Ys -白翼の軌跡-   作:水晶水

6 / 6
 曲名と舞台、状況がマッチしててにっこり。BGMの雰囲気とはマッチしてないがな!

 天竜と土竜さん、赤チリさん、評価ありがとうございます!


D.First Step Towards Wars

Main Character:アドル=クリスティン

Location:城塞都市ミネア レジスタンスのアジト

 

 

 

 

 

「皆、戻ったわよ」

 

 部屋の奥へと進むレアの言葉で、開け放たれた扉の向こう側から喝采が上がる。鉱夫を中心に構成されているという事前情報に違わず、その声は逞しい男のものが多分に含まれていた。

 

「赤毛の剣士……」

 

 誰が口にしたのか。それはレジスタンスにとってもミネアにとっても、今最も待ち望んでいる人物を表す言葉だ。アドルが隠しアジトに入室するのと同時に、水面が凪ぐような沈黙が部屋に広がっていく。一斉に向けられる視線に、アドルは少し居心地が悪そうだ。そんな彼を視線から守るように、サラはアドルの前を位置取って立ち止まった。

 

「私の占いで見えた通り、アドルさん……赤毛の剣士はエステリアに辿り着いていました。あの嵐の結界を乗り越えて」

 

 サラの言葉に、どよめきとも感嘆とも取れる声が其処彼処から上がる。知り合いが魔物の脅威から逃れるために船での脱出を試みた人間もこの場──というよりミネアには多いのだ。その結果どうなったのかは言うまでもないが。故に、その悲惨な過去を知る者たちにとって、やはりその事実は大きな意味を持つ。外界からやって来た勇者を見る複数の目に、強い好奇の輝きが宿った。

 

「で、でも嬢ちゃんの占いを疑う訳じゃないが……噂の剣士様が来たところで本当に大丈夫なのか?」

 

 そんな浮き足立つ雰囲気に言葉の水が差される。よく見れば、言葉を発した男のように不安を隠せていない人も少なからずいるようだ。それはよく当たるとはいえ占いを盲目的に信じていない者であったり、自分の子供よりも若いアドルを見て何とも言い難い感情を抱いていたりする者たちだった。

 

「た、確かにあんまり強そうには……」

「どう見てもまだガキだよな……」

 

 その負の感情は、戦い続きで精神的に不安定なレジスタンスに伝播する。サラの言葉で歓迎ムードだった雰囲気も、何か悪い方向へと流れ始めていった。あれだけ勝手に期待しておいて、今度は何も知ろうともしない内に失望している男たちを見て、サラは普段滅多に抱かない強く熱い感情が心に去来する。そして、その感情に任せて口を開こうとするが────

 

「鐘の音……?」

「野郎共!警戒態勢!傷が癒えたやつは地上へ向かって迎撃の準備だ!」

 

 突如聞こえる鋭い鐘の音。焦燥感を伴って遠くで打ち鳴らされるそれを耳にした瞬間、今まで部屋の隅で沈黙を守っていた厳つい男が声を張り上げる。その声を聞いて、それぞれに反応を示していた男たちは、一様に緊迫した表情を顔に張りつけた。それから一瞬遅れて、包帯をしていない鉱夫が武器を手に取ってから、部屋に複数ある扉から一斉に出ていく。残されたのは後から来た三人と、包帯を巻かれた鉱夫たち、それとその世話をする者たちだ。事態を理解していないアドルは、突然の出来事に呆然としていた。

 

「坊主、俺は俺自身が目にしたものしか信じない。お前がエステリアを救う人間だって言うなら、それを俺たちに示してみせろ」

 

 そんなアドルに言いたいことを言うだけ言ってから、人をまとめる風格のある壮年の男も、出て行ったレジスタンスを追うように地上へと向かう。折角の顔合わせの予定も、よく分からない緊急事態で台無しだ。敢えてアドルの心情を表すならそんなものであった。

 

「ごめんなさい、アドルさん……」

 

 出ていく人の波を見送るアドルに、サラは沈鬱な表情で謝罪する。あれだけの言葉を重ねた上でこの歓迎(扱い)だ。レジスタンスの副長のような役割を賜るサラをして、アドルに全霊の謝意を込めて謝るのは当然のことだった。

 

「あの人たち、凄く不安そうな顔してた」

「え……?」

 

 しかし、アドルはその扱いに、サラが予想していたような反応を返さない。寧ろ、向けられた感情を肯定して噛み締めているようにも見える。事実、アドルはそれを受け入れていたのだ。否定の言葉を吐いた男の瞳が、どうしようもない不安を宿していたのを目撃したから。仲間が傷付き、果てには死んでしまう闘争に身を置く恐怖を宿しているのを。実質的に未だ実績のない子供に無条件で信を置くには、あまりにも状況が逼迫し過ぎているのを理解しているのだ。

 

「サラさん、今は何が起きてるの?」

「あ……今聞こえたのは見張り台からの警鐘です。ラスティン鉱山から魔物が攻めてきたことを知らせるための」

 

 強い意志を宿した目を向けられて、サラはたじろぎながら状況を説明する。つまり、今しがた慌てて出て行ったのは、ミネアに迫る魔物を迎撃するためだ。

 

「それなら僕も行ってくるよ」

 

 ならば自分も行かなければならない。そのために、エステリアの人々を守るために、アドルはレジスタンスに参加すると決めたのだから。まだ見ぬ魔物への恐怖は、すぐさま飲み込んで勇気に変えた。

 

「……どうか、ご武運を。私もすぐに行きます」

 

 不当な扱いを受けたにもかかわらず、変わらぬ高潔さを見せるアドル。そんな彼を見て、サラは雑多な感情を隠すように飲み下す。それから、地上へ行こうとする彼を見送った。彼女の静かながらにも力強い声援を受け取って、アドルは来た道を弾かれるように走り戻る。

 勇敢な少年の背中を見る残された者たちは、その心に何を思うのか。少なくとも、先程のように身勝手な失望を抱くようなことはないだろう。あんな仕打ちをしてしまった自分たちのために立ち上がった勇者を、いったい誰が下に見ることができようか。

 

 

 

 

 

Location:草原街道

 

 

 

 

 

「坊主、来たか」

 

 地上に戻ったアドルは、邪魔な荷物をサラの仕事場に置いてからすぐ北門へと向かった。手にしているのはスラフからの選別の長剣一本だ。門周辺で既に陣形を作る集団に近付くと、出て行く前に声をかけてきた男がアドルに気付く。そして、男はその硬い表情筋を緩ませて僅かに笑みを見せた。予想通りに臆せずやって来たのだと

 

「状況は?」

「あれを見てみろ」

 

 端的な問いに返ってくるのは端的な答え。短い遣り取りを経てから、アドルは男が指差す方向へと視線を移す。すると、彼は見たこともない生物が大挙して迫ってくる光景を目にした。その異形の波は見る者に言い様のない恐怖を覚えさせるようだ。事実、震えを隠せていない人間もこの場には少なくない。

 何度となく行われてきた侵攻に、ミネアの住民の心は既に限界寸前だ。いつ終わるとも知れない闘争は、まず初めに人の心を削り取る。殺しても殺しても衰える気配のない魔物の攻勢は、退路を絶たれた人間にとって恐怖以外の何物でもない。

 

「あなたの言う通り、示してみせます」

「じゃあお手並み拝見だな」

 

 そんな中、気負った雰囲気を見せない人物が二人。言うまでもなく、それは唯一会話を交わしていた二人だ。場の空気とは対称的な存在は、やがて示し合わせたように別れる。再び一人になったアドルは、鞘から勢いよく剣を引き抜いてから陣形の前へと歩を進めた。

 

「お、おい?」

 

 かけられる戸惑いの声も無視して、アドルはなおも歩みを止めない。そして、その歩みは徐々に地を踏むインターバルが狭まっていき、最終的には疾走へと変化した。

 

「お、親方! あいつ!」

「落ち着け、馬鹿たれ。そんでもってよく見ておけ」

 

 陣形から飛び出したアドルを指差し慌てる若い男を、親方と呼ばれた男が窘める。平原を駆ける風となる赤毛を見つめるその顔は、何処か確信に近いものを抱いているようにも見えた。

 

「サラの嬢ちゃんの占いはやっぱり本物だよ」

 

 そう、それはアドルの勝利への確信。見たものしか信じないと口にした男は、少ない対峙でアドルが宿す覚悟と実力を薄々ながら感じ取っていた。侵攻する魔物とアドルが激突する

 

 

 

 

 

「ギャッギャッ! ギギッ!」

 

 走るアドルに耳障りな声が届く。歯軋り混じりの鳴き声に目を向ければ、突出するアドルを視認した魔物たちが、同じように群れの中から飛び出して襲いかかろうとしていた。その数は三体。数の上では明らかに不利な状況に、アドルは視線を鋭くさせる。その顔に油断の二字は刻まれていない。

 

「ふっ!」

 

 まずは出会い頭に一閃。青白い死体のような肌色をした人型の魔物──カーロイドが、手にしたボロ剣を振りかぶるのを見た瞬間。アドルは構えていたロングソードで、頸を切り捨てる横一文字の斬撃を力強い踏み込みと共に放つ。見惚れるような軌跡を描く剣閃は、一撃でカーロイドの骨をも断ち切ってその命を散らせた。

 

「バウッ!」

「っと!」

 

 飛び散る血潮が地面に付着するよりも早く、次なる魔物がアドルに襲いかかる。邪悪な力で凶暴化した二頭の野犬───リーボルは、死骸となったカーロイドの陰から飛び出すように、剣を振るったアドルへと跳躍した。その外法にて強化された膂力で振るわれる攻撃は、生半可な対応ではすり潰されてしまうだろう。しかし、アドルは危なげなく身を屈めて転がり、二つの驚異をやり過ごす。飛び越える二体の魔物はアドルとレジスタンスの間に降り立った。

 

「せぇいっ!」

 

 そして、足が接地するのと同時に、アドルは地面を蹴ってリーボルへと加速する。着地直後で背を向ける野犬は、未だアドルの方へと身体を向けることができない。その無防備な背中に叩き込まれるのは、気合いの込められた唐竹割りだ。踏み込みと同時に叩き込まれる大上段の一撃は、魔物と化した命を神のもとへと送った。

 

「はぁっ!」

「ギャンッ!?」

 

 片割れの死にリーボルは焦る。しかし、気付いた時にはアドルの返す刃が眼前に迫っていた。喉元を鋭く斬り裂く剣に、もう一体もその肥大化した身体から血を撒き散らして絶命する。

 息を呑むような数秒。たったそれだけの時間で、アドルは恐怖で震える男たちが苦戦していた魔物を斬り伏せた。アドルが再び魔物の群れへと向き直る中、男たちの心に確かな思いが生まれ始める。血を払うために振るわれるアドルの剣から、風を切る音が戦場に響いた。

 

「っ!」

 

 油断なく構えるアドルの右方から、突如木々をへし折るような快音が轟く。それは木に擬態していた魔物──オークロットが動く音だ。それは存在しない声帯の代わりを務めるように鳴り響いているようにも思える。迫る枝葉が折れる音に、アドルは剣を薙いで受け止めようとするが────

 

「消し飛びなさい!!」

 

 猛然と紅が迫り、それはオークロットに着弾するのと同時に炸裂する。常の落ち着いたそれとは違う、気合の込められたサラの声がアドルが奮闘する前線にも届いた。魔物を灰へと変える思わぬ援護に、アドルがミネアの方を振り返るとそこには大きな杖を手にしたサラの姿が。向けられる杖先の煌々と輝く宝石に炎が揺らめいている。アドルはそれを見て──原理は分からないが──爆発を引き起こしたものの正体がそれであると当たりを付けた。頼もしい味方が増えたことに、アドルは湧き上がる好奇心を抑え込んで再び戦場へと向き直る。

 

「おらぁ! 若いモンに全部任せちまっていいのか!? 俺たちも出陣()るぞ!!」

「オオォォォォ!!!」

 

 そんなこの場においては比較的若い二人の活躍を見て、指揮を執る親方が鼓舞する声を上げた。その尻を蹴り上げるような激励を受けて、レジスタンスの総員は震える身体を大声で吠えて奮い立たせていく。各々が手にする武器を振り上げてアドルの援護をするべく走り出すと、それを見た魔物の軍勢も威嚇するような咆哮を上げて殺到し始めた。

 赤毛の剣士の活躍を口火に、戦いの火蓋は切って落とされる。いざ、開戦だ。

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁあっ!?」

「あぶ、ないっ!」

 

 戦場の前線では、剣や斧といった近接武器を手にした男たちと魔物がぶつかり合う。市壁の上に配置された後方部隊も空から強襲してくる魔物に矢を放ち、大群同士の激突は混沌とした様相を見せていた。杖を振るい炎を飛ばすサラも、弓兵隊に混ざり鳥型の魔物を撃墜しているようだ。

 そんな中、アドルは尻もちをついて悲鳴を上げる青年の前に勢いよく飛び出して、振り下ろされる魔物の凶刃に自身の剣を挟み込む。力の差はあれど、疾風の如き勢いを乗せた長剣は魔物の斧を弾き飛ばし、アドルは続け様に体勢を崩した魔物の心臓に刃を突き立てた。走馬灯さえ見えた命の危機を救われ、レジスタンスの青年は呆然と赤毛の勇士を見上げる。

 

「大丈夫?」

「あ、ありがとう」

 

 身を案じる言葉にぎこちなく言葉を返す青年に、アドルは柔らかく微笑んだ。頬に血が付着する笑顔も、アドルのそれは何処か爽やかさを見せるようだ。素早く腕を引かれて立ち上がる青年は、現実味のない感覚に襲われながらそう思う。

 開戦からしばらく経った今、戦場は敵と味方が入り乱れる混戦状態へと陥っていた。見渡せば其処彼処で命の遣り取りが発生している場で、アドルは今のように何度もレジスタンスの一員を援護しながら駆けずり回っている。おかげで今のところ人間側の死傷者は出ておらず、その事実が更にレジスタンスのメンバーを鼓舞して、その攻勢に強さを増していった。

 

「とにかく一人で無理はしないで、誰かと協力して確実に一体ずつ仕留めていこう」

「は、はいっ、分かりました!」

 

 青年にアドバイスしてから、アドルは戦場へと視線を巡らせる。魔物を屠りながら誰かを助けるために。

 

「ぐあぁっ!」

 

 再び聞こえる悲鳴。アドルの身体はそれを頭で認識するよりも早く動く。足元に落ちている、灰になって消えた魔物が所持していた斧を蹴り上げて手に取ると、アドルはその場で素早く回転した勢いのまま振りかぶり、全身を連動させて斧をぶん投げた。ビュンっと風を切る音を軌跡に残して、斧は回転しながら真っ直ぐ飛んでいく。その行先は、肩から血を流す男に覆い被さるカ―ロイドの胴体だ。

 

「それを使って!」

「っ! う、おぉぉおぉぉっっ!!」

 

 アドルは武器を落とした男に檄を飛ばす。飛来した斧が深々と突き刺さって弾き飛ばされたカーロイドに、そのままトドメを刺せと。その鋭すぎる支援を受けて、男は痛む肩を烈哮で無視しながら立ち上がり、形勢逆転して倒れ込む魔物の身体にそのまま斧を押し込んだ。ぶつりと音を立てて、その刃はあらゆるものを断ち切っていく。胴体を上下で泣き別れされたカーロイドは、生命維持をできずに灰となって消えた。黒い靄が余韻のように零れて、風に流されて何処かへ吹き流れていく。

 横目で男の無事を確認しながら、アドルは迫る五体の魔物を一撃必殺の剣閃で斬り伏せた。此度の戦争の幕を閉じる妙技を前にして、その場に居合わせた人間は勝利したことも忘れて赤毛の剣士に魅入ってしまう。そんな彼が何度も悪夢の象徴を断ち切った剣を鞘に納めた時、倒れる人のいない戦場に地を揺るがすような勝鬨が響き渡った。

 エステリア解放のための戦い。その幾度も繰り返された争乱の中で初めて死傷者が出なかったことに、ミネアの勇士たちは狂喜乱舞する。皆が視線を送る誰よりも歳若い剣士が、自分たちが一度は疑いの目を向けてしまった少年が、この国を救う人間であると心の何処かで理解して。祝福するような陽の光が降り注ぐ中、今此処に反撃の狼煙が上がった。




 レジスタンスの名もない人たち。絶対人数足りないけど、名前は本編のNPCから引っ張ってこようかな。
 最近(基準の幅が広い)のFalcom作品はNPCにも全員名前があるので、こういう時に便利。赤毛の時にも言ったなこれ。

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