管理局員は大なり小なり皆忙しい。
それは時空管理局と言う組織が持つ慢性的なマンパワーの不足……もしくは抱えた案件の過剰な多さが原因であろう。
しかしそれでもかつての彼……ユーノ・スクライアほど忙しい人間は管理局全体を見回してもそうはいなかっただろうとクロノ・ハラオウンは思った。
「それなのにあの時毎日遊んでばっかりのアイツに僕の仕事を増やされたんだけどどう思う?」
「……じゃあ無視すればよかっただろう」
「それが出来たら苦労はしないってクロノだってわかるだろ!」
どんっ、とジョッキをテーブルに叩きつけながらユーノ・スクライアは年上の友人であるクロノ・ハラオウンに対し溜まった鬱憤を言葉にして吐き出した。
コウ、ユーノ、クロノの三人はジュエルシード事件以来の長い付き合いだ。
いくつかの大事件の際には周りを強い女性陣に囲まれていた環境の中で第一線に立っていた仲間ということもあり、三人は今まで貴重な休みを調整して男だけの飲み会を開催し近況を語り合う程度には気のおけない関係を築いていた。
「何がここの検索使い辛いから関連するワードの評価値を随時フィードバックさせて外部の人間でも情報が拾いやすく出来るようにしてくれだよ! ご丁寧にシステムの原型まで設計してから渡してくれてさ! 気軽に言うけどそれを組み込むのにどれだけ苦労すると思ってるんだよっ!」
「いや、だから嫌なら要望なんて無視すればよかっただろう?」
「だってそれを実装したらその後の僕らの仕事の負担が軽減されるのは目に見えてるじゃないか!?」
負担が減るんだったら良いじゃないか……と言う言葉をクロノは喉から出かかった寸前でなんとか飲み込むことに成功する。
そんな正論を叩きつけては眼の前で思い出し涙を流す年下の友人があまりにも哀れだったからだ。
無限書庫。
それは時空管理局が誇る巨大な情報の集積庫であり……そしてその情報の多さ故に目的の情報を引き出すことが困難などうしようもない魔窟でもある。そんな情報の迷宮を探索するチームを作って陣頭にたち、遺跡発掘一族の看板に偽り無く凄まじい勢いで埋もれた記録を発掘整理した勇者こそ今クロノの眼前にいるユーノ・スクライアだ。
その実力と功績によってどんどんと責任と仕事が倍増トントン拍子に出世し司書長内定となった、まさに三人の中の出世頭だ。
尤も残りのその1人は今現在ヒモニートなので出世競争もなにもないのだが。
それでもまさか生え抜きの局員ではなく外部協力者の一人に過ぎなかったユーノが、この短期間で一部門の長にまで上り詰め、立場としてはクロノすら追い抜くなど10年前には1人を除いて誰も予想しえない結果と言えた。
その例外の1人である友人はつまみが切れちゃうじゃんと言って台所に籠もってしまったのだが、彼が過去に行った所業を思い出しながらユーノはテーブルに突っ伏してその体を震わせた。
「そりゃあ悪意がないのはわかるよ? でもさー、善意のアドバイスっていうならシステムの改変まで手伝ってくれたって良いじゃないか。なのにあの時あいつはこれからフェイトと一緒に第6管理世界に旅行だから~って……ずっと泊まり込んで疲れ果ててそろそろ一息つこうかなと思ってた僕にそんな話ふっといてこれから旅行って、いくらなんでも酷いだろ!?」
「あ~……まぁ、そう……だな」
愚痴るユーノにそう同意しながらクロノは初めて知った事実を面白く思っていた。
(無限書庫が簡易的に使いやすくなったのはあいつがきっかけだったのか……)
仕事上その改善に助けられた部分も多々思い当たってしまう為、クロノはコウを責めることはできない。しかし彼にはユーノの気持ちも痛いほどよくわかる。
そんな友人間の板挟みにクロノは思わず苦笑してしまう。
(あいつのいつものやり口だからなぁ……)
その風変わりなクロノの友人は、過去に何度も同じ様な前科があるのだ。
放っておけば致命的になるような大問題や大事件の予兆等をどこからともなく見つけてきて、その上で実際に行動する際に一番大変な所を人に押し付けてくるのだ。
殆どの場合それが立場的にも能力的にも適材適所になっているから性質が悪い。
しかも狙ったようにクロノ達が仕事に忙殺されて疲労困憊な所にそう言う案件をもってくるのだからたまらない。一時期クロノは本気でコウの事を厄介事を持ってくる疫病神か、見えている地獄へ自分から突き進まねばならない様に道案内をする死神に見えた事があるぐらいだ。
善意で動いてくれているのはわかる。
確かにやらないといけない事だったのも理解している。
勿論感謝も尊敬もしているのだが……コウからちょっと相談があるんだがと切り出されると、クロノは今でも反射的に身構えてしまうぐらいにはトラウマであった。
「しかもあいつその旅行からもどってきて……毎日山のように届く局員からの資料請求を捌きながら必死にシステムの基礎改変を終えて疲れ果てた僕になんて言ったと思う?」
「……聞きたくない気もするが、聞くよ。言ってくれ」
「んん……ごほん! いやー、アルザス凄い良いところだったわー。自然が一杯で素朴っていうかさ。やっぱ人間たまには自然の中でゆっくりしたほうが良いよ。マジで癒やされるから。温泉にゆっくり浸かるのも最高だしユーノもたまには休暇とって体休めたほうが良いよ? あ、これお土産の温泉の素ね。あ、それとも砂浴び用の砂の方がよかったか?……ってふざけてるだろ!?」
ご丁寧に声真似までしてユーノは当時言われた言葉を一句一句まで再現し叫んだ。
何年も前に言われた筈のセリフを詳細に覚えているあたりに彼の怒りの程が窺える。
「こっちはコウの置き土産のせいで司書一同が無限書庫に泊まり込んで、この作業が終われば楽になるからって皆で必死で励まし合ってさ……やっと一段落ついて倒れ伏してる僕に対して言うに事欠いてたまには休めって君のせいで休みが消し飛んだんじゃないか! しかも自分はフェイトと温泉に浸かってゆっくり癒やされてきて僕へのお土産は温泉の素!? あと僕はフェレットじゃない!!」
「わかった! わかったから落ち着けってユーノ。酒がこぼれてる……ちょっと酔ってるんじゃないか?」
「はぁ……はぁ……そ、そうかな。久々に一緒に飲んだからちょっと飲みすぎたかも。トイレ行ってくるよ」
「ああ、行って来い」
哀れなユーノをトイレに送り出し、クロノは思わず敬礼した。
司書長内定へのお祝いだからと言って辺境の珍しい酒や最近評判の良い酒などをコウと集めた席だったが、少し調子にのって飲ませすぎたかも知れないと彼は内心で反省する。
反省するのだが、しかしこの三人……結局飲み会の度に同じことを繰り返してカオスを生み出してそのまま全員が眠りこけるのが定番なのであった。
まぁ貴重な同世代の友人男三人として彼らも異性がいない場所で、羽目を外し好きなことを言い合える席が必要だと思っているからなのかもしれない
「しかし第6管理世界……アルザス地方か」
口にだしてユーノの愚痴のなかに含まれていた言葉を反芻するクロノ。
(だとすると今の話はあの召喚魔法を使う子をフェイトが引き取った時の話かな……)
制御が困難な力を抱えて故郷を追い出され、管理局で保護された後も身の置きどころがなく持て余されていたらしい小さな少女。
偶然に彼女と知り合い、その境遇を哀れに思ったフェイトが手を差し伸べ保護者となった。
そしてその少女は今は力も制御できるようになり、辺境の自然保護区で嘱託の保護官アシスタントとして独り立ちしているんだったかな、とクロノは脳裏から記憶を掘り起こす。
(名前は確かキャロ。アルザス地方に住む少数民族ル・ルシエ出身の娘だったっけ……)
執務官として長年様々な犯罪捜査に関わってきた職業病として、彼は無意識に今しがた入った情報を整理し過去の記憶とすりあわせて当時の状況を推察を始める。
件の彼女が制御困難にあった竜使役の術。
コウはその制御の手助けとなる情報を探すために無限書庫を漁っていたのだとすれば動きの辻褄は合う。
(検索魔法もそれなりに扱えるあいつがル・ルシエ一族の召喚術について調べ、その過程で無限書庫の利用に関しての不満点と改善案をまとめてユーノに放り投げる。そしてフェイトと共にその子を連れてアルザスへ……かな)
その結果として少女が持て余していた自分の力を制御する手助けとなったのであれば紛れもなく良い行いであろう。
副産物として無限書庫の情報が扱いやすくなったことも素晴らしいことだ。
(間違いなく良いことをしている……筈なんだがな)
クロノは苦笑と共に嘆息する。
良いこと……なのだが、その過程で実際に一番苦労しているのはユーノ以下の司書一同であり、きっかけを作った本人はのほほんと温泉旅行では愚痴の一つも言いたくなるのもしょうがない。
キャロと言う子の事にしたって、またぞろアルザスでル・ルシエの一族の人間たちに色々と無茶振りをしたのではないだろうかとクロノは推測する。
(結果的には良い方向に行くから、その一族と管理局との関係悪化とかはないだろうけど……)
会ったこともないその一族の人間達が自分やユーノと同じ様に苦虫を噛み潰したような顔をしたかも知れないと思うと、クロノは思わず笑ってしまった。
(まったくコウってやつは)
働くのはいやだなどと嘯きながらも、そんな風に周囲の人間の為になんだかんだと動いてしまう人間だからこそ、二人共コウとこうして気兼ねなく付き合える仲でいられるのだろう。
「ただいま~」
そうしてクロノが1人グラス傾けながら物思いに耽っているとトイレからユーノが帰ってくる。
すると丁度そこに、ちょっとそこのテーブル空けてくれるか? と二人に声がかけられた。台所から出てきたコウが沢山の小さな料理を大皿に載せて持ってリビングに入ってきたのだ。
「あぁ」
「うん」
二人はコウに返事をしてテーブルの上を片付けて大皿を載せるスペースを作り出す。
そして彼がそこに皿を載せると、その上に載った料理を見たユーノは驚きの声をあげた。
「コウ、この料理って……」
問いかけるユーノに対し、コウは折角ユーノの祝いの席だからなと言って笑う。
彼が持ってきた料理。それは穀物と椎に似た木の実を粉末にして水で練り上げ様々なハーブを練り込んで生地を作り、その生地で果物のジャムから野菜とひき肉の練り物まで様々な具材を包み込んで油であげて食べるダンプリングの一種で……それは昔ユーノが二人に振る舞った事があるスクライア一族に伝わる伝統料理だったからだ。
以前の飲み会の席でユーノがそれを振る舞った際に、その素朴でありながら驚きに満ちた味わいの料理に感銘を受けたコウが作り方を教えてくれとユーノにせがんでいた事二人は思い出す。
あれから結構俺なりにアレンジしたから、ユーノからしたら変かもしれないけどな。
そう前置きするコウの言葉を他所に、ユーノは素手でひょいとその小さな料理をつまみ上げ口に入れる。
そしてもぐもぐと咀嚼し、飲み込んでから彼は口をひらいた。
「いや、僕にとっても十分美味しいよ。ありがとうコウ」
いやいやお粗末様ですとコウが返して二人が笑い合う。
それを見ながらクロノもその料理を一つ手にとって口に含んでみた。
(ん……甘い)
香ばしく上がった生地から想像するものとは違った甘い味がクロノの舌の上に広がった。
干した杏の様な果物を包んで作られたのだろうか? しかし生地の香ばしさと練り込まれた香草の味がその素朴な甘みと調和して、デザートではなく確かに食事の副菜や酒の友だと納得できるものに仕上がっている。
「うん。美味しい」
糖分を魔力変換するレアスキルを持っているのではないかと疑いたくなる程なんにでも砂糖を大量に添加する母の影響もあり、甘いデザートはあまり好みではないクロノだったが逆にこういう一風変わった一品料理やつまみは彼の好みにも合っている。
新しい肴も来たことだしと三人は改めて酒をグラスに注ぎ合い、その杯を鳴らした。
「乾杯」
しかし様々な味が楽しめる料理とはいえ、酒の肴がこれ一つではやはり口寂しい。
やはりもう一つ……次は自分がまた酒が進むような「肴」を出さなければとクロノは思った。
先手必勝。
この三人の集まりではそれが重要なのだ。
(ところで、いい加減コウはフェイトとの事をはっきりさせたらどうなんだ?)
この一言を次の肴にしてやろうとクロノ内心でほくそ笑む。
フェイト自身はコウに責任をとって貰いたいだなんて思っていないよ、などと言っているみたいだがそんな事は関係ない。
ミッドチルダの法令上でも、三年以上男女が同棲関係にあれば、事実婚に準じると見なされ内縁の夫婦としての義務や権利が発生するのだ。
なのはもはやても、コウがフェイトとの関係をはっきりさせないから宙ぶらりんのままじゃないか。
責任とってね♪ とエイミィに言われて自分は覚悟を決めざるをえなかったのに、コウだけそんなラブコメみたいな状況で居続けるのは許されないのだ。
そんな八つ当たりのような感情でクロノは言葉のナイフを鞘から抜き放とうとする。
しかしその機先を制し、先に口火を切ったのはそのコウだった。
ところでクロノはエイミィと付き合うことになったんだよな?
その言葉が、三人の間の空間にぽんと放り込まれる。しかしクロノに焦りはない。
(コウめ。先手を焦るあまり自分から墓穴を掘ったな)
エイミィと結婚を前提に正式に付き合うことになったのは最早決定事項だ。
その件に関しクロノは既に覚悟完了している。エイミィの事は好きだし必ず幸せにしてみせるという思いもちゃんとある。
「そうだよ。やっぱり男として取るべき責任は取らないとね」
「おー、さすがクロノ」
クロノのその言葉に感心するユーノ。コウもぱちぱちと拍手をして同意した。
(よし、このままそろそろコウもフェイトに対しちゃんと責任を取ったほうが良いんじゃないか、と繋げて―――)
じゃああの猫姉妹はどうすんの?
そして続けて放たれたコウの言葉で、クロノの体は石と化す。
開きかけた口からは言葉の代わりにビシリとひび割れた音が響いた気がした。
「あ、それそれ。僕もそれ気になってたんだよね」
(まずい、ユーノまで!)
2対1の構図。
これはこの三人の集まりにおいて絶対に避けなければならない敗北必至の陣である。
「猫姉妹って? な、何のことか……」
「……? コウが言ってるのはあのリーゼロッテとリーゼアリアの事だよね?」
ユーノの言葉にコウが頷く。そして二人は揃ってクロノを見つめ彼の回答を待った。
二人に見つめられたクロノは顔中に急に汗をだらだらと浮かべ始める。そしてクロノが言葉に詰まっているとコウは容赦なく彼に追い打ちを欠けてきた。
今度グレアム提督から使い魔を移譲されるって聞いたけど?
通常主のみに忠誠を尽くし生死を共にしようとする使い魔が、存在を保ったまま他者に移譲される例はそう多くはない。
クロノ・ハラオウンは近日中にその稀有な例に加わる予定の男なのだ。
「あ、あの二人は使い魔だし……エイミィとの事とは関係……ない……ような……気が……」
男としての責任って言っといてそれはないんじゃないの?
言い訳するクロノの言葉をコウはさっくり一刀両断にする。
ギル・グレアム。そしてその使い魔二人と協力して闇の書事件を解決に導いて以降……クロノはエイミィとは別にリーゼ姉妹からも猛烈なアプローチをかけられ続けていた。
それは彼の周囲の人間にとっては既に周知の事実である。そのぐらいあの姉妹のモーションは露骨だったのだ。
その上で、今回の使い魔移譲の契約締結である。
クロノとて彼女達に主として望まれた事が嬉しくないわけがない。
何しろ彼にとってリーゼロッテとリーゼアリアは幼い頃からの大切な師匠なのだから。
彼はロッテからは体術と搦手不意打ちを含めた実践的な技術と心構えを。
アリアからは魔法の技術と正当な戦術や持っておくべき様々な知識や心得を学んで育った。
その教えは厳しかったが、二人は本当に親身になって幼いクロノに接してくれたし……奔放でいたずら好きなロッテと、優しく穏やかなアリアと言う二人の「猫のお姉さん」はクロノにとって異性に魅力を感じるという事の原体験でもあった。
そんな二人が自分にはっきりと好意を表して迫ってきた上で、近日中に正式に彼女らの身を譲り受けることになるのだ。
持ち前の一途さと義理堅さからエイミィに操を立て続けてきたクロノは、紛れもなく立派な男なのだが―――
「クロ助~。あたしとしては使い魔と関係を持っても浮気にはならないって思うんだけどどう思う?」
「どう思うもなにも知るか! 第一君は僕の使い魔じゃないだろっ」
「ふ~ん、そういう事言うんだ……」
「クロノ、エイミィさんとは話をつけておいたから」
「アリア? 何を言って……」
「私とロッテの二人だったらしょうがないから受け入れるって言って貰えたから」
クロノの脳裏にそんな少し前の二人の「猫のお姉さん」の姿を思い起こされる。
それで、男としての責任が……なんだっけ? どういう風にとるの?
男三人集まって行うぐだぐだ飲み会。
その夜は……まだまだ長い。