どうしようもない転生者とダメ男製造マシーン   作:クロエック

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第3話

 

 空戦魔導師。

 

 それは選ばれた者の称号だ。

 単純に飛行魔法を発動するだけであればその難易度は初級魔法の卒業レベルでしかない。

 しかし基本的にこの魔法は常時起動し続けねば意味をなさず、またその制御も起動中は片時も怠ることは出来ない。それもただ単に魔法的に制御を保てばいいだけではなく自分と周囲の位置関係をつねに3次元的に把握し望んだ位置を保つための独特のセンスが必要になってくる。

 その上で……上記の条件を完全に満たしながら十分に余力を残し複数の魔法を起動し操ることの出来る魔力量とマルチタスクの能力を持ち、敵味方の位置を立体的な感覚で捉えて魔法戦闘を行うことが出来る者。

 

 それが空戦魔導士と呼ばれる人間だ。

 高町なのははその非凡な才能が自身に与えられた幸運に時折感謝する。

 

 空戦魔導士の事を、重力の軛から解き放たれた者達と称する人達がいる。

 しかし自分の感覚ではそれは違うとなのはは思っていた。

 

 どくん、と血が沸き立つ独特の感覚。

 脳裏に冷たい針を突きつけられたようになのはは身に迫る危険を察知する。

 

『flash move.』

 

 レイジングハートが主の意思を汲み取り高速移動魔法を起動する。

 なのはは己の相棒たるデバイスが起動したその魔法の制御を引き継ぎ、仮の移動先として設定されていた安全重視の後方退避となるポイントをキャンセル。空白となった代数に高速で座標を打ち込みながら全身に力をいれて魔法の起動にそなえる。

 

 高速移動魔法の起動。

 彼女の体は退避ではなく、逆に危険を感じた方向へ……そこから僅かにそれるような角度で目にも留まらぬような速度で飛翔した。

 

 隠蔽を施され、高速でなのはへ迫っていた魔力弾が彼女のバリアジャケットを掠めた。

 目に映る景色が高速でシャッフルされ、急な移動の負荷でギシギシと全身の関節が軋むその感触。

 

 全身で感じる慣性と重力。

 

 なのはは思う。

 重力の軛から解き放たれた人間? とんでもない。自分達ほど重力の鎖を全身に感じている者がどこにいると言うのだろうか?

 のんびりと地上を歩いている時には決して意識しないその力を全身に絡みつかせながら、それを無理やりねじ伏せ、抗い、解き放たれる!

 

 天地が逆さまとなったなのはの体が、灼けた空気を伴って空中へと投げ出される。

 開けた視界の先でこちらを振り返ろうとしている幼馴染に対し彼女は愛用の杖を構えて言うのだ。

 

「ディバイン……バスターッ!!」

 

 自身の発する魔力光にその姿を遮られていても、彼女は自分の幼馴染が今犬歯を剥き出しにするように口の端を歪めていることを確信していた。

 何故なら……自分もそうだから。

 

 嗚呼……これが空だよ。

 

 まさにこの様な時、彼女は自分が空戦魔導士として生まれついた事を感謝せずにはいられないのだった。

 

 

 

 

 うごごごごごご、なんで負けたー!と叫びながら、男が地団駄を踏んでいる。

 なのははそんな幼馴染の姿を見て微笑んだ。

 

 チェーンバインドをあいつの足に噛ませてやった所までは完璧だったのに……とぶつぶつと呟くコウに、彼女はタオルを手にして歩み寄る。

 

「あはは。確かにあれはあぶなかったよ……コウ君最初からあの形に追い込むのを狙ってたの? それとも咄嗟に?」

 

 最初からだ、と彼女が手渡したタオルを受け取りながら彼は憮然と答えを返す。

 

「そっかぁ……」

 

 そうだとすると開幕の戦闘プランから自分は後れを取っていたわけだ。

 今回はコウの厄介な防御を抜きやすくするためアクセルシューターにアレンジを加えて臨んだ模擬戦であるというのに、それ込みで一歩先を行かれていたのかとなのはは今回の戦闘を分析していく。

 

「にゃは」

 

 思わず小さい頃からの癖である少し変わった笑い声が口から漏れてしまう。

 

 楽しい。

 気心のしれた実力伯仲した相手との空戦程楽しいものがどれだけこの世にあるだろうか?

 少なくとも自分には中々思いつかない。

 

 悔じぃぃ~~おい! これ三本勝負でしょ!先2本取った方の勝ちだから!今0-1だから!

 

 そんな声を模擬戦室に響かせる幼馴染に、なのはは笑顔で頷いた。

 

「勿論! 今日はとことん付き合ってもらうんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 精根尽き果てた、と言った様子で床に倒れ伏した一組の男女。

 なのはとコウは、お互いの頭が向き合うような形で大の字となって天井を見上げていた。

 

 なのはが一勝すればコウは三本勝負だと言い、コウが連勝すればなのはは五本勝負だと主張する。

 そんなやり取りが繰り返された挙げ句、最後は相打ちの形で地に落ちた魔導師達。二人の荒い呼吸の音が、自然環境を再現するように作られた風に流されていく。

 

 

 高町なのはは頭上で自分と同じ様に倒れている幼馴染の事を想う。

 

 彼と一番付き合いが長い人間は自分で間違いない、と。

 

 思い返せば自分の父が大怪我をして入院した時。

 一人ぼっちで公園の隅にしゃがみこんでいたあの日、彼と出会ったのだ。

 

 それからというもの……毎日、いつでも、当たり前のように一緒にいたのだ。

 たくさんの事を話しあったし様々な事を共に経験して育ってきた。

 お互いの両親よりも、他のどんな親友よりも、長く濃密な時を過ごしてきたと言う確信があった。

 

 だからこそ想う。

 自分達には、こういう生き方が合っているのだと。

 

 空を駆け……空で生き……そしていつか空で散る。

 どうしようもなくそんな生き方に焦がれている。

 

 

 なのはは思う。

 コウはどうしてか組織に属して働く事を酷く恐れている様子だが、それは食わず嫌いのようなものだと。

 確かに煩わしい人間関係、嫉妬やしがらみ、出世競争だのなんだのとドロドロとしたものは出世コースを走っている親友から何度も耳にした。

 広汎で責任重大な仕事をいつも取り扱っている執務官の親友も、容疑者、被疑者、被害者、利害関係者、協力者……あれやこれやと様々な立場の人間と交渉したり宥めたり脅したり、利害を調整したりと聞いているだけでなのはの頭が痛くなるようなことをやっていて、本当に凄いなぁと感心せざるをえない事も事実だ。

 

 しかし世の中そんな大変な仕事ばかりではない。

 少なくとも武装隊を渡り歩いて教導隊に落ち着くまでの間、嫌な人間関係なんてなかったし役割だっていつも極シンプル……課せられるのは戦う事だけだった。

 

 別に思考停止しているわけではないけれど上司だって同僚だって信頼できる相手だったし、戦う相手がおかしいと思った時は抗議ぐらいした。理由だってきちんと説明してもらえたし、それで納得できない答えが返ってきたようなことだってない。

 

 そしてこんな自分が戦うことで誰かの笑顔を守ることに繋がっているとも実感できる。

 概ね自分にとっては言うことのない理想の職場だ。

 

 確かに、労働環境……と言うか連続勤務時間などはちょっと悪い所があるかも知れない。

 しかし自分は使ったことがないけれど、相応の結果を出したエースであれば希望により勤務形態に融通が利くはずだ。

 同僚の小さな守護騎士なども、はやての予定に合わせるために何度か休暇の申請などを出していたことを彼女は思い出す。

 

 

 だから怖がっていないで一度働いてみれば良いのだ。

 きっと彼にも水が合うに違いない。

 異例だが、彼の実力と自分達の推薦があれば嘱託魔導師からの教導隊入りとて無理というわけではないのだ。

 

 その上でどうしても肌に合わないと言うのであれば、辞めることを引き止めようとは思わないのに。

 ただ、最初の一歩を踏み出して欲しいだけ。

 そのために少しだけ、彼の手を引いてあげたいだけ。

 

 そうすれば、思ったより働くなんてなんてことないな……なんて軽口を叩いてきっとあっさり馴染んでしまうに違いない。

 そうしてまた、自分の隣に立ってくれるに違いない、と。

 

 

 なのはは地面に倒れ伏したたまま、右手を強く握りしめて拳を形作る。

 

 フェイトちゃんはわかっていない。

 コウ君は間違いなく戦いに生きる人間なのに。

 

 ヒモニートみたいな生活で腐っていたって満足なんか出来るわけないのに、あの魅力的なフェイスとボディで私の大切な幼馴染を誘惑してどうする気なのだ。

 

 確かにフェイトちゃんが物凄く美人で気立てもよく収入もたっぷりあって最高の女性なのは認めよう。

 本音を言うと噛み締めた口から血が出るほど悔しいけれど、コウ君がフェイトちゃんと結婚するのだと言えばそれだって祝福できるつもりだ。……たぶん。きっと。めいびー。

 

 けれど彼の生き方を不自然に歪ませるようなことは許せない。

 

 だって普通に考えてフェイトちゃんみたいな娘が何でもしてくれてお金も無制限に貢いでくれるとか、どう考えても男の人だったら誰でもダメ人間になっちゃうじゃん!

 だから私がなんとかして目を覚ましてあげないといけないのだ。

 

 そう考えて彼女は意を決して口を開いた。

 

「ねぇコウく」

 

 ところでなのは最近はちゃんと休んでる?

 

 しかし彼女の言葉はそんな彼の疑問の声に遮られてしまったのだった。

 

「え?……あ、それは……その~……にゃ、にゃははは」

 

 いや笑ってごまかしてもだめだよ?

 どうせエンドレスブラック労働してるのわかってるから。

 

 無慈悲に告げられるそんな言葉の内容になのはは模擬戦の疲れによる心地よい汗とは全く別の、冷たい汗をだらだらと顔に浮かべた。

 

 (密告者は誰なの!!)

 

 金髪巨乳か? たぬきか? それともまさか疑似幼女か!?

 ぐるぐると疑心暗鬼にとらわれるなのはに、コウからの追い打ちが突き刺さる。

 

 なのはさ~前に散々休めって言ったのに無理して落ちかけた挙げ句に俺達にすごい迷惑かけた時、もう絶対しませんって言わなかったっけ?

 また私はワーカーホリックのバカですって張り紙顔にはって一週間過ごしてみる?

 

「やめて! それは許してなの!」

 

 無理はしていない。無理は決してしていないのだ。

 なのは的にはきちんと余裕をもたせて仕事をしているつもりなのだ。

 第一月1でメディカルチェックをうけてオールグリーンなのだから、客観的にも問題は無いはずなのだ。

 

 わかったわかった。言い訳はいくらでも聞いてやるよ。

 

 その声と共にじゃり、と砂を踏む音がなのはの頭上から聞こえる。

 彼女はいつの間にかコウが立ち上がり自分を見下ろしていることに今更ながらに気付いた。

 なのはからは彼の表情が逆光で隠れており、まるで闇の悪魔に睨まれているかのように見える。

 

 じゃあこの後居酒屋にでもいってゆっくり……おはなししようか?

 

「い、いやぁ~~~~!?」

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 高町士郎。

 

 高町なのはの実の父親であり、永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術と言うちょっと普通ではないハイパー古武術の継承者。

 かつては要人のボディガードを生業としていたが、テロに巻き込まれ瀕死の重傷を負った事で後遺症が残り引退。

 以後、血なまぐさい世界からは足を洗い喫茶店「翠屋」のマスターとして穏やかな生活を送っている元戦闘民族である。

 

「士郎さん。シュークリームが焼き上がったから、表に出しておいてくれるかしら?」

「あぁ、わかったよ桃子」

 

 愛する妻とともに小さな喫茶店を経営し、穏やかな時間を過ごす日々。

 以前の自分からは想像もできなかった生き方も、なってみればそう悪くないものだと彼には思えた。

 

「なのはは……」

 

 思わず彼は遠い異国……どころか異世界で戦いに身を置いている愛娘の名前を口に出す。

 

「なのはがどうかした?」

「あ、いや……なんでもないよ。ただ元気にしてるかなってね」

「そうね。日曜日のビデオメールが届いたばかりだけど、やっぱり心配よね……」

 

 そう言って眉根を寄せる桃子を見て、彼は自分の迂闊なつぶやきを悔いた。

 彼女は特に暴力沙汰とは無縁の世界の人間で、なのはの事を人一倍心配しているのはわかっていたと言うのに。

 

「はは、頼りがないのは無事の知らせなんて言うけど、毎週欠かさずビデオメールが貰える今の方がずっと良いのは間違いないんだけどね」

「えぇあなた。コウ君にはいくら感謝してもしたりないわ」

「はは……」

 

 私はワーカーホリックのバカですという張り紙を顔に貼り付けながら、家族への定期連絡を杖に誓わされていた愛娘の事を思い出して士郎は乾いた笑いを浮かべた。

 家族を振り返ることを疎かにし、戦いに身を置くことにかまけていたのはかつての自分もまた同じで、その事を怒られ正座で反省させられ足が~と震えていたなのはの姿は今思い返しても身につまされるのだ。

 

 武術の素質はまるで遺伝しなかったくせに、自分の気質を一番受け継いでいたのがあの次女であるとはどんな皮肉だろうか。

 

(見た目は誰が見ても恭也が俺似でなのはは桃子似なんだがなぁ……)

 

 愛する妻と子がいた身のくせに、戦いに生きることを止められなかった自分。

 下手をすればあのテロで命を落としていた可能性だって十分にあったのだ。もしそんな事になっていたら残された家族はどんな思いで生きる事になっただろうか?

 

 自分の生きる場所は刃切り結ぶ所にある。

 ずっとそう信じて生きていたというのに、戦闘者として一線に立てなくなって初めてそれが思い込みに過ぎなかったことを覚った。

 

(こればかりはいくら口で言っても伝わらないからな……)

 

 願わくばなのはには自分の様に追い詰められてではなく、もっと早く他の生き方も悪くないものだと気付いて欲しい。

 

(だが、まぁ……)

 

 なのは……何してんの?

 鉄扇ならぬ鉄のハリセンという珍妙なものを手に氷の様な冷たい声でそう言いながら娘を見ていた彼。

 

「な、何ってもう学校に行く時間だから……」

 

 そう言って顔の張り紙を剥がそうとするなのはの手を彼は容赦なくそのハリセンで打ち付けたのだ。

 

「痛いっ! え……冗談じゃなく痛いよ! 凄い痛いよそれ!」

 

 なのは、一度で理解してくれよ? そうじゃなきゃ何度も叩くことになるから……。

 彼のその声を思い出し高町士郎は思うのだ。

 

 学校にはそのまま行け。

 

「い、いやぁ~~~~!?」

 

 

 

 

「きっと彼がいれば、なのはも大丈夫さ」

「そうね……きっとなのはも……」

 

 

 高町士郎。

 

 今は小さな喫茶店のマスターとして、幸せに生きているなのはの父親である。

 

 


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