか。なのはちゃんかてフェイトちゃんの気持ちもわかるやろ?」

「そんなのわかんない」

 

 取り付く島もない、と言う様子のなのはにこりゃあかんとはやては頭を抱えた。

 

「な、なのは……ごめんね?」

「謝るくらいなら早くあの穀潰しを追い出して」

 

 おろおろと謝罪の言葉を口にするフェイトに対しても辛辣ななのは。だがその言葉をきいたフェイトも一転して柳眉を逆立てなのはを睨みつけた。

 

「いくらなのはでもコウに対して酷いこと言わないで」

「私は酷いことなんて言ってない。穀潰しなのは事実でしょ?」

「そんな事ない。コウは私が帰ったらおかえりって言ってくれるし料理だってしてくれる。疲れてる時にマッサージしてくれたり頭をなでてくれたりするもん」

「そんなのただのヒモじゃない!」

「だから酷いこと言わないでって言ってるでしょ!」

「フェイトちゃんがそうやって甘やかすからコウ君がどんどんダメになるんでしょ!!」

「どうどうなのはちゃん。抑えて抑えて!」

 

 ボルテージがあがっていく裸Yシャツのなのはを慌てて裸Yシャツのはやてが慌てて羽交い締めにする。

 百合の花が咲き誇りそうな絶景だが残念ながらそれを見たのはフェイトだけだし、その実態は百合の花どころかひたすら残念な争いだった。

 

 何しろこの話題になるとはやての友人二人は完全に平行線なのだ。

 

 

 

 

 

 この世界には一人の転生者がいた。

 名は斑木綱と書いてマダラギ・コウと読む。

 前世は引きこもりニートで重度のオタクで、その事へのかなりの自己嫌悪と暗い未来への緩やかな絶望を抱く毎日であった。

 さりとてその現状を覆すほどの行動力も克己心も持てない人間に与えられたまさかの奇跡……しかも生前好んでいたアニメの世界への転生と言う大逆転だ。

 

 何故そんな事が起こったのか理由はわからないが彼は喜んだ。狂喜乱舞したと言っていい。

 原作知識に加えて何故だかあった才能チートと幼少期からのスタートダッシュ。

 

 彼の能力を本人はチートとは言うものの、その世界における最高レベルの才能があるというだけの話であり無条件の勝利を約束するようなものではなかった。力を身に着け使いこなすためには努力も必要だったし、どれだけ強くなったとしても戦えば怪我もするし死の危険もある。

 

 だが前世にない不思議な力を身につけ操る為の努力は彼にとって苦ではなかったし、怪我や痛みだって耐えられないというほどではない。非殺傷設定という便利な力も重圧を忘れさせる一因となり、半ばゲーム感覚で浮かれていた事と自分は大丈夫だという無根拠な楽観とが合わさって恐怖から目を反らすことができていた。

 

 やりたいと思ったことはトントン拍子にうまく行った。

 不幸になった筈の人間を助け、犠牲をなくし、可愛いヒロイン達に好意を持たれてハーレム気分を味わった。

 自分の努力や行動が必要な所や無条件に周りに好感を持たれるわけではなく普通に塩対応されたりする所も、その世界で得られたものが単なるチートの恩恵ではないと満足できる要素だと思えた。

 

 彼にはまるでこのリリカルなのはの世界が自分の為に用意されたもののようにすら感ぜられた。

 

 この世界がもし剣と魔法のファンタジーだったのであれば。

 迷宮に潜り魔物を倒して富と名声を得るような世界であれば……彼はそのまま順風満帆な人生を送ったのかも知れない。

 あるいはいつかその幸運も力尽き、慢心の代償を支払うことになっていたのかもしれない。

 

 しかし彼はそのどちらにもならなかった。

 いや、なれなかった。

 

 魔法というどれほどファンタジーな力が溢れ、それを使って戦うことで英雄と呼ばれる事ができる世界であったとしても……リリカルなのはの世界は技術的な差異はあれど文明的には彼の前世である現代日本と大差がないのだ。

 

 つまり……働かねばならないのである。

 例え英雄と呼ばれるような人間でも、それはそれとして毎朝出勤しなければならないのである。上司が居て部下が居て始末書や報告書を書き給料を貰い税金を収めなければならないのである。冒険者ギルドだとかそういう都合のいい日雇い派遣会社は存在しないのである。

 

 彼がそれに気付いたのは中学生になったころだった。

 

 小学生の間はよかった。

 放課後の時間に好きなだけ魔法の練習をしたり女の子と仲良くしたり、原作イベントが有る時はそれをこなしてみたりするだけだった。

 両親は厳しくも優しく、ご都合主義かと思えるほどに不気味な子供だった彼にも理解と愛情を持ってくれたため、彼はきちんと学校に通いいい子にしてさえすれば殆ど自由にやりたいことがやらせて貰えた。

 

 しかし中学生になる頃に、彼の耳には近づいてくる現実の足音が嫌でも入ってくる。

 ミッドチルダへの移住、及び時空管理局(聖王協会)への正式所属。彼の周辺にいた可愛いヒロインたちはそれぞれの夢や理想を抱いてものすごいスピードで自分の道を邁進していく。

 

 彼は自分も当然その流れにのるものだと思いこんでいて……そしてふと気づいたのだ。

 管理局に入局するということは自衛官と警察官を兼ねる(場合によっては検察官なども加わる)過酷な職業に普通に就職するという事なのだと。

 

 元引きこもりニートの彼は社会を恐れていた。

 労働や仕事上の人間関係への病的な恐怖があった。

 別にブラック企業に就職して過労死寸前まで追い詰められたとかそういう過去があるわけではない。ただ肌に合わない……彼には勤め人という生き方がどうしても耐えられなかったのだ。

 

 管理局への本格的な入局を打診され、その仕事について説明を受けた時に彼はその事実を思い出した。

 そして思ってしまった。自分には到底耐えられないと。

 

 考えてみますとだけ返事をして逃げるように地球へと帰った彼は、地元の中学校に通い与えられたモラトリアムでなんとか息継ぎをする。しかしそこでも将来という足音から逃げることは出来なかった

 

 アリサ・バニングスと月村すずか。

 彼にとっては魔法少女三人娘程ではなくとも懇意にしていると思っている同級生の可愛い女子二人だ。

 ミッドチルダへの移住を考えている魔法組とは違い地球に残るこの二人だが、共に資産家の娘であり頭脳容姿共に優れた才女でもあった。

 

 そんな二人だから、将来設計はまだ遊ぶことばかりな同級生と比べると年齢不相応にしっかりとした考えを持っている。

 彼が魔法世界への移住と管理局への入局に消極的な姿勢であると知ると、必然的に地球での将来を考えるならどうするかという話題が持ち出されることになった。

 

 手近な所で高校受験をどうするつもりなのか。

 中学に入ったばかりにして既に有名進学校、文化的にも優れた名門校、一貫教育の有名私学、果ては世界的名門校への留学までもが視野に入れられている所はさすがの二人である。

 そして彼にもどうするのか。どういう希望があるのかと聞いてくるのだ。

 

 進学するだけであれば別に難しい事はない。

 今生で得られたチートな体は努力を水が染み込む砂のように吸収してくれたし、その才能も魔法に限ったものではなく記憶力や計算力、思考速度や並列思考にも及んだおかげで学力的には今すぐ飛び級で海外の有名大学に入るぐらいのことは出来るようにさえ思えた。

 生まれた家も経済的な困窮があるわけでもないし、望めば奨学金やら特待生などの待遇も得られるだろう。

 

 だがそれをしてどうするのか。

 何しろ彼にはやりたいことがない。逆にやりたくないことなら幾らでもある。

 前世で流行った商売や流行のアイディアを参考にして起業したりすることも考えたが、人を雇ったり動かしたりしなければならないことを考えるととてもやる気になれない。投資や投機で稼ぐのは自分がすぐ調子にのったり落ち込んだりとギャンブルに向いていない性格なのはわかっていたし、大きな借金などを作ってしまう事を考えると恐ろしくて手が出せない。

 

 いや、とにかく働きたくない。絶対に働きたくない。

 それは彼にとって確かな事実だったが、しかし同時にまた同じ過ちを犯して周囲の人間に迷惑をかけたくないという思いもまた持っていた。

 ただ自分の無能や無気力の結果としてそうなってしまったというだけで前世でだって望んでニートになったわけではないのだ。

 

 そこで彼は一つの暴挙にでた。

 魔法世界で一人で生きてみたいんだ、と両親を説得し単身ミッドチルダへと渡界。

 管理局に協力する嘱託魔導師としてしばらくの間活動した後……彼はホームレスとなったのだ。

 

 社会の中に身を置く事には恐怖しながら文明の利器や娯楽にはどっぷりと浸かり、山奥で隠者の様に生きる事もできない半端者。

 しかし今生の彼には強力な魔法能力や優秀なデバイスの恩恵があった。彼はそれを活かして力づくでその両者を両立させようとしたのだ。

 

 怪我や病気もある程度魔法でなんとかなる。

 衣服もバリアジャケットでなんとかなるし、対環境防護によって住居も適当でなんとかなる。

 優れた魔法デバイスは投影モニタや万能通信機器としても動作したのでミッドチルダの一般ネットワークの通信範囲内……スラム街の一角などにいれば最低限の情報サービスも受け取ることが出来る。

 

 とりあえず食料さえなんとかできればいい。

 捌き方や食べれる種類などはネットから拾える情報を頼りにしながら自然が豊富な場所や近次元世界へ転送魔法で移動し、力押しで野生動物を狩り野草や山菜を採るなどすればいいと考えたのだ。

 無論それが無計画で浅い考えであることは彼自身にもわかっていた。そんな思いつきがうまくいく筈もない。それでもダメだったらそれはそれで良い。後は野となれ山となれだ。

 そんな自暴自棄な気持ちで彼は野に下り……当然のようにそれは上手く行かなかった。

 

 体はいつも泥に塗れ、形相はやつれボロボロになり、ストレスや不眠で目元には濃い隈が染み付いた。

 しかしギリギリで致命的な破綻も避け続けていたのもまた事実だった。少しずつ食料調達にも慣れ、勝手に住み着いた廃屋も整い始め、快適に水浴びが出来る泉なども見つけ、彼にとって妥協できる範囲の労働……魔導師としての(彼にとって)極簡単な仕事を頼まれる代わりにデバイスのメンテナンスなどを頼む事ができるスラムで無免許営業を行っていた地下デバイスマイスターなどともツテができた。

 

 管理局での仕事を辞め住居を引き払った事を心配する周囲の人間にも、自分の生き方を模索しているだとか修行中だとか言ってごまかした。

 無茶な言い分であったが、実際に彼は幼少期から突飛な行動や普通とは言えない鍛錬などを繰り返していたので、長期の山ごもりでもはじめたのかと周囲はそれで心配はしつつも納得してしまったのだった。

 

 そのまま無茶な生活を続けいつか決定的な破綻を迎えるのか。あるいはそんな生き方に適応するのか。

 しかし彼はこの二択でも、そのどちらにもなることはなかった。

 

 転機は一人の少女……フェイト・テスタロッサが彼の下を訪ねてきた事だった。

 元の知り合いに会えばきっと甘えてしまう。そう思っていた彼は周囲に一人で修行に集中したいから会いにはこないでくれと言い含めており、実際定期的な連絡をとっていたこともあって今までは誰も彼には会いに来なかったのだが……その時フェイトが彼の下を訪れたのはそうした事情ではなかった。

 

 難関である執務官試験を晴れて突破し新米執務官としての仕事をこなし始めていた彼女は、今とある一連の犯罪事件を捜査する仕事についていた。

 それはミッドチルダで起きている違法なデバイスパーツや質量兵器の取引に関するもので、その捜査に行き詰まった彼女は彼がミッドチルダのスラムに身を置いている事を思い出し助言を求めに来たのだった。

 

 そうした事情を聞かされると彼もフェイトを邪険にはできず、スラム街で培ったツテや知識を活かして彼女の犯罪捜査に協力することにしたのだが、流石にその間は毎日狩りの獲物を探したりするわけにもいかず彼の生活を見かねたフェイトの言葉もあって彼女の部屋に厄介になることになったのだ。

 

 その時は、ふたりともその同居生活もほんの一時だけの事と思っていた筈だった。

 実際、その事件の捜査は彼が協力し始めてから驚くほど簡単に進んだ。

 

 そして程なくして違法取引犯罪の首魁と目されていた人物を逮捕、フェイトの仕事はばらばらになった違法取引の買い手や売り手など個々人に対する余罪の追求などの細々とした処理案件となり、彼が助言できる事もその必要もなくなったのだった。

 

 しかしフェイトはその案件の担当から外れたわけではない。

 すなわち事件が完全収束したというわけではない。

 だからまだ協力関係を解消しないほうがいいし、その間は同居生活も続けたほうが都合がいい。

 

 そんな理屈でフェイトは彼を部屋に引き止め、彼もまたその言葉に頷いた。

 それは表向きの理由とは違う二人の利害の一致があったからだった。

 

 彼は元々怠けたり遊ぶのが大好きな生粋のニートマンである。

 ゲームのレベル上げのような自分が楽しめる努力であれば苦にしないが、そうでないことは酷く嫌がる性質の人間だ。

 それでも勢いにまかせて野外生活をはじめ、実際にやってみたその苦労に翻弄され、気付いた頃には感覚が麻痺してずるずるとそれを続けられていたが……フェイトの部屋というぬるま湯に浸ってしまうととてもその生活に戻りたいとは思えなくなってしまったのだった。

 

 そしてフェイト・テスタロッサは元々かなり寂しがりやで愛情に飢えた人間であった。

 そんな彼女が執務官としての仕事を始めるにあたってプレシアの下を離れ、信頼する使い魔アルフさえも病に伏せがちな母の許に残したのだ。毎日誰も迎える者が居ない自室へ帰ることにフェイトは無意識下で強いストレスを感じていた。

 

 次元航行船に同乗する部隊付きの執務官と言う仕事のやり方も考えているため躊躇していたが、このままミッドチルダ勤務を続けるならば、なのはが提案したルームシェアの話を本格的に考えようかと思っていた矢先のことであった。

 部屋に帰れば出迎えてくれる相手がいる。

 仕事に疲れていれば労ってくれて、温かい料理を作って待っていてくれて、共に食卓を囲んでくれる。

 

 それも自分と母を助けてくれた恩人の一人……信頼し、淡い好意を抱いていた相手となればフェイトがその生活を続けたいと思ってしまうのも無理はなかった。

 彼が早く修行に戻りたいという様子を見せていたならば彼女も躊躇しただろうが、あからさまに部屋でごろごろとだらけて快適に過ごしている様子であったのでフェイトにとって彼を引き止めることをためらう理由はなかった。

 

 これがなのはなのであれば自分が働いている間ひたすら部屋でぐーたらしている人間に対してお説教の一つもしたのであろうが、間の悪いことにフェイトはそうしたことが出来る人間ではなかった。

 それどころか彼女は自分の大切な人間が過酷な現場に出ることをあまり良しとは思えず、自分が面倒をみることで安全な所に居てもらえるのであればむしろそれに喜びを見出すタイプの人間であった。

 

 そうして生活を共にする中で際限なく相手を甘やかしてしまうフェイトと、そうした誘惑をはねのける我慢のできないコウは……ずるずるとダメな共依存の典型のような関係を築き上げてしまう。

 

 それでも本人達は楽観的であった。何しろフェイトには金がある。

 時空管理局の執務官は高額の役職手当が貰える上に、母であるプレシアから毎月かなり贅沢に暮らせるだけの仕送りが送られてきているからだ。

 特別な趣味もなくそうしたお金でただ預金口座を太らせるだけだったフェイトは、彼が無収入の野外生活を送っていた事情もあり一緒にいる間は自由に使っていいと予備のクレジットカードをそのまま彼に預けてしまうぐらいだった。

 むしろ彼が欲しいと言うのであればお金ぐらいいくら渡したとしても自分と母を救ってくれた恩を返すには程遠いとすらフェイトは思っていた。

 

 ともあれ彼が使うお金も食事で贅沢をしたり勝手にインテリアを買い揃えたりソシャゲに課金しまくる程度だったのでフェイトにとっては全く負担ではなかったし、既に担当する事件もとっくに別のものになっていたがなんだかんだと理由をつけてずっと彼がこのまま部屋にいてくれたら良いなぁなどと考えていたのである。

 

 ……その事実をなのはに知られるまでは。

 

 

 

 

 

 最近フェイトちゃんの付き合いが悪くなった。

 

 高町なのははそう思っていた。

 勿論、二人の休日が合う時には予定を話し合って一緒に過ごすのは変わらない。

 はやてちゃんも交えてお泊まり会をするのも変わらないし、連休に一緒に地球へ帰ったりプレシアさんのところへ顔を出したりするのも変わらない。

 

 しかし事前に予定をあわせていなかった時、自分が急に休みになった時などにスケジュールを確認しフェイトも休みであれば連絡すればいつでも付き合ってくれた筈の彼女が……最近は既に予定があると断られることが増えてきたのだ。

 怪しい、となのはは思った。

 

 一人の休みなんて持て余してしまう仕事以外にやることがないフェイトちゃんに休日の予定があるだと?

 

 単に無趣味なだけのフェイトと違い純粋ワーカホリックであるなのはのその思考は完全なるブーメランなのだが、彼女はそれを棚上げしてフェイトの行動を訝しむ。

 

 そしてそれをはやてに相談し……面白がった彼女の提案で休日のフェイトを尾行して……見てしまったのである。

 二人でおしゃれな雑貨屋に入っておそろいのマグカップなんぞというものを購入しているフェイトとコウの姿を。

 

 彼女はまず首をかしげた。

 もうそんな仕草が似合う年から抜けつつあるというのに、人差し指をあごにあてて可愛らしくそのかんばせを傾けた。

 

 自分達との接触を絶ってまで厳しい環境に身を置き生き方を模索している(という事になっている)コウ君が何故フェイトちゃんと幸せそうに(なのは主観)一緒にいるのか? それがわからない。

 そして考えてもわからないことは知っていそうな相手に聞けばいい。まさしく名案だと彼女はおもった。

 

 

 コウとともにキャッキャウフフと油断丸出しだったフェイトの肩が、静かに背後から叩かれる。

 振り返るフェイト。

 

「フェイトちゃん……お話、聞かせてくれるよね?」

 

 

 

 八神はやては当時の事を振り返りこう供述する。

 

「あのとき私はフェイトちゃんの心配をするんじゃなくなのはちゃんの目が自分に向いていないことに安堵してしもたんや。そのことは今でも後悔しとる。友人失格や。なんべんでも謝る……だからもう二人共堪忍してくれへんやろか?」

 

 

「はやてちゃん離してよ! 今日こそはフェイトちゃんとコウ君にガツンといってやらなきゃいけないの!」

「私とコウがどういう風に暮らしたってなのはには関係ないでしょ!」

「関係あるもん!」

「ない!」

「あるよ!」

 

 すごい力だ!

 厳しい体力勝負の教導隊に身を置いている間に、いつの間にか生身でもここまで身体能力に差がついていたのか。なのはを羽交い締めにして必死に食い止めようとするはやてはぼんやりとそんな事を考えた。現実逃避である。

 

「だいたいそんなこと言ってなのはは前もコウにお話とかいって訓練室に引っ張っていって虐めてたじゃないか!」

「虐めじゃないもん! フェイトちゃんの所で腐ってるだけじゃだめだってわかって貰おうとしただけだもん!」

「そんなの余計なお世話だよ! だいたいなのはは前から脳筋すぎ! 皆がなのはみたいに戦うことが大好きなんじゃないんだから!」

「なっ!? だ……だからってコウ君みたいに何もしないでぐーたらしてるなんてダメに決まってるでしょ!」

「ぐーたらなんてしてない! 専業主夫だったらあのぐらい当たり前!」

「別にフェイトちゃんと結婚してるわけじゃないじゃん!」

「私はしたって構わない!」

「そんなの許さない!」

「なのはの許しなんかいらないよ!」

 

 誰か助けてくれ!

 そんな八神はやての祈りに応える者がどこにいるだろうか。しかしてそれは居る……そう、今ここに。

 

「そこまでにしておけ二人共……主が困っている」

「リインフォース!」

 

 三人水入らずのお泊まり会、と言ってもそれぞれのデバイスまで身につけていないわけではない。

 当然レイジングハートもバルディッシュもプライベートにいちいち口を挟まないだけでこれまでの会話は聞いている。

 勿論もうひとり……あくまでデバイスの身として上記の二人と同じ様にこの場では出しゃばらないようにと待機形態ですごしていた人物……夜天の書管制人格リインフォースも同席はしていたのだ。

 そして主の祈りと嘆きにこたえ、その身を顕現させたのである。

 

「デリケートな問題だと承知しているが、お互いその事では冷静になれないと自覚しているのだから不用意に争わずにはいられないものか?」

「だってフェイトちゃんが!」

「だってなのはが!」

「わかったわかった。話ならゆっくり聞いてやるから先ずは落ち着いてくれ」

 

 白熱する二人を闘牛士の如く冷静に抑えるリインフォース。

 はやては自分の相棒の頼れる姿に感涙し……そして思うのだ。

 

 リインフォースを救ってくれたんは感謝しとる。他のもあんじょうお世話になっとる。

 だからといってこれは無いんやない?

 

 最近3人で顔を合わせると高確率で勃発するこの争いと最終的に二人からはやて(ちゃん)はどっちの味方か、と問い詰められることに疲れ果てた彼女は、心の中でコウに対して恨み言を漏らした。

 

(私ん家に転がり込んで来てくれたんなら、もっと穏便に養ってあげたんやけどなぁ……)

 

 そんな思いとともに、今日はすこしだけなのはちゃんの味方をしようと八神はやては思ったのであった。

 




□斑木綱
転生者でありオリ主枠、生粋のダメ人間。魔導師ランクはSぐらい。
やったこと。
・プレシア救出とフェイトとの和解。
・リインフォース救出とグレアムとの和解。
・三脳との和解。スカリエッティの研究方針転換(穏便な方向へ)
・そしてホームレスからニートへ

□フェイトそん
ダメ男製造マシーン。
典型的な共依存体質なのだがスペックが高いので別に不幸にはならずそれでなんとかしてしまう超パワーの持ち主。

□なのはさん
スパルタ出身の鬼教官。
自分の手にかかればヒキニートでも一ヶ月で一端の兵士にしてやれると思っているが、友人だけが家庭を持つことになって自分は取り残されるのではないかと密かに恐怖している。

□たぬき
人間に化ける程度の能力。
世を忍ぶ仮の名は八神はやて。
最近は友人二人の言い争いにシグナムの話を引き合いに出されるのが辛い。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。