私的鉄心END   作:たまごぼうろ

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たった一人でエンドロール②

 

今まで遠坂の後継者として、それなりに陰謀と戦ってきた

父さんの訃報を聞いて、私を利用しようとするものは沢山いた。

悲しみを装う者、笑顔を浮かべる者、無を示す者。

けれど、その全てが私を侮っていたと思う。

全員がこぞって私を言いくるめようと手練手管を駆使してきたけれど、その全てを私は跳ね返し、又、己の力としてきた。

駆け引きに置いても私は優秀であると自負していた。

だから、初めてだった。

今までのやつの様な泥のように重たいものでも無く、

イリヤのバーサーカーのような暴力による恐怖では無い。

ただの、何も持たない一般人。

私達から見れば、ただのカモで、殺すのなんてそれこそあいつらに暗示をかけるよりも簡単。

なのに、なのに。

あいつの、慎二のその笑顔に気圧された。

殺されるかもしれないこの状況で、あいつは笑った。

嫌味な笑顔では無い、きっと彼は本心から可笑しくて笑ったんだろう。

自分の命が、消えるかもしれないのにも関わらず。

それが堪らなく不気味で、そして不快だった。

なぜ不快なのか、なぜ腹が立つのか。

それは自分でも、分からなかった。

 

「ええ、久しぶり間桐君。その様子なら聞きたいことは分かっているって事でいいのよね。」

 

腕の組み、顎を上げ、高圧的な態度を取る。

ここで主導権を取っているのは私だ。

彼は黙って聞かれた事のみに答えれば良い。

そのはずなのに

 

「悪いけど、後にしてくれないかな。僕は今傷心中でね。だって家に帰ったら家が燃えてたんだぜ。混乱してるんだ。君に構っている暇は無い。」

 

彼は動じない。

その舐め切った態度を隠しもしない。

寧ろ、私の方が、その態度に焦らされていると思うくらいだ。

ギリ、と歯噛みする。

 

「いいから黙って答えなさい。あの事件について知っている事を教えて頂戴。」

 

いつもなら軽く流せるはずの軽口を聞く余裕もなく、急かすように質問をする。

もし外来の魔術師の介入ならば、早く潰さなければ。

だから前置きは無し。核心のみを聞く。

冷静に、冷静に、冷静ーーーーーー

 

「……………知らないね。」

 

「ッ!」

 

それを聞いた瞬間、私は反射的に彼に魔弾を打っていた。

彼の頬を掠めるガンド。

それは真っ直ぐに飛び、後ろのコンクリの壁に当たって、派手な破壊音を響かせる。

コンクリの破片と、大きな砂埃が、雨音交じりの空に響く。

もし彼に当たれば、死んでいたかもしれないだろう。

 

「いいから、答えなさい。次は当てるわよ。」

 

一気に火照った頭を冷やすように、感情を殺しながら聞く。

どうやら私は思ったよりも彼に苛立っているようだ。

ここまですれば彼は腰を抜かして私に従うだろう。

自分より強いものには従う。

これが弱者の理であり、間桐慎二という人間の欠点だ。

欠点、だった。

 

「本当、らしくないね。遠坂。」

 

「……………!」

 

彼は動いていなかった。

それどころか動じてすらいなかった。

相変わらずポケットに片手を突っ込んで、もう片方の手をキザったらしく広げて話しかけてくる。

そして、また彼は笑っていた。

その顔を見て、また腹が立つ。

 

「いいから!答えなさい!」

 

我慢出来なくなり、今度はしっかりと照準をして構える。

けれど、彼は止まらない。

 

「どうしたんだい。調子が悪いのか?外してしまえば脅しにならないよ。」

 

そう言って、彼は一歩踏み出した。

 

「しょうがない、僕が手伝ってあげよう。」

 

二歩、三歩、四歩、五歩、六歩。

歩み寄ってくる。

自ら間合いへ、死の傍へ。

突きつけられたナイフを、自分の首元に押し当てるように。

 

「なに………してるの……………」

 

来るな、来るな来るな。

不気味なものが迫ってくる。

自らの命を守るという、当たり前の本能を失くした者が近づいてくる。

張り付いた笑顔が不快だ。優しげなその言葉は不要だ。

やめろ。やめろやめろやめろ。

 

そして最後の1歩。

私が構えた銃口(人差し指)に、彼は自分の胸をつけ、その銃身(手の平)を自らの手で包み込む。

何が可笑しいのか。

相変わらず、笑ったままで。

けれど、その眼は一切の余裕を許していなかった。

 

 

 

 

「ほら、これで外さない。」

 

 

 

 

「……………………!」

 

それは、紛れもなく狂気だった。

少なくとも数日前まで彼は普通の人間だった。

それが今はどうだ。

自分の命の危機に対して、自らの命を盾にする。

自ら死地に飛び込んで、その命を繋ぐ愚者。

それは紛れもなく異常であり、

自らの命を、根源への到達という使命を優先する魔術師には、到底至れない領域だった。

 

 

恐怖で言葉が無くなった私の耳元で彼が囁く。

眼前の死に対し、道化は高らかに嗤う。

 

「君は、人を殺す事を恐れている。君が今怯えているのは僕じゃなく、僕の不可解な行動だ。僕がこんな事しなければ、君はきっと冷静でいられただろうね。」

 

「全く傲慢だ。そこのところは彼に似ているけど、それ(殺人)を恐れるようじゃあ勝てないよ。」

 

「………それ、どうゆう事。」

 

そこまで言って、彼は私から離れる。

先程まで纏っていた狂気は消えており、目の前にいるのはただの人間だった。

 

「珍しいものが見られたお礼だ。ヒントくらい教えてあげるよ、確かに僕はこの事件の真相を知っている。けれど、君には余り関係ない話だ。」

 

「やっぱり関わっていたのね。」

 

「当然だろ。事故でうちが全焼なんて有り得ない。」

 

「……まぁ、それはそうね。それで、誰がやったのよ。」

 

「言うわけないだろ、僕が与えるのはあくまでヒントだ。」

 

……乗らないか。

彼が調子づいた所でボロを出させようとしたが、それも失敗に終わった。

認識を改めよう。

彼は何かのきっかけで成長した。

それもこの短期間で、私と渡り合える程に。

きっとそれが、彼の協力者が彼に施したものなんだろう。

人を根幹から変える力。

人間の生存本能を歪めるほどの力。

それが何なのかは分からないが、油断ならない相手なのは間違い無い。

 

 

「というか予言だね。僕はもう降りたから関係ないけど、君はまだ戦うんだろう?」

 

「当然よ。私は必ず聖杯を取るわ。」

 

きっぱりと、力強く言い切る。

相手に、自分に言い聞かせるように。

けれど、彼はそれを否定した。

 

「悪いけど、それは無理だ。君は負けるよ。たった今確信した。」

 

「それは、どうしてかしら?」

 

「さっき言った通りさ。君は無意識に人を殺すのを恐れている。そんなんじゃあ勝てないよ。」

 

「逆に言えば、それを克服すれば君は勝てるだろう。僕から出来るアドバイスと言えばそれくらいかな。………躊躇えば、或いは迷ったら死ぬよ。」

 

彼の言葉に嘘はないように見える。

つまり、その言は真であり、彼は本当に私が死ぬと考えているのだ。

 

「随分とその人の事を買っているのね。弱みでも握られたの?」

 

しかし、それでも今は情報が欲しい。

少しでもいい、その人物に届く何かが欲しかった。

 

「……どうだろうね。僕が言えるのはここ迄だよ。後は自分で確かめると良い。」

 

しかし、彼がそれ以上の事を言うことは無く、そのまま私から距離を置き、動かない警官の一人の肩に手を置く。

 

「じゃあ、もういいかな。そろそろ悲劇の少年に戻らなきゃいけないんでね。」

 

そうして、具体的な情報は何一つ引き出せないまま、彼は戻ろうとする。

 

「……………そうね。そろそろ怪しまれるだろうし。」

 

しかし、止めることは出来なかった。

不機嫌を隠さず、心底嫌そうな顔で言う。

それを見て慎二は、嘲笑うようにこちらを見てきた。

 

「おいおい、これでも僕はお前を応援してるんだぜ。お前が一番、この戦いを治めるに相応しい。」

 

そして、心底真面目な風に先程と真逆の事を言ってきた。

 

「けれど、あなたの予言では私は勝てないのよね。」

 

「ああ、そうさ。相応しいからと言って、その人間が勝者になれるかと言えばそうではないだろう?勝者に相応しい品格ってのは何時だって後付けなんだ。今まで勝ち続けてきた君は確かに相応しいかもしれないけれど、けれど君は君だからこそあいつに負けるんだよ。」

 

「………ありがたいご高説どうも。大して益は無いだろうけど頭の片隅にでも置いておくとするわ。」

 

「そいつは結構。それじゃあこいつらの暗示を解いてくれ。」

 

慎二のその言葉に合わせるように、警官二人に掛けていた暗示を解く。

そう長い時間話していた訳では無いから、怪しまれもしていないだろう。

再び雨の中、警官たちに連れられる慎二の背中を見送る。

最後に、緩やかな雨音と、それを弾くビニール傘を音に混じって悔しげな声が聞こえた。

 

「頼むぜ。もうお前しかあいつを止められないんだ。」

 

しかし、そんな悲痛な戯れ言は雨音に攫われてしまい、私の耳に届くこと無く消えてしまった。

だから、私は知ることが出来ない。

彼の予言が真ならば、彼の祈りも又、真であるという事を。

 

「なんなのよ……。あいつ……。」

 

だから私の負け惜しみだって彼に届くはずは無い。

こうして、私達は別れた。

遠くで雨音が強くなるのが聞こえた。

情報収集は終わりだ。早くアーチャーと合流して、今夜に備えよう。

冷静になろうとする頭とは対照的に、雨音よりも強く響いて止まない動悸が、私の不安を一層に煽っていた。

 

 


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