フェイト・テスタロッサは憤慨していた。
彼女の親友である所の高町なのはが、あまりにもわからず屋だからである。
最近ははやての新部隊設立に向けて三人で集まる事が多くなったのだが、その度にフェイトちゃんがコウ君を甘やかすからダメになるんだと毎回煩いのである。誰にも迷惑をかけていないし自分達は幸せだというのになのはは一体どういうつもりで文句ばかり言ってくるのだろう。
フェイト・テスタロッサは考える。なのはは何にもわかっていない。
昔からあの親友は思い込んだらすごく頑固な所があってそこが彼女の魅力でもあり、そういう所も勿論大好きなのだがこういう時は流石に辟易してしまう。
そもそもだ。
「私は……結構コウには厳しい」
きりっとしたキメ顔を見せつつ、フェイトは風に向かってそう独白する。
わからず屋のなのははフェイトがコウを無制限に遊ばせていると思っているのだろう。
(けどそんなことはない。この前だって―――)
「コウ、ただいま」
ガチャリとドアを開け、フェイトは自身が契約しているマンションの一室へと帰宅する。
あーおかえりーと気の抜けた声が部屋の奥から玄関へと返される中、彼女は上着を脱いで冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しコップへと注ぎながらリビングへと足を踏み入れる。
そこには夢中で大画面での一人称型の陸戦型魔法射撃戦ゲームを遊んでいる男がいた。クズニート転生者のコウである。
彼はフェイトを振り返ることすらなく必死に手にした専用コントローラーを操作していた。
被弾し血をながしていることを演出しているのか、画面は半透明な赤いエフェクトに包まれておりどうやら彼は今戦場に背を向け必死に安全地帯へと逃走を図っている最中の模様である。
―――が、駄目。
必死の逃走も虚しく背後からの攻撃に撃ち抜かれ、画面には死を表わす文字がでかでかと映し出された。
あーくそ。まじでくそと彼は口汚く画面を罵りながらカーペットをどんどんと拳で叩いた。
フェイトはそれを見て呆れたように小さく吐息を漏らしながら思った。実際に戦う時はたとえ戦力差があっても驚く程しぶとく戦うというのに、何故ゲームになると彼はこうも下手なのだろうかと。
しかし偉そうにそんなことを考えているが彼女の対戦ゲームの腕は大体においてコウと五分である。
「コウ、そのゲーム朝もやってたけどまさか一日中やってたんじゃないよね?」
ぴたり、と床を叩く手を止めて彼は振り返りこう言った。
まさかそんなわけはないだろう? と。
「バルディッシュ?」
『Yes, sir. 』
あ、やめろ! と叫ぶコウを無視してバルディッシュは家電の統合制御コントロールを呼び出す。
フェイトの契約しているこの高級マンションはサービスの一貫として全ての電化製品をAIによって最適に管理され、所有者がリモートで様々な操作を指示することも可能ととても便利なハイテクルームなのである。
バルディッシュはそこからログを呼び出してゲーム機やモニターの過去の稼働状況を調べたと言うわけだ。あぁ何という監視社会であろうか。
人権侵害だと喚き床を転がるコウを、フェイトは腰に手を当てて睨みつけるように見下ろした。
「やっぱりずっと遊びっぱなしだったんだね……」
ジト目で見つめてくるフェイトに対しコウは下手な口笛を吹いてごまかそうとするが、そんな態度は彼女には通じない。
フェイト・テスタロッサは厳しいのだから。
「コウ……ちょっとこっちに来て」
厳しい口調でそう言いながら、返事も聞かずに彼女はコウの肩をぐいと掴み上げリビングから引きずっていく。
やめろーとダダをコネられても彼女は決して許さない。何故なら彼女は厳しいウーマンだからである。
フェイトは寝室の大きなベッドにコウを放り投げ馬乗りになると、その腕を捻り上げてガッチリとホールドした。
そしてなんと体重を掛けてゆっくりと関節や腱を捻じ曲げはじめる。堪らずコウからはギブギブギブ!と言う声があがるが、しかし彼女は容赦しなかった。
「ほらこんなに強張ってる! 同じ姿勢でずっと居るのはよくないから、せめてちゃんとストレッチは挟んでって言ったのに!」
フェイトはそう言いながら、コウの強張った筋や腱を入念に引き伸ばし解きほぐした。
彼女は厳しいので健康を損なうような無茶なゲームプレイは決して許さないのである。その厳しさはたとえドロップ率が3倍になる周年キャンペーンの最中であろうとも徹夜プレイをさせないという徹底ぶりだ。
強張った体をバキバキと解きほぐされたコウにやり返してやると言われて体勢を入れ替えられ、フェイトの仕事で疲れた体を無駄に凝った指圧技術で解きほぐしにかかられたりもするが彼女は決して容赦しないのだ。
(それにお金だって無制限に遊びに使わせているわけじゃないのに)
頑固者のなのははわからないようだが、フェイトとてちゃんと経済観念というものは持ち合わせているのだ。
例えば先日も―――
「え、お金がないの? 課金したいからなんとかしてくれ?」
コウから告げられた言葉にフェイトは首をかしげた。
口座にはまだまだだいぶ余裕があったはずだし、コウに預けてあるものと同じカードで彼女は昼間食事をしたがその時には問題なく利用できていたのだ。
どういう事かと詳しく聞いてみると、フェイトは申し訳なさそうに彼を説得しはじめた。
「コウ……ミッドチルダのお金なら自由に使ってくれて良いけど、日本のお金は地球に出かけた時に使うためのものなんだよ。経済をむやみに混乱させないようにって、両替もきちんと申請してからじゃないと出来ないし個人利用は上限もあるから……」
そう言って日本円の使用は控えてくれるように言葉をつくしたのだが、しかし彼は日本のゲームで遊びたいのだと強く主張する。
これにはフェイトも参ってしまった。何しろ彼女自身そういった娯楽方面ではミッドチルダより地球の日本文化に軍配があがるのは認めざるを得ないところなのである。
すずかやアリサと遊びに行ったりするために余裕を持たせてあったはずの日本円の貯蓄だが、先日コウに強請られて日本の最新ゲームハード各種とハイスペックゲーミングPCを周辺機器込みで全て揃えてしまったのが痛かった。
しかしせっかく買ったそれらが死蔵されるのはフェイトにとっても忍びない。
「じゃあ今回だけなんとかするけど、これからは日本円の使用は制限をつけるから。毎月……えーっと10万円くらい? え、普段はそんなにいらない? どうせネトゲはできないから? ……とにかく10万円まででそれ以上は相談してからにしてね」
――――なんてこともあったのだ。
わかったと頷いていたコウの顔を思い出し、フェイトは鼻息を荒くする。
石頭のなのはにはわからない様だが、自分だってきちんとコウの使うお金はちゃんと管理しているのだ。
だと言うのにあの高町なのは彼氏いない歴=年齢はこうも宣うのだ。
どうせフェイトちゃんは料理音痴だからコウ君が毎日御飯作ってくれるからデレデレしてるんでしょ!
何という暴言だろうか。
フェイトはそれを聞いた時あまりのショックに口を金魚のようにパクパクさせることしか出来なかった程だ。
(なのはは私を簡単に餌付けできるちょろい欠食児童かなにかと勘違いしている)
全く許せぬ勘違いであった。
確かになのはもはやても料理が上手い。それに比べて自分がちょっとばかりその分野に於いて劣っていることは間違いないことはフェイトも認めざるを得ない。三人で集まった時も自分はレタスをちぎるとかそういう役目ばかりだというのも受け入れよう。
しかしだからと言ってそれは食べる側のスタンスとは全くの無関係の筈だ。
料理が出来るくせに毎日カップ麺やブロック栄養食をエネルギー源にしているどこぞの固定砲台とは違うのだ。
(私は……味には煩い)
フェイトはそう自認している。
コウが先日打った蕎麦を食べた時も彼女は一口食べてすぐに気がついたのだ。
「コウ。これは……柚子でしょ?」
にやり、とドヤ顔のフェイトに対し彼はパチパチと拍手をした。正解である。
その日コウが作ったのは柚子皮を浮かべた鴨南蛮蕎麦であった……そしてドヤ顔のフェイトを見ながら匂いと見ためで誰でもわかると思いつつも、彼がそれを口にする事はなかったのである。
「ふふ。でもコウ……この蕎麦……葱はあわない……かなっ」
またもドヤ顔である。
フェイトはそう言って自分の椀に入っていた葱をコウの椀にぽいぽいと移し替えた。
南蛮そばなのに……と呟くコウを全く意に介さない。まさしく食の帝王の姿である。
(確かに私はなのはやはやてが作る料理に文句を言ったことはない)
今まで彼女は何を作ってもらっても基本的に美味しい美味しいと言ってきた。
しかしそこには親友である彼女達が自分の為に作ってくれたものだから、と言う気持ちがあったこともまた事実なのだ。
(ちょっとなのはには、それで勘違いさせちゃったのかな)
だとしたら悪いことをしてしまったとフェイトは思った。
気遣うばかりが常に相手の為になるわけではないと彼女は理解しているのだから。
(私は……コウが作ってくれた料理でも不出来な部分にはちゃんと口を出してる)
そんな事を思っているフェイトだが実際には彼女はただ単に蕎麦についてくる葱が苦手なだけである。
コウはなんとかそれを克服させようと色々なバリエーションを出したりしているのだが、毎回このように葱だけ自分に押し付けられてしまっているのであった。
思い起こしたエピソードを頭の中で反芻し、フェイトはうんうんとひとりごちた。
「うん……私は、結構コウには厳しい」
おまけ
自分は母親失格だ……そう考えている人物がいた。
彼女こそプレシア・テスタロッサ。フェイトの母である。
自分は二人目の娘であるフェイトに対し、余りにもひどい仕打ちを行ってしまった。
そのことは悔やんでも悔やみきれるものではない。
余りにも辛いことが多かった彼女の幼少期を思うと、せめてこれからの人生に幸多くあれと願わずにはいられない。
しかし彼女はまた自分にそのように思う資格が果たしてあるのだろうかとも思ってしまうのだ。
今更自分がどの様な顔で母親面するのかと。
たとえ周囲が……そしてフェイト本人が、どれだけ許してくれたとしても彼女は自分を許せない。
それに、彼女はフェイトに対し未だどう接していいかわからないのだ。遠い昔……アリシアを相手にどのように愛情を注いでいたのかすら、彼女は最早思い出せない気がした。
プレシアは思う。そもそもアリシア相手ですら自分は良い母親ではなかったのではないだろうか?
記憶を振り返れば、仕事ばかりにかまけて余りにも家族と接する時間が少なかったように思える。
アリシア、フェイト、亡き夫……これほど周囲の人間に愛されておきながら、それを返すことが出来なかった人間。
自分は人を愛することが出来ない女だ。
プレシア・テスタロッサは自己についてそう結論付ける。
「プレシア~、焼き上がったよ~」
「あらそう……じゃあ切り分けて並べておいてくれる? 今お茶を入れるから」
愛娘であるフェイトが彼女の身を案じて残した使い魔アルフ。
その彼女に呼ばれ、プレシアは物思いを止めて椅子から立ち上がったのだった。
ガトーショコラ。
それは卵白をしっかりと泡立てた卵白にチョコレートと生クリームを混ぜ合わせ焼き上げることで生まれるふんわりしっとりと二重の食感とビターチョコレートのほろ苦さが特徴的なお菓子である。
プレシアはそれを銀のフォークで上品に一口すくい取り口へと運ぶ。
目をつむりゆっくりと咀嚼して、その甘さとほろ苦さを味わってから飲み込む。
そして口の中に残った甘さと苦味を、口に含んだミルクティーのなかに溶かし込むようにしてその味の変化を楽しみながらお茶を飲み下す。
そして静かに目を開きこう宣言した。
「……これが一番出来が良いわね。今回はこれをベースにするわ」
がつがつとガトーショコラを食べていたアルフは、プレシアの宣言に眉根を寄せる。
「あたしゃ最初に作ったやつのほうが良いと思うけどねぇ。これは苦すぎやしないかい?」
その言葉を聞いたプレシアは、アルフを嘲るように鼻を鳴らした。
「使い魔のくせにわかってないわね。あの娘はこのぐらいの上品な大人の味が好きなの。最初につくったのは甘すぎだわ」
「そうかねぇ? フェイトは甘いお菓子も美味しそうに食べてたけど……」
「それはあの娘は優しい娘だもの。どんなお菓子でも美味しくないだなんて周りに言うわけはないでしょ」
「……まぁそうかも知れないけど」
「けどあの娘が本当に好きなのはこういう上品なケーキ。それに私が入れた紅茶をあわせた物が一番喜んでくれるの」
本当にそうだろうか、とアルフは内心で疑問に思う。
確かにフェイトはプレシアが作ったケーキやなのはの家のシュークリームなども喜んで食べてはいた。
しかし自分と二人だけの時、フェイトが自分で買ってきて楽しんでいたのは……主にコーラとポテチだった。
特にポテチは新作が出る度にチェックして今回の商品は出来がいいだの悪いだのと、自分を相手に得意げに語っていた主の姿を思い返すと、なかなかプレシアの言葉に全面的な賛同をする気にはなれないアルフだった。
そんなアルフの内心など知らずプレシアは如何にフェイトが自分の手作りのケーキを喜んでくれたかを得意げに語り、そして都合三度目となる試作の結果を踏まえて、次に自分の下を離れ頑張るフェイトへと送る新作ケーキの本格制作にかかることを宣言するのだった。
彼女はプレシア・テスタロッサ。
自称人を愛することが出来ない女である。