全く、無知のふりをするのも楽じゃないな。
心中で悪態を着きつつ、傘をさされ警官に連れられていく。
家の前で簡単に事情を説明した後、僕は署に移動する事になった。
警察も大した事が無い。
この程度、見破ることを出来ないなんて。
どうやら放火というのは分かっているようだが、その犯人がまさか近くにいるなんて思ってもいないだろう。
きっとこの後事情聴取を受けるのだろうが、そこで僕がボロを出さない限りはきっとアイツには疑いは向かないだろう。
結局は僕任せなんだよな、あいつ。
恐らくこれも神父さんが事故で処理するんだろう。
…………良い身分だな、全く。
そう考えつつ、警官の後を追う。
すると急に、前の男が進路を変えだし、人気のない路地裏の方へ進んでいく。
(………?)
妙だ。こいつら急にどうしたんだ。
ここから数分歩いた先に屯所があるのは知っている。
だから黙ってついていっていたのだが、こちらには本当に何も無い。
「あの、すいません。こっちは何も無いですよね。」
あくまで優しい顔で、前にいる男に話しかける。
しかし、
「……………………」
警察官は何の反応も示さず、こちらに振り向くこともせず、ただ歩くだけだった。
「あの、あの!」
大きな声で話しかけるも、反応は無い。
傘を打つ雨音だけが響いていた。
何だこれ、どうしたって言うんだ。
前のこいつはさっきまで僕を怯えさせないように気を使って話していた。少なくとも僕にはそう見えた。
悲劇の渦中にいる未成年を、本気で心配する大人の瞳だった。
なのに今は反応すらしない。
仕方なく、今度は後ろの警官の方に振り向いて尋ねる。
「すいません、前の方どうかしたん………!!」
しかし、そこで僕の言葉は止まってしまった。
後ろの警官も前のやつと同じく反応が無かった。
僕に傘をさしたまま、歩き続けるのみ。
それもそのはずだ。だってこいつらは。
「気絶…?いや、眠っているのか……」
2人とも目を瞑っていたのだ。しかも気持ち良さそうな表情で。
周りを見渡す。
気付けば、誰もいないガード下の前に辿り着いていた。
そしてこの警官達はそこに入っていく。
ここならば、滅多に人は来ないだろう。
雨音が遠ざかる。
ぴたりと、前の警官が止まった。
そして同時に、少し離れた所に人影が見える。
「あぁ、なるほどね。」
それを見て漸く気が付いた。
人気の無い場所。意識の無い警官。
何をしても、ここでは誰も来やしないだろう。
「君らしくないね。流石に強引過ぎやしないかい。」
しかし、驚きはあれど焦りは無い。
予想は出来ていた。真っ先に何かしてくるならきっとこいつだろうと思っていたからだ。
相も変わらず真っ赤な服に、全く似合わない黄色のレインコートを羽織った少女が立っている。
「名家のお嬢様が、関係の無い一般人を巻き込んでもいいのかい?勿論、僕も含めてね。」
ズボンのポケットに手を突っ込み、余裕の表情を浮かべて挑発する。
僅かに相手から困惑の色が見て取れる。
あぁ、そうだろう。そのはずだ。
僕だって、僕自身に驚いている。
こんな状況、数日前の僕なら怯えて何も出来なくなっただろう。
事実、今も怖くないと言えば嘘になる。
けれど、
「久しぶり、って言うべきかな。遠坂。」
朝の挨拶をするみたいに、目の前の遠坂凛に話しかけた。
こんなの、あいつに比べればなんて事ないものだ。
首元に貼られた絆創膏を摩る。
あの瞬間、この傷を付けられたあの時は、今も簡単に脳裏に過ぎる。
あれこそが殺意だ。
人を殺す意思と意味が同居した、紛れもない狂気だった。
僕はあの時、本当に殺されかけた。
なのに、今はそれが僕を救っている。
あの傷のおかげで、ひどく落ち着いていられた。
昨日向けられたナイフの冷たさに、安堵を覚える自分が可笑しくて。
「僕を、殺すのかい?」
だから僕はにっこりと微笑んで、彼女と相対する。
これは命乞いだ。
あの時と同じ、みっともない僕が生き残る為の腐り切った手段だ。
ただ一つ、違いがあるとするならば。
この身はもう、ただの弱者では無い。
自らの鎖を断ち切った、最低の愚者だという事だ。
さて、ここからは僕の時間、僕の役目。
あいつには出来ない、僕の仕事さ。
哀れだと思うかい?そいつは結構。
他でも無い僕自身が、一番そう思っているさ。