ガーリー・エアフォースX2 ~蒼き鷹と灰の竜姫~ 作:零八式
神奈川県 厚木飛行場
小松空港から飛行機で飛ぶ事一時間。眼下に広がる506.9ヘクタールにも渡るその広大な基地には70機以上の軍用機が配備され、常時千人以上の軍人が勤務し横須賀港湾設備と連携して艦載機を絶やさぬ様にメンテナンスを行う。同じ役割を担う基地は日本には無く、役目・規模共に在日米軍の最大級にして重要拠点だ。
そんな小松と比べれば大規模に部類されるであろう基地に八代通を筆頭に慧とグリペン、イオとゾーイのツーペア、そしてライノが連れられていた。
「うっひゃぁ……すんげぇ広いなぁ。小松とは大違いだぜ」
イオは思わず感嘆の声を漏らしながら、着陸した飛行機のタラップを降りて大地に立つ。
彼らを出迎えたのは、細身で背に高い白人の男だった。手足は細く肩幅に開いた脚がコンパスの様に見えてしまう位に細い。痩けた頬と落ちくぼんだ眼窩に尖った顎が印象的な身長2m近くの白人男性だが、猫背なのでまるで圧迫感が無い。
「ひ、久しぶりだな。こうして会うのは二年振りじゃないか?」
イントネーションは正確だが、ややどもりのある日本語だ。
「別に会う理由も無かったしな。ネットでお前の論文を読んでいるが、相変わらず人の後追いばかりで新味がないから直接議論する気にならない」
その八代通の言葉を皮切りにウィリアムが口喧嘩を展開していく。話によれば大学時代の研究仲間という事らしいが、どう見ても犬猿の仲なのは明白だった。
そんな中、二人の間に割って入ったのはライノだった。
「ねぇねぇ、シャンケル博士。ここに来たってことはもしかして……」
「あ、あぁ、ライノ。勿論完成したよ。君用の新装備がね。もうそろそろ模擬戦から帰ってくる頃のはずだ」
その時、彼らの頭上を黒い影が通過する。ブーメランを想起させる特徴的なシルエットと、後部の単発のズルが特徴的な機体で、翼端はライノの髪色と同じサファイアブルーで彩られていた。それらが合わせて四機、滑走路に順次着陸していく。それを見たイオと慧はその独特なシルエットに首をひねる一方、ライノはと言うと興奮冷め止まぬと言った具合だ。まるで新しい玩具を遊びたくてウズウズする子供の様に。
「なんじゃありゃ? ブーメランか?」
「ワオ!! あれがブロウラー!?」
「そ、そうだ。FQ-150B ブロウラー。いつも騒がしい君にはぴったりの名前だろう? 対ザイ用の無人機……の予定だったんだが、上が日本のアニメ文化のファンネルだったかに影響を受けたみたいでね。急遽だが四機だけアニマ側からネットワーク制御できるように設計変更したんだ」
「最近のお偉いさんは某機動戦士も見るのか……?」
「そして、持ってきたのは何もブロウラーだけではない」
シャンケル博士が上空を指さした途端、彼らの頭上を四機のF-35の編隊が通過し、滑走路へ垂直着陸していた。演習なのかパフォーマンスなのかは知らないが、綺麗に編隊を組んでいた。垂直着陸が出来るのはB型である証拠だ。F-35のB型は後部の排気ノズルを折り曲げる事により短距離離陸及び垂直着陸を可能とした機体だ。しかし、その複雑な機構のせいで整備性はA型、C型に比べて悪化しており、米軍で実際に配備が進められているのもA型が主流である。
そんな割と珍しい機体の垂直着陸を見られたことに興奮するイオだが、格納庫へタンキングしていく機体の装甲で覆われたキャノピーと太陽の光に反射する翼端とコックピット周りの
「なっ……おい、アレってまさか……」
「海鳥島で見た所属不明機と同じ光だ……」
「どういう事だ、ウィリー。アメリカはドーターの開発は遅れているんじゃなかったのか? しかも、ましてや量産体制など」
海鳥島での戦いで遭遇した四機の無人機について慧やイオ達からの報告を聞いていた八代通は、その紫色の発光現象を放つ機体はドーターであると憶測していた。
しかし有り得ない。ドーターやアニマには一機種に付き一機までしか成立しないという制約がある。いつもは頭の切れる八代通でも、この時ばかりは珍しく思考の渦に陥っていた。その八代通の表情を見てか、シャンケル博士はどこか得意げな顔になる。
「り、理解できないと言った表情だね、ハルカ。確かに我々アメリカは日本やロシアと比べるとアニマの開発は遅れている。成功事例もこのライノだけだ。そう、アニマの開発はね」
「アニマの開発は、だと? じゃあ、あれは一体何だと言うんだ?」
「アニマだけがザイ打倒のアプローチではない、要はそう言う事だ。付いて来ると良い、説明しよう」
そう言ってシャンケル博士は踵を返すと、彼らを基地の中へと案内した。
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彼らが連れられた照明の乏しいモニタールームで見せられたのは、米軍のホーネットと四機の一部が紫色に光るF-35Bの戦闘映像だった。その前に見せられたブロウラーとの模擬戦映像も圧倒的な機動力を持って米軍機を撃墜していたが、この四機はそれ以上だ。
統制の取れた動き、ドーターと一切遜色の無い機動性と攻撃能力、ましてやそれの量産機。
ブロウラー戦よりも速いタイムで最後の一機が消えてから、オペレーターの作戦終了を告げる言葉が紡がれ、モニタールームに誰のとは分からない溜め息が漏れた。
「ど、どうかな、我々の研究成果は。中々の物だと思わないか」
「凄いとは思うけどよ……結局何なんだよありゃあ?」
「ドーター……とは思えません。とすると無人機ですか?」
「良い質問だ」
ウィリアムは誇らしげにそう告げると、今度はスライドを切り替えて表示させた。
スクリーンに表示されていたのは、紫色に光る何かの欠片の様な物と、NFIにも似た幾何学パターンの模様が見える装着型のデバイス、そして、まるで宇宙服にも似た特殊仕様の耐Gスーツだった。
「わ、我々はアニマの開発には確かに芳しくない結果だと言わざるを得ないだろう。しかし、軍の諜報部門が極秘経路で入手したこれらの資料のお陰で、我々はデミ・ドーターの開発に成功したのだ」
「デミ・ドーター……」
グリペンがその言葉を、噛みしめるように呟く。
「ドーターだが、厳密にはそうではない。だから、デミ・ドーターだ。我々は一度、F-35を一個小隊潰した経験があると言ったね? 実はそれは今日までの為の偽装工作だ。つい先程からはある程度オープンになったから、こうして情報を開示できる」
「あの紫色に光る結晶の正体は何だ? まさか、お前……」
「さ、察しが良いな、ハルカ。その通り。あれはアニマのコアの欠片だ。ザイでは無くアニマのだ」
その後の彼の説明には一同絶句せざるを得なかった。
あの紫色に光る結晶、通称『
この結晶の特徴は何と言っても、微弱なEPCMをカウンターパルスの様に飛ばしてザイからのEPCMから搭乗者を保護することで、これにより通常の人間であっても五感に支障をきたす事無くザイに攻撃が出来るのだと言う。また、正確なデータは出ておらずパイロットの体感ながら、受けるGが減ったと言う報告もある。
しかし、そのアニマのコアの欠片の通称が罪の欠片とは、同じく名称が罪と言う言葉から来ているザイの事もあり、痛烈に皮肉の効いたネーミングだと言えるだろう。
「----どうだい、凄いだろう。現代にはリサイクルと言う風習があるが正にそれを体現したと言っていい。現に本来ならば廃棄処分だけに終わる筈だったものをこうして―――――――――」
シャンケル博士が言葉を紡ぎきる前に、一つの影が躍り出て彼の胸ぐらを掴み上げた。八代通だ。その肥満体形からは想像の出来ない程のスピードで懐に飛び込み、シャンケル博士を締め上げている。その表情からは、薄暗闇でも彼の憤怒が読み取れた。
「よくもまぁ、こんなふざけたモノを作ってくれたものだな、ウィリー。お前はアニマが何なのかをまるで分っていない。そしてあまつさえ同族すらもモルモット扱いか?」
「ゆ、有線接続デバイスにしていないだけまだ考慮している方だと言って貰いたいな。あれのオリジナルは制御インターフェイスごと人間の体に直接埋め込んでいる。わ、我々はそれの無線化に成功したんだ。恐らく、報告にあった海鳥島で遭遇した所属不明機はそのシステムを使用していて――――」
「俺が言いたいのはそうじゃない。大体、そんな粗悪な形態模写が実戦で通用する物か。EPCMの解析がちょっとぐらい進んだくらいで早とちりしやがって……馬鹿共がっ」
「アニマの様な非科学的なブラックボックスをそのまま運用するよりはマシだ。大体――――」
その後はお互いに専門用語に継ぐ専門用語の羅列ばかりで聞いていた少年少女たちはポカンとするしかなかった。ただ一つ、胸中にモヤモヤとした気持ちを抱えながら。状況を見て話しが長引きそうと判断したゾーイとライノは、イオ達の肩を叩くと顎でドアを指し、お腹を空かせて今にも倒れそうなグリペンを介抱するとそそくさと部屋を後にするのであった。
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「……お前らはどう思う、あの機体」
広場に着き、大柄の展示戦闘機を背後に買い出しに行ったライノを待つイオは、ふとそんな事を呟いた。
「……よく分からない。アニマなら離れていても気持ちや感情が伝わってくる。でも、あの飛行機からは何も聞こえてこない」
「まるでただの鉄塊だ。それに、私たちの様な活躍を期待しても良いかと聞かれたら、答えはノーだよ」
動きも単調だしね、とグリペンよりは実戦経験の豊富なゾーイが、どうにも直感的な話になりがちなグリペンの言葉に付け加える。
ただ、グリペンは数が揃えば別だとも言った。機体性能で勝てなくても物量で押せば勝てると考えるあたり、実にアメリカらしいアプローチと言えるだろう。
「けど、デミ・ドーターについては別。動きも私たちと遜色無いし、気持ちが分かるとまでは言えないけど、確かに何かあるのは分かる」
「……悪い、ちょっと今はこの話題は無しで頼むわ」
額を押さえたイオは、珍しく浮かない表情でテーブルに突っ伏した。自分の戦った相手と、今回決行される上海奪還作戦の僚機となるデミ・ドーターの正体が相当ショックな物だったのだろう。
日差しに照らされて熱を持つ木製のテーブルが、余計に彼の思考を惑わせる。
―――――――何やってんだ? 俺は―――――――
そんなことをふと思い顔を上げた時、少し離れた通路に車椅子が見えた。
座っているのは一人の少女だ。肌は白く髪は金髪で何か資料の様な物を読み耽っている。しかし、突然突風が吹いたかと思うとその資料を飛ばされてしまい、焦って車椅子を移動させてはそのプリントを集めようとする。
しかし、座ったままの姿勢ではどれだけ手を伸ばしても地面に落ちたプリントを拾うことは出来なかった。周りには誰もいない様で、オロオロと周囲を振り向く少女のその姿は小動物に見えなくもない。
イオはため息を吐くと、ベンチから立ち上がりその車椅子の少女の元へ歩み寄った。
「手伝おうか? お嬢さん」
「あ……はい。ありがとう、ございます。ですが、ちょっと特殊な資料ですので、中身は読まないで頂けると……」
「分かった。中身は見ない」
イオは少女と制約を交わすと、地面に落ちた何やら英語の羅列で記された文書と、数枚のイラストの描かれたプリントを束ね、少女に手渡す。その手は、恐らく同年代かそれ以上の年頃の少女にしては妙にがっちりして見えた。
「ほいよ、14枚拾ったが数は揃っているか?」
「ありがとうございます。それで大丈夫です、本当に助かりました。いつもは付き添いがいるのですが、少々お手洗いに行っているみたいで……」
「あぁ~、成る程な。あんたも大変だな。車椅子なのに一人でほっぽり出されて」
「いえ、ここの散歩だけでしたら私一人でもどうにかなりますから……申し遅れました、私はクロエ・ライトニングと申します。どうぞ、ライトとお呼び下さいませ」
「イオ・ケープフォードだ。すぐそこにダチがいるんだけど、その付き添いとやらが来るまで一緒に待つかい?」
「そうですね。見た所あなた方はこの基地の方では無いようですが、外の方とは一度話してみたいと思っていましたし、私も暇なので是非」
ライトと名乗った車椅子の少女は、膝の上に置いていたカバンの中に文書をしまい込むと、イオに押されながら慧たちの元へと向かった。
この少女こそがF-32B DANMのパイロットの一人である事を、この時彼らは知らない。