私的鉄心END   作:たまごぼうろ

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第2話となります。
pixivの方にもうかなり投稿しているので、そちらに追いつくまでちゃんとした前書きはありません。申し訳ない。
pixivの方ではちょこっと書いているので、そちらも見ていただけたれば嬉しいです。
ではどうぞ。



2月9日 第2夜
追憶 正義のミカタ


2月9日 追憶~正義のミカタ~

 

それはなんてことない、いつもの朝の風景。きらきらと輝く、宝物のようなひと時。

――と、二人並んで朝ご飯を作る。食卓では、腹ペコで待っている二人。

できた料理をテーブルに運び、みんなでいただきますをする。そんな当たり前があることにふと安堵してしまう。

これが俺の日常。ささやかだけど何事にも代えられない時間。きっと、幸せってのはこんな時間を指すんだろう。

―――――――けど、どうしてかな。

「んんーーー、今日も美味しいわぁ。やっぱり士郎のご飯は格別ねぇ。」

「さすがです先輩!私も見習わないと。」

「シロウ、お代わりをお願いします。」

「あ、士郎―。私もおねがーい。」

「……………………」

「士郎?」

「…あぁ、わかったよ。」

どうして、なんだろう。

誰一人として、顔がわからないのは。

 

 

 

 

「んぅ……。」

気づいたら、俺は廊下に這いつくばっていた。

「っ、体痛ぇ。」

どうやら昨日はあのまま眠ってしまったらしい。

固い床で寝たもんだから、体のあちこちがギシギシだった。

時刻は朝6時。藤ねえが来る前に起きれてよかった。こんな姿、見られては大変だ。

「とりあえずシャワーでも入らないと。」

そう言って洗面所へ向かう。

そういえば、何か夢を見ていた気がする。幸せな夢……だったのかな。よく思い出せない。まぁ夢なんてそんなものだろう。特に気にすることじゃない。

「うわ、ひでぇ顔。」

洗面所で鏡を覗く。目は真っ赤に充血していて、鼻と口の周りはよだれと鼻水の後でガビガビだ。まったく、床で寝た挙句、こんなひどい顔とは、我ながら呆れてしまう。

「こりゃ、気合が足りない証拠だな。」

そう独り言ちて、シャワーに入った。

 

シャワーに入ったことで、幾分か気持ちも体もすっきりした。

さて、次は朝飯の支度だ、とりあえず冷蔵庫を見る。

「卵とーー、ほうれん草、わかめに豆腐か。ほうれん草はーーー、胡麻和えでいいか。」

頭の中で簡単にレシピと段取りを整える。

「じゃあ桜、お湯沸かしてーーーー」

と言いかけて気づく。そんな人間はもういないことに。

「あ………………………」

ぶんぶんと頭を振る。どうやらまだ寝ぼけてるみたいだ。しっかりしないと。

藤ねえの前でもこんな調子ではいられない。どうせ1人でも2人でも、やることは変わらないんだから。

「……よし。」

そう言って調理を始めた。

 

あらかた完成したころに藤ねえがやってきた。

今日のメニューは卵焼きに味噌汁、ほうれん草の胡麻和えとシンプルだ。

正直3品というのは物足りないが、少し寝坊もしたし仕方ないだろう。

「桜ちゃーん、士郎――、セイバーちゃーん、おっはよーー!って、あれ?」

藤ねえが入ってくる、が、違和感に気づかないはずがない。

昨日から2人も減ってるんだ。いくら藤ねえでも気が付くに決まってる。

「士郎、桜ちゃんとセイバーちゃんは?」

「お、おはよう藤ねえ。えっと、2人は…だな……」

どうする、まさか2人とももういない、なんて言えるはずもない。ここはとにかくごまかすしかない。

「?」

「あぁ!そうそう、セイバーはなんでも急に国に帰らなくちゃなんなくなったらしい。昨日の夜遅く出てったよ。きっともう、日本に来ることはないだろうって。藤ねえによろしくって言っていた。」

「えぇ!そんな急に!?まだ色々聞きたかったのにぃ。」

色々とはきっと切嗣のことだろう。そんなの、俺だって同じだった。

まだまだ話し足りない。まだ聞きたいことがたくさんあった。

セイバーとは、もっと、ずっと。一緒にいて。笑って。そして。

 

『シロウ!アサシンです!あなたはここに!!』

 

………そう、あの時俺がちゃんと止めていれば、きっと今頃……。

「寂しくなるなー。…まぁ、仕方ないわね。それで?桜ちゃんは?しばらく家に泊まるって話じゃなかった?」

「ッ。」

思考が中断される。危ない、考え込むところだった。

今更どうしようもならない。セイバーは居ないんだ。そう頭では理解してても、後悔は胸の奥底にこびりついたままだ。これは一生消えることはないだろう。これからはこの後悔も背負って生きていくんだ。

それよりも今は次だ。一難去ってまた一難。次は桜についての言い訳を考えなくちゃならない。

「桜…、桜は…」

言葉が詰まる。心臓が鼓動を早くする。手はびっしょり濡れていた。

自分はなんて愚か者だ。分かっていたはずなのに。

 

「桜は…その…」

まずい、落ち着け。動揺を悟られるな。ボロを出すわけにはいかない。俺は正しいことをした。後悔なんてない。後悔なんてない。後悔なんてない。

 

――――心を、鉄にする。

 

振り返るわけにはいかない。それは裏切りだ。それは裏切りだ。俺は自分の理想を貫き通す。だから振り返るな。俺は、俺は正義の味方になるんだから。

 

 

「士郎?」

「桜は、家が今ちょっとゴタゴタしてるらしい。セイバーを見送った後すぐ電話が来て、それで…、それで家まで送っていった。しばらく来れないって言っていたよ。」

「そうなの…、というか士郎、大丈夫?顔真っ青よ。」

「いや…。問題ないよ。ちょっと昨日寝つき悪くてさ。」

「珍しいわね、熱でもあるんじゃないの?」

「…………」

「でもまぁ、親御さんから電話が来たんなら断れないわよね。」

気づけばあれだけ激しかった動悸も手汗も、怖いくらいに鳴りを潜めていた。

どうやら、上手くごまかせたみたいだ。

「てことは士郎、これからしばらく一人じゃない。そっかぁ…、お姉ちゃん心配だなー。」

「そうだけど、なんでさ。」

「最近失踪事件とかあって、何かと物騒でしょ?私も学校の生徒とか、組の人とかが被害にあっててさ。だから今日以降は、しばらく来れないかもしれないのよ。」

「そう…なのか。」

藤ねえがしばらく家にいないのは好都合だ。これで余計な心配をさせる必要がなくなる。

しかしそうか、そうなると本当にしばらく一人になるのか。出かけるときは鍵を持って行かないと。

「大丈夫だよ。ちょっと前の生活に戻るだけだし。」

「そう?ならいいんだけど。やっぱりちょっと心配だわ。」

「それより早く食べよう。朝飯、冷めちまうぞ。」

「うぅぅ…大丈夫かなぁ…」

強引に話を切り上げる。藤ねえはしぶしぶ、といった表情だったが、とりあえず納得してくれたみたいだ。

良かった。藤ねえを巻き込むわけには絶対に行かない。今後の展開次第では俺の家だって危険になるかもしれない。戦うって決めた以上、減らせる犠牲は減らさないと。

そう安堵して、少し冷えてしまった朝飯を食べ始めた。

 

朝飯を食べ終わり洗い物をする。藤ねえはテーブルにほおづえを突きながらテレビを見ていた。しかも俺が淹れたお茶と煎餅も一緒というおまけつき。完全にだらだらモード、というやつだ。

しかし、藤ねえには悪いが今日は付き合ってもらうことがある。

「なあ、藤ねえ。今日ってなんか用事あったりするか?」

「ふー?ひょう?」

「………………頼むから煎餅を食べてから話してくれ。」

「あむあむ、んっ、と。今日なら特になんもないけど、それがどうかした?」

「ならちょっと、付き合ってくれないか。行きたいとこがあるんだ。」

「士郎が行きたいところ!?」

そんなに珍しかっただろうか。確かに普段は学校と商店街くらいしか行かないけど、あぁ、たまに新都にも行くか。にしたってそんなに驚くことはないだろう。

「ほんと今日は珍しいことづくめねぇ。いいよ、どこに行きたい?商店街?新都?それともたまには市外まで足を伸ばしてみる?」

藤ねえは嬉しそうだ。確かに、藤ねえと二人で出かけるってのはあんまりなかったかもしれない。

けど、そんな楽しいものではないかもしれない。

 

「親父の…切嗣の墓参りに行きたいんだ。」

「え…切嗣さんの…?」

そう、切嗣の墓参りに行く。これが昨日、家に帰るまでずっと考えていた、俺の「計画」の一つだ。

計画といっても、これはそんな物騒なことじゃない。これはただの自己満足だ。

自分の心に空いた穴をふさぐための代償行為。

正義の味方(切嗣の代わり)になると誓ったことを切嗣に報告したいだけだ。

そう、これはただそれだけで、それ以上の理由もそれ以下の策略もない。

「あぁ、親父が死んでから1回も行けてなかったろ。そろそろ俺も向き合わなくちゃって思ったんだ。」

「それはいいけど…ほんとに大丈夫?まだ無理することないのよ。」

「いいんだ。いつまでもこのままじゃ、切嗣も安心できないし。」

「………士郎。」

「ん?どうした、そんな顔して。」

「お姉ちゃんに隠してること、ない?」

「…………」

やっぱり藤ねえにはかなわない。必死になって隠したつもりでもこうだ。これが野生の感というやつだろうか。さすがタイガー。侮れん。

でも、ごめんな。嘘を突き通すことを、許してくれ。藤ねえ。

「いや、ないよ。そんなこと。」

「ほんと?神に誓える?」

「あぁ、神でも仏でも、何にでも誓えるさ。」

「…………、わかった。士郎を信じる。行こっか、お墓参り。私も最近ご無沙汰だったし。」

「オーケー、なら準備する。」

よし、うまく段取りできた。正直言って一人で行くことになったら、どうしようかと思ってたんだ。

しかしさっきから藤ねえには嘘をつきっぱなしだ。しかもついに神さまにも嘘をついちまった。

「はは。」

藤ねえに気づかれないように、自嘲気に嗤う。

もし本当に神とやらがいるならば、きっとそいつは俺のことを決して赦しはしないだろう。

ひょっとしたら地獄に落とされるかもしれない。

でも、そんなの構いやしない。

俺の始まりはどうせ地獄(そこ)なんだ。ただ、またそこに戻るだけの話。

でも、そこに手を取ってくれる正義の味方はいない。

正義の味方が助けられるのは他人だけ。自分で自分は救えやしない。

だったら俺は救い続けるだけだ。いつかこの身が燃え尽きるまで。

もうどうなったって止まりはしないだろう。

―――――賽は投げられた。もし神がこの道までも止めようとするならば。

きっと俺は、それも殺して救うだろう。

 

 

 

片づけをして家を出る。時刻は午前10時。昨日の雨から続いて空は暗く、

厚い雲が空をすっぽり覆っていた。あいにくの天気、というやつだ。

「こりゃ、また一雨来るかもな。」

そう呟いて1人で家を出る。さっきまで一緒だった藤ねえは、

 

『切嗣さんに会いに行くなら、家で準備しなきゃだから現地集合にしましょ。』

 

そう言って先に行ってしまった。おそらく藤村の家に一回帰ったのだろう。

切嗣の墓は柳洞寺の墓地にある。

藤村の爺さんや、一成の親父さんがずいぶん熱心に段取りをしてくれたらしく、葬式の後に墓地はこの山に決まった。

柳洞寺の裏山は雰囲気が気に入っていて、たびたび訪れることはあったが、墓参りに行くのは初めてだ。

切嗣が死んですぐのころは、墓参りになど、毛頭行く気になれなかった。

行くと認めてしまう気がしたのだ。切嗣が死んでしまったことを。

しかし、あれから5年。そろそろ俺も向き合わなくちゃいけない頃合いだ。

そう考えこんでいるうちに、柳洞寺の入り口についていた。

「士郎―。」

先についていた藤ねえと合流する。

手には花やらお線香やらなんやらいろいろ持っている。

「女の子を待たせるなんてぇ~、そんなんじゃだめだぞ士郎~。」

「藤ねえ女の子って年齢じゃな、」

「何か言ったかな~~~~~?」

素早く後ろに回り込んでのヘッドロックをきめてくる藤ねえ(タイガー)。こうかはばつぐんだ!

「いで、いでででででで!!ギブ!絞めるな絞めるな!!」

ギリギリと容赦なく絞めあげてくる。やばい、これはやばい。意識が遠のいていく

ごめん親父。今すぐそっちに逝くかもしれない。

「まったく、ほんっとデリカシーってもんがないんだから。早くいくよ!!」

ようやく解放される。危ない。今一瞬BAD END(変な道場)が見えかけた。こんなところで夢半ばに死ぬわけにはいかない。

すぐに勢いよく石段を駆け上がっていく藤ねえ。ふざけろ。今殺されかけたんだ。

「くっそ、あんのバカ虎、」

「なにか言ったぁ~~~!?!」

加えてこの地獄耳。ほんとはジャングルで育ったんじゃないのか。

「はぁ、まったく…」

息を整え登っていく。こんなんじゃ覚悟も揺らぐってもんだ。

 

石段を登って行く。

墓地は柳洞寺の裏手の雑木林を抜けた先にある。柳洞寺自体は先に事件で封鎖中だが、

そちらに行くのは問題ないようだ。

石段を登り、雑木林を抜ける。

するとその先、墓地の手前で藤ねえが待っていた。

「ん?どうした藤ねえ。行かないのか?」

「士郎を待ってたのよ。ほら。」

そう言って、水桶を手渡してくる。

「士郎、ここ来るの初めてでしょ。水汲み場とかお墓の場所とか案内するから。」

「あぁ、そっか。確かにそうだった。」

藤ねえに案内され水を汲み、墓の方に向かう。

墓地というのは特別な場所だ。

魔術においてなら死霊魔術(ネクロマンス)や降霊術。

死者から力を借り受け、自らのものとする。

霊体の力というのはそれだけ強大なものだ。

しかしそれは魔術的にと限ったわけではない。

生きていながら死者と対面する場所。

故人を想い、その死後の安寧を願い、話しかける。死んだ人間に届くはずなんてないと、知っているはずなのに、誰もが無意識にそうする。

生者(こちら)と死者(あちら)の境界があいまいになり、誰もが死後の世界に触れる。

現世において最も死に近く、最も霊的な場所(パワースポット)。

その点で魔術師にとっても普通の人間にとっても、神聖な場だろう。

切嗣の墓は墓地の丁度中央にあった。

かなり大きなスペースに対してぽつんと1つ。そこまで大きくない白い墓が立っていた。

藤村の爺さんたちがいろいろやってくれた、と聞いていたが、場所が大きすぎて、墓が不釣り合いに見えちまう。けどそのアンバランスさが、いつも一人で遠くを眺めていた切嗣を思い出させるようだった。

「切嗣さん、お久しぶりです。」

「…………!」

藤ねえと共に墓の前に立つ。

墓石には大きく「衛宮家之墓」と彫られていた。

「藤ねえ…これ…」

「うん。切嗣さん、他に親族が居なかったから、なんて彫るのか悩んだらしいけど、やっぱりこれからのことも考えたら、こっちの方が良かったんだって。」

「…………」

「あと、切嗣さん、時々白いものを懐かしい感じで見ていたじゃない?だから白が好きだったのかなーってこの色になったの。」

「…………」

「……それじゃお花入れ替えよっか、士郎は周りに水をかけて、綺麗にしてくれる?」

「あぁ、分かった。」

「うちの若い人にちょくちょく掃除を頼んでるからそんな汚れてないと思うけど、一応ね。」

墓に水をかける。藤ねえは花立ての水を入れ替えて、新しいのを挿していた。

墓参りでは基本的らしい3色の花。黄色の菊と白のカーネーション、それと…

「この紫のね。竜胆っていうんだって。花屋の人が珍しいからって入れてくれたのよ。確かにちょっと珍しいけど、案外いいかもね。」

「そう…だな。」

「それじゃ、お線香あげましょ。士郎、ライターとお線香取ってくれない?持ってきた袋に入ってるから。」

藤ねえにライターと線香を手渡すと、ライターの火に線香を翳して、火をつける。

線香特有の香りが辺りを満たす。何だか妙に気が落ち着くこの香り。

…嗅いだのは切嗣の葬式以来だ。

あの時は頭がぼーっとしてあんまり覚えて無いけど、部屋中がこの香りだった。

気づけば藤ねえは先に線香をやって、手を合わせていた。

祈るような、語り掛けるような優しい表情。こんな顔、家ではなかなかしない。

藤ねえにだって、話したいことはたくさんあるだろう。そう思って少し待っていた。

「…………」

しかし案外、藤ねえは早く目を開けて

「はい、じゃあ次は士郎ね。」

なんて言って線香の束とライターを渡してきた。

「なんだよ、もういいのか藤ねえ。」

「うーん、ちょっと物足りないけど、今日は士郎の方が話したいことあるんでしょ。なら私はそんなにいいかなって。たくさん聞いてたら切嗣さん疲れちゃうだろうし。」

どうやら気を使わせてしまったらしい。

「…そっか。悪いな藤ねえ。」

そう言って線香とライターを受け取る。

「いいのよ、たまには家族水入らずで話してきなさい。私先に出口の方行ってるから。」

そう言って藤ねえは行ってしまった。

「……よし。」

墓に向き直り線香をあげる。

そしてゆっくり息を吸って、話しかけた。

「……………久しぶり、切嗣。」

「ええと、元気だったか?なんて、死んでんだから元気も何もないか。」

「俺の方は、それなりに元気にやってるよ。料理だって、あの時に比べたらかなりうまくなったと思う。ああ後、魔術の修行もずっと続けてるんだ。まだまだこれからだけど、こっちのほうも上達したと思う。」

…返事はない。当たり前だ。死人に口なし。この声が届いているはずはない。

「…………」

しかし

「聞いたよ。切嗣の…昔の話。」

話さずにはいられなかった。

「魔術師殺しなんてことをやっていた事。セイバーと一緒に聖杯戦争に参加して、他の魔術師を殺して勝ち残ったこと。それと…イリヤのこと。」

これは誰でもないイリヤ本人に聞いた話だ。悲しそうに、寂しそうにそう語っていた。

「…………たくさんの人を、殺したんだな。」

衛宮切嗣は魔術師専門の殺し屋だ。そう言っていたのはあの神父だっただろうか。

きっと聖杯戦争に参加する前も、何百という魔術師を殺してきたのだろう。

聞いたときはそれなりにショックだった。自分の理想の存在が人殺しだと告げられれば、誰だってショックだろう。

けど、

「…でもな、俺が知っているのは、俺を救ってくれた切嗣だけだ。それより前のことなんて知らない。そんなの俺には関係ない。」

そうだ。過去がどうであれ、あの時、あの火の海の中で、衛宮士郎の手を取って、救ってくれたのは切嗣だ。

誰一人生存者のいない大火災。助かるはずのない子どもと、それを救い上げた正義の味方。

俺にはきっと、その事実だけがあればいい。

「それにさ…切嗣はきっとその裏で、何千という人を救ったんだろ?なら、それは正しい。だって切嗣は正義の味方なんだから。」

10を生かすために1を殺す。100を生かすために10を殺す。

それが切嗣の行ってきた正義だ。

「俺さ、分かったんだ。どうやったら正義の味方になれるかって。」

雨が降り始める。

暗く重い雲は、とうとう堰を切ったかのように啼き始めた。

「大を生かす為に小を切り捨てる。それが切嗣の選んだ道なら、俺がそれを引き継ぐ、

切嗣がこれまで積み上げた犠牲を、無かったことになんて、させない。」

きっぱりと言い切る。

「約束しただろ?俺が代わりになってやる、って。」

「俺は後悔なんてしない。もう後戻りはできない。聖杯戦争を終わらせる。その為ならどんな犠牲だって背負ってやる。」

それは誓い。今は亡き養父が、愚直なまでに追い続けた夢の続き。

その犠牲(バトン)は今、少年の手に渡された。

行先は不明瞭で、どれだけかかるかも分からない。

いつかどこかで擦り切れて、止まって、見失うかも知れない。

それでも進み続ける。

何かを得ようとして、すべてを取りこぼした。

そんな男の夢を終わらせないために。

 

―――――俺は、正義の味方になる。もう、誰にも邪魔はさせない。

 

理想の果て。誰も泣かずに済む世界に、いつかたどり着くために。

もはや返事のない故人にではなく、自分に向かってそう宣言した。

雨が上がっていく、どうやら、ただの通り雨だったようだ。

雲の隙間から差し込む光に、白い墓が照らされていた。

「また来るよ、切嗣。」

1人そう呟いて、墓を後にする。

次に訪れるときは、理想の自分になってからだ。

 

 

 

出口の前では藤ねえが待っていた。どうやら折りたたみ傘を持っていたらしく、あまり濡れてなかった。

「急に降ってきたねぇ。お線香濡れちゃってるかもなぁ。とにかく体冷えちゃうし急いで戻りましょ。」

そう言って一緒に山を下りていく。雑木林を通り、石段を下りきる。

すると、おり切った先の道の脇に黒い車が止まっていた。

「あれ?あの車って、うちのじゃない。」

うちの、というのは言うまでもなく藤村組のものだ。

「藤村組の?何でこんなところに居るんだ?」

するとこちらに気が付いたのか、中からだれか出てくる。

最初に出てくるのはスーツ姿のガタイのいい男が数人。その中の一人が後部座席のドアを開ける。

そこから出てきたのは

「…よう、久しぶりだな。小僧。」

「雷画さん!」

「お爺ちゃん!」

「なんでぇなんでぇ。二人してびっくりすることねぇだろう。」

このいかつい爺さんは藤村雷画。藤ねえの祖父にして、藤村組の組長だ。

もうかなりの歳のはずだか、いまだに趣味の相撲やイノシシ狩りに勤しむなど、現役ばりばりだ。

そして俺も子どものころからかなり世話になっている人でもある。

「どーしたのお爺ちゃん。こんなとこまで。」

「いやなぁ、ちょっと小僧に用があってな。」

「俺に?」

俺に用とは何だろう。思わず身構えてしまう。

というか、この顔で用がある、と言われると誰だって身構えてしまうのではないか。

「大河に聞いたんだが。お前、あいつの、切嗣の野郎の墓参りに行ってきたらしいなぁ。」

「ええ、今さっき言ってきたとこです。」

「てぇことは、あれだな?ある程度自分中で気持ちの整理できたってことだな?」

「はい。長いこと心配かけてすいませんでした。」

「いや、別にそりゃあいいんだけどよ。」

「?」

「んー、なんてぇか、そういうこと言いに来たわけじゃなくてだな。」

ガシガシと頭をかく雷画さん。何となく会話が要領を得ない。

「あー、もう!止めだ止め!こういうまどろっこしいのは性に合わねぇや。おい!あれもってこい。」

「へい。」

そう言っておつきの人は車に戻る。何を持ってくるのだろう?

「お前にな、渡さなきゃなんねぇものがある。」

雷画さんは至極まじめな顔でそう言った。

少し待ってから、おつきの人が持ってきたのは白いアタッシュケースと、中くらいの段ボールの箱だった。

何だこれ。この人が持ってると、それこそ危ない何かに見えるんだが

「雷画さん、これなんですか?」

「お爺ちゃん、なにこれなにこれ?」

思わず藤ねえと共に詰め寄ってしまう。

「待て待て焦んな。一服させろ。おい、火ぃ。」

「へい。」

気づけば別のおつきが雷画さんの煙草に火をつけていた。

口の中に煙を含み、吐き出す。白い煙が雨上がりの空に昇っていく。

その後雷画さんは、ゆっくり息を吸って言った。

「これはな、切嗣のやつの遺品(・・・・・・・・)だよ。」

「え………」

「ちょっと待ってお爺ちゃん!そんなの私も初めて聞いたんだけど!?」

「そりゃ言ってねぇからな。てか誰にも言ったことねぇし。」

「何それ!?」

切嗣の遺品。そんなのは初めて聞いた。というか、今までそんなこと考えたことがなかった。

切嗣は物に頓着があるタイプではなかったし、そんなものないと思っていた。

「もう5年も前か。あいつが死ぬ少し前な。自分の死期でも悟ってやがったのか、うちに訪ねてきてよぉ。もし自分が死んだら、これを預かっておいて欲しいと言ってきたんだ。」

「なにそれ、というかそれなら直ぐに士郎に渡すべきでしょ!」

「俺もそう言ったんだがな。今の小僧には見せたくないとかなんとか。でも、もし小僧が自分の死としっかり向き合う日が来たら渡してくれって言ってたんだよ。

「何でも、その時のお前ならできる、だそうだ。」

「俺が、切嗣に向き合うことになったら…」

「そんで、今日行くって大河に聞いたからよぉ。渡しに来たってわけだ。」

なるほど。何か神妙な顔をしていたのはそういうことだったのか。

確かに今までのままだったら受け止めきれなかっただろう。しかし今は違う。

「俺もまだ大丈夫か?と思ってたんだが…その様子じゃ大丈夫そうだな。」

「はい…心配してくれてありがとうございます。」

「構わん構わん。言っとくが、俺は一切中身を見てはいねぇ。でも、今までお前に見せてなかったってことは、それ相応の品が入ってるってことだ。しかもそのまま家に置けないものだときた。」

雷画さんがまた煙草を吸って、言う。

「あの野郎が昔何してたかなんて知らねぇが…まぁ、覚悟だけはしとけよ。」

この中では俺しか知らない切嗣の過去。つまりこれはそれについての品、ということだろうか?

「これはもうお前のもんだ。中身を見ようが、このまま燃やそうが、もう文句は言わん。好きにしな。」

「ありがとうございます。雷画さん。」

「話はこれだけだ。乗りな。家まで送ってやる。」

雷画さんに促され藤ねえと一緒に車に乗る。

「あぁそうだ。大河、お前一回家戻ってこい。」

「えぇ!何で!私も切嗣さんのもの見たーい。」

「馬鹿垂れ、空気読め。ここは1人にしてやんだよ。」

「悪い、藤ねえ。1人にしてもらえると助かる。」

「ほら、本人もこう言ってんだからよ。」

「うぅぅ、分かった。でも!晩御飯は食べに行っていいでしょ?」

「あぁ、もちろん。1人で食べるのも味気ないからな。」

そんな話をしながら送ってもらった。

いったい何が入っているのだろう?

 

 




竜胆の花言葉
「正義」
「悲しんでいるあなたを愛する」

2019年5月8日
誤字を修正いたしました。大変申し訳ありませんでした。
指摘をしていただいたN2様、大変助かりました、ありがとうございます。
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