虹ヶ咲短編集 日常の切れっ端   作:キルメド

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打ち上げも反省会も終えて一息つくしずく。そこにエマが現れた。彼方が緊急事態なのだとしずくに告げた。引っ張られるがまま彼方の元へと向かうしずく、そこにいた彼方に起きた違反とは!

二日間だけ発生した珍現象。それもまた日常の切れっ端。


私の妹になりなさい

食堂で温かいお茶を飲みながら一人和むしずく。演劇もスクールアイドル活動もひと段落したところだ。

「皆さんとの打ち上げも、反省会も充実したけど……たまにはこうやって一人で和むのもいいなぁ、ズズズズ〜」

適温を保つ空調と食道を通り胃に流れ込むお茶が絶妙なバランスで体を暖める。ふぅ〜と一息付くと疲労が気体となって口から出ていったようにスッキリとする。

「よし!これで明日も頑張れる……あれ?」

食堂に駆け足で入ってきた見覚えのある人影。こちらを見つけると大きく腕を振ってサインを送る。

「エマさん?なんか慌ててるし、どうしたんだろう?」

少し呑気な思考の回転スピードだったが、近づくにつれてエマの焦りが明確に伝わる。緊急事態、まさしくエマージェンシーというところだろう。

「エマさん、どうしました?」

「こっち来て!!」

「え?ええええ!?」

そんなしずくに対してエマの行動は速く力強い。しずくが近づくや否やその腕を引っ張って連れ出す。気がついたら食堂を出ていた。

「彼方ちゃんの様子が変なんだよ!しずくちゃんにみて貰わないと!」

「みてって……私はお医者さんじゃないんですが」

「とにかく来てー!」

エマの必死さを感じとる。仕方がないと諦めてエマに引っ張られるまま彼方の元へと向かった。

 

三年生の教室、そこの窓際に彼方はいた。

「あれだよ!」

「あれって……別に普通の彼方さんでは?」

「普通じゃないよ!!」

エマの慌てぶりは相当だが、それと反比例するような彼方の落ち着き具合、しずくは困惑している。

「普通じゃないって言われましても」

「よく見て!普段の彼方ちゃんなら考えられないことが今起きてるんだよ!!」

「私が言うのも変かもしれませんが、普段の彼方さんを何だと思ってるんですか?」

エマに指摘されて再び彼方の様子を見るが、別段大したことはない。ただボーッと窓の向こう、遥か彼方を見ているようだ。

「…………寝てませんね」

「ね!!」

エマが言っていたことは彼方が寝ていないことのみだろうか?確かに違和感こそあるが、しずくからするとそこまでのものではなかった。何やら肩透かしのようで、少し安心したようだった。

「いつもの彼方ちゃんだったら頭が落ちてるはずなのに、なんというか黄昏てるんだよ!」

「そんなに言うほどですか」

心配症だとか過保護とかそういったことではなく、エマも少しおかしいのではないかと思う。しかし彼方に異変が訪れているのも事実だろう。

(ああ言われると、彼方さんの様子が気にならないでもない)

彼方が黄昏ている理由が気になってきた。別にくだらないことならそれで良し、本当に深刻な問題なら後輩として悩みの解決に協力する。

「じゃあ声をかけましょう。エマさんも来てください」

「うん」

今度は不安気な表情は崩れないままのエマの腕をしずくが引っ張る。意を決して教室の扉を開けると彼方がすぐに反応した。目があった瞬間に生唾を飲み込む。

「彼方さん、こんにちは」

いつものように脱力感のある目でこちらを見る。しかしその目が露わになると何故かしずくの内にある違和感は強くなった。

「しずくちゃんこんちは〜」

確かに脱力感こそあるが、彼女の象徴的な眠気を残したとろみがない。完全に起きているのに、その脱力感は何なのか。

「元気ないですね」

「そうなんだよ〜。ちょっとこっち来てこっち来て」

頬杖をつきながらもう片方の腕を上げて手招きをする。それに従って近づく前に振り返った。まだ教室に入ってこないエマの方を見つめる。目が合ったら大体の意思疎通ができる。

「あれ?エマちゃんもいたの?」

「うん。ちょっと気になってね」

「気になって?なるほどねぇ」

意外なことに彼方は納得といった表情でエマを出迎えた。やはりしずくの中で違和感が拭えない。

「なるほど?」

「つい十分くらい前に彼方ちゃんのこと覗いてるのが何回か見えたから、そういうことかと」

「エマさん、バレてたんですね」

流石に教室の外から覗いていたのだろうが、エマの身体的な存在感故か今日の彼方が鋭いのか察知されていた。

「彼方ちゃんがなんだか元気なさそうだなぁと思って、しずくちゃんを連れて来たんだ」

「私で力になれるならお手伝いします」

「ふむふむ……それはとってもありがたい」

難しそうだった彼方の表情が少しだけ緩まる。二人を優しく見つめながら微笑む仕草は、どこかセクシーで大人の魅力を感じさせるそれだ。

 

座ったまま体をこっちに向けた彼方が二人に師事する。

「じゃあ、しずくちゃん、エマちゃん、そこに並んで」

「は、はい」

言われるがままに彼方の前に整列する。並んだ二人を見ると彼方は満足気に頷き立ち上がる。

「うんうん」

「えっと……わたしたちは何をすればいいの」

彼方の動きは非常にスローだ。しかしその仕草は普段の彼女からはあまり見られない魅力を感じてつい見惚れてしまう。二人は自身の肩を掴まれる一部始終を見つめることしかできなかった。

「二人には……妹になってもらうね」

ようやく彼方が彼方らしくゆるく笑う。そこでようやくハッとしたしずくは口を開いた。

「妹?彼方さんには遥さんが」

「そうだよ〜……そうなんだよ」

今まで変わらなかった彼方の声色に変化が生まれた。わかりやすくそこには揺れが見える。

「でも遥ちゃんはね、今いないの」

「え?」

「学校の宿泊行事で昨日と今日の二日間!うちに帰ってこないんだよおおおぉ!!」

肩を掴んだ手は離されて、代わりにそこを肩が通過する。ガッシリと二人を抱きしめる彼方の熱が伝播する。

「それは一大事です!」

彼方が最も大切にしている存在にして愛する者。それが彼女の妹、近江遥だった。彼女は昨日から学校の宿泊体験で二泊三日旅に出ているとのこと。旅先の写真はこまめに送るとは言われたが、遥がいない日々とは彼方にとって寂しさという雲が空を覆い、焦燥という雨風が襲う大災害なのだ。

「遥さんの代わりにというわけですね。エマさん、やりましょう!」

「彼方ちゃんは遥ちゃんのこと大好きだもんね。わたしもその寂しい気持ち、よく分かるよ」

同じ姉という立場であるエマもその思いを汲み取る。しかし同時に小さな不安もあった。

「でもわたしに妹なんてできるかな?」

エマは実際の家族体系では多くの弟と妹がいる姉であり、彼方と同じ三年生だ。一年生のしずくならともかく、自分が彼方の求める妹になれるかという点の不安は拭えない。

「そこは大丈夫!彼方ちゃんが妹と言えば妹になるから」

やや強引な言い回しから彼方の精神も穏やかではないことを察する。たった一つしか選択肢を許されなかった。

「わかった。それじゃあ妹として……よろしくね、彼方おねえぇちゃん」

「うおぉ、いいねぇ〜」

新鮮なエマの言葉は中々の衝撃的だったようだ。しずくもその雰囲気に飲まれて一歩遅れた。

「ほらしずくちゃんも、呼んでみなさ〜い」

「はい、彼方お姉さん!」

エマの時は大分頬が緩んでいたが、しずくではリアクションが薄い。目に見えて分かるとしずくの機嫌がやや傾いた。

「何かいけませんでしたか?」

「ん〜、なんか違うなぁと」

顎に手を当てしずくを見つめる彼方。その全く細まっていない目は普段の数倍ストレートにしずくのことを捉えている。

「しずくちゃんはいつも妹みたいだから全然問題ないと思ったけど」

「それはそれでギャップが足りていないということでしょうか?」

妹みたいだからに対する文句を喉の内に抑え込んで考察する。エマに対する好感触から推測する。

「うーん、もっと甘くできないかな?」

「甘く、もっと上目遣いにして……彼方お姉さぁん?」

「違う〜。なんか、もっと、うーん、なんで言えばいいかなぁ」

うまく表現できずにロクロを回すような仕草で唸る彼方。彼女の感性に合わせなければならない上にファジーなその表現を手探りする。気難しい監督に納得してもらえる演技を試行錯誤している時と重なる。

「ちょっとこの手を掴んで甘えてみてくれない?」

「は、はい」

まるで騎士にキスを命令する女王の様に左手を差し出す彼方。その手を両手で握りしめる。

「遊びに行きましょう!彼方お姉ちゃん!」

精一杯天真爛漫な幼さを出しているつもりだが、まだ彼方の表情は晴れない。

「うーん。まだしずくちゃんだね」

「……なるほど!そういう事ですか!」

一度手を離して深呼吸する。ピンと腕と足を伸ばして背伸びをしてスイッチを切り替える。跪きながら少し蕩けた表情で見上げる。

「お姉ちゃん。ギューってしてもいい?」

「お、そう来ましたかぁ。いいよしずくちゃん、お姉ちゃんに甘えなさい」

その言葉通り彼方を抱きしめた。柔らかな彼方の温もりを細い身で精一杯抱きしめる。

「こんな感じでいいで、いいかな?お姉ちゃん」

「うんうん。かわいいよ」

抱擁が離れて少し得意気なしずくの表情が見えた。その精一杯の頑張りを頭を撫でて褒めると達成感に満ちた喜びから子供の様に笑う。

「彼方おねえちゃん、わたしも撫でて」

「いいよぉ。エマちゃんにも、よしよし」

普段なら撫でられている側であるはずの彼方がエマを撫でる。そして彼方を下から見上げるエマの瞳に少しだけ高揚感を覚えていた。

「ふふふ、じゃあ二人とも彼方ちゃんに……お姉ちゃんにもっと甘えていいよ」

二人のかわいい妹を前に彼方は次の要求をする。二人も妹してそれに従った。

 

「妙だわ」

「どうかしたんですか?」

果林が何度もスマホの画面を見つめる。その行動から読み取れるのは『不安』の二文字だった。その不安はその場にいるせつ菜とかすみにも感染る。

「なんかすごい顔してますよ?」

「……そんなに?」

「こんなにです」

セルフィーされたカメラをかすみから見せられる。左右反対に写った自分の顔は、信じられないほど汗をかいていた。

「何があったんですか?」

せつ菜の真剣な眼差しとかすみの本気で心配している眼差し、これを前にするともう誤魔化せなくなる。

「いつもならこの曜日のこの時間にエマから連絡があるはずなんだけど……今日はかかってこないのよ」

「ただ忙しいだけじゃないんですかぁ?なんか毎週同じ時間に電話が来るのも変な話、というか怖いですし」

「そうなの?」

果林も打ち明けるのは少し恥ずかしかったが、恐怖はしていなかった。なんなら途絶えても不安にならないと思っていた。

しかし、自分の胸の内は言いようのない闇でいっぱいだ。

「こちらから連絡するのはどうでしょうか?」

「それもそうね」

それで消せるならとせつ菜のアイデアを採用する。心なしかエマ・ヴェルデという項目をタップする指が震えている。コール音が鳴ると、それに合わせて鼓動も速まった気がした。

それが1分ほど続いた。

「………………出ないわ」

「うわっ!そんな顔しないでください!」

耳をスマホから離した果林の表情を見たかすみが二歩ほど引き下がった。そのリアクションから果林は自分がどんな顔をしているかを悟る。可能な限りで笑顔を作った。

「どうしましょう。エマさんを探しましょうか?」

「だ、大丈夫よ!別に365日会ってるわけじゃないんだから」

その時はそうやって強がっていた。しかし、二人と別れて自分の部屋に戻ると不安が押し寄せてくる。スマホの着信履歴には自分がかけたもののみだった。不安が拭えぬまま日は沈み、脳裏には心配した二人の顔が浮かんだ。

「明日直接聞いてみようかしら」

そうやって思考を切り替えても、シャワーを浴びて戻ってくる頃にはまた通話履歴を確認してしまう。

「…………ないわよね」

やはり、と思ってしまった。淡い期待と濃い不安が脳内を支配していた。鬩ぎ合った意思の先に答えはない。いくら考えても不安は増すばかりで、浅い眠りの夜を過ごす。

もちろん普段のようにエマに起こされることはなく、スッキリしない朝を迎えた。

「…………来ないわね」

せっかくだから朝寝坊していないところや自力でストッキングを履いたことを見せてやろうと思った。不安を悟らせないように、尚且つ何気なく昨日何をしていたのかを聞くくらいのことはしようと思った。

しかしエマは現れない。通話履歴も昨日と変化がない。なんとかマイナスをプラスに変える方法を探した。

「だったら私が乗り込むまでよね!安眠できないとお肌に悪いし」

これ以上の不安は背負いきれないという意思の現れでもあった。いつもより少し早い朝食を済ませると廊下に飛び出した。

向かうはエマの部屋。

「エマー?いるかしら?」

ノックをしたが返事がない。以前もらった合鍵を使ってドアを開ける。それは普段は自分がやられていること、仕返しのようなものだった。

「あ、果林ちゃん!」

「エマ……ノックはしたわよ」

「そうなの?他のこと考えてたから聞こえなかった」

両目にクマはなく健康そのものと言える白く柔らかな肌、ふくよかな体を見つめる。特に違和感はなかった。

「あら、珍しいのね。次のライブのことかしら?」

「ううん、お姉ちゃんのこと」

「お姉ちゃん?」

黙っていれば違和感はなかった。しかしここに来て噴き出すように違和感が現れた。エマのこと知っていればその言葉にはあり得ないと断言してもいい。

「エマって一番上じゃなかった?」

「そうだよ。でも今日はお姉ちゃんがいるんだ」

「今日は?」

「果林ちゃんもあったら喜ぶと思うんだ」

「そうなの」

少しずつキーワードを合わせてエマの言う「お姉ちゃん」の正体を探る。

(”きみ”が変なこと吹き込んだのかしら?)

こんなことをエマに教えそうな人物のうち一人は果林と一緒にいた。だとするとスクスタくらいしかいない。思わずため息をついた。

「そうね……そのお姉ちゃんに私も会ってみたいわ」

「じゃあ行こう!」

「ちょっと、朝ごはんは!」

「お姉ちゃんと食べる!お弁当と朝ごはん作ってくれるんだって」

「そ、そうなの」

お弁当、何やら聞き慣れないワードが入ってきた。スクスタがエマ相手に料理を振る舞っているところをイメージできない。

「ちょっとエマ!ちゃんとリボンを真っ直ぐにしなさい!」

「いいのー、お姉ちゃんにしてもらえるから」

エマの言葉も普段とはまるで異なる。自分がやらされていることを仕返ししてみようかと思ったが、物の見事に空振りに終わる。何より幼いながらも頭を使って甘えようとするエマの姿は、母性に満ち溢れたいつもの彼女とはもはや別の人間だ。

「えへへ。朝早めの校門で待ち合わせしてるんだ」

その表情はあどけなく、まさしく妹と呼ぶに相応しい。なんならこんな妹が欲しいと心の中で思っていた。

そして引っ張られるがままに寮を出て校門までやってきてしまった。朝早くの学園は朝練にやってきた運動部がいるが、やはり静かだった。

「少し寒いわね」

「でもお姉ちゃんは暖かいから大丈夫だよ」

「そうなの……なんだか凄く新鮮ね。エマがそんな甘えた顔なんて見たことなかったわ」

隣にいるエマの表情、誰かを待つ仕草、そこに乙女の様な恋心ではなく幼子の様な純粋な思いが加わる。違和感は拭えないが新たな発見に果林は感心する。

(エマをここまでさせるお姉ちゃんって、何者かしら?)

それと比例してお姉ちゃんなる人物に対する興味も高まってゆく。

「あ、きたきたー!」

パーッと明るくなったエマの表情、その瞳の向こうに視線を合わせた。

「……彼方?」

「おはよ〜エマちゃん。果林ちゃんのこと連れてきたんだねぇ」

「まさか……エマが言ってたお姉ちゃんって彼方?」

「そうだよ〜」

確かに彼方は姉というポジションにいる。だがそれは溺愛する妹の遥がいるからであって、エマを妹にするなどと言った思考に辿り着くとは到底思えない。

しかもエマと彼方の関係性を考えれば、むしろエマの方が姉というイメージがある。

「昨日と今日だけは彼方お姉ちゃんの妹になったんだ」

「昨日と今日だけ?」

お姉ちゃんが誰かは把握したが、状況は全く把握できない。目の前では二日限定の妹になったエマは本当に妹になった様に彼方に甘えている。

並べられたワードと二人の精神構造を重ね合わせて推理してみた。

(大方、遥ちゃんが家に帰ってこないとかそんな感じかしら?二日間ってことは合宿か宿泊体験かってところね)

エマがここまで妹になりきっているのも彼方の遥に対する溺愛ぶりと遥が帰ってこないショックを考えれば想像に難くない。

(私は巻き込まれないようにしよう)

普段からエマに世話をされている身としてはこの妹と姉というシチュエーションは非常にまずいと本能が囁く。

「じゃあエマ……今日のところは彼方お姉ちゃんと仲良くね。私は寮に忘れ物しちゃったから戻るわ」

二人がくっ付いているうちにその場を離れる。心中の祈りが通じたのか、声をかけられることなく校門から離れた。

(よし!流石にずっとあそこにはいないはず!授業時間10分前に行けば!)

早足を落ち着かせる。しかし振り返ってはいけない。万が一目が合えばエンドマークが打たれるだろう。

ただ歩き続けて見知った顔に立ち止まる。

「あ、果林さん。おはようございます」

「早いのね。演劇部の朝練?」

「いえ、ちょっと人と会う約束をしていまして」

演劇部以外での知り合いだろうか。何にせよあの二人にしずくを近付かせるのは危険だと思い、果林は忠告した。

「そうなの。ならちょっと待った方がいいわ。それか隠れて行くとか。エマと彼方が校門で妙な雰囲気で戯れ合ってるから」

「そうなんですか!!」

「うわっ!」

思わぬリアクションが返ってきた。普段の数倍大きな声が響き、耳を塞がせる。

「うるさっ……どしたのしず子!?」

道の脇から心配そうな表情をしたかすみが飛び出してきた。果林の視覚が聴覚に続き驚かされる。しかしかすみにそれを悟らさない。

「かすみちゃんも来てたの?」

「しず子に呼び出されました」

「待ち合わせ場所はあそこの茂み?葉っぱ付いてるわよ」

「えっと……ちょっと早めに来ちゃったから暇つぶしを、ですね」

恐らく後からやって来るしずくを待ち伏せして驚かせる悪戯を画策していたのだろう。頭にはタヌキの衣装を着た時と同じく木の葉が乗っている。

「そんなことよりしず子に何言ったんですか!あんなリアクション見たことないんですけど」

「何って、エマと彼方が校門で妙な雰囲気でうわっ!」

「えっ!」

状況を説明していたはずが、二人揃ってしずくに腕を引っ張られている。進行方向には虹ヶ咲学園が見える。

「しずくちゃん!?今の聞いてなかったかしら?校門には」

「ちゃんと聞きましたよ。もう学園にはエマさんと彼方お姉ちゃんがいるんですよね。せっかくだから、みんなで行きましょう」

「彼方お姉ちゃん!?」

「しずくちゃんもだったのね」

意気揚々と二人を引っ張るしずく。顔の角度により見えないその目はとんでもない輝きを放っているだろう。

「しず子もってどういうことですか!?」

「色々あったみたいで、エマが彼方の妹になったの」

「それで……しず子も妹になっちゃったんですかぁ!?」

「その通りです。彼方お姉ちゃんにいっぱい甘えないと彼方お姉ちゃんが寂しくて死んじゃうんです」

まるで使命感に燃えているような言葉、それと相反する少し蕩けた表情。その胸の内を予想した二人の背筋に寒気が走る。

「やだやだ!かすみん妹にはならない!」

「私もこれ以上は嫌よ!離してよしずくちゃん!」

どれだけ腕を振り回してもしずくの手は離れない。どれだけ踏ん張ろうともしずくの足は止まらない。

(しずくちゃんのどこにこんな力が)

ズルズルと引きずられて校門に到達してしまう。もちろんそこには微笑む彼方とエマの姿があった。

「嫌だあああああああああああああ!!」

「まぁまぁ二人ともそう言わずに……彼方お姉ちゃんの妹に」

二人の悲鳴は彼方の温もりと柔らかさに埋もれてしまうのだった。

「よしよし……もっと彼方お姉ちゃんに甘えていたんだよ〜」

「うわっぶぶ」

「よしよしよし……彼方お姉ちゃんだよぉ〜」

 

次の日には遥が帰ってきたこともあって彼方は平常運転に戻った。今日も世界は不変だと言うように部室で居眠りをしている。

「昨日は大変だったわね」

「はい……頭の中全部を書き換えられたようで、しばらく彼方おね、先輩とは関わりたくないです」

かすみと果林達はその日何があったのかを決して口にしなかった。ただ時折彼方のことをお姉ちゃんと言い間違えてしまうことがあり、後遺症を隠すように彼方の名前を呼ぶことも避け始めた。

「かすみさん?具合が悪そうですが大丈夫?」

「むしろなんでしず子は元気そうなの」

「だって彼方さんがちゃんとお昼寝してるし」

しずくとエマにはそう言った後遺症は見られない。演技だとかを抜きに切り替えができるのか、それとも彼方とのこういった付き合いに慣れているのか。

「正直言って凄く恥ずかしかったけど、彼方さんが元気になれたならそれでよかったなって」

「彼方ちゃんにいっぱい甘えたの楽しかったなぁ」

「そうなの……」

果林の表情を見れば二度とやりたくないという言葉が口にしなくても伝わる。当然かすみも同じだ。

「そういえば……一応聞いておくけどあの時のこと撮ってたりしないわよね?」

「あんな中で無理に決まってるじゃないですか」

いつも弱みを握ろうとするかすみだが、そんな余裕が与えられなかった。また下手なことをして自分の弱い部分が残っていたらたまったものじゃない。

「撮ってるよぉ〜私が」

「ええええええ!?彼方お、先輩!」

「ホームビデオみたいでいいでしょ」

いつの間にか彼方が起きて回り込んでいた。かすみの肩を抱きながらスマホで撮影された動画を見せつける。映っているのは彼方に浸食された妹たちの甘えた姿だった。

「げっ!彼方お姉ちゃん、その動画私にください」

「だ、ダメです!かすみんが責任持って預かりますね」

「何言ってんのよ!ここは私が貰うわ!彼方おね……彼方!」

必死になって映像を奪おうとするが、直線的な動きをいなして躱す。

「果林さん、邪魔です!」

「かすみちゃん、私の足にくっつかないで!」

「しず子、そこどいて!」

三人がもみくちゃになっているとちょうどエマと目があった。

「じゃあ、エマちゃんにあげようかなぁ。普段のみんなは素直に甘えてくれないし」

「うーん。わたしはいいかな。毎朝果林ちゃんが」

「その話はやめなさい!!」

次から次へと果林が振り回される。そしてしずくもかすみも自分の恥ずかしいシーンが映っている動画があるため気が気でない。

「まぁ消すんだけどね。はいっ」

三人が見ている中で動画は削除された。

「……本当に消した?」

「うん。みんなには感謝してるし、そんな薄情なことしないよ」

彼方にとって妹になった彼女たちは心の支えのようなものだった。また頭を撫でながら礼を言う。

「ありがとう。じゃあおやすみ〜」

そしてまた自分の布団で寝てしまった。

「…………彼方先輩には逆らえませんね」

「そうね」

自然と笑みが漏れ出す。またやることになったら背筋が凍るが、満更でもない笑みを皆浮かべていた。




彼方ちゃんは物凄い力を持っていて自分の世界を作り上げてみんなを引き込んでしまう子だと思ってます。なのでこの様なったら四日くらいで同好会に感染し、あわよくば栞子さんにも感染するかも?なんて思ったり
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