ガーリー・エアフォースX2 ~蒼き鷹と灰の竜姫~ 作:零八式
瑠璃色の鷹の横を通り過ぎる碧色の幽霊。その瞬間だったか、一瞬だけレーダーの表示とCOFFINシステムの全周囲モニターにノイズが走ったようにも感じた。
そして次の瞬間、レーダーからBARBIE03の表示が消える。
「消えた!? アクティブステルスでも付いてんのか!?」
「いや……システムクラック、だね。アニマ間のデータリンク経由でこちらに誤情報を流し込む奴だ」
「ゾーイの目は使わせないってか……面白れぇ!!」
イオはそれを聞くや、すぐに計器のスイッチを弄って前部座席側のレーダー情報、及び火器管制システムのゾーイ側との連携、同期を完全にカット。機体側が拾う情報だけを表示させ、機銃照準の自動補正やミサイルの誘導等を彼女任せではなく既存のFCS任せに再設定。機体操作の補佐だけに彼女を専念させる。
「……来たっ!!」
機体側が回す情報が、辛うじてBARBIE03の反応を捉える。このファルケンのヴェトロニクスは基本的にアニマ用に調整された物しか載せていない。そもそもドーターに人間が乗る事自体が想定外なのでアニマの補正が利かない分性能の低下は否めないが、暗闇でサーチライトが無くとも懐中電灯があるくらいにはマシだった。
更新間隔が遅く精度も低いレーダーだが、辛うじてファントムの機影を捉え続けている。距離、後方400m。機体性能はこちらの方が加速性能以外において優っているが、無慈悲なほど正確な照準の機銃弾が機体を掠る。
「後ろからならぁ!!」
お互いにバレルロールを敢行し背後の取り合い。しかし、機体形状の空力特性的優位を持ってしても大型機の定めか、小回りがファントムほど効かない。
バレルロールによる背後取りは不可能と判断、しかし、その一瞬の間にもファントムがロー・ヨー・ヨーで位置エネルギーを速度エネルギーに変換して距離を詰められる。
いくらドーター化と言う通常の戦闘機からすれば最早化け物じみたと言っていい程のチューニングが施され、アニマである彼女たちは自身への負荷を考慮する必要が無いとは言え、元来その機体が持つ機体構造、機体特性の差はそう簡単に覆せるものでは無い。ファントムはその差を、電子戦と技量で埋め合わせいるのだ。
機体性能の彼我の差で言えばこちらの方が有利の筈なのに、振り切れない。
「すげぇよ……あんた……!!」
全周囲モニターだからこそ直接この目で見える。後方から猛追する翠色の機影がブレる。それを見てイオの目は見開いていた。
だがそれはリューコの時の様な驚愕にではない。もっと別な感情から来るものだった。
『Antares Ghost ロスト』
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「……先生。貴方、わざと私と彼をぶつけさせましたね?」
イオの乗る瑠璃色のファルケンを仕留めた事を確認し、合同演習を終了して帰投する最中、ファントムは隣を悠然と飛ぶ灰色のストライクワイバーンを睨みながら、リューコにだけ聞こえる様に通信を暗号化して問う。
しかし、それに対してリューコはヒッヒッヒッ、といつもの様に笑うだけだ。
『お主もノリノリじゃったクセに……まぁ、あやつには儂よりもお主をぶつけた方が早いからのう』
「電子戦の得意な私の方が、彼との相性が良いと?」
『そう言う事じゃ。ああいう脳筋馬鹿の鼻っ柱を折るには、儂よりお主の方がいい薬になるじゃろうて』
あの場でイオを倒さずファントムの相手をさせたのは、イオの様な自前の天才的な操縦技術を過信しつつも戦闘機に関する知識のある人間には、歴史の表舞台には出てきていない未知の機体の圧倒的な機体性能と実力差の組み合わせを見せつけるよりも、型式的に旧型の機体が熟練の技と電子戦の組み合わせで実力差を見せつけた方が、彼の自信を折るには相性が良いと考えた結果だったのだ。
「成る程、先生も人が悪いことで」
『お主ほど黒いつもりは無いがのう……ま、本気の三割……いや、二割五分くらいは出さされたかの。人間相手の模擬戦では初めてじゃな』
リューコは通常のアニマ用の物より自身の小さな体格に合わせてコンパクトに計器類が纏められたコックピットの中で、荷物置き場と化している後部座席のトランクの中から好物のリンゴジュースのパックを取り出してそれを飲みながらカラカラと笑う。彼女の機体は『社長』から直々に言い渡される極秘に様々な任務を請け負っている。その中には要人保護等も含まれるため、単座式であった元の機体から副座式に改装されているのだ。護衛任務において彼女が操るこの機体のコックピットの中は、ある意味世界で最も安全な場所とも言えるだろう(同乗者の命以外の安全は保障しかねるが)。
「操縦センスが高いのは認めましょう。何なんですか、彼は? まともに戦っていたら、いくらGを考慮しなくてもいい私達でも喰われかねません」
『馬鹿じゃからなぁ、あの
イオの特異体質についての情報はある程度ファントムも耳に入っている。天性的な高い耐G体質、更にそれに上乗せするようにしてアドレナリンの過剰分泌による肉体負荷の無視。これらにCOFFINシステムのG軽減機構が合わさり、彼は人の身でありながら、計算上は最大120秒間ドーターの
「えぇ、全くです。人類全てがあの少年みたいに『馬鹿』だったら、良かったのかもしれませんね」
『そりゃ酷な話じゃろうて。ま、年寄りの腹の探り合いは見なくて済みそうじゃがの』
そう言って、彼女たちはまた笑いあうのであった。
『あぁそうじゃ、ファントム。降りたら覚悟しておけ。あの馬鹿はしぶといぞ?』
空になったパックを後部座席に放り込みながらニヤニヤと笑いながら言い放つリューコ。この時、ファントムはその言葉の意味を理解しかねた。
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演習後……
「ここにいたか……っ!!」
演習が終わり、格納庫内でMS社所属の機体整備を終えたイオは、息を荒げながらやっとの思いでファントムの元を訪れることが出来た。
先程慧とグリペン、そしてイーグルと問答を起こした彼女は、案の定一人で基地の中をうろついていた。その瞬間を彼は待っていたのだ。
彼女が振り返るとエメラルドグリーンのショートの髪が揺れ、琥珀色の双眸がイオを見据える。
「あら、確かイオさんでしたか? MS社のアルバイトの」
「あぁそうだ。あんたに話があって来た」
イオは慧から彼女が演習で行った事の顛末は彼からも聞いている。味方のデータリンクに偽の情報を流してからの不意打ち、そして演習後のイーグルやグリペン達に対する侮辱、その他諸々、そして彼の考えも。だが、イオはそれについて文句を言いにここまで来たのではない。
「話とは何でしょうか? デートのお誘いとは思えませんが……当ててみましょう。あなたがこの基地で最も親しい人間である鳴谷慧さんから先程の演習で私が
「………」
「お生憎ですが、私は先程の演習では貴方たちの鼻っ柱を叩き折るつもりでいました。これについては先生の意向でもあります。データリンクや貴方の視界を奪ったのもそうですが、実際の戦場にルールも何も無いでしょう? ましてや我々の敵はあのザイ、
「……あぁ、全く持ってその通りだ」
イオの思いもしないその言葉にファントムは首を傾げると同時に、嫌な予感を覚える。それはリューコが帰投時に言っていた、『あの馬鹿はしぶといぞ』と言う言葉を思い出したからだ。彼女の人を食ったような笑みと共に、ファントムの頭の中でその言葉がリピート再生される。
「俺は、自分の実力を過信してた。あと計器にも頼り過ぎだ。あんたにゾーイのデータリンクを封じられて、視覚情報を誤魔化されて初めて実感したぜ。ベトナムの空じゃあ、得意分野まで潰されてたってのにさ……」
アニマが持つ個性や素体の記憶が機種毎にあることを知ってか、イオは不意に呟いた。親の影響からか戦闘機の歴史を知識として持っているからこその言葉だ。彼女自身、または同胞、あるいは兄弟姉妹と呼んでも良いF-4系列は半世紀以上戦場を駆け続けるまさしく歴戦の猛者。しかし、投入されたベトナム戦争ではROEやメンテナンス不足により、その高い筈のレーダー性能を生かしきれないままの戦闘を強いられていたという歴史がある。
イオの操るファルケンにはアニマの加護を受けた高性能なレーダーどころか、G軽減機構付きのパイロットシートや下方も見渡せる全周囲モニター、果てはレーザー兵器まで搭載しているのだ。そう言った物が如何に贅沢品であるかを、彼は痛感していた。
「G軽減機構も全周囲モニターも贅沢な代物なんだよな。あんた達が戦い続けてきた当初からしたらさ」
「……あの少年とは、随分違う意見なんですね」
「まぁ、俺は慧の奴ほど真面目じゃないからなぁ……だからこそ、あんたに折り入って頼みがある」
そう言ってイオは、地面に両膝を付けると上体を地面に平行にし、果ては額を地面に付けた。所謂『ジャパニーズ・土下座・スタイル』だ。
そして彼は、彼女が次の瞬間思いも寄らない言葉を口にする。
「頼む、ファントムさん……いや、ファントム先生と呼ばせてくれ!!」
「えぇ……」
その言葉には、流石の彼女もドン引きだった。意識外のうちに足が半歩後ずさる。この基地において自信過剰な彼らを持てる力全てを使って叩きのめし、実力差を明らかにする事で作戦行動中や日常生活においても自身の優位性を保つと言う彼女の思惑。それらが瓦解する……と言うより、何か別の物に置き換えられていく音が聞こえた気がした。
優位性を保つ、と言った意味ではその目的は達成されているだろう。現に彼は自らを下に置き、彼女に教えを乞うているのだから。しかし、だからこそ理解できない。
「私よりも、リューコさんの方がよろしいのでは? 同じ会社の方ですし、彼女の方が技量に関しては私より上ですよ?」
「違う、そうじゃねぇ。俺はあんただから教わりたいんだ!! 旧型の機体で最新鋭機と渡り合う電子戦のイロハと、その操縦技術を!!」
今まで情報にあった物とは違う、軽薄な口調ではなくいつになく珍しい真摯な訴えかけ。その彼に追随したのは、遅れてやってきた彼のパートナーである褐色肌のアニマ、ゾーイだった。土下座の姿勢を保つ彼の横に立つと、彼女も頭を下げる。
「あなたは確か、ファルケンのアニマの……」
「私の方も頼めないだろうか? 私たちは二人揃って未熟者だ。このままでは、私がイオを殺してしまうかもしれない。それだけは……ダメなんだ」
ファルケンに搭載されたアニマ、ゾーイ。ファントムの知る限り、アメリカが公には発表しなかったライノよりも前に開発された自分と同じ初期の頃のアニマだと聞くが、未だに謎が多い。しかし、彼女のその姿勢からはそう言った黒い思惑は感じられなかった。
(私とは正反対ですね、彼らは……)
あれこれ思惑を考えない、目の前の障害を越える事だけを考えて自分の信じた道をひたすらまっすぐに歩もうとするその姿勢。その馬鹿正直な心意気は、自分があの体感時間100年間シミュレートの中で失ってしまった、ある種の純粋さなのかも知れない……等と、いつになく年寄り臭い事を考えてしまったファントムは軽く頭を振ると、二人に「顔を上げて下さい」と声を掛ける。
「イオさんに一つ、お尋ねします。あなたはどうして、そこまでして強くなりたいのですか?」
「親父の敵を討つ……と言うのも理由の一つだが、俺には昔から夢があってさ……俺は見たいんだ。自分が飛ぶ空を、自分の手で飛ぶ、世界中の空を。本物の、空を」
シミュレーターによる偽りの空しか飛んでこれなかったイオにとって、今の状況はまさに夢叶ったりと言った状況だ。しかし、現在はザイの襲撃による未曾有の危機がそれを脅かしている。イオが本当に心の底から飛びたいのは戦場の空ではない、自由な空なのだ。それを勝ち取る為にも、今は自分を鍛えたい……それが、彼の考えであった。
その思いを感じ取ったのかは分からないが、ファントムは軽く嘆息すると踵を返しながらこう告げた。
「……分かりました。明日の午前十時、シミュレータールームに二人とも来て下さい」
「っ!! じゃあ、訓練の話は……」
「私の負けです。良いでしょう、先生が見初めたその力、見極めさせて貰いますよ。お・馬・鹿・さ・ん」
そう言って、ファントムは微笑を浮かべながら、軽く振り向いて小首を傾げるのであった。
ファントムって教官系ヒロイン似合うと思うの……最年長だs(この先は機銃で穴だらけにされて読めない……