ガーリー・エアフォースX2 ~蒼き鷹と灰の竜姫~ 作:零八式
果たして、ライノの行く末は……
「ねぇねぇパパ。あいつに簡単にデータ渡しちゃって良かったの?」
「父よ、私もそう思う。これでは私たちが不利になるのではないのか?」
浦東空港が一望できる高台の上に建てられた小屋の中で、二人の銀髪の少女はソファに横たわりながら枝分かれした線の描かれたガラス板をひたすら眺める金髪の飛行服を着た男に問いかける。二人の容姿はパッと見では分からない程瓜二つだった。照明の光を浴びて輝く艶やかな銀髪、白陶器の様に透き通り張りのある白い肌、背丈は中学生くらいだろうか。そしてお揃いのゴシックロリータ調の服を纏っている。強いて違いを挙げるなら髪型くらいだろう、やや甘えた口調の方は髪は右側に、少々感情の起伏に乏しい方は左側にサイドテール状に結わえている。男はガラス板を指でなぞるのを止めると、髪を右側に結わえた少女の方の頭を撫でながら、優しい声音で話しかける。
「フーちゃん、あいつなんて言っちゃダメだよ? あれでも一応、君のお姉さんなんだから」
「うみゃっ……ふぁーい」
「父よ、フギンばかりズルいぞ。私も撫でろ」
「はいはい、ムーちゃんもよ~しよし。子沢山のお父さんは大変だぁ~」
男に頭を撫でられ、心地良さそうに瞳を閉じる少女たち。感情の高まりからか二人とも銀髪が独特の光を放っている。照明の反射では無く、まるでそれ自身が光っているかのように。
男は口ではそう言いつつも笑って二人を撫でながら、言葉を続ける。
「それにおじさんもね、ちゃんと考えがあって渡したんだよ。これからあの子たちには試練が待ち受けている。あのデータをどう使うかは君のお姉さん次第さ。何しろ俺はこの後の結末を知らないからね」
「父でも知らないことがあるのか?」
「そうだよムギンちゃん。おじさんも万能って訳じゃないんだ。君達と違って、おじさんはただの人間だからねぇ~」
ハッハッハッと豪快に笑いながら立ち上がると男は二人の少女、フギンとムニンを連れて小屋の外へ出た。彼らの目の前には、つい先程まで無かった筈の滑走路と、同型の戦闘機が三機。形状はどれも同じで、FALKENと酷似してはいるが翼の形状が下反角の付いた後退翼になっており、その他の部位にも様々な差異が見られる。
「さて、と。そろそろお仕事の時間だ。二人とも、すぐに出られるようにしといてね?」
「「は~い」」
フギンとムニンはもう一度男に頭を撫でられると、足早にその戦闘機へと向かい、なんと跳躍してコックピットに飛び乗った。その身体能力は、並みの中学生くらいの少女が持つそれでは無い。
男はそれを見届けてから自分もタラップを使って乗り込むと、全周囲モニターが採用されたコックピットの中で再びガラス板を取り出してはそれを眺めるのだった。
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浦東空港 旅客ターミナル内 宿泊施設 405号室
周辺の探索を済ませたイオ達は、ライノの誕生日だと言う理由で宿泊施設のその部屋をベースキャンプとする事となり、体調の悪いグリペンをベッドに寝かせて休ませる事にした。
食料も先程確保したものを部屋に備え付けの小型冷蔵庫に放り込んであるので、しばらくは困る事は無いだろう。陥落したの中国本土の施設であるにも拘らず手入れが行き届いており、そこそこ等級の高い宿泊設備なのか居心地は良く、イオに至っては冷や汗を流したいとシャワーを浴びている始末だ。
そんな時、暗い外を窓にもたれかかりながら眺めていたライノは、不意に入口の横でサブマシンガンを持って警備を続けていたゾーイに振り向くと彼女に問いかける。
「ゾーイってさぁ、何か良いことあった? 随分雰囲気が変わったようにも見えるんだけど」
「そうかな? 別に私は私だよ。何も変わらないさ」
「ううん、何かキリッとしたっていうか、そんな感じ? がするよ。もしかして、やっぱりイオとの密会が関係あるのかなぁ?」
ライノの表情はいつも通り笑ってはいても、どこか親身さに欠けていた。ある種の冗談のつもりで言っているのか、それとも本気なのかが全く読み取れない。
事実、赤いファルケンの残骸から回収したデータのお陰でゾーイには戦闘経験が足されており、機体に戻って最適化を施せば今までより動ける事は請け合い無しだろう。とは言え、あの機体にあったのはそれだけなのだが。
「特に関係は無いさ。それに、イオとは唯のパートナーと言うだけだよ」
「ふーん、まぁ良いけど。それはそうと、二人とも見てよこの空。綺麗だよねぇ~」
ライノはグリペンに付き添っていた慧とゾーイに手招きすると、窓から空に映る光景を見せる。窓から見えたその空は、とてつもなく大きな天の河や星の大海で彩られていた。人が消えて、街を照らす電灯も全て無くなり、星達は本来の輝きを取り戻して瞬いているのだ。三人はその美しさに見とれ、空を見上げ続けた。
「凄いな。こんな夜空は初めて見た」
「満足して貰えたようで何より。それにしてもここは居心地良いよねぇ、食料はあるし部屋は快適、そして毎晩こんなに綺麗な夜空を眺められる。あんなうるさい世界と違って何も考えなくていい。全く、人間は何が嫌であんなうるさい世界にしちゃったんだろうね? 静かで暗い穏やかな闇の中に身を委ねれば、嫌なこともぜーんぶ忘れて静かに暮らしていけるだろうに」
「言いたいことは分からなくもないけど、ジェット戦闘機の言葉じゃないよな」
「ははっ、確かに」
慧の言葉にライノは肩を揺らして笑う。それから程無くして、バスルームからシャワーを浴び終わったイオが首にタオルを巻いたまま出て来た。
ライノはイオも手招きすると、その窓から夜空を見せる。
「すっげぇな。俺もガキの頃親父に連れられてロッキーの公園に行ったことがあるが、あの時の空にそっくりだ」
「へぇ、イオもあそこに行ったことあるんだ」
「あぁ、懐かしいぜ。いつか平和になったら、お前らとのんびりキャンプしてぇよ。じゃ、ちょっと寝るわ。見張りの番になったら起こしてくれ」
イオはそう言うとソファにもたれかかり顔面にタオルを乗せて眠りこけてしまった。敵地のど真ん中かもしれないと言うのに実に自由奔放な男だ。慧はイオが眠ったのを見ると、自身もいつも通りの彼の空気に安心したのか、ライノとゾーイに断りを入れてからグリペンの隣のベッドで眠りについた。
数時間後
イオと慧はほぼ同時に目を覚ました。時刻は午前六時、窓を見るといつの間にか閉じられていたカーテンの隙間から朝日の木漏れ日が差し込んでいる。だが、彼らが目を覚ましたのは自然な目覚めでは無い。シャリッ……と、どこからともなく砂の鳴るような音が聞こえたからだ。その目覚め方は、何かを感じ取って反射的に飛び起きた形に近い。
「おはよう、とかのんびり言ってる場合じゃねぇかもな。慧、聞こえたか?」
「あ、あぁ……何か、砂の鳴るような音が昨日からずっと聞こえてくるんだ。エレベーターで上がって来る時とかにさ」
冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターを飲み、眠気を完全に払拭したイオは、出入り口付近の壁にもたれ掛けて立ったまま、半目の状態で見張りを続けていたゾーイに声を掛ける。どうやら、イオ達が寝ている間ずっとこうして出入り口で見張りを続けていてくれたらしく、足元にはシリアルバーの開き袋が数個分ほど散らかっている。
「やぁ、イオ。よく眠れたかな?」
「ったく、無茶しやがって。見張りは交代でやるって言っただろうが」
「これを使えるのは私だけだからね。最高戦力が休む訳にはいかないだろう?」
サブマシンガンをチラつかせながら、ゾーイは笑ってそう答えた。休めない最高戦力、その言葉にイオは他のアニマ達の事を不意に思い出した。普段馬鹿っぽいイーグル、日本初のアニマで代わりがいなかったために常に自分を追い込んでいたファントム、MS社秘蔵の切り札である社長秘書。今現在自分の目の前にいるゾーイとグリペン。そして、ライノ。
姿形は少女でも、やはり彼女たちは国の、企業の最高戦力として扱われている。
日本のアニマはまだいい、聞けば、那覇にもう一人のアニマがいるらしく合計四人の仲間がいるのだから。MS社もゾーイと社長秘書の二人体制だ(とは言え、社長秘書は必要以上の出撃はしないそうだが)。
だが、ライノはどうなる?
いくらアメリカではデミ・ドーターの開発が進んでいるとは言え、先ほどの戦闘で少なくとも一機は失われており、そもそもあれに乗っているのはただの人間だ。アニマでは無い。あの国のアニマは、今も彼女ただ一人。
孤独、されどそれを表に出さずに気丈に振る舞い続けた、あるいは演じ続けてきた、一人の少女。
イオは不意に込み上げてきた何かを本人にぶつけようとするが、肝心のライノの姿がどこにもなかった。
「ゾーイ、ライノはどうした?」
「彼女なら燃料を探してくると言って少し前に出て行ったよ。私たちも動けるようにした方が良いかもしれないな。鳴谷慧、グリペンの様子はどうだ?」
「ダメだ、さっきからずっと眠気が収まらないらしい」
ゾーイはグリペンの傍に歩み寄り、慧に様子を尋ねる。グリペンの顔色は昨日よりは幾分かマシになったようだが、それでも起き上がれる様子では無かった。グリペンは弱々しくゴメンと謝るが、ゾーイは気にするなと声を掛けてそっと頭を撫でてやる。
その折、扉がガチャリと開いたかと思うとボディスーツの上に黄色いパーカーを羽織ったライノが意気揚々と入って来た。何でも燃料の入った給油車と簡単な補修パーツを見つけたらしい。成果は上々と言っていいだろう。
「と、言う訳で整備を手伝ってほしいんだけど……グリペンの調子は?」
「見ての通りだ。あんまりよくねぇらしい。それよりもライノ、砂の鳴るような音を聞かなかったか?」
「砂の音、ねぇ……うーん、特に変わった事は無かったかな?」
「それなら良いんだが……しかし、グリペンは動かせそうにないな、誰が手伝いに行く?」
「私が残ろう。男手を連れて行くと良い」
ゾーイはサブマシンガンを構えてベッドに腰掛けると、二人に首で部屋の出口を指してやる。イオと慧は頷くとライノの後に続いて部屋を出て、昨日機体を駐機させたハンガーへと向かうのであった。
「ところで鳴谷慧、そのスタンドランプは一体何?」
「え? いや、まぁ……お守り?」
「意外と臆病なんだね~」
彼女はカラカラと笑った。
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ライノの言う通り、燃料の入った白い給油車が二台ほど機体に横付けされていた。車体後部にリールで巻かれたホースを機体に向けて引っ張ると、FALKENのカナード翼の傍に備えられた給油口に差し込む。機体が大きいので、これに関しては給油口のレバーに慧が先程持って来ていたスタンドランプを括り付ける事で地上からでも手が届くようにしておいた。
「あとは、コイツか……」
イオはコックピットに乗ると、ゾーイから手渡されていたSDカードを機体のコンソールに差し込んでいた。何でも、あの消えてしまった赤いFALKENのコックピットの中に入っていたものらしい。スキャンしたところウイルス性のそれでは無く、何らかのプログラムのようだった。
ローディング画面が表示され、数秒後にはファイルを開くためのパスワード画面が表示されていた。
「パスワード……? んなもん分かる訳無いだろうが」
試しにいくつかのワードをタッチパネルで入力してみるが、いずれも弾かれた。諦めてSDカードはそのままに画面を通常の物に戻す。燃料計を見た限り、あと少しで完了すると見て良いだろう。この機体には特に損傷も無いのでコックピットから這い出てグリペンの整備を手伝おうかと思っていたその時だった。空の色が不意に変わる、先ほどまでの濃霧は失せ、昨日見た月の無い綺麗な夜空に。何か不気味なものを感じ、慧の元へ向かった時、イオはその目で見てしまった。
ライノが慧にハンドガンの銃口を向けている光景を、その彼女の右手と右の頬から青いガラス細工が生え始めているのを。
ライノがトリガーに指を掛ける、あれは間違いなく撃つ気だ。反射的に体が動く。慧の体を彼よりガタイの良い自分が覆うようにして背中を向けてその一撃を庇う。瞬間、左肩に焼けるような痛みが走った。銃弾が掠ったのだ。
「グウゥッ!?」
「何やってんだよ、イオ!?」
「嘘……あたし、イオを……撃っちゃったの……?」
「ライノォ!! てんめぇええええええええええええええええええっ!!」
イオの瞳は、怒りで満ち溢れていた。友人を傷付けられようとした怒り、自分が撃たれた怒り、そして、その友人に銃口を向けた少女に対しての、純粋な怒り。
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
痛む左肩を無視して振り向きながら、声にならない雄たけびと共にフライトジャケットに隠し持っていたハンドガン、FNブローニング ハイパワーを引き抜いた。恐ろしく洗練された動作で初弾を装填、そのまま一発、二発、三発と引き金を引く。しかし、装填までは良かったが所詮はど素人の片手撃ちだ。反動で照準がブレ、放たれたガラス質の弾丸が彼女に当たる事は無く、しかし、奇跡的に彼女の握っていたハンドガンを弾き飛ばす。
「何だよ……結構当たんねぇじゃねぇか……おいライノォ!!」
イオは立ち上がると、走って詰め寄ってはアメフト部顔負けのタックルでライノを転ばせ、その両肩を力強く掴みとる。彼女の瞳は、動揺に揺れていた。
刹那、周辺の景色が揺らぎ、設備のあちこちから同様のガラス細工が生え始める。
「てめぇ、味方を撃つとかついに気でも狂ったか!? 何考えてやがる!?」
「ち、ちがっ……あたしはただ、鳴谷慧と分かり合おうと……そうだ、イオなら分かってくれるよね? この静かで何もない世界の美しさも、アニマもザイも同じだってことも」
「ふざけんな!! 大体、変化の無い世界の、どこに面白さがある!? 寝言言ってんじゃねぇ!!」
パァンッ
静かな空間に、イオの張り手の音が響き渡る。だが、彼がライノをぶった左手に感じた感触は人肌の温かみでは無い。無機質なガラスのそれだった。
どこかへらへらと笑うライノのその姿を見て、怒りと同時に悲しみが込み上げてきた。
明るい性格も、周囲への気遣いも、社長秘書へのスキンシップも、出会ったあの日自分を守ると言ってくれたあの言葉も、全部嘘だったのかと。
その瞳には、自然と涙が溢れていた。
「イ、オ……?」
「------イオ!! ライノから離れろ!!」
不意にゾーイの声が聞こえた。反射的に飛び起きてライノから離れる。彼女もすぐに体勢を立て直すと手近に落ちていたハンドガンを拾おうとするが、その間を数発のガラス質の特殊弾頭が遮る。
その射手は、左肩にグリペンを米俵の様に担いだゾーイだった。両手でキッチリとサブマシンガンを構え、ジリジリと機体の方へ駆け寄るとグリペンを慧に預ける。
「彼女はもう、壊れてしまった。行こう、これ以上いたら私たちまで飲み込まれる」
「っ……結局、こうなるのかよ……!!」
ゾーイが危惧していたことが、現実に起こってしまった。イオは握り締めたハンドガンに目線を落とす。装填されたガラス質の何かで出来たこの特殊弾頭は、アニマを一撃で黙らせることが出来ると言う、対アニマ用特殊弾。今ここで彼女を撃てば、確かに離陸の障害は無くなるだろう。
そんな事は理性が分かっていた。だが、本能は違う。
銃を構える。今度は両手で。弾かれた銃を取ろうと手を伸ばした、彼女の頭に向けて。ど素人でも当てられる距離だ。背後ではようやく目覚めたグリペンが慧を連れてコックピットに乗り込み、離陸の準備を進めている。しかし、イオは結局最後まで撃たなかった。
「これがお前のやりたかった事かよ……見損なったぜ、ライノッ!!」
イオは涙を拭い、ゾーイにハンドガンを返しながらライノに向けてそう怒鳴ると、片手で燃料ポンプの給油口に結び付けてあったスタンドランプを乱暴にひっ掴んではホースを機体から外し、振り向くことなくFALKENに乗り込むとグリペンに続いて離陸を開始した。
「あはは、そっかぁ……嫌われちゃったなぁ……」
仰向けで天を仰ぎながら、離陸し上昇する二機を遠目から見つめるライノ。その体の右半分はガラス細工に浸食されつつあり、背後では元々の自分のドーター、F/A-18E ANMが有った筈の場所にはガラスの繭が出来ている。ライノが立ち上がると、ガラス質の繭は内側から弾け、サファイアブルーの外装に紫色の結晶が混じって変わり果てたF/A-18E ANMが姿を現す。
「でも、大丈夫だよ。イオがあたしを嫌いでも、あたしはイオが好きだから。だからきっと分かり合える」
コックピットを開放し機体に乗り込みながら、自分に言い聞かせるようにそう呟く。
「だから……そんなうるさい世界には、行かせない」
そう呟いた刹那、ライノは空港だった何かから生えて来た航空型のザイと共に離陸し、イオ達の後を追うのであった。
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18話冒頭へ戻る。
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「-----------なんて顔してやがる、ライノ」
「……え?」
気づけば、ライノは茫々と広がる青空の中にいた。聞き慣れた声にうずくまっていた顔を上げると、わずか数歩離れた距離に飛行服を着た金髪の少年が、肩を竦めていた。自分と同じく、何の支えも無しに宙に浮かんでいる。
「イ、オ……?」
「どうしたぁ? そんな泣きっ面して。お前らしくねぇぞ……と、言いたい所だが、お前はずっと強いられてきたんだよな。笑っている事をさ」
「でも、あたし、イオを殺しちゃった、鳴谷慧も傷つけた……」
「んなもんなぁ、人間同士のぶつかり合いじゃよくある事だっての。いちいち気にすんじゃねぇよ。にしてもさぁ、俺とお前って何だかんだ言って結構似た者同士っていうか……」
「似た者同士?」
「あぁ、誰にも中身を見て貰えないってところがな。自慢じゃないが俺は中学の時、結構な数の女子に告られたことがあるが、全部断ってやった。何でか分かるか?」
「……ううん」
「あいつらが恋してるのは俺じゃなくて俺のこの見た目だったからさ。そりゃ日本じゃ金髪碧眼なんてそうそうお目に掛かれないもんな。で、お前はどうだ? あの根暗ヒョロヒョロ木偶野郎にインプットされたパターンでしか動けなくて、本当のお前自身は誰も知る事は無い……な? 結構似てるだろ?」
「うん……」
「確かに、お前の言う通り人間なんて所詮その程度の生き物なのかもしれない。けどな、生憎俺はダメとか無理とか言われたことはやりたがるタイプなんでな。自分に都合の悪い運命だの天啓だのを、足掻かず諦めてホイホイ受け入れてたまるかっての」
イオはそこまで言うと、一度言葉を切った。
ライノの両目からは、未だに涙がとめどなく溢れ出している。
「けどあたし、やっぱり自分が何なのか分からないよ……」
「前にも言ったはずだぜ? んなもん自分で決めて良いって。まぁ、そうだな……誰でも無いなら丁度良い、今からお前はライノだ!!」
「結局変わってないじゃん……」
イオのその言葉に思わず突っ込みを入れるライノ。
しばらくの間沈黙が流れるが、イオはバツが悪そうに頬をかく。
「まぁ、なんだ……お前がいないと、俺も張り合える相手がいねぇんだよ。この前の模擬戦の撃墜数だって負けてるし、パフェ代だって返してもらってないしな」
急に現実的な話になった。
そのギャップ差に、思わずライノは噴き出す。気が付けば、自身に纏わり付いていたガラス細工は砕けて消え去っていた。
「やっと笑ったな。心から」
「だって、やっぱイオって馬鹿だよ。こんな所まで来てやる事が1000円ちょっとの借金取りなんて、ㇷ゚っ……アッハハハハハハハッ!!」
ライノは腹を抱えて笑った。大声でこの広い青空に響き渡るくらいに遠慮なく、笑った。
ひとしきり笑うと、イオは上を指さしていた。それに従い彼女も上を向くと、光が差し込み……
『--------なんて声、出してやがる。ライノォ!!』
「え?」
気が付くと、ライノは青い結晶の生えたコックピットの中にいた。どこからともなく聞こえてくる通信からはイオの声が聞こえるが、左右を見渡してもどこにも姿が見えない。レーダーを起動させ周囲を捜査、反応有り、極至近距離、自機の直上。
『どうだぁっ!!』
ライノがゆっくりと真上を見上げると、そこには瑠璃色の塗装が剥げ、クリーム色の本来の機体カラーが露出したFALKENの姿があった。その機体が背面飛行をしながら張り付いている。
グラスキャノピー越しに映る少年は笑顔で中指を立て、後ろの相棒はやや色味の薄い金色に輝く髪を揺らしながら、どこからともなく取り出したポラロイドカメラでこちらを撮影していた。
彼らは、生きていたのだ。
「だって……だってっ!!」
『俺は、超高校級の天才エースパイロット、イオ・ケープフォードだぜ? この俺がミサイルの爆発ごときで死ぬと思っていたのか?』
「『いや、それは流石に無理があると思う』」
ゾーイとライノが同時に突っ込むと、イオはガックしと項垂れた。機体を操ってライノの真上から横に位置取りを変えながらも、ゾーイがなぜ生き残れたのかをライノに説明する。
『前に社長秘書と先生から伝授された裏技でね。機体の信号をミサイルに落とし込んでリリース、そちらに攻撃を誘導させた後にそちらの機体の電装系をハック、撃墜したかの様に見せかけたのさ』
『で、俺はチャフを撒きつつ爆風に乗ってそのまま飛んでやった。名付けて必殺竜鳥飛びだぜ。決まるかどうかは賭けだったけどな』
イオは冷や汗をかきながらも笑ってそう答えた。
あぁ、世界にはこんなに面白い人間もいるのか。
確かに人間の世界は非生産的でうるさくて、汚れきっているのかもしれない。そんな世界にはつまらない人間しかいないのかもしれない。
けれど、彼がいる。
慇懃無礼、型破りで自分勝手、でも何だかんだ言って面倒見の良い、金髪の少年。
そんなごく一部の例外だけでも守る事こそが、自分のやるべきことであり、やりたい事だと、改めて認識できた。
だからあたしは、まだあっちに行く訳にはいかない。
「そっか、そうだよね……」
ライノが呟いた刹那、サファイアブルーの輝きが一層強くなり、機首周りや尾翼を覆っていた紫色のガラス細工が内側から弾け飛んだ。
コックピット内を侵食していた青いガラスの結晶も同時に姿を消し、いつの間にか晴れた青空にF/A-18Eでもザイでも無い、新たな存在が誕生する。
「あたしはライノ、ただそれだけの女の子!!」
コックピット内でそう宣言した少女の瞳は右目こそ紫色に変色していたが、確かな自信に溢れている。変色したFALKENの横を悠々と飛ぶ青紫の機体は、並んで中国本土を離脱しようと青空へ向けて飛翔した。
と言う訳で救済完了。あとは仕上げだけです。
本編でも正面からぶつかってくれる馬鹿がいてくれれば、自分自身を見てくれる人がいれば、ああはならなかったんじゃないかと思いこの作品を書きました。