虹ヶ咲短編集 日常の切れっ端   作:キルメド

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授業終わりに自分の教室でスヤスヤと眠る彼方であったが、そこに歩夢が駆け込んでくる。更に歩夢を追いかけてせつ菜も登場。
歩夢が彼方を訪ねた理由とは…?

忙しい時間の中にこそ必要なのは小休止、そんなことを思い出させる。そんな日常の切れっ端


頑張りすぎる後輩に、細やかな安眠を

 まだまだ気温が落ちない時間帯。授業が終わって今日一日の役目を終えた教室という舞台は、彼女の仮眠室になっていた。

「すーっ、ぴーっ、ぁ〜るかちゃぁんzzz」

 不規則に寝息と寝言が交わり教室の壁に、黒板に、机に、椅子に、窓に吸収される。自分の腕を組むと程よい高さになるのでそれを枕にしている。起きがけの痺れはご愛嬌ということで。

「あ、いた。彼方さーん?」

 そんな近江彼方だけの世界に歩夢が入り込んできた。彼方を目当てに来たようで反応しない彼女の肩を揺する。

「んん〜?みな〜さんおはようございます」

「いや私しかいないけど」

「多分ここは夢の中だけど」

「現実ですよ!彼方さん!」

 唐突に自分の曲『眠れる森に行きたいな』を歌唱し始めた彼方、歩夢はその一節毎に受け答えする。

「いつ〜もいつでも全力です」

「この流れはまさか」

「もち〜ろん寝るのも全力でぇ・・・」

「彼方さん!せめて歌い切って!そして寝ないでくださいー!」

 また彼方の事を激しく揺らす。力強く揺らすあまり突っ伏してる机の脚が浮いて床に着く度にガタガタと音を立てる。

「も〜ぉ、せっかく人が気持ちよく寝てるのになに〜?」

 頭をあげるとムッとした顔が見えた。相当怒っているに違いない。唸り声をあげて歩夢に詰め寄る。

「いや、えっと、彼方さんに話があって」

 ジリジリと近づく彼方に対して歩夢は後退りせずになんとか話を進めようとする。

「彼方ちゃんに?そういえば歩夢ちゃん、そのクマはどうしたの?」

 距離を詰めて初めて気付いた。歩夢の目の下が少し青黒く染まっている。

「ちょっと寝不足なんです。最近はほとんど眠れてなくって」

「んん〜、睡眠不足は良くないよ〜?お肌にも悪いし、健康にだって」

 歩夢が渋い顔をしている。悪影響しかないと分かっていても眠れないのだ。

「なるほど、それで彼方さんの所にやってきたわけですね!」

 突如背後からハキハキとした声が響く。教室の入り口に腕を組みながらもたれかかるせつ菜がそこにいた。自慢気な笑みを浮かべてゆっくりと歩み寄る。

「せつ菜ちゃん、いつから?」

「今日の歩夢さんは調子が悪そうだったので少し様子を伺ってました」

「せつ菜ちゃん今日会ったっけ?」

「・・・たまたま見かけました」

 不自然な間を空けせつ菜は答えた。不思議に思う歩夢と何かを察する彼方、しかし二人とも言葉にしないでせつ菜を見つめる。

「それより睡眠不足とのことですが、私もそういった問題を抱える事がありました!」

 歩夢の悩みに共感したせつ菜が会話に入り込んできた。

「ありましたって事は」

 しかもその表情からして何か解決策を持ってきたようだ。

「そうです!私はすで克服済みです!それを歩夢さんに伝授継承したいと思います!」

 さらに近づいて歩夢の両手を取る。爛々と輝かせた瞳から発した視線は真っ直ぐにクマを抱えた歩夢の目を貫いた。

「そ、そうなんだ。せつ菜ちゃんも」

「はい!深夜アニメの見過ぎで一時は完全に夜型の生活習慣になってしまいました!しかしちゃんと寝る事さえできれば問題ありません!」

 せつ菜の握力が強くなる。一瞬は寄せられていた機体が嫌な予感になったのを彼女は気づかない。

「まずは体を適度に疲れさせること・・・ですが私たちが普段やっているダンスの練習でこれは事足ります。問題はその後です!お風呂に入ったときに必ず湯船に肩まで浸かり温度は40度以上で!そして寝る前にホットミルクを飲んでから体を軽くストレッチで解せば朝までぐっすりです!これをこれを三日繰り返せば自然と夜型から解放されて・・・あれ?」

 ようやっと自分の周りの異様な空気に気付いた。歩夢の苦笑いと彼方の無表情がそこにはあった。知らぬ間に自分は暴走していたのかと思いとりあえず聞く。

「もしかして、私ズレてます?」

「えっと、少なからず私の求めてたものじゃなかったね。為にはなったけど」

 確かに歩夢は睡眠不足だが、だからと言って夜型の体質になったわけではない。それこそ歩夢が彼方の元にやってきた理由は別にある。

「ん〜?でも寝不足でここにやって来たなら普通に安眠の方法とかじゃないの?彼方ちゃん的にはせつ菜ちゃんの寝方は90点くらいあげたいんだけど」

「残りの10点は何ですか?」

「別に疲れなくても寝れること〜彼方ちゃんに眠れない夜などないのだ」

「さすが彼方さん!」

 歩夢からすれば、むしろ今の彼方とせつ菜が話題自体がズレているのだ。少しだけ唸り声を上げる歩夢は説明を始める。

「私はね、夜に眠れないんだ。最近は授業の課題とか増えたしみんなに負けないように自主練して、この間みんなで決めた動画撮影用の小道具作ったり部室の飾りつけ作ったり・・・そんな事してたらあっという間に日が明けちゃって」

 動画サイトで自分達をアピールするために撮影時に必要な物を各自作ることにした。飾り付けは歩夢としずくが担当されているのだが、歩夢の真面目で努力家なところが出てしまっている。

 夜に眠れないというのは生活習慣の問題ではなく、夜に眠らずにやることがあるからだ。

「だから私は彼方さんにお昼寝の秘訣を教えてもらいたいんです!」

 この場合正しく言い直すなら仮眠だろう。夜に作業をする都合上睡眠不足になるなら他の時間に寝て解消しようという寸法だ。

「彼方さんはよくお昼寝してるからそういうお昼寝のコツとか知ってるかなって思って」

「ないよ〜」

「ええ!?」

 彼方から衝撃の言葉を発せられた。思わず仰け反る歩夢だが、せつ菜は呆れた表情を見せる。

「歩夢さん、彼方さんのお昼寝にコツとか秘訣とかありませんよ」

「お昼寝はねぇ、寝たい時に寝るんだよ。眠たくなるから寝るものなんだよ」

 愕然としたまま口をあんぐりと開いて立ちすくむ歩夢。彼女からすれば唯一の頼りだったのだろう。

「お昼寝する時っていうのはね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃダメなんだ。一人でもみんなでも、静かで、豊かで・・・」

 持論を語る彼方だったが残念そうな顔をしている歩夢と同情するようにその肩を叩くせつ菜の反応を見て言葉を止める。

 何やら納得されていない雰囲気で彼方が頬を膨らませる。

「あのね歩夢ちゃん。別にコツとか秘訣がないって事は誰にでもできるって事だよ。眠たいなら寝ればいいんだよ」

 確かに日頃の睡眠不足が祟って眠たい歩夢だが、寝ればいいと言われてもやらなければならないことがある。

「でも私、授業中眠れないしレッスンも課題も飾り付け作りもしなきゃだし。彼方さんみたいに合間の時間で寝てすぐ起きて」

「そもそも歩夢ちゃん。課題は仕方ないけど、飾り付けは1人だけでやる事じゃないでしょ?」

「でもしずくちゃんは演劇部のこともあって、その分は私がやるって約束したから」

「歩夢さん、無茶をしてはいけませんよ」

 歩夢の優しさと責任感の強さが無理をさせている。これは最早昼寝以前の問題だ。

「仕方ないなぁ。この私が歩夢ちゃんを今すぐ眠らせてあげよう」

 ついに彼方が動いた。ゆっくりと立ち上がると歩夢に近づく。ほぼ同じ身長の二人が向き合って並ぶと、すぐに彼方の方が崩れる。

「必殺ぅ〜、彼方ちゃんねむろ〜っく」

「うわあ彼方さん!?」

 崩れると同時に前に進み無理やり歩夢に体を預けた。ガッシリと肩に腕を乗せて全体重が歩夢にのしかかる。

「さぁ、歩夢ちゃんも一緒に寝よ〜ぅ」

 彼方が発する独特のオーラが寝不足で今ひとつ力が入らない歩夢の眠気を誘う。彼方には歩夢のウィークポイントがよく分かっている。

「ふぅ〜、ほらほら歩夢ちゃん〜、まずはゆぅっくりと横になろうねぇ」

 耳元に息を吹きかけ話しながらせつ菜に指で自分のバッグからある物を取り出すようにサインを送った。

「ふわぁんんん、でも寝ちゃったら私は」

「大丈夫だよぉ、今は何も考えずに眠ろうねぇ」

 少しずつ歩夢の体に深くもたれかかる。歩夢の肩を脇で挟むようにしてもう殆ど歩夢に支えられて立っている。

「か、彼方さん。もう・・・限界」

「歩夢さん、もういいですよ。後ろに倒れてください」

「後ろにって、ええ!?お布団?」

 歩夢の背後にせつ菜が布団を広げていた。彼方のバッグの中にはこの布団が入っていたのだ。

「彼方ちゃん印のお布団は寝心地最高だよ〜」

 広げられた布団の片隅には彼方のサインが書かれてあり、先程まで折りたたまれていたとは思えぬほどフカフカだ。

 しかし歩夢はギリギリのところで持ちこたえている。彼方の眠りに引き込む魔力に耐えながら膝が曲がりながらもなんとか倒れないようにしている。

「で、でも、今これで寝たら絶対お昼寝どころじゃ」

「歩夢さん、失礼します。とぅおす!」

「うわぁ!」

 せつ菜が震える歩夢の膝に内側からチョップした。既に限界だった歩夢にはそれだけで十分だった。

 バランスを崩して後ろに倒れる歩夢だったが、ほとんど地面にぶつかる衝撃はなかった。

「うおぉ!?ふ、ふわふわしてる?」

「ナイスせつ菜ちゃん〜、さぁ歩夢ちゃんを夢の世界へぇ」

 上から彼方が重なり圧迫するが、敷かれた布団はその圧力を歩夢ごと包み込むように受け入れる。耳には彼方の寝息が触れ、頬には彼方の柔らかな髪が触れ、歩夢の柔肌に彼方の柔肌が重なる。

「か、彼方さぁん、もうらめぇ」

「歩夢ちゃぁん、おやすみぃ、ふふ」

 最後の抵抗とばかりに閉じぬようにしていた瞼をゆっくりと撫でられると、歩夢の全身に入った力はドンドン抜けていき息が柔らかくなる。

「zzz、んん〜」

 数分もすれば口から発せられる声はすっかり寝息に変わり、表情は安らかなものだった。

「あはは、すっかり寝ちゃったみたいですね」

「そうだねぇ、彼方ちゃんも眠り直したい」

 歩夢の体から降りて横並びに寝転がると彼方も眠る体制に入った。

「私も少しいいですか?起きたら一緒に課題と飾り付け作りしましょうね」

「もちろんだよ。歩夢ちゃんを眠らせた私達に、責任が・・・ふわぁ〜」

 歩夢を挟むようにしてせつ菜も横になる。一枚の布団に3人が川の字になるのは中々に難しく、自然と密着してしまう。まるで歩夢を抱き枕にするように2人はくっついた。

(歩夢さんを休ませるだけじゃなくその上お手伝いをするための口実も作るなんて・・・彼方さんは凄い人だなぁ)

 歩夢を挟んで見る彼方は既に眠っている。もっちりとした頬が布団の中に沈み込み、寝息を立てるその表情は眠気を誘う。

「おやすみなさい、歩夢さん、彼方さん」

「3人でいっしょに、がんばろうねぇzzz」

「がんばるよぉzzz」

(寝言で会話してる!?)

 2人の寝言を聞き衝撃が走ったものの、すぐに強烈な眠気が襲ってくる。せつ菜もそのまま夢の世界へ旅立つのだった。

 




改めて近江彼方には不思議な力があるのではないかと思います。いずれは全員が彼方の魔力により眠らされ夢の世界へと誘われるのでは?

そんな時もきっと必要な時があるかもしれないなぁとも思ったり
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