ガーリー・エアフォースX2 ~蒼き鷹と灰の竜姫~   作:零八式

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8話 病室ではお静かに

 「♪~~♪♪~~~♪~~~」

 

 誰が口ずさんでいるのか、何処からか音程の外れたアメリカの行進曲がイオの耳に入り、目が覚める。

 ぼんやりと映った視界の先にあったのは見覚えの無い天井だった。どこかの病院だろうか?

 立ち上がろうとするが体全体に痛みが走り、思うように動かせず呻き声しか上げられなかった。いくらCOFFINシステム採用型コックピットがGを軽減してくれるとは言え、完全に無くしてくれている訳ではない。ましてや、戦闘中に曲芸飛行まで披露したのだ。それ故に多大なGが体のあちこちににダメージを残したのだろう。

 

 「あ、起きた~?」

 

 夢の中でも聞いた気がする少女の声が聞こえる。それを機に段々と頭が回るようになり、イオは痛みに耐えてもう一度体を起こす。

 そしてぼんやりとしていた頭が完全に目覚めた時、目の前にいた少女を見て、イオは驚愕に目を見開いた。

 

 「なんて格好、してやがる……ライノォ!?」

 

 病院のベッドで寝かされていたイオの傍にいたのは、つい数日前に衝撃的な出会い方をしたアメリカ海軍からMS社に『貸し与えられる』形で配属された、青い髪と瞳が特徴のF/A-18Eのアニマ、ライノだった。

 そんな彼女が、イオの寝るベッドの横でリンゴを剥いてくれていたのだ。何故か純白のナース服姿で。

 

 「あ、いいでしょ~これ? 室長に『イオに何かしてあげたい~!』って言ったらこれ貸してくれたんだ~」

 

 「あのおっさん、何考えてやがる……」

 

 無知なのを良いことに余計なことをアニマに吹き込む八代通の余計なお世話に、再び痛み出したこめかみを押さえるイオの問いに笑顔で答えるライノ。ぴっちりとしたナース服から浮かび上がる彼女の健康的な体のラインと、黒縁伊達メガネのアクセントが年頃の男子には目に毒だ。

 ニーソとタイトスカートの組み合わせが生み出す絶対領域、その中枢とも言える程よい肉感のある太ももの上には、ご丁寧に兎型にカットされたリンゴが皿に乗せられている。

 

 「体動かすのも大変でしょ? いくらファルケンのコックピットが負担を減らしているって言っても、ゼロになった訳じゃ無いんだから。はい、あーん」

 

 「乗ってる時は平気だったんだがな……あーん」

 

 ライノに差し出された爪楊枝の先にあるリンゴ。少し気恥ずかしかったが、全身が打ち身で動かしづらいのも事実なので素直にご厚意に甘え、頭を前に出しリンゴをかじる。

 リンゴの甘酸っぱさが、今の疲れた体には丁度良かった。

 

 「にしても、ダセェよな……たかがロックオンされたぐらいでビビっちまうなんてさ。お前がいなかったらあの場でデッドエンドだったぜ。ありがとな、ライノ」

 

 「気にしなくていーよ。イオはあたしが守るから」

 

 イオの謝辞を快く受け入れ、機嫌良さそうに笑いながら二つ目のリンゴを差し出す。部屋の明かりによるものなのか、首からいつも下げている幼少期のイオの家族の集合写真が収められたロケットが不意に光った気がした。

 しかしイオは、鮮明に覚えている夢の内容と今の発言を照らし合わせる。

 

 (夢で言っていたのと違うな……)

 

 夢で会った彼女はもう少しガサツで、しかもイオの誘導の事を面倒くさがっている節があった。出会ってから何かと自分に気を回してくれていることを嬉しく思う反面、あの夢で会った彼女を思い出すと、どこか申し訳なく思ってしまう。例えそれが彼女の本音で無かったとしても、イオは気になって仕方なかった。

 

 「なぁ、ライノ……お前、無理してねぇか?」

 

 「ん? どーして?」

 

 「その……なんだ。俺たちまだ出会って一週間も経ってないだろ? なんで俺にそこまで世話を焼いてくれるのか、気になってさ」

 

 イオは夢で会った彼女の言葉の事は信じてくれないだろうと思い、その事を伏せながらも訊ねた。イオが喋り終わるまでニコニコしていた彼女だが、不意に両目が開いたかと思うとリンゴの乗った皿をテーブルに置いて立ち上がり、夕焼けに染まる街並みを窓から眺める。

 

 「うーんと、そうだね~……あたしがあたしである為に、かな?」

 

 「前にも言ってたよな、それ。確か、初めて会った時だったか?」

 

 「あたし、何でか分からないけどこの写真見るのが好きでさ~。それでかな、君を守れって地球(ガイア)が囁いてる気がするんだよね~」

 

 「何だよそりゃ……」

 

 ロケットを開いてうっとりと写真を見つめるライノの曖昧な答え方に嘆息するイオ。再び問いただそうと完全に起き上がった時、不意に部屋のドアが開いたかと思うと金色の何かがイオに突っ込んできた。

 アメフトの選手もびっくりの綺麗なタックルがイオの腹部に決まり、ようやく起き上がった彼を再びベッドに叩き付ける。

 

 「ごふぅっ!?」

 

 「イ~オ~!! ゾーイもお父様も意地悪言うの~!! あのビカーって光る奴イーグルにも付けてって言ったら絶対に無理だって……っ!!」

 

 「ちょっ、イーグル!? いたたたたたたただだだだだだっ!!」

 

 全身に走る痛みと下腹部に当たる何かポヨポヨと柔らかいものの感触に打ちひしがれながら悶え苦しむイオ。

 その間にもこの基地では珍しい同じ金髪同士のせいか、元来の性格故か、不思議とイオとの距離が近いF-15Jのアニマ、イーグルは涙目でイオにくっついている。

 話を聞けば、どうやら先程の戦闘で使用したファルケンのTLSがよっぽど気に入ったらしく、自分の機体に取り付ければもっと活躍が出来ると八代通とゾーイに相談したらしいが、即断で無理だと断られたとの事だ。

 当たり前である。あれはファルケン専用に開発された内蔵兵器でまだモジュールその物の数も少なく、使用する為には専用の特殊な火器管制システムや大型のコンデンサー等も積み込まなければならない。その重量から、地上や艦艇から砲台として撃つのならともかく、通常の戦闘機には内蔵はおろか外装さえも厳しいのだ。

 

 「ちょ、一回落ち着いて離せ!! 俺の耐久値ががががが!!」

 

 「こーら、イーグルもその辺にね。早く離さないと、イオにも嫌われちゃうよ?」

 

 「そんなの嫌!!」

 

 悶絶しているイオを見かねてか、ライノが笑いながら助け舟を寄越す。

 今は八代通にもゾーイにも嫌悪の感情が沸いている彼女は、イオにまで嫌われるのは嫌だと速攻で離れた。最早残像さえ見えそうなそのスピードにイオは呆れながらも服装を正していると、イーグルが涙で腫れて赤い目を向ける。まるで、新しい玩具を買って貰えないかを親に相談する子供の様に。

 

 「ねぇねぇイオ。後で一緒にお父様に相談してくれる?」

 

 「TLSの事か……分かった分かった。俺の怪我が治ったらな」

 

 「うん!! 絶対だからね!! 嘘ついたら20mm千発だからね~!!」

 

 イーグルは先程の泣き顔から一転。途端に太陽の様な明るい笑顔になり、イオにもう一度ハグをすると機嫌の直った彼女は場を荒らすだけ荒らして病室から去っていった。20mm機銃弾1000発なんて、塵一つ残らず消滅するだろうに。ここがまだ個室で両隣の部屋には誰も入っていないことがせめてもの幸いか。今の彼の心情は、まるで台風の通過後のように疲れ切っていた。

 

 「酷い目にあった……」

 

 「やれやれ、私も随分と嫌われたようだ」

 

 そう言いながらイーグルと入れ替わりに入ってきたのは、先ほどイオと一緒に戦ったファルケンのアニマ、ゾーイだった。何故か、彼女もライノと同じナース服姿だったが。どうやら出るタイミングを計っていたらしい。

 

 「ゾォォォイ!? お前もかぁ!?」

 

 「あぁ、バーフォードに見舞いに行くと言っていたら、ドクター八代通に『イオの見舞いに行くならこれを着ていけ、きっと泣いて喜ぶぞ』と言われたからな。どうだい? この姿の私は」

 

 (あのおっさん、ぜってー後でいっぺん絞める……っ!!)

 

 心の中で右手を血管が浮き上がるくらい強く握りしめるイオだが、そうとは知らずその場でクルリと回り全体像を披露するゾーイ。提案した八代通もだが、それを承諾するバーフォードも問題である。

 束ねられた銀髪が揺れ、ライノとは対照的に肌が褐色だからか白いナース服との色彩のギャップ差が激しく、彼女の不思議なオーラも相まって新たな属性を構築する。

 その手には何やら書類の様な物を持っており、遅れてバーフォードも入室してくる。

 

 「起きていたか、ケープフォード。具合はどうだ?」

 

 「お陰様で最悪ですよ、バーフォード中隊長殿……」

 

 「そう不貞腐れるな。味方を巻き込みかねたりなど所々に問題はあるが、我々は君を高く評価しざるを得なくなったのだからな」

 

 バーフォードは肩を竦めながらもゾーイに促し、書類を読ませようとするが、横から覗き込んでいたライノがそれを先に口にしてしまう。

 

 「イオ・ケープフォード。MS社非正規隊員。コードネームAntares Ghost。戦闘中の態度に問題あり。しかし操縦技術自体はまだ粗削りだが優秀で、レーザー兵器の扱いにも心得がある。ロックオンされた際の恐慌状態については実戦経験で慣らしていくしかないだろう。また、我が社の保有するアニマ、ゾーイの稼働安定率の向上も確認された……」

 

 「……俺についての報告書か何かか?」

 

 「まぁそんな所だ。どういう訳か、ケープフォードが乗っている間ゾーイは一度も気絶していない。それどころかサポートに徹しているのもあるがミサイルやレーザーの管制誘導の精度も今まで見た事の無いほど上がっている。君が気絶している間に他のアンタレス隊隊員と組み合わせて試してみたが、君ほどの安定率は誰一人として叩き出せなかった」

 

 「つまり……」

 

 「あぁ、バイト扱いで平時の給料は安いが、出撃時の手当は正規の隊員と同じだけ出そう。君の存在は我々にとってもゾーイにとっても、それだけ価値があるという事だ」

 

 そう言って、バーフォードはイオに給与明細を渡す。その今まで見た事の無い大金に、イオは目を見開いた。

 

 「一回の出撃で5500ドル……だとっ!?」

 

 「単機で重爆撃型を落とした挙句、戦闘機型ザイも11機撃破。ゾーイのサポートがあるとは言えただの少年がこれほどの戦果を挙げたんだ、上はそれが妥当な額と判断したのだろう」

 

 「イオ、どうやら私には君が必要らしい。また、一緒に空を飛んではくれないだろうか?」

 

 「勿論無理にとは言わない、曲がりなりにも我々は企業だ。君が今ここで辞表を出すというのなら、素直に諦めよう」

 

 イオにとって、その誘いを蹴る理由はどこにも無かった。確かにザイと戦う為に空に上がる以上、当然死ぬ可能性も出てくるだろう(実際にイオは死にかけている訳だし)。しかし給料は良く、何より偽りの空ではなくあの本物の空を自分で飛べる、それだけでも彼にとっては十分に魅力的な話だった。

 

 「……俺、ファルケンしか乗れませんよ?」

 

 「十分だ。元よりあの機体を自在に動かせるのは君か、グラハムぐらいしか私は知らん。アドレナリンを過剰分泌させて肉体へのダメージを無視しながらも自由に飛ぶ事と言い……全く、君はとことん親父さんに似たな」

 

 イオの言葉を承諾の証と見てか、バーフォードはフッと表情を緩めると踵を返し、「完治するまで待機だ」と言い残すと病室を後にする。

 

 「……と言う訳だ。これからもよろしく頼むぜ、二人とも」

 

 「改めてよろしくね、イオ!!」

 

 「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ、イオ」

 

 イオは改めてゾーイとライノに向き直ると、二人と握手を交わした。

 

 

 「……イオは、絶対あたしが守るから」

 

 

 ライノは誰にも聞こえないようにひっそりと呟いた。一見すれば仕える主に対する忠誠の言葉。だが、その言葉を発する彼女の瞳に、光は無かった。

 

 

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