冒険に恋焦がれて
エレシア大陸エウロペ地方北部。大国ロムンが支配を根付かせるこの地において、その影響が薄い場所にぽつりと存在する小さな寒村で、後に世界に名を轟かせる冒険家が産声を上げた。ここは“赤毛のアドル”と語り継がれる、偉大な冒険家が誕生した場所である。
「アドル、今戻ったぞ」
「おかえり、お父さん!」
ギィと木製の扉が擦れて開く音とともに、仕事を終えた赤毛の男が自身の家でもある小さな小屋のような建物へと帰還する。耳に残るその特徴的な音を察知したアドルと呼ばれた幼子は、音の発生源へと視線を向けて、荷物を抱えた自身の父親の言葉に快活な声で反応を返した。幼いながらに父親に尊敬の念を強く抱くアドルは、先程まで黙々と本を読んでいたのが嘘のように、その上機嫌が表情に映し出されていく。
「何だ、また読んでいたのか」
「うんっ、お父さんの本すっごく面白いから」
仕事道具を下ろし我が子の下へと歩いていくと、アドルの父は息子が自身もよく知る──自著の紀行文を綴ったものなので当然である──本を手にしていることに気付き、嬉しいような呆れたような表情を浮かべた。自分の本を斯様に愛してもらえるのは著者冥利に尽きるが、遊び盛りの子供が家に篭っていることに難色を示しているように見える。
アドル一人で一部の文字が擦り切れてしまうほどに読み込まれたそれは、アドルにとっての宝物に等しい。故に父の心を知ってか知らずか、その問いに対してアドルはにこにこと笑顔を絶やさぬままに頷く。
「アドルも冒険がしたいなら、部屋に篭ってばかりじゃなくて身体も動かさないとダメだぞ」
「うん、だから今日も皆と冒険してきたよ」
皆疲れたって言うからすぐに帰ってきたけど、と言いながら、アドルは父の軽いお説教に反抗するように自身が採ってきた木の実を見せつけた。褒めて欲しいと顔に大きく書かれたような気色満面のアドルを見て、彼の父親は一度大きく溜息を吐いてからぐりぐりとアドルの赤毛を撫で回す。小屋に灯るランプの灯りは、アドルが気持ちよさそうに目を細める光景を淡く映し出した。
「それじゃあ、飯でも食べながら冒険家アドルの話でも聞かせてもらおうか」
「分かった!」
元紀行家である自分とは違い、本を書いていないアドルを“冒険家”と称しながら、彼の父親はアドルの頭からゆっくりと手を離す。乱れた髪もそのままに、アドルは父の言葉に応えようと意志を込めた元気な声を上げた。瓜二つの赤は互いに笑みを向け合う。
「アドルは、やっぱり冒険家になりたいのか?」
「うん、僕もお父さんみたいに色んな場所を見て回って、色んなことを知りたい」
二人きりだが賑やかな食事を終えて、アドルの父親はアドルに気取られない程度に声のトーンを落として、幾度となく繰り返した問いを投げかけた。幼いながらも真面目な話であると察したアドルは、それに自身の正直な気持ちを言葉に乗せて返す。父親譲りの赤毛は揺れても、その固い意志はやはり揺るがない。
「血は、争えないみたいだな」
「? わ、痛いよお父さん」
暫し沈黙が続き、やがて、アドルの父はアドルの頭をガシガシと撫でる。先程のそれより力も心も込められたそれに、アドルは片目を閉じながら抗議の声を上げた。それでも、慈愛の表情を浮かべる父に嫌な気持ちは抱かない。
「この村にも名前が届くぐらい、立派な冒険家になるんだぞ」
「うん、お父さんに負けないように頑張るね!」
頭を撫でながら、父は子に自身の夢を託す。随分前に引退して叶えることができなかった、
この後十年の時を経て、赤毛の冒険家アドル=クリスティンは故郷の村を発つ。齢にして十六の少年は、一体どのような
あの時代背景で本書いてたなら、アドル君のお父さんは文字の読み書きとか村の子供たちに教えてそうだなって思いました。