虹ヶ咲短編集 日常の切れっ端   作:キルメド

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普段からセクシーさを前面に出したキャラクターを作っている果林、そんな彼女には隠された魅力があることを知っているエマはある企画を持ってきた。果林からすれば、それは試練に他ならなかった。
無茶振り、新たな魅力のアピール、意外な不意打ち、彼女達を待ち受けるのは普段決して見せない自分の露出だった。

自分とは違う自分を作りだす、そんな彼女達の日常の切れっ端


はじめてじゃないおつかい

「ねえエマ。これ本当に私がやるの?」

 渡された企画書を見て苦笑いをした果林の言葉を聞くとエマは言葉の代わりに表情で返答した。すると果林からその苦い笑いすら消えた。

「ええぇ……なんでこんな事に」

 エマ曰く果林のイメージにピッタリの物らしいのだが、当の本人はそれを拒んでいる。

「そうかな?果林ちゃんには必要だと思うけど」

「必要って!いくらなんでもこの企画はないでしょ!『はじめてじゃないおつかい』って何よこれ!」

 企画の内容は出演者が知り合いや保護者から頼まれたおつかいを完遂する様子を撮影するネット番組だ。その途中で連絡を取ることはできず、誰かに聞くにも通りかかった人でなければいけない。

「前にネット番組の撮影をした時に監督さんからこの企画に誘われてね。でもわたしは普通に買い物とかできるからこの企画の条件には合ってないし、他に誰かいないかな〜って考えたら……ね」

「ね、じゃないわよ!」

 そこで白羽の矢が立ったのが果林だったという。本人は不服なのだがエマからはそういう認識をされていた。

「だって果林ちゃんってよく道に迷うし」

「道に迷うのなら歩夢がいるじゃない!」

「子供みたいなところもいっぱいあるし」

「1年生のみんなも凄く子供っぽいと私は思うわよ!」

「でも両方持ってるのは果林ちゃんだけじゃない?」

「うっ……」

 たしかに一年生のかすみや璃奈やしずくは時折子供っぽいところを見せるが方向音痴ではない。歩夢は方向音痴で取り乱すことも少なくないが子供っぽいというイメージとは合致しない。

 果林はというと方向音痴でこそあれど基本的にはクール&セクシーなキャラクターで通っている。そう、キャラクターとしては。

「果林ちゃんはわたしの前だとすっごく子供っぽいから適任かなって思っちゃって」

 しかしスイッチが入らないと朝起きることは愚か、着替えさえもロクにできなくなる時がある。エマはそんな果林を同じ寮生として絶えず世話しており、時間の経過と共に果林はエマの母性にうつ伏せの状態で沈んでゆく。

「あれはエマの前だけだってばぁ……家にいた頃はこんなじゃなかったのよ」

「じゃあ果林ちゃんのことをこんなにだらしなくしたのって……わたし?」

 エマの地雷を踏んだのだろうか、その言葉と笑顔が物理的に迫ってくる。彼女に強く出られると果林でも圧せられてしまう。

「い、いえ。そうじゃないけどある意味そうな気もして、とにかくこれは本当の私じゃないのよ!」

 さすがに子供扱いし過ぎだと怒る果林。たとえエマであっても馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。

「じゃあ一人で朝起きれる?」

「起きれるわよ!」

「じゃあ一人でストッキングも履ける?」

「履けるわよ!」

「じゃあ一人でおつかいできる?」

「できるわよ!」

「じゃあ証明してね」

「あっ……!」

 嵌められたと思った頃にはもう遅い。全く崩れないエマの笑顔の圧力がさらに強くなる。

(確かに少し子供っぽかったかも)

 冷静になった頭で今の自分の行動を省みる。子供っぽいと指摘されムキになり上手いことエマに誘導されている。なんと子供っぽい行動だったことか。

「よろしくね。大丈夫!わたしは果林ちゃんのできるって言葉を信じてるから」

 勢いで発した言葉が後からエマの言葉と一緒になってのしかかる。

「ううう、なんでこんな事に」

 エマが部屋から出て行った後に残った企画書をめくりつつ頭を抱えた。急速に失われてゆく自信を自分の中で探していた。

 

 そして約束の日は来た。撮影陣は既にスタンバイを始めている。

「おはようございます」

 なんとか笑顔を作って果林が現場入りした。出演するわけではないが、いわゆる保護者枠としてエマと彼方を連れて。

「それにしてもなんで彼方まで連れてきたのよ。実況するならエマだけでもいいんじゃ」

「冷たいなぁ。果林ちゃんの努力の向こうにある晴れ舞台を彼方ちゃんが見ないわけないじゃん」

「そんな大げさなものじゃないわよ」

 彼方がわざわざ来た理由は単に冷やかしではないようだが、それを感じさせない彼方の緩さが少しだけ果林の神経に障る。

「それにしても果林ちゃん、結構軽装だけど大丈夫?」

「別に買い物するだけでしょ!それにほら、この撮影ために地図アプリを3つも入れたし大丈夫よ!」

「言ってなかったっけ?撮影中は携帯使っちゃダメなんだよ」

 得意げにスマートフォンを見せる果林だったが、無慈悲なエマの言葉に硬直する。それを見て彼方は苦い笑いを浮かべた。

「聞いてないわよそんなのー!」

「そもそも地図アプリ3つも入れてもあんまり変わんないと思うんだけどなぁ。果林ちゃん初っ端からセンス全開だねぇ」

「うーるーさーいー!別に地図アプリなんて無くてもできるわよ!」

 エマに言われた子供っぽい部分を大々的に晒した果林は撮影陣の元へと向かう。もちろん2人を前にした時とは違いクールなキャラを崩さずに。

「かすみちゃんの事を『猫かぶってる』とか『ぶりっ子』ってよく言ってるけど、果林ちゃんのアレもそうなんじゃないかってわたし思うんだ」

「そうだねぇ。あの2人よく似てるよ。お?早速撮影開始だって。ほらほら保護者さんも準備準備〜」

「はいはい、あんまり押さないで」

 一応エマもこの番組に出演する。保護者として果林におつかいを頼む役だ。そしておつかいをする果林を見守る役もある。

 用意されたセットの小屋で撮影が始まる。パン作りを始めようとしたエマだったが、なんと材料がいくつか不足していたという。

「あーどうしよう!これじゃパン作りができないよ。明日同好会のみんなにプレゼントしようと思ったのに」

 すると奥の部屋から果林が登場する。とても自信に満ち溢れた表情でエマの隣に立った。

「任せないエマ。それくらい私が買ってきてあげるわ。エマはそれまで他の準備をしておいて」

「果林ちゃん、それじゃここのスーパーでこの小麦粉とドライイーストを買ってきてね。道はこのメモの通りだから」

「分かったわ」

 ただ買うものとその道なりの地図を書かれたメモを受け取るだけだというのに、果林のそれはとても絵になる。カメラの中だけではとてもおつかいを頼まれているようには見えない。

「それじゃ行ってらっしゃい」

「え?」

 先日ようにエマの笑顔の圧力が迫る。困惑している果林に一歩二歩と表情を変えずに近づいてくる。

(行ってらっしゃいって言われたら)

 果林は思考を巡らせた。この状況で適切な答えは何かを必死に探る。

「……行ってきます」

 少しだけ恥ずかしながら辿りついた答えを口に出す。するとエマは満足したように笑みが強くなる。

「ふふふ」

 ただそうやって笑うエマに手を振りながら別れる。どうやら正解だったようだ。

「……ふう。よし!やってやるわよ!1人のおつかい!」

 果林は最初の試練を乗り越えて一歩踏み出した。その実感が自信となって身と気を引き締める。

「さてさてどうなるんだろうねぇ」

「大丈夫、果林ちゃんならできるできる」

 そんな果林の後ろ姿を彼方とエマが見守る。カメラが果林を追いかける。

「ここを左よね」

 エマから渡されたメモを頼りに目当ての店を探る。道を左折してその次は右折、次々と道を進んでゆく。

「果林ちゃん迷いがないね!」

「迷いがないのはいいよね、道に迷わなければね」

 エマはその様子を褒めていたがどこまで順調かは分からない。異変はすぐに訪れた。

 彼方の指摘は半分は当たっていた。進んでいくうちに果林の頬を汗が伝い始めた。

「ここはこっちよね?」

 歩みを止めていないが遅くなり始める。頬を伝うのは肉体的な発熱を抑える汗ではなく精神的な発熱を抑える冷や汗。

「こっちかしら?」

「あ、そっちじゃない!」

 初めて果林が道を間違えた。ゆっくりと本来曲がるポイントをまっすぐ進んでしまった。

「そっちじゃないよ!果林ちゃん戻って戻って!」

「そんなに叫んでも聞こえないって。というかエマちゃん慌てすぎ」

 元々は果林の完璧ではない姿が晒されることで新たな魅力を見せる事ができると彼女を参加させたエマだったが、実際にそういう場面を見るとついつい保護欲に駆られて声を出してしまう。

「あ!見て見て彼方ちゃん引き返し始めたよ!わたしの声が届いたんだよ」

 本当に届いたのかは不明だが、さっきまで間違った道を直進していた果林が歩く方向を180°変えた。

「ほらほら!どんどん引き返してるよ!ちゃんと引き返して正しい……ああ、行きすぎ!通り過ぎてるよ果林ちゃん!」

 間違って直進してしまった分かれ道まで戻ったのは良かったが、今度は更に戻ってしまう。果林にはその曲がり角は正しい道だと認識されていなかったのだ。おそらく今自分がどの辺りを歩いているのかも明確ではないかもしれない。

 そんな果林を見ていればエマも徐々に冷静さを失ってゆく。本来なら普段カメラの前で見せない果林の魅力を出そうとしたのだが、あまりの方向音痴ぶりにそれどころでなくなっている。

「どうするぅ?私が道教えに行こうか?」

「それだと企画倒れになっちゃうよ」

 このまま企画を潰すわけにはいかず、かと言ってただ道に迷う果林を見ているのももどかしい。

(仕方がない)

「どしたの彼方ちゃん?」

「電話かかってきたから出てくる。エマちゃんはしっかり果林ちゃんを見守っててねぇ。ほらもしかしたらまた声が届くかもだし」

「うん!精一杯届くように、あ果林ちゃん!そこも違う!そこは真っ直ぐ行けば最終的に着くから!」

 彼方の方に思考を回しきれていないエマはあっさりと果林が映った画面に視線を移す。彼方の怪しむことさえしなかった。

「よぉし、彼方ちゃん動きます」

 

 一方、果林は完全に道に迷っていた。眼に映る建物がどれも同じに見える。目印もあったものではない。なんとか目印を探していた。

(地図のこの左上にあるのって何だったかしら?鉄塔みたいに見えるけど、じゃああの送電線がこれかしら?)

 メモに書かれた地図の端にある方位を示す記号を鉄塔と勘違いしている。このままでは完全に別の方角へと向かってしまうだろう。

(一層の事高い所から見下ろしてみるのも有りかしら?)

 もはや正しい道すら分からない。力技でなんとかしようとしている。

「よし!方向は決めたわ!あの高いところにある公園に登って上から見下ろせば」

 もうそれしかないと思っていた。果林はゆっくりとスーパーとは逆方向に進もうとしていた。

「あら?」

 それはたまたま進んでいた道を振り返った時だった。見覚えのある人がそこにいた。会うはずがないと踏んでいたため思わず硬直してしまう。

「あ、"きみ"、なんでここに」

 そこにいた"きみ"とはスクスタだった。帽子を被っているが、見間違えることはない。撮影のことを知らず偶然その場を通りかかったのだろうか。

(待って、これって通行人として道を聞くことができるんじゃないかしら?)

 一応スクールアイドル同好会と関係のあるスクスタだが、知らない人のふりをしていれば番組側にもバレないだろうという考え。自分の行動を顧みつつ、プライドと天秤にかけた末に決断する。

「あ、あの……そこのあなた、すみません。ちょっと道を教えて欲しいんですが」

 果林はよそよそしくスクスタに道を聞いた。既に道に迷いボロボロだったなけなしのプライドをかなぐり捨てたのだ。

 そして大体のことを察したらしいスクスタから、正確な道案内を受けた。

「ありがとうございます」

 ただスクスタを相手にこの慣れない話し方をするのは少し恥ずかしく、礼を言った後は足早に目的地へと向かった。

 もちろんスクスタはその後を追わない。ただ見えなくなるだけは彼女の背中を見つめていた。

「おおー!優しい人が道を教えてくれたよ」

 エマもその様子を見ていたが、カメラが少し引き目に撮っていたせいもあったのが幸いした。誰が道を教えたのか把握できなかった。

「ただいま〜、果林ちゃんはどう?」

「見て見て!果林ちゃんがちゃんとスーパーに向かってるよ!」

 ちょうどそこに彼方が戻ってきた。果林が正しい道のりを進んでいる様子を見て興奮気味のエマを受け流す。

「それは良かったねぇ」

 画面を見ている自分にカメラを向けられていることももうすっかり忘れているだろう。

(作戦成功ぅ〜っと)

 

 撮影は無事に終了した。果林はスーパーまでたどり着き小麦粉とドライイーストを買って帰ってきた。その後、編集されていない自分達の映像を見て恥ずかしさに悶えていたのは言うまでもない。

「にしても果林ちゃん帰ってきた時凄いドヤ顔だったよねぇ。買い物袋を掲げてさぁ〜」

「思い出させないで」

 まるで感情を無くしたかのように果林は顔を隠したまま平坦なトーンで答えた。どうしてもカメラが設置されているのを見るとついキャラを作ってしまう。

「エマちゃんなんか帰ってきてる時も無事帰れるかなー?道間違えたかなー?ってずっとソワソワしてたよねぇ」

「さ、流石にちょっと取り乱しすぎたかな」

 エマの過保護が行き過ぎている節がカメラにばっちり映っていた。これもステージなどで見られるエマのイメージとは少々離れているものだった。

「でもスクスタが通りすがってくれて助かったわ。ちゃんと空気を読んで知らないふりして道を教えてくれたし、今度お礼しないと」

「ああ、それなら私がするから大丈夫」

「なんで彼方ちゃんが?」

 果林とエマが左右対称に首を傾げた。果林は事情を知らずエマは疑っていなかったため無理もないだろう。

「実は昨日スクスタに連絡して現場の近くにスタンバイしてもらってたんだ〜」

「え?」

 2人が揃って彼方の方を振り返る。さっきまでのげんなりした表情とはまるで違う驚愕の顔だ。

「彼方ちゃん、本当なの?」

「うん。果林ちゃんが迷いすぎて番組の進行に影響が出るかなって思って」

 彼方が席を外している間に合図を出していた。果林があたふたしているところに上手い具合に遭遇したのはそういった計らいがあったからだ。

「いやーエマちゃんからこの番組に果林ちゃんを出すって聞いたから念には念を入れてね」

「私ってそんな風に思われてたの?」

「だって果林ちゃんの方向音痴は筋金入りじゃない。かすみちゃんやせつ菜ちゃんからもよく聞いたよ」

 否定できない過去の事実を前に果林は何も言い返せなくなる。

「あんな風にエマちゃんが見守るどころじゃなくなるとも思ってたし、早めに手を打たなきゃとは思ってたけどちょっと遅かったかな?」

 歯噛みする果林を見て柔らかに笑っていたエマだが、その笑みも彼方の言葉で消える。今日の収録で起きたことの殆どは彼方に予測されていたのだ。

「いいかいエマちゃん?果林ちゃんがだらしないところがあるのは分かるけど、強引に引き出すのは良くないと思うよ私は」

「はい。気をつけるよ」

「よろしい」

 気がつけば彼方相手に説教をされ、説き伏せられていた。たしかに色々と思い返すと今日の自分はやり過ぎたと反省できるポイントが多すぎる。

「それじゃあ私はこの辺でぇ、今日は疲れたからおうちに帰ったらお布団にちょっこおぉ〜」

 先ほどまでシャッキリとしていた彼方の表情に緩みが見えた。もうすでに睡魔が迫ってきているのがよくわかる。

「私達が送っていくわよ。今日はありがとね、助かったわ」

「いえいえどういたしましてぇ……よいしょ」

 ナチュラルに果林の背後を取るとそのまま背中にもたれかかる。ボディランゲージで『背負ってくれ」の意だろう。

「うわぁい、果林ちゃんの体引き締まってるけど柔らかで好きぃ」

「恥ずかしいこと言わないで…ってもう寝てるし」

「凄い頑張ってたみたいだね」

 果林におぶられたと同時に睡眠に入っていた。暖かな寝息が僅かに耳元の髪の毛を揺らす。

「彼方ってこういう時しっかりしてるのよね。ウカウカしてられないわね」

「みんな寝てばっかりのイメージなのが勿体ないよね。そうだ!今度は彼方ちゃんをこの番組に出してみる?」

「いい加減懲りなさいよ」

「冗談〜」

 しかしエマの言葉には賛同できる部分もある。彼方は確かに寝てばかりだが決して抜けている人間ではない。現に先ほどまで2人は彼方の手のひらの上で踊らされていた。

「でも果林ちゃんの可愛いところをみんなに見せられたし良かったかな」

「何言ってるのよ。エマだって必死になってるところ、結構可愛かったわよ」

 エマの目論見通りに行った部分もあったがエマも思わぬ部分を露出させてしまった。だがその全てが悪かったわけではない。2人はにっこりと微笑んだ。

「んん〜、ふたりともかわいいよzzz」

「あら」

「ふふふ、彼方ちゃんもね」

 彼方の本当に寝言なのか分からない寝言を聞いて3人はまた微笑んでいた。




自分の中では中々果林のポンコツな部分を作れていなかったので今回書けてよかったと思います。果林とかすみは自分のどこが凄いかを分かっていてそれを前面に押し出すスタイルを取る都合上、他を隠してしまう共通点がある。そんな果林がカメラの前でアタフタしてるのを見るのも面白そうだなぁ。
ただエマも全てが完璧にことが運ぶようなものでもなく、中々収拾つかなくなり痛み分けかってところで彼方ちゃんがなんとかしてくれるといった感じですかね。
虹ヶ咲は絶妙なバランスでとても良きです
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