私的鉄心END   作:たまごぼうろ

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Goodbye my beloved fackin` days ②

夜の闇が深くなる。

その闇をかき消すかのように、月の光は鮮やかに世界を包む。

燃え尽きた屋敷を後にして、煤まみれの3人は冬木教会の前まで戻って来ていた。

傷ついた者の治療は勿論の事、士郎には聞きたいことが数え切れないほど存在したからだ。

冬木の聖杯。

勝者に全てを与えるとされた万能の杯。

そして、それをめぐる聖杯戦争。

その全て、その真実を知る権利が彼にはあった。

道中に会話は無かった。

言峰はいつも通り、士郎は何か思い詰めたように、

慎二も勝利の余韻に浸る、という雰囲気でも無かった。

勝利はした。

これ以上無いほどに、士郎の計画は上手くいった。

しかし事態は、彼の想像以上に重いものだったのだ。

このままでは、10年前以上の大災害が世界を包む。

故に、彼は真を問う必要がある。

煌びやかな英雄譚の暗々裏に潜む奸計を覗くように、

この戦いの裏の顔に挑む必要があった。

空には、相も変わらず輝く月光。

しかしそれは、自らを引き立てる影を隠すかのように痛いほどに綺麗だった。

 

道中運良く通行人などにはすれ違わず、1時間ほどかけて教会に辿り着いた3人。

重い鉄柵で作られた門を開け、敷地内に入る。

その先にある建物、そこへ続く道の中央に彼らの帰還を迎える人影があった。

「ようやく戻ったか。待ちくたびれたぞ。」

そこに佇むは英雄王ギルガメッシュ。

彼もアサシンと戦闘をしていたはずだが、煤まみれの士郎達は対照的に傷ひとつ無かった。

「………アサシンは?」

士郎が尋ねる。

「貴様の望み通りにしてやった。……そちらも姿格好こそみすぼらしいが、上手くいったようだな。」

皮肉にも聞こえる賛辞を述べる。

しかし、彼を知る者に取っては、彼が他者を賞賛するなど信じられないことにだった。

賞賛されるべきは常に己。故に、他者への賛辞は自らを貶める事と等しい。

そんな彼が皮肉混じりとは言え士郎を褒めたのだ。

「………」

些か友好的が過ぎる態度に、なりを潜めた警戒心が僅かに顔を出す。

「待てよ、誰だあんた。」

そこに、慎二が口を挟んだ。

先に間桐邸で計画を実行していた彼はギルガメッシュの存在を未だ知らなかったからだ。

「というか、衛宮お前!何勝手にこっちに来てるんだよ!運良くアサシンが来なかったから良いものを来てたら終わってたんだぞ!」

更に、極限状態から解放され気が付いたのか、士郎があの場にいた事に対して食って掛かる。

先程まで黙り切っていた彼だったが、ここまで戻ってきた事で漸くいつもの調子を取り戻していた。

「うわっ!待て慎二!これにはちゃんと理由があるんだ!」

「あぁそうだろうな!理由も無しにあんな事されちゃたまったもんじゃない!その辺も含めて説明してもらうぞ!」

いよいよ剣幕を変えて士郎に迫る慎二。

しかし

「彼は私の協力者だ。とは言っても協力を申し出たのはつい先程でな。衛宮単体でアサシンとやり合うのは不可能に近いと、代わりに相手をしていた。だから衛宮はこちらに来ることになった、という訳だ。」

言峰が全てを説明してしまう。

無論、突っ込みどころはかなり多いが、一応説明としては事実しかなかった。

「協力者?こいつサーヴァントだろ。ただの人間がアサシンを相手出来るわけがない。……神父さん、アンタ一体何者だよ。」

その説明で士郎へと向いていた疑問の矛先は言峰へと変わる。

その不審を糾弾するような慎二を瞳を見た言峰は、愉快気に口元を歪ませる。

「それも含めて、お前達には語らねばならんな。あの修羅場を乗り越え、あまつさえ間桐臓硯を降した者には知る権利がある。」

「あぁ、教えてくれ言峰。あの聖杯とかいう得体がしれないものの正体について。」

慎二から解放された士郎も同じく言峰に問い掛ける。

それに対し言峰は芝居がかったように手を広げた。

「いいだろう。監督役として、この戦いの全てを語ろう。それを知れば、お前達の今後の身の振り方も変わることになる。………覚悟はいいな。」

ごくりと生唾を飲み込む2人。

そんな様子を楽しげに眺めるギルガメッシュと言峰。

語られるは、届かぬと知りながら、それでも星へと挑んだ者たちの物語。

そしてその願いを飲み込んだ、我ら獣の悪意の話。

そうして、言いようのない不安を孕んだまま、

この聖杯戦争のどうしようもない現実と、残酷な真実が高らかに語られ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――と、これが第四次聖杯戦争の顛末と、間桐桜の容態から推測できるあの老人が企んでいた計画、そして、それら全てに紐付けられたこの世全ての悪という存在の話だ。」

「…………………本当なんだな?」

驚きは無かった。

言峰が語ったのはあくまで臓硯の語った、起こりうる悲劇の補足に過ぎない。

何故そうなったのか、どうしてそんなことをしたのか。

それを語ったところで、現状は変化しない。

士郎もそれを分かっていたからこそ、彼には驚きは無かった。

「あぁ、間違いないだろう。どちらにしろ今のままでは破滅しかないという訳だ。」

しかし、それは士郎だけの話だ。

「…………何だよ、何だよそれ!!聞いてないぞそんなの!?これで僕らは安全なんじゃなかったのか!?」

士郎以上にその事実について詳しくなかった慎二にとって、破滅が迫ると言われても到底呑み込めるわけがなかった。

「無論、君たち敗退したもの達の安全は私が保証しよう。しかしそれは聖杯戦争の期間だけものだ。その後の事は自らで対処するしかあるまい。」

「そんな…………」

膝から崩れ落ちる慎二。

だが、彼はまだ幸せと言えるだろう。

最も悲劇的なのは何も関係の無い無辜の民達だ。

彼らは何も知らぬまま、意味不明の災害により命を落とす。

圧倒的理不尽、不条理の塊に対して、思考すらする間もなくその魂は闇に埋もれる。

それならまだ、思考出来るだけマシだと言えるだろう。

結局のところ、この冬木という都市は最早巨大な実験場と同じなのだ。

この聖杯戦争が続く限り、死者の山と怨みの念は際限なく降り積もる。

「だがな、そう悲観するものでもないぞ。大聖杯は小聖杯が無ければ機能しない。テレビのスイッチのようなものだ。今回の器であるイリヤスフィールが大聖杯に取り込まれなければ大聖杯から泥が溢れる事は無い。」

「…………?」

「つまりだな、お前達の明日の命運は凛に託されたという訳だ。彼女に聖杯に託す望みは無い。彼女の目的は勝つことだ。故に、彼女が勝てば災害が起こることは無い。これが現状では最も善い結末と言えるだろう。」

それはまさにハッピーエンド。

魔術師間で始まり、魔術師間で終わる。

関係のない一般人は愚か、巻き込まれただけの士郎や、一般人の慎二がこれ以上傷つく事もない。

余計なものは一切ない、遠坂凛らしい終幕とも言える。

これまでの過程で消えてしまったものはあれど、それ以上何かが失われる事もない。

その結末は、確かに終わりと呼ぶには相応しいものだった。

「なら、もう僕達に出来ることは無い、そういうことだな。後は信じて待つしかないと。」

先程と違い、希望を帯びた瞳で慎二が言峰を見つめる。

遠坂凛という、最後の希望に縋る姿は、まさしく救いを求めていた。

きっと、彼はうんざりしていたのであろう。

魔術というものに、それから離れられない自分に。

だからこそ、終わりが見えた今、唾棄すべき日常が垣間見えた今、

それに期待してしまっていた、甘えようとしていた。

そんな慎二に、優しく手を差し伸べる言峰。

その人の性を、彼は祝福する。

月の光に照らされていた顔に影が落ちる。

その表情は見えない。

しかし、その言葉は慈愛に満ちているように感じられた。

差し伸べる手は慈悲、守り抜くという言葉は博愛。

しかし、その男の本質は、混沌と悪を孕んだ破壊者。

「その通りだ。君たちはよくやった。今から私がお前達を保護する。さぁ、中に入るがいい。まずはその傷の治療からーーーーー」

 

 

「それじゃあ、ダメだ。」

 

 

しかし、その悪魔の誘いを断るように、衛宮士郎は声を上げた。

 

「それはただの逃避だ。根本的解決にはなっていない。大体、第四次聖杯戦争で聖杯が破壊されて蓄積された魔力が完全に放出されきらなかったから、第五次はこんなに早く起こったんだろ?だったら今回災害が起きなくても直ぐに次が始まってしまう。」

そう。誰も傷つかぬハッピーエンドは、その実誰も救おうとしないのと同じだった。

彼が目指すのはそれでは無い。

誰一人生存者のいるはずのない大火災、その中でそれでも救いとなろうとし、救いを求めた男の、安堵しきったあの表情を。

彼は尊いと感じた、羨ましいと思った。

そして、それは次第に願いに変わる。いつしかそうなりたいと、自分がそうあれたなら、それはとても善いことだと。

その願いと、此処で語られた終わりとではあまりにかけ離れていた。

ならば今までと同じく、彼はそれを許容できない。

故に、彼がすべきは、一時であれ皆が助かるハッピーエンドではなく、

これからずっと自分一人を残して総てを救う、バッドエンドであるはずだ。

そこに自分の幸福はいらない。

あの雨の日に、初めて涙したあの夜に、そう誓ったのだ。

 

「……口でそう言うのは簡単だが、実際問題お前に何が出来るというのだ。サーヴァントもいない。碌に魔術も扱えない。ただの志だけで救えるほどこの世界は甘くはない。…だからお前は、私たちに頼ったのであろう。」

 

しかし、その願いを現実は否定する。

今の彼には何もできない。正義の味方は自分の手の届く範囲しか救えない。

戦場において力無き者は、傍観、或いは逃走に徹するほかにない。

「そんなの分かってる。分かってるけど!でも何もしないわけには!!」

それが分かっていても尚、認められないのが衛宮士郎という人間だった。

けれど、

 

「いい加減にしろよ!!」

 

そんな男の自らを殺すような在り方を同じく認められない男がいた。

他者の不幸を、その当人のように憤る。

自らに益など無いと知りながら、それでもなおその不義に怒る。

無意味で無意識な、お門違いの憤り。

その在り方、そんな人々の関係を、人は尊び、それを「友」と呼んだ。

 

「お前がいくら本気になろうと、その力が無いんじゃ意味が無いだろ!」

彼は願ったのだ。当たり前の日常を。


そしてそこには、士郎が居なければならない。


友として、共に戦った者として、彼は士郎に人並みの生き方をして欲しかったのだ。


そして同時に、慎二は悟ってしまう。

士郎を日常へと立ち返らせるには、これが最後のチャンスだという事に。

ここで彼を止められなければ、彼はもう戻ってこないであろう事に。

だから、魂を込める。

その一言、息遣い、溜息さえにも、その1つ1つに色を付ける。

余計な言葉は不要、余計な感情は無用。

この言葉に、己が想い全てを乗せる。

彼の冷え切った鉄の心を、深く、深く抉れるように。

 

「もうやめよう、な?これ以上は本当に死ぬぞ。俺達の出番はもう終わった、終わったんだ。後は遠坂に任せよう。俺達みたいな平凡な奴らには、平凡な日常が似合っているよ。」


 

「お前が僕を救ってくれたようにさ、僕もお前の力になりたいんだ。大したことは出来ないけどさ。……………ただ、僕はお前に今までと同じ日常を送ってほしいんだ。何もない僕のささやかな、分相応の願いだよ。」

 

希望を乗せる。祈りを込める。

この言葉全ては、ただ1人。戦いを共にし、これからの日常を共にする友の為に。

 

「なぁ、衛宮。戻ってこいよ。僕にはお前が必要なんだ。お前が居なきゃつまらない。だからさ、……………ほら。」

 

そう言って、万感の思いを込めて、手を差し出す慎二。

その思いが、届いたのか。

「違う、違うんだ慎二。…………俺は、俺…………は…………」


士郎の曇った琥珀色の瞳に、僅かながらに火が灯った。


ここに来て、彼は慎二の言葉に揺れていた。

彼の本気の説得に、心を動かされていた。


士郎の目的は戦いを止めることであり、自らが戦うことを是としている訳では無い。


故に、彼は考えてしまう。


自らが手を汚すこと無く多くの人々が助かるならば、それは善いことではないのかと。


しかも、それを託すのは遠坂凛。託す側としてこれ以上の適任もいない。


力も無く、平凡な自分には、平凡な日常が似合っている。

驚くべき事に、慎二の言葉は彼の理想を穿つ杭として、彼の心に刺さったのだ。

在りし日の温もりが蘇る
。

凍りついた心で、それでも、暖かな幻想をする。


いつか冬が過ぎて、新しい春になったら


慎二と遠坂と、3人で、桜を見に行こう。


その未来を想うと、嬉しくて、


それを捨てようとする自分は、愚かしくて。

 

「俺…………………………は……………………」


 

そうして、どのくらい時間が経っただろうか。


長い葛藤の後、士郎はその夢に手を伸ばして


不動セヨ(だまれ)」


その直前に、短く、しかし強烈な一言によって、その意識は破壊された。


それは嵐。

人が積み上げしものを巻き上げる無慈悲の災害。

英雄王ギルガメッシュという英霊に付与されたカリスマというスキルの力が最大限まで込められたその言葉に、士郎の意識はそちらに向いた。


友の心からの祈りの言葉は、この瞬間彼の心から消え去った。

そんな事よりもギルガメッシュの一言の方が、苛烈に、鮮烈に彼の脳裏に焼き付いたのだ。

これが、王と人との埋まらない差である。

 

「お前………」


ギルガメッシュの方を向く士郎。


彼にとっては不覚であろうが、たった今ギルガメッシュの言葉により彼の心は揺らがず、その場にて停止した。


慎二の願いは、王の戯れによって無に帰したのだ。

「お前!邪魔するな!今衛宮と話しているのは僕だ!!」


当然、慎二は反論をする。

しかし、

 

物ト為レ(しずまれ)

「ッ!!」


 

再び発される言葉の嵐。


沈黙せよ、という命令を込めたその一言によって、彼は文字通り、物となったように黙り切ってしまった。


怯え後ずさる事もなく、慎二の意識はそこに固定され、静まり返ってしまった。


「よしよし、これで邪魔はいなくなったな。そも、我が言の葉を紡ごうというのにそれを遮るなど万死に値する。が、今我は機嫌が良い。故にそこで物のように静かにしておるがいい。」


怯えた目でその場に立ち尽くしてしまう慎二。


「何のつもりだ、ギルガメッシュ。」


ギルガメッシュを睨む士郎。


「ん?(オレ)と貴様が言葉を交える為に、邪魔な輩を黙らせただけだが?安心せよ、あのような小物は殺すにも値せん。用が済めば元に戻るとも。」


「用?確かに協力してくれた事に感謝はしてるけど、それ以外に何かあるって言うのか。」


士郎がそう言ったところで、ギルガメッシュはその眼を輝かせた。


その双眸に映るのは興味。


彼という人間に対する関心と、その在り方を味わおうという王のみに許された至高の愉悦。


先の戦闘は、ギルガメッシュにとって士郎に課した試練であった。


そして見事、彼は大勝利をおさめ、ここに戻ってきた。


「単純な話よ。貴様は(オレ)が課した試練を見事成し遂げ、この教会に戻った。ならば、それに対する報酬を与えなければならん。」


なら、それに報酬を与えるのは、王として当然の事だろうと彼は語る。


「試練?報酬?何の話だ。あれは俺が勝手にやった事だし、あんたに指図されたわけじゃ無い。」


それを至極当然と言った顔で否定する士郎を、かの王は笑い飛ばす。

「ここに置いてそのような些事など構うものでは無いぞ?王からの至高の報酬だ。有難く賜るがいい。その身を有り余る恐悦に浸らせる事を、の名において許そう。」


 

そう言って、ギルガメッシュは


 

「これは力だ。人の罪である暴力の化身だ。しかしこのような下賎なものが、今の貴様には必要なのであろう?」

 

その紅き瞳に邪悪を込め

 

「それにな、使ってみなければ分からぬだろう。案外コレは今の貴様には最も適しているやもしれぬぞ?」


 

黄金の波紋を、士郎に向けて展開した。


 

これより訪れる終末を、心の底から待ちわびるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギシ、ギシ


錆び付いた歯車が歪む音がした。


目的も無く廻るだけの歯車にヒビが入る。


ギシ、ギシ、ギシ


しかし、それは止まらない。


自らの歪みになど気付かぬように廻り続ける。


コレはそれしか知らないのだ。コレはそれしか出来ないのだ。


如何に自らが壊れようとも、如何に自らが歪んでいても。


ギシ、ギシ、ギ、ギギギギ


しかし、機構はそうでも鉄は違う。


歪み、壊れたまま廻り続ければ、いつかガタがきて、バラバラに壊れてしまう。


コレも例外ではない。


そして遂に、そして不意に、その時は訪れた。


ギギ、ギギギギギギギギギギギギギギギギ         

 

バキン


これで最後とばかりに、歯車は大きな音を立てて、運命の歯車は崩壊した。


歯車は真っ二つに、周り支えた支柱は粉々に


二度と動けないように、二度と動かないように。


後には何も残らない。


何も無い、もう何も無い。


それでも、からっぽの機構でコレは廻り続ける。


もう誰も見えぬだろう。もう誰も知りえぬだろう。


それでもコレは廻り続ける。


意味など無くとも、意思など無くとも。


それでもコレは動き続ける。


いつか、其の存在そのものが摩耗して、消え去るまで。


ずっと、ずっと、永遠に。





本日2話目でした。
ギルガメッシュが士郎に渡した報酬とは、いったい何なのでしょう。
それがわかるのは、まだ先のお話。
この戦いの終わりにて、綴らせていただきます。
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