虹ヶ咲短編集 日常の切れっ端   作:キルメド

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上原歩夢は"あなた"に喜んでもらう方法を探していた。そしてそのために中須かすみを探していた。かすみは歩夢の必死な頼みを了承、彼女にパン作りを教えることになった。
しかし、かすみがただで教えるはずもなく・・・自体は思わぬ展開に。
歩夢とかすみの一つの触れ合いが同好会で事件を発生させる!そんな日常の切れっ端


エンガディーナと2つのタルト

「ふんふふーん、エル!オー!ブイ!イー!かすみん!」

 鼻歌と自分の歌のコールを混ぜ合わせて口ずさみ門をくぐる。スクールアイドルは毎日レッスン尽くしというわけではない。今日のようにオフの日もある。

(だからと言って何もしないかすみんじゃない!帰ったら自主練して先輩達にいつもの特製パン作戦を……ふふふ)

 かすみは同好会メンバーに自分で作ったパンをプレゼントする作戦を実行するつもりだ。アイドル達のカロリー計算を狂わせるだけではなく、『先輩』ことスクスタの好感度を上げることもできる画期的な作戦なのだ。

「今回はコッペパンじゃなくてパイにでも挑戦してみようかな〜」

「へぇ、かすみちゃんってパイも作れるんだ」

「そうなんですよ〜タルトよりは難しいんですけど……歩夢先輩!?」

「そんなに驚くことかな?」

 何気なく呟いていた言葉をキャッチして投げ返しナチュラルに会話にされた。受け答えてから反応に気付く。

「いえ、物凄く自然に入ってきましたから」

「ずっとかすみちゃんのこと探してたんだ。ちょっとお願いがあってね」

 自分と横並びに歩く歩夢をよく見ると少し息を切らしていた。放課後になってからずっと学園内を駆け回っていたようだ。

「え〜、今日はかすみん予定が入ってるんで早く帰りたいんですけど〜」

「お願い!そこをなんとか!かすみちゃんにしか頼めない事なんだよ!」

「かすみんにしか……そこまで言うなら仕方ないですね」

「ありがとう!」

 二つ返事で願いを聞いたりはしないが、断る気もあまりないのであっさりと受け入れる。それに歩夢はスクスタに最も近い人間でもある。ここで恩を売っておくこともありだろう。

(何事もかすみんの計算が裏にあるんですよ〜)

 キラキラとした純粋な笑顔を見せる歩夢とは異なる笑顔を心中で浮かべた。

「それで何をすればいいんですか?」

「うん!かすみちゃんにパン作りを教えてほしいの!」

「はい!?」

 思わず数歩前に飛び出す。まさかそんな事を頼まれるとは思わなかった。

「だ、ダメかな?」

「いえその……ちょっと考えさせてくださいね」

 立ち止まった歩夢の二歩手前で表情を隠してグルグルと思考を巡らせる。

(まさかパン作りを教えてくれだなんて。このままだとかすみんのアイデンティティーが奪われちゃう!歩夢先輩は料理からっきしダメってわけじゃないだろうから、変な作り方で騙せる気がしない)

 かといって普通に教えればプレゼント作戦も普段からやっている好感度上げも一気に歩夢に奪われてしまう。

 しかしかすみの中で名案が浮かぶ。

(いやむしろ、これはチャンス?歩夢先輩にアレをさせて・・・これならいける!)

 脳内で豆電球が点いてファンシーな効果音と共に飛び跳ねる小さな自分のイメージが浮かぶ。

「いいですよ〜かすみん先生がパンの作り方を教えてあげます」

 にっこりと振り返るかすみの内面は想像するのは容易いのだが、歩夢は気付いていない。

「やったぁ!よろしくねかすみちゃん先生!」

「でも教える代わりに歩夢先輩にはやってほしい事があるんですけど、いいですか?」

「うん!私にできる事なら何でもやるよ!」

 その言葉を聞いてまたかすみは悪どい笑みを浮かべたのだが、喜びのあまり歩夢はそれを見逃していたのだった。

 

 数時間後、歩夢から同好会全員に呼び出しがかかった。集合場所は同好会の部室だ。

「呼び出されたはいいけど何の用かしら?」

「私、聞いてない」

 ただ来てくれと言われただけで目的を聞かされていないメンバーは不審に思っていた。璃奈も『ハテナ』の璃奈ちゃんボードを付けている。

「急に呼び出しちゃってごめんね。全員来たら話すから」

「ならいいのですけれど……歩夢さん、そんなに俯いて具合でも悪いのですか?」

「ううん、大丈夫だよ」

 しずくが心配そうに覗き込むとなんとか歩夢は笑顔を作った。

「すみません遅くなりました!歩夢さん!急に全員を集めて一体何が!?」

 大きな音を立ててせつ菜が駆け込んできた。息を切らして、しかしその目は期待に満ちており爛々と輝かせている。

「いや別にそんな急ぎの用事じゃないから。とりあえず全員来たら説明するからからせつ菜ちゃん落ち着いてぇ」

「ちょっと集合遅いんじゃないですかせつ菜先輩?それにエマ先輩と彼方先輩も遅いですねぇ。多分2人一緒に来るでしょうけど」

「かすみんったら真面目だね。アタシが来た時にはもう歩夢と一緒だったし」

 呼び出しにすぐに応じたのは愛だった。その後しばらくして果林、しずく、璃奈の順でやってきて前述の通りせつ菜が来た。

「やっほー、彼方ちゃんだぞ〜」

「ごめんね遅くなっちゃって。彼方ちゃんを起こしてたらこんなに時間経っちゃった」

 かすみの予想通り、彼方を連れてくる形でエマが来た。これでスクールアイドル同好会メンバーは全員揃った。

「あとはスクスタ先輩だけなんだけど」

「先輩は今日は用事があるみたいで来れないみたいです」

事前に連絡を受けたらしいかすみが答えると全員の顔が歩夢に向けられた。

「それでは歩夢さん!ご説明を!」

 期待、心配、不安、興味、多くの感情が含まれた視線を歩夢は一人で受ける。

「えっと……先に言っておくね。今回集まってもらったのは、ちょっとした告白みたいなものなんだ」

「告白……ですか?」

「なんのことかな?」

 告白という言葉に少しざわつき出すと歩夢はすぐに体を折った。

「ごめんなさい!」

 ざわつきがより一層強くなる。オフの日に呼び出されて唐突な謝罪、誰しもが困惑の表情を浮かべた。

「皆さん落ち着いてください!ちゃんと説明するって歩夢先輩が言ったじゃないですか!」

「うん、説明するよ」

 かすみと歩夢の声を聞くと一旦ざわつきは収まる。そしてまた視線が歩夢に集中した。

「先週くらいにエマさんの実家からお菓子が届いた時のことです」

 先週、正確には9日前になる。エマの故郷スイスからエンガディーナというスイスの菓子が届いた。しかも同好会の事を知っているエマの両親が各2つ当たるようにと20等分に分けられて、丁寧に1つずつ色の違う紙で包んで箱に入っていた。

「あーあれかぁ。事件が起きたなぁ」

「確か後から来た璃奈さんが本来当たるはずのエンガディーナが1つしかなかった事が……まさか歩夢さん!」

 しずくの指摘を受けると歩夢が申し訳なさそうにまた頭を下げた。もうこれ以上事件のことを説明することはないだろう。

「ごめんなさい!エンガディーナは食べたことあったんだけど、本場の物があんなにも美味しかったからついもう一口だけ。璃奈ちゃんに謝ろうと思ったんだけど……中々言い出せなくって」

「もういいよ歩夢さん……それに謝るならスクスタ先輩に謝ってください」

 璃奈が笑顔のりなちゃんボードを見せる。

「そうだね。1番に謝るべきはわたし達じゃなくてスクスタだと思うな」

「クラスが一緒なんだからタイミングなんていくらでもあったはずよね?」

 エマと果林からも厳しい指摘を受けた。そう、本来謝るべき相手はスクスタなのだ。

「あの時のスクスタは自分が食べる分をりなりーに一個あげたんだっけ。いやぁアタシも一個あげるつもりだったんだけど先を越されてお手上げだったわ」

 スクスタは惜しむ事なく自分が食べようとしたもう一つのエンガディーナを璃奈に差し出したのだ。これによって犯人探しや言い争いも大して発展しなかったのだ。

「あれ?愛ちゃんってその時はもう2つとも食べてたんじゃなかった?」

「それは言わない方が、私も2つとも食べちゃってましたし」

「ちょっとカナちゃん!せっつー!そこはまず『あげる』と『お手上げ』をかけたところに『ダジャレ言ってる場合ですか』とか突っ込んでよ!」

「気付きませんでした」

「それは変則型すぎ〜」

 歩夢の暗い表情とは明らかに空気が違う。それは愛なりの気遣いでもあった。

「皆さんあまり気にしてないようですが……歩夢さんはちゃんと私達に謝りました。後は先輩に謝って許していただければ無事解決ですね」

「え……うん。いいのかな、これで」

 少々当てが外れてしずくの言葉を聞いてもスッキリしない歩夢だった。

「えっと……なんかみんな気にしてなかったみたいだけど、私は謝りたくってみんなを呼んだんだ。だから」

「これで終わりって事で良いわね」

「は、はい」

 果林が状況を察する。あまりにもあっさりと許されて逆に居辛くなっているのだ。この場は流れでそのまま解散するのが無難だろう。

「ちゃんとスクスタに謝る言葉を作っておくのよ。じゃあ私は失礼するわ」

「では私は演劇部の方に顔を出してから帰ります」

「じゃあわたしもこれで」

「アタシも帰るわ。いやーしっかし歩夢が犯人とはなぁ」

「包んでいた袋はゴミ箱に20個入ってましたしこの中にいるとは思いましたが……」

「真面目な犯人だったもんねぇ〜」

 果林としずくに続く形でぞろぞろと部室を出て行く。残ったのは璃奈と歩夢とかすみの3人になった。

「じゃあ私も……謝ってくれてありがとう。私は許したからね」

 しかし、りなちゃんボードは少しだけ不機嫌そうな目を伏せた表情、これが何を意味する表情なのかは歩夢にもかすみにもイマイチ分からなかった。

「たまにりな子って伝わりにくい顔しません?」

「どうなんだろう?璃奈ちゃんの絵は可愛いんだけどなぁ」

 人間の表情というのは分かりやすいものもあればそうでないものもある。ある意味璃奈の再現性の高さが成せる技かもしれない。

「ふぅー、これで教えてくれるの?かすみちゃん」

「はい教えますよ。実際皆さん気にしてなかったようですし、大したこともなかったでしょ?」

 力の抜けた声を出す歩夢の頭をかすみが撫でる。そう、この告白自体がかすみが仕組んだものだった。9日前にエンガディーナを1つ余計に取ったのは実はかすみだった。

「だったらかすみちゃんが言えばいいと思うんだけど、私こんな感じでドキドキしたことあんまり無くって……せめて心の準備とか」

「そりゃかすみんのイメージもありますしぃ、タダ教えるよりもこうやって落とし前を付けておかないと、ですよ」

 一応9人がいる同好会はスクールアイドルとして互いに高め合う、あくまで競合する9人でもある。そのまま善意で教えることをかすみの意識の高さが拒んだ……という事にしている。

「スクスタ先輩には今度謝るとして、ですよ。心の準備は要りますか?」

「そっちは大丈夫……かすみちゃん!よろしくお願いします!」

「それではかすみんハウスへレッツゴー」

 まだ完全に振り切れたわけではないが、目的であるパン作り教室はすぐ開かれようとしていた。即座に気持ちを切り替えて歩夢はかすみに着いていくのだった。

 

 かすみの家に到着するとすぐにキッチンに案内された。もちろん清潔面でのチェックをしてから。

「当然だよね、パンは手で作るもんね」

「基本中の基本ですけど本当に大事なことです」

 真面目に手洗いうがいをしてからエプロンと三角巾を付けて厨房に立つ歩夢とかすみ。

「で、どんなパンがお望みなんですか?やっぱりかすみんがよく作るコッペパンとかですか?」

「あー、えっと、タルトとか作ったら喜びそうだなって気がして」

 誰が喜びそうなのかという分かりきった問いかけはしない。そのほんの少し赤く染まった頬が答えだ。

「ふーん……まぁかすみんにかかればお茶の子さいさいですけど、歩夢先輩に出来ますかね?」

 歩夢といえばどちらかと言うと鈍臭い印象を受ける。段差のないところで転ぶこともあれば果林のように道案内されても迷ってしまったり、レッスンでの飲み込みの遅さも下から数えた方が早いだろう。

「難しいのは分かってるしあんまり自信もないよ。でもやりたいんだ!」

 それでも同好会に居続けるのはこの熱意と努力だろう。せつ菜やしずくの様なメラメラと燃え上がらせるタイプではなく、また愛の様に勢いで進んでいくタイプでもない。ただその情熱の炎は間違いなく燃え滾っているのだ。

「まぁ頑張ってくださいね。教える以上、手は抜きませんから」

「はい!かすみちゃん先生!」

 こうしてかすみによるパン作り教室改めタルト作り教室が始まった。かすみの腹の底で考えていることも知りもしないで。

(たしかに教えることに関しては手は抜きませんよ。後で美味しくない物が出来上がって、かすみんの教えた通りにしたのに〜なんて言われたら目も当てられませんからね)

 だからといって何の算段もなく親切に教えるかすみではなかった。

(確かにかすみんと同じような事をしてアイデンティティーを取られそうにはなりますが、歩夢さんにはかすみんが背負わせた腹ペコキャラがあります!これで歩夢先輩が『美味しくできたよ』とでも言ってしまえばみんな歩夢先輩の事を思って遠慮して食べなくなる!にひひ)

 その上かすみの方がパン作りとしては先輩なのだ。これまで作ってきた経験と実績がある。たとえかすみ本人に教わったとしても簡単に味を抜かされる事はない、そうかすみは踏んでいる。

(そう!言ってしまえばかすみんと歩夢先輩は師匠と弟子、弟子が偉大なる師匠を超えることは決して無いんです!)

 諸々の思考を巡らせ心の中で勝ち名乗りを上げる。眼前で必死にメモを取る歩夢は心の中で見下されているとは気付いていないだろう。

「かすみちゃんってお料理してる時っていつも笑ってるの?」

「にへへ、そんな事は。ただ食べてくれる人のことを考えて作ってるだけですよ〜」

「そっか……やっぱりそういうの大切なんだね!よし!私も!」

 かすみの口から出る言葉に純粋な反応をする歩夢を見ていると何だか騙して悪いような気もするが、だからと言って心の内を明かす事はない。

(ふふふ。今に見ていてくださいよ!歩夢先輩がそうやって作った物をかすみんがあっさり上回っちゃうんですからね!)

 腹黒な思いを巡らせながらもかすみの教えは続いた。言葉の通り手抜きは一切ない。こういったところが愛に真面目と揶揄われる一因なのだろうか。

「今日はありがとうかすみちゃん!早速明日作って渡すね!」

「明日ですかぁ……まぁ頑張ってくださいね」

「うん!」

 結局その日は日が落ちて結構な時間が経つまでタルト作りを教えていた。門から出て帰路につく歩夢を見送ると、かすみはもう一度厨房に立つ。

「さて、格の違いってやつを教えてあげましょうかね」

 かすみも明日に向けてタルト作りに勤しんだのだった。メモを書いている時も実際に作っている時も歩夢の目は真剣だった。明日必ず自分で作ったタルトを持ってくるだろう。

「歩夢先輩のタルトが霞むくらいすっごいタルトを作って先輩はかすみんの虜です……ふふふ」

 かすみの自信がその背中を押す。歩夢と作ったタルトを傍に置いて本命を作り始めるのだった。

 

 翌日。歩夢は緊張した面持ちで登校してきた。歩夢のことをよく知るクラスメイトに調子が悪いのか?と聞かれたりもした。それだけ歩夢は表情に出やすい人間なのだ。

「え?今日?いや何もないよ。ただ、今日ののレッスンの前に渡したいものがあるんだ」

 スクスタに指摘された際にもそう返した。歩夢には言わねばならないことも、しなければならないこともあるのだが、まだ言える状態でもできる状態でもないからだ。

「それは何かあるって?それはそうだけど……とにかく待っててね」

 午後の授業が終わると一旦家に帰り、朝に作っておいて常温保存しておいたタルトを容器に入れる。そして容器をピンク色の布で包んで再登校。向かう先は教室ではなくスクールアイドル同好会の部室だった。

「ごめん!遅くなっちゃった」

 部室に入ると既にスクスタを含めた全員が揃っていた。そしてテーブルの上には歩夢が持っている物と似た形をした黄色い包みがあった。

「遅いですよ!歩夢先輩!」

「ごめん。これ取りに戻ってたんだ」

「安心しなよ〜かすかすもついさっき来たところだからさ」

「かすかすじゃなくて"かすみん"です!」

 愛の茶化しにいつも通りの言葉を返すかすみ。しかしその内心は至って冷静だ。

「歩夢ちゃん、持ってるそれは何?」

「かすみちゃんが持ってきたのとよく似てるわね」

 彼方が歩夢の持ち物を興味深そうに見つめる。かすみが持ってきたなら中身の判断は容易いが、歩夢がこういった物を持ち込んでくることは滅多にないのだ。自然と視線を集める。

(にひひ、先に歩夢先輩のタルトを食べさせれば後から食べる超美味しいかすみんのタルトのいい比較対象になる。これもぜーんぶかすみんの計算のうちですよ、歩夢先輩)

 ただ1人かすみだけはその中身を知っていることもあってタルトではなく歩夢の方を見る。

「これは私が作ってきたんです」

 黄色い包みの隣に置かれたピンク色の包み。それを開くと中にはさくらんぼを大量に乗せたタルトが姿を現した。

「おお!!すごーい!」

「さくらんぼの彩がとても綺麗です!」

 さくらんぼの鮮やかな赤色が全員の視線を集めた。生地の上に積むように乗せられた大量のさくらんぼの下には僅かに見えるゼリーが照明と日の光を反射した。その出来栄えは昨日作り方を教わったとは思えないものだ。

(ふ、ふーん。思ったよりも美味しそうにできてるじゃないですか。でもかすみんのには及びません!)

 その完成度にはかすみも思わずライバル意識を強くしてしまった。

「でもいきなりどうしたの歩夢?わざわざこんな手の込んだ物を作ってくるなんて」

「歩夢さん、お菓子作りが趣味でしたか?てっきりそういうのはかすみさんやエマさんの分野とばかり」

 確かにいきなり作ってきたのだからその疑問が生まれるのは必然だ。もちろん歩夢には答えられる理由がある。

「これはね……私からのお詫びなんだ」

「なるほど、そういうことですか」

「それで作ってきてくれたんだね」

 その場にいる7人は納得の頷きを見せた。ただ昨日いなかったため状況を飲み込めていないスクスタは疑問符を頭から飛ばし、かすみはまるで不意を突かれたかのような顔をしている。いや実際に不意を突かれたのだ。

「この前エマさんの故郷から届いたおやつ、私が1つ多く食べちゃって"あなた"食べる分少なくなっちゃったから。だから今度は私がみんなに振舞う番なんだ」

 思い出したスクスタは手を叩くが直後にバツの悪そうな顔をした。

「いいんだよ。エマさんの故郷のお菓子ほど上手くは出来てないけど、あの時の分まで"あなた"に食べて欲しいんだ。もちろんみんなにもね」

「では頂きましょう。レッスン前のエネルギー補給ということで」

「歩夢先輩、いただきまーす」

 歩夢の誠意を受け取り既に切り分けられていたタルトに手を伸ばす。その味に次々と舌鼓を鳴らす。

「生地はサクサクだけどゼリーのかかった部分はしっとりしていて美味しいわね」

「このさくらんぼは小さいから意外と丸ごとでも食べやすいね」

「家で粒の小さいさくらんぼがいっぱい余ってたからこれにしたんです」

 そうこうしているうちにスクスタも歩夢特製のさくらんぼタルトの味をかみしめていた。

「美味しい?ありがとう」

 

 その微笑ましい光景にかすみは歯軋りを鳴らした。

「ずるいです!歩夢先輩!そんなやり方卑怯ですよ!」

「ひ、卑怯?どういう意味なのかすみちゃん」

「そのまんまの意味です!」

 歩夢の方を指差し地団駄を踏む。かすみからすればお詫びの品としてタルトを振る舞うとは予想外のこと、これでは味で勝てたとしても歩夢のタルトに完全勝利には至らないからだ。そして計算外のことが起きその想いが言葉と行動に出てしまった。

「へぇ〜。卑怯ってのはさ、歩夢がエマっちのお菓子を1個多く食べてないからお詫びの品にならないってこと?かすかす〜?」

「かすかすじゃな、いえその歩夢先輩が食べたことは間違いないんですよ。ただ、えーっと」

 背後に立った愛からの思わぬ攻撃に訂正どころではなくなる。すると果林がかすみの前に立った。高身長な2人に前後を挟まれ、さらに隣をしずくに塞がれる。

「かすみさん、これはエマさんから送られてきたビデオです。この映像がなんだか分かりますか?」

 しずくのスマホの画面にはエマが部室の様子を録画していたものが映される。それは10日前のエマの両親からエンガディーナが届いた日のものだ。

「本来はエマさんが御両親に送るために撮ったものでした。しかしですよ、ここで止めます。そしてスクリーンショットして拡大します」

「ゲッ!」

 かすみが呻くのも無理はない。決定的な瞬間がそこには映されている。それは包み紙を部屋にあるゴミ箱に捨てているかすみの姿だった。

「不思議よね。なんでかすみちゃんが包み紙を"3つ"も捨てているのかしら?」

 本来なら1人が食べる分は2つなのだから捨てる包み紙も2つしかないはず。

「これは、その……落ちてたんです!ポイ捨てされてた包み紙です!かすみんはそれを拾ってゴミ箱に捨てたんですよ〜」

「往生際が悪いわよかすかす。エマはもう一つビデオを録画してたのよ?」

「もう一つ……まさか!?」

 しずくがスマホで別のビデオを再生する。さっきのビデオよりも少し前に撮られたビデオだった。まだみんながエンガディーナを味わっている時だ。

「ここ。これは拡大するまでもありませんよね?かすみさん?」

「ううううう〜」

 かすみはこのタイミングで既に二つのエンガディーナを食べていることを捉えられている。

「そしてこれ。これは拡大しますよ。ここでまたエンガディーナに手を伸ばしているのは歩夢さんじゃないですよね?それに先程の物も含めてかすみさんが捨てていた包み紙と色が一致します」

 エマが部室に飾られた物を撮っているその画面の端でもう一つエンガディーナを取ろうとする腕が映っていた。ブレザーから僅かにベージュのセーター袖が見えている。

「そ、そんなの!こんな端っこにいるのなんてかすみんとは判別できないじゃないですか!」

「それが出来るんだな〜。この時みんなはエマっちのビデオに映ろうとしてたけど、かすかすだけそういうのしてなかったじゃーん」

 いつもならビデオに猫を被った状態で映り何気ないアピールをしようとするかすみだが、この時のビデオに限ってはあまり積極的に出ようとしていない。

「それにこの状況でかすみさんが歩夢さんに『ずるい』『卑怯』と指摘をする理由が他に見つかりません。その慌てぶりからもかすみさんが真犯人なのは間違いありません!」

 まるで刑事ドラマの登場人物のようにかすみを指差し証拠を突きつけるしずく。遂にかすみもこれでは逃げられないと悟った。

「ご、ごめんなさあい!だって美味しかったんですもおおん!」

 膝をついて喚く様はそれこそ刑事ドラマで犯人が自供している時のそれだ。

「まったく困った子ね。確かに私達はあんまり気にしてなかったけど、罪を人になすりつけるのは黙って見てられないわ」

「まぁまぁ、次からはしないようにね。かすみん」

 かすみを解放すると何故かせつ菜からは拍手が、璃奈からは歓声が送られた。

「まるで刑事ドラマを見ているようでした!流石はしずくさんです!」

「果林さんと愛さんも凄かった!まるで本当の女刑事みたい!」

 璃奈のボードがにっこりんに変わる。3人ともどこか得意げに言葉を受け取った。

「まぁ彼方ちゃんは実際に見てたんだけどね〜。みんなすぐに収まったから何も言わなかったけど」

「うっそぉ!?」

 事もあろうに彼方にはかすみの犯行は既にバレていた。そして見逃されていたのだ。その事実に一番驚いているのが真犯人のかすみなのは言うまでもない。

「まぁまぁ、事件はこれで収まったことだし歩夢ちゃんのタルト食べよう」

 かすみはまだ膝をついたままだがみんな気にすることなく立ち直るのを待ちながらタルトを頬張った。

「うう〜お詫びの品なんて考えがあったなんて、次こそはかすみんが〜」

 今は自分のタルトを振る舞う気力もない。とりあえず歩夢のタルトを食べて気を紛らわせようとした。

「むむむ、結構美味しいし。歩夢先輩パン作りの才能あるんじゃないかな」

「そうなの?本当は上手くできてるか不安だったんだ」

「そりゃもうかすみんには及びませんけ、どぉ!?」

 歩夢がまた後ろからナチュラルにかすみの独り言を受け取って投げ返し、気付かぬ間に会話をしていた。

「かすみちゃんのそれ、かすみちゃんが作ったタルトだよね?食べたいなぁ〜」

「そんなの無理ですよ。今こんな状況でかすみんがみんなに振舞ったって、誰も食べてくれないです」

 テーブルの上にはもう一つの包みがある。もちろん歩夢の次に遅かったのはかすみなので、みんなこれがかすみが持ち込んだ物だと知っている。

「そんな事ないよ。かすみちゃんが作るパンはすっごく美味しいんだもん!それに」

「何ですか?」

 膝をついたかすみに視線を合わせるように歩夢がしゃがみこむ。その顔は満面の笑み、純粋な笑顔だった。

「みんなに迷惑かけたお詫びの品はくれないの?早く食べたいなぁ」

「あ……」

 歩夢のタルトは大盛況でかすみが食べるはずのもう一切れしか残っていない。そして今度はあの時の歩夢のようにかすみが視線を集めていることに気付いた。

「じゃあかすみん特製タルトを皆さんに差し上げます!今回はすみませんでした!」

 かすみはすっくと立ち上がり包みを開ける。中に入っていたのはイチゴのタルト。半分に切り分けられたイチゴの中身は綺麗なグラデーションで表面につながっている。

「おお!こっちも美味しそうじゃん!」

「それじゃあ頂くわねかすみちゃん」

 かすみのタルトにみんなが手を伸ばし、口にし、舌鼓を打つ。

「いいねぇ!かすかすのタルトもベリー美味しいよ!ストロベリーだけに!」

「か・す・み・ん!です!今日だけで何回言わせるんですかぁ!」

 愛の茶化しにもいつも通り返せる程度にはかすみも元気になる。そして視界の端に映ったスクスタの反応を伺う。

「ん……」

 スクスタもかすみ特製のタルトを食べてサムズアップをこちらに向けた。

「良かったねかすみちゃん。じゃあ私も食べるね」

「待ってください歩夢先輩!」

 目一杯イチゴが乗せられたタルトに手を伸ばす歩夢の動きが一時停止する。

「次は負けませんからね!歩夢先輩」

「うん!今度は正々堂々とね!かすみちゃん」

 歩夢が伸ばした腕に交差する形でかすみも手を伸ばす。それぞれが作ったタルトを口にした。

 その時2人は本当に美味しいと心の底から思ったのだった。




何となく書いてみたいなと思っていた虹ヶ咲の小説を書いてみたものです。公式はすっかりかすみんの事をポンコツキャラに仕立て上げてるのでそれに沿った形になるかなと。
しかしヘマをしてもへこたれないのがかすみん。次こそは〜と思っているかもしれません

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