ガーリー・エアフォースX2 ~蒼き鷹と灰の竜姫~   作:零八式

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7話 淵に立つ者

 出撃前の軽口と言い、まるで今もシミュレーターをやっているか様な感覚で戦うイオに憤りを覚える慧を他所に、瑠璃色のファルケンはアフターバーナーを全開にしてザイの背後に付き、機体下部の内臓式ウェポンベイからミサイルを射出。同時に機首を急激に上げてコブラ機動をとり、減速しつつ上昇。真上にいたザイにも機銃も発砲して撃破する。

 

 ミサイルの最終誘導をゾーイに任せ、撃破を確認しつつ、曲芸じみたきりもみ回転をしながら正面に向き直り、再び射線上に先ほど大打撃を与えた重爆撃型ザイに向けて冷却の完了したTLSの砲口を向ける。

 いくらCOFFINシステム採用型のコックピットが肉体に掛かるGを軽減してくれるとは言え、ザイに追いついてからのタッチダウンを決めた挙句、曲芸まで披露すれば当然吸収しきれないGが体に襲い掛かる。だが、

 

 (やべぇ、やっぱ超楽しい……っ!!)

 

 イオはそれでも笑っていた。

 今まで飛んできた偽りの空とは違う、初めて飛ぶ本物の空。その感触をまるで長年の相棒のように、いや、それ以上に自由自在に動かせる機体を通じて、余す事無く全身で感じるかのように、イオは戦場の空を傾いた。

 

 「すげぇな、ゾーイ!! これが、本物の空かぁ!!」

 

 感極まったイオは叫びながらTLSを発射。自分が最前線なので直線状に味方はいないのでお構い無しに放てる。

 先程損害を与えた傷口を抉るかのようにレーザーをなぞり、さらにその開いた傷口に塩ならぬ両翼に搭載された五連装ロケットランチャー全弾と機銃弾200発を放り込んでやる。

 その猛攻撃に限界を迎えたのか、重爆撃型は内部から崩壊するかのように爆発していった。

 

 「ざまぁみやがれザイ野郎!!」

 

 「イオ!! 後ろだ!!」

 

 ゾーイの警告を聞いてはいたが、大物を仕留めたことによって浸ってしまった勝利の余韻故にコンマ数秒反応が遅れ、接近を許した。

 敵は飛行型のザイの二機編成。振り切ろうと上昇するが、相手はこちらと違い減速無しに直上に軌道を変えて追いついてくる。

 

 「くそっ!! 振り切れやしねぇ!!」

 

 先程までの余裕はどこへやら。その表情は焦燥に苛まれていた。

 単純な推力ならイーグルをも大幅に上回るファルケンだが一つ欠点がある。それは、TLSなどの特殊な装備の積載故に出撃前に自身でも言っていたが図体も大きく自重が遥かに重いことで、実はパワーウェイトレシオ自体はイーグル以下、つまり加速性能が低いのだ。

 ドーター化に伴う改造のおかげで多少マシにはなっているとは言え、原形機の欠点が完全に消えた訳ではない。

 敵がミサイルを放つ。回避行動では振り切れないと悟りチャフ・フレアを射出。機体の至近距離でミサイルが爆発、生じた爆風が機体を叩く。

 このままでは、喰われる。

 

 「くそったれがぁ!! ゾーイ!! カナードおっ立てろ!!」

 

 「何と?」

 

 「いいからやれ!! 今すぐに!!」

 

 その間にもイオは、TLSの発射準備を進めながらエアブレーキを操作していた。直後に増大するつんのめる様な衝撃。TLS発射体勢移行による機首の展開やカナード翼の直立により前面投影面積が増え、空気抵抗が増大した事により機体が一気に減速したのだ。

 失速したファルケンを通り越す二機のザイ。背後につかれたことを悟ったか、急上昇で太陽の中に隠れようとする。

 だが、既にコンデンサーへのチャージは完了していた。

 

 「でぇえええええりゃあああ!!」

 

 そのまま減速を生かしてその場でハイGターンする事で一回転するクルビットを慣行。それも、TLSを照射したままでだ。

 空を切り裂く赤い剣が、振り上げられる。

 直上していたザイは二機とも縦に薙ぎ払われた赤いレーザーに巻き込まれ、溶断、爆発した。

 

 「……なっ!?」

 

 だが、敵の攻撃はそれで終わりではなかった。その直後にけたましくコックピット内に響くロックオン警告。減速したファルケンに対し、ザイが攻撃を放とうとロックオンをしたのだ。レーダーを見る限り敵は真後ろ、しかし完全に速度を殺してしまっていた為に再加速して振り切ることはまず不可能。TLSでもう一度薙ぎ払う手もあるが、ダブルクルビットをするには時間があまりにも足りない。

 

 死ぬ? この俺が? 死ぬ?

 

 千分の一秒の速度で駆け巡る対抗するための思考の数々。だが、そのどれもが不可能だと本能で理解してしまっている。もうこの距離では脱出レバーを引くことすら叶わない。全周囲モニターが無慈悲にもはっきりと視界の片隅に映し出す真実は、ガラスのように透き通った戦闘機が今にもこちらを撃墜せんと近づく姿。

 脳内が真っ白に染まり、思考が完全に停止しきる直前、こちらをロックオンしていたザイの反応が突然消えた。

 真下から襲い掛かった機銃弾が、ザイを貫いていたのだ。

 

 『イオ!! 生きてるよね!? 大丈夫なの、イオ!?』

 

 日頃よく聞く溌剌な声とは違う、切羽詰まったライノの声が、コックピット内に響き渡る。

 だが当のイオは酸素マスクを外し、過呼吸気味になりながらコックピット内で天を仰いでいた。

 操縦桿を握る手の震えが止まらない。視界がぼやける。曖昧になる感覚。それでも機体をどうにか水平に保とうとする手癖は、700時間以上に渡るシミュレーションの賜物か。

 

 『敵の残りは撤退を開始。もう戦いは終わったんだよ、イオ』

 

 「かぁー……はぁー……かぁー……はぁー……」

 

 シミュレーションでは感じる事の無かった自身の死の気配を本能で間近に感じて、混乱状態に陥るイオ。その間も機体は明後日の方向へと進み、燃料計の示す値がいよいよ帰投するまでの最低必要量を下回ろうとしている。

 

 「イオ、もう帰ろう。これ以上は戻れなくなる」

 

 「かぁー……はぁー……かぁー……はぁー……」

 

 ゾーイもイオに帰投を促すが、全身に冷や汗をかき完全に恐慌状態に陥ってしまったイオに、その言葉は届かない。しかも、突貫工事による配線の不具合なのか、後部座席から操縦系統の変更が出来ないのだ。残された道は前部座席から切り替えて貰うか、彼自身に操縦して貰うしかない。

 そう考えていた時、近くを飛行していたライノのサファイアブルーのスーパーホーネットがコックピット付近の装甲板を爆裂ボルトを起爆させて吹き飛ばし、ファルケンの真上に位置取り、背面降下して取り付くとグラスキャノピー越しにファルケンを見据えながら話しかける。

 

 『じゃあイオ、空を見てごらん。何が見えるかな?』

 

 辛うじて言葉の届いたイオが、モニター越しに映る空を見上げる。

 そこに映っていたのは、快晴の青空とサファイアブルーのスーパーホーネット、そして、それを操るグラスキャノピーの奥にいる笑顔の青い髪の少女。

 

 「あ、あぁ……空と、青いF/A-18Eと……お前が見える」

 

 『せいか~い。じゃあ、次は正面を見て』

 

 どうにかこちらを識別できる程度には回復した事に安心しながら、ライノは努めて明るく優しい声色を出す。これについては最早彼女の得意技なので、特に苦労する事もない。

 ライノはそのまま機体を操作してイオの前面につくと二問目を出す。

 

 『それじゃあ第二問。今度は何が見えるかな~?』

 

 「白い、雲と……お前が、見える……」

 

 『またまただいせいか~い。じゃあ右に旋回するよ? ゆっくりで良いからね~』

 

 まるで幼子をあやすかの様に優しげな声でイオを誘導し、どうにか旋回させて機体を本土へ向けさせることに成功する。振り向くと瑠璃色のファルケンはどこか機体が安定せずにグラついているが、少なくとも彼の技量であれば墜落する事は無いだろう。

 

 「すごいな、ライノは。私ではこうはいかないと思う」

 

 『ま、得意技だしね~。使える物は何でも使わないと。あ、イオはそのままゆっくりあたしに付いて来てね~』

 

 その手腕ぶりに感嘆するゾーイの称賛を受けて、にへらと笑うライノ。

 そして、時間は掛かったがどうにかしてライノはイオのファルケンを無事に小松基地までエスコート、着陸させることに成功するが、イオはその後安堵からか意識を失った。

 

 

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 「っつ……ぁ………」

 

 イオが目を覚ましたのは、色素の抜け落ちた世界だった。

 場所は何回見ても小松市内にある自宅のベッドの上で、乱雑に散らかった雑誌もそのままだ。

 

 (俺は、いつの間に家に帰されていたのか?)

 

 今一つ働かない頭で記憶を辿る。そうだ、本土にザイが攻め込んできた。ゾーイがトラブルを起こして、戦力が足りなくて、何も出来ない自分がもどかしくて叫び、バーフォードに殴られてまで勝ち取った出撃の許可。

 それからは、本物の空を飛んだ。加速時に押し寄せる殺人的なGの感触、シートから尻に伝わる機体の振動、体を突き抜けるような圧倒的な解放感。あれらは紛れもなく本物だ。

 

 「そうだ、俺は……っ!!」

 

 そこで彼は、思いだした。いや、思い出してしまったと言うべきか。

 完全に失速した自機をザイにロックオンされ、死に直面したあの瞬間を。だが、あの時ほどの恐怖は不思議と感じなかった。何か別の物が緩衝材になってくれていると言った、そんな感じだ。

 

 「アイツに、お礼言わなきゃな……」

 

 その後の記憶は曖昧だ。だが一つだけはっきり覚えていることがある。一面に映る青空とサファイアブルーの機体、それから、今にも崩れ落ちて泣きそうな顔でこちらに呼びかける青い髪の少女……泣きそう? アイツはあの時笑っていなかったか?

 今一つ思い出せず痛む頭を押さえながら、イオは立ち上がると自転車で小松基地まで走った。

 風景は何も変わらない。よく行くコンビニも、本屋も、スーパーも、目に映るものすべてが同じ。だが、その全てから色素が奪われている。

 それから何分走ったか、意識がぼんやりとし始め、不意に自転車を降りたその時だった。

 

 「こーんな所まで来たんだね、イオ隊員」

 

 聞き覚えのある少女の声が耳に入り、顔を上げる。距離にして約10m前後先、橋の向かい側に立つ少女。

 襟章の付いた白いシャツに黒のタイとスカート姿の上に黄色いパーカーを羽織り、フードを被ったサファイアブルーの髪と瞳を持つ少女。

 距離は開いているが、鮮明に彼女の声は聞こえてくる。 

 

 「ライノ……お前が、俺を連れてきてくれたのか……?」

 

 「うーん、それはどっちでの話? 夢? それとも現実?」

 

 「両方だ」

 

 「夢は違うよ、たまたまイオが『窓』から落ちてきただけ。でも現実は確かにあたし。大変だったんだよ~、パニくったイオ隊員をどうにかあやして誘導するの。まるで泣きじゃくった赤ん坊の相手をしているみたいでさ~」

 

 口調こそいつもとそう変わりないが、大仰に溜息を吐いてやれやれと言った表情で両手を上げるライノ。その仕草は、社交的で気遣いの出来る彼女からは到底想像の付かない、極めてガサツなものだった。

 話の内容もどこか面倒くさがっているような、日頃の彼女ならまず口にしない内容だ。

 

 「勘弁してよね~、下手したら燃料切れで二機とも海にドボンッ、ってのも全然有り得たんだから」

 

 「お前……本当にライノなのか?」

 

 「本当のあたし、ねぇ……ねぇ、イオ。あたしって何だろうね? ザイの残骸? ドーターを制御する自立制御プログラム? それともボーイング社製の戦闘機?」

 

 両手を広げ、色の無い空を仰ぎながらイオに問いかけるライノ。

 

 「……自分で決めたら良いんじゃねぇのか?」

 

 「自分で?」

 

 「『生き様を決めんのは他人じゃねぇ、俺だ』って、親父の受け売りなんだけどな。ったく、何でそんな性格の奴が軍に入ったんだか……お前が自分をアニマと思うならそれで良いし、ザイだと言うならそれでも良い。少なくとも俺は、他の誰かが自分で決めた生き様を否定するような真似はしねぇよ」

 

 「…………」

 

 その言葉を聞いて俯くライノ。イオも自分の言った言葉の恥ずかしさに気が付いたのか、バツが悪そうに頬をかく。それから少し経つと、突然イオの視界が白みを帯び始めた。それは、恐らくこの夢から覚めるタイムリミットなのだろう。

 

 「イオ隊員はそろそろ戻った方がいいよ。ここは人間には荷が重すぎるから」

 

 「待て!! ライノ!! せめて、あと一言言わせてくれ!!」

 

 橋の向こうで振り向き、立ち去ろうとするライノにイオは大声で呼び止める。

 そして一言、はっきりと呟いた。

 

 

 「……ありがとな」

 

 

 更に白みを増す視界。風景が白一色に染まっていく。

 それでも橋の向こう側には、最後までフードの下の青い髪と瞳が鮮明に見えた。

 視界が全て白に染まりきる最後の瞬間、彼女の声こそ聞こえなかったが、笑みを携えたその口はこう動いていた気がする。

 

 

 

 

 『いつか、本物のあたしを見つけてね』

 

 

 

 

 と。




分かる人もいたかもしれませんが、帰投のシーンの元ネタは映画TOPGUN序盤でのマーヴェリックのMIG-28への挑発と、クーガーへの付き添いを足して2で割った感じです。
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