先ほどまでは凛視点でしたが、ここからはアーチャー視点で物語は進みます。
それをご理解の上、お読みください。
恐らくここからは、過去最高に熱い展開の連続かと。
ではどうぞ。
嘗て、俺は星を見た。
突き付けられる最低の不条理、
理不尽に向けられた現実、
そんな暗闇の中で、それでも気丈に貴く輝く、眩いばかりの星だった。
記憶は薄れ、摩耗し、過去の事など忘れてしまう。
辿り着いたのは、そんな果てなき荒野。
自分の届かない理想を見せつけるように、無限に続く錆色の丘。
けれど、そんな中でも、それだけは薄れること無く鮮やかなままだった。
結局俺は、そんな光に目が眩み、そこに辿り着くために、全てを賭けて進んできたんだ。
星は人の理の外のもの。
その輝きは、人である以上決して届くことは無い。
けれど、光は一つでは無い。
輝けるものは、確かに、人の世にも存在する。
そして今、オレは再び、輝きを見た。
それは、人の誇り。
努力と研鑽の果て、磨き上げられたその光。
至高の形、宝石の光。
溢れんばかりの眩しさで、自らを鼓舞する深紅の紅玉。
人の可能性を見た、その心に魅せられた。
美しい、人の営みに、その目を奪われた。
その輝きが、今度は自分を照らそうと、こちらを見てる。
オレにとっては、それで十分だ。
今にも倒れそうだった身体に、力が漲っていく。
彼女の願いが、私の
心中は今までに無いくらいに晴れやか。
青空が、自らで空を描くように、
どこまでも自由、今ならなんだって出来そうだ。
消えさせない。
途絶えさせない。
こんな所で、終わらせない。
今度はオレが、暗闇を破る。
この宝石の気高き赤が、何処までも、何処までも映えるように。
「
世界を変える言葉を紡ぐ。
内と外、世界と理想。
現実世界を心の在り方で塗り替える。
「バーサーカー!!」
「◼◼◼◼◼◼◼!!!!」
こちらの変化を察知したのか、
イリヤスフィールの合図と共にこちらに突進してくるバーサーカー。
あぁ、ちょっと待て。
今、いいとこなんだ。
初めて、英霊として戦い続けてから、初めてなんだよ。
誰かの為に、戦うっていうのは。
「
右手を挙げる。
先程投影した盾。
残るは五枚、薄桃に光るその花弁。
それら全てを目の前の英雄に向けて、
囲むように、展開する。
「ーーー!!!?」
突如現れた花弁に行く手を阻まれるバーサーカー。
四方を囲むは、嘗て大英雄の投擲を防いだ堅牢なる防壁。
「
咄嗟に上に跳躍し、脱出を試みようとするバーサーカー。
だが、それは無駄だ。
最後の一枚は、そこに使わせてもらった。
「◼◼◼!!」
その跳躍も、同じく花弁に阻まれる。
これで五方、完全に行き場を無くす。
「
猛るバーサーカー。
無理やりにでも花弁を破壊しようと、手にした斧で殴りつけるが、傷一つつかない。
当然だ。
これはオレが持つ最上の盾、そして、オレがお前に勝っている、数少ない点なのだから。
「
「バーサーカー!下よ!地面を砕きなさい!」
イリヤが叫ぶ。
………気付かれたか。
花弁で囲めているのは、前後左右に上のみ。
当然、下は何もしちゃいない。
「◼◼◼◼◼!!!」
咆哮と共に大地を砕こうとするバーサーカー。
一撃毎に地面が揺れる。
そう、唯一の抜け道である下、つまり地面を砕き、そこを抜けて来ようとしているのだ。
なんという力技、狂戦士の名に相応しい。
けれど、
「うそ、なんで?さっきまで簡単に壊せたのに!」
音こそ派手に響くものの、地面は壊れない。
有り余る巨躯による暴威に晒されてなお、崩れること無く、
連綿と続いた歴史を示すように、その形を保ち続ける。
「
これも、当然と言えば当然なんだ。
バーサーカーの攻撃は、確かに大地を割る程の威力を持つ。
事実、今この一帯で彼が手を加えていない場所は無く、何処も彼処もが崩れている。
だから、砕けないんだ。
地中奥深く、この星の創成から存在する、地球上で最も硬い地面。
内部に存在するマグマ、それら全てを押し留める星の殻。
そう、岩盤まで、バーサーカーは辿り着いてしまったのだ。
だから壊せない。
幾らひび割れようと、バーサーカー程巨大な体が通れる程の亀裂は生まれない。
数億年の地球の歴史を、たかが英雄が壊せはしない。
英雄は築いたのは飽くまで一時代、全ての時代を見てきたこの大地には、届けども、破壊するのは不可能だ。
………まぁ、狙っていた訳では無いがな。
ギリギリになりながらも、躱し続けたかいがあったというものだ。
「
「◼◼◼◼◼!!!」
身動きが取れないながらも、それでも花弁を砕こうと、正面を殴りつけるバーサーカー。
花弁も無敵では無い、次第に亀裂は波紋のように広がっていく。
本当に、どこまでも出鱈目な奴だ。
オレが持つ最上の守りを、こうも簡単に破ろうとするか。
こんな英雄崩れには過ぎた相手だと、改めて実感させられる。
結局、オレにもお前にも、足りなかったのは時間の差だ。
「◼◼◼◼◼◼◼◼!!!!」
花弁が破壊される。
勢いよく突っ込んでくるバーサーカー。
今までの鬱憤を打ち砕き、渾身の踏み込みで間合いを詰めてくる。
振り上げられる斧。
迫り来るは射殺す百頭。
ーーーーけど、もう遅い。
「
詠唱は始まりの一言へ。
世界を塗り替える大魔術。
思考はクリア、とうに世界はオレの中にある。
いや、違う。
元よりそれ以外など、この身は持っちゃいない。
全てを捨てた。
あの時描いたユメの形も、誇りも、想いも、何もかも。
助ける為に殺し続けた。救う為に奪い続けた。
殺して、殺して、殺して、殺して。
そこに悪があるのならばと、そう聞けば聞くほどに、自分から何かが零れ落ちていった。
そうやって、徐々に徐々に擦り切れて、最後には何も無くなった。
そうしてまっさらになった自分は、余りにも、余りにも愚かだった。
届くはずのない理想を追う、奴隷のような旅路。
一体そこに、なんの意味があったのだろう。
それでも
最後に一つだけ、どうしても捨てきれなかったものがある。
何も無い自分に遺った、最初の願いがここにある。
人の願い、健やかな想い、その全て。
礎を築く、その忌名は
「
そうして、オレの視界は白に包まれた。
この世界を巻き添えにして。
たった一人の、少女の為に。
また、此処へ。
理想を追う旅路の終わりにして、敗れた現実の始まりの地。
どこまでも続く赤銅色の荒野。
空に移るは錆びた歯車。
そして、地に刺さる無限の剣柄。
大小様々。
されどその中に、血を知らぬものは一つも無し。
綺麗なものなど存在しない。
余分な物など背負う隙の無い。
余りに醜い、オレの世界。
捨てきれなかった無惨な正義。
その、残滓。
「固有結界………、これが、あなたの宝具………、じゃあ、あなたは。」
唖然としたような凛の声が聞こえる。
それに、顔を向けること無く背中のみで答える。
だって、なぁ。
余り、見てもらいたいものでも無いんだから。
ただ、哀れな男が一人いた、そんな無意味な意味証明に過ぎないんだから。
「あぁ。オレは生前、魔術師だった。生憎、武勇や偉業とは縁が無くてね。そんなものとは程遠い生涯だった。そんな中、オレが持ち得るのはこの世界だけだ。」
「こんな世界がどうしたって言うのよ。」
前方から違う声が聞こえる。
イリヤの声だ。
「何をするかと思えば、こんな寂れた場所に連れてかれるなんてね。ここが貴方のホームグラウンドな訳?随分と贅沢じゃない。」
皮肉交じりのその声は、然して、先程までの余裕を感じられないものになっていた。
彼女は焦っている。
いや、驚いているのか。
けれどまだ足りない、この焦燥よりも、彼女がバーサーカーに置く信頼の方が厚い。
だからまず、その場違いな余裕を剥がしてやる。
「いや、耳に痛い。無礼は謝ろう、レディ。お子様には少々刺激が強すぎたかな?」
「……馬鹿にして。いいわ、どこであろうとバーサーカーは負けない。行きなさい、バーサーカー!!」
「◼◼◼◼◼◼!!!」
バーサーカーがこの身を潰そうと動き出す。
無限に及ぶ剣の柄を跳ね除けて、飛び出すその姿は真に破壊者。
ならばやってみろ、これまでと同じく、全て壊しきってみろ。
「
言葉に呼応するように、魔術回路が唸りを上げる。
血が逆流し、血管は限界までに腫れ上がる。
脳が沸騰して、気を抜けば意識が飛びそうになる。
けれど、想像/創造をやめない。
ただ一つをイメージし続ける。
たったそれだけを今まで愚直に続けてきたんだ。
「!?」
創り出すは朱槍。
アイルランドの御子、太陽の化身。
彼が影の国にて、その師から貰い受けた魔槍。
因果逆転の呪いを秘めた、必中必殺の死の投擲。
向かってくるならば、丁度いい。
ご丁寧に狙う必要も無くなる訳だ。
「
魔力を纏い、生み出される神造の兵器。
通常ならばこのレベルの投影は不可能。
けれど、今はこの世界がオレの背中を押す。
体勢は低く。
例えるならそう、獣の構え。
突っ込んでくるバーサーカーに対し、こちらも槍を構えたまま突進する。
勢いがいる。
彼がこれを使う時は決まってこうしていた。
風と共に走る、走る、走る。
全力で地を蹴って、前へ前へ、疾く疾く。
そして、その疾走の勢いを殺さず、そのまま跳躍、
同時に、右腕を構える。
弾け飛びそうな右腕を、それでも限界まで引き絞る。
魔術回路は臨界点。
既に骨子は造られて、オレの手には剣がある。
生まれるは贋作、されどその効力は、本物と違わず。
その偽りの真名と共に、それを全力でそ投擲する。
今、神代の紅き魔力は収束し、一刺一殺の呪力を放つ。
「
轟音を引き裂いて、朱槍は一直線に向かっていく。
大して狙いはつけていない、されど、因果は既に繋がった。
回避は不能、迎撃は不毛。
寸分の狂い無く、バーサーカーの心臓へと突き刺さる。
「◼◼◼◼◼◼◼!」
荒野にある小高い丘に着地し、既に決められた結果を見やる。
バーサーカーの体に呪いが盈ちる。
割れるように広がる死の呪い。
それは忽ちに、その体から命を奪い去った。
立ち尽くしたまま止まるバーサーカー。
零れ落ちる血は黒く染まり、体から溢れる度に塵となって消えていく。
七つ目の命は、突き穿たれ消滅した。
息の無い眼は言うに及ばす、
胸に槍を刺したまま、完全に停止した。
「!!!、アーチャー、貴方………。」
イリヤの顔から余裕が消える。
見開かれた赤い瞳は、真っ直ぐとこちらを睨みつける。
そうだ、その顔だ。
我が世界を前に、最早一片の予断など許すものか。
「君が自らのサーヴァントに全幅の信頼を置いているのは分かる。だが、それでもオレを舐め過ぎだ、イリヤスフィール。此処はオレの世界。どんな強大な相手だろうと、全力で牙を向くぞ。」
手近にあった剣を引き抜く。
軽い、何も詰まっていない凡庸な剣。
これがオレだ。このちっぽけな剣こそ、オレの象徴だ。
だが、それで何が悪い。
眼前の敵を倒せさえすれば、何を使おうとも構いやしない。
風が、オレを追い越した。
命を張る主の為に、オレも同じく全てを賭ける。
何も無いこの場所で、それでも気高く佇んで、こちらを見つめる宝石の輝き。
何としてでも守ってみせる。
「◼◼◼◼………」
バーサーカーが復活した。
彼も先程とは違う、オレの事を完全に殺すべき相手として認識したようだ。
これで漸く、同じステージに立てた。
真っ直ぐと、狂戦士の射殺すような目を睨む。
その唸り声は感嘆のようにも聞こえる。
手にした剣の切っ先を、バーサーカーに向けた。
待たせてすまないな。
さぁ、決着をつけようか。
「往くぞ、大英雄。貴様の試練、オレが全て超えてみせよう。」
「…………………!!」
そんな宣戦布告を聞いたバーサーカーの口角が僅かにつり上がった。
狂化されている彼が、通常こんな事をするなど有り得ない。
彼が身を置くの狂乱の中。
そこでは理性などただの枷でしかない。
だが、彼が築いた歴史は戦いの歴史。
人々が理性を手にする前に、既に生存競争という戦いは始まっている。
故に、彼もまたこの戦いを望んでいる。
狂って尚、求めるもの。
相対した強敵と鎬を削るのを歓び。
その歓喜に打ち震えているのだ。
そしてオレは、最後の戦いに臨んだ。
勝つ為に。
勝って、彼女に報いる為に。
挑むは無銘の無限の剣。
世界そのものを味方につけ、自ら賭して英雄へ臨む。
世界が、時代が、どのように移り変わろうとも変えられないただ一つの理想。
人の強欲、その頂点。
そのエゴは、人の性さえ喰い潰す善。
戦士も又、その挑戦に構える。
一部の隙も感じられない不動の構え。
世界が、時代が、どのように移り変わろうとも変わらない不変の強さ。
人の忍耐、その極み。
十二の試練は、今再び勇者を待ち受ける。
聖杯戦争。
万能の願望器を巡り、数多の命が散ったこの戦い。
その天王山は誰も知らない世界にて、
二人の勇士の譲れないものがぶつかり合う。
いざ、終幕へ。
体は、剣で出来ている。
血潮は鉄で、心は硝子。
幾たびの戦場を越えて不敗。
ただの一度も敗走はなく、
ただの一度も理解されない。
彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。
故に、その生涯に意味は無い。
されど、
剣で出来たその体は、
ただ、一人のために。