私的鉄心END   作:たまごぼうろ

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最後の夜、終わりの始まり。
残るのは一人だけ。
杯は勝者のみを求むる。






最終夜
開幕 


彼の口から語られた真相は、目の前の光景を如実に示すものばかりだった。

臓硯の殺害、アサシンとの契約、そして再び、彼の手に灯った令呪。

一節、また一節と事に至った経緯を彼は語る。

そしてそれを聞く度に、私の中では不信が募った。

私が知る彼と今の彼、その両者の行動が余りにも乖離していたからだ。

私の知る衛宮士郎ならばアサシンと契約はしないはずだし、今ここに居るはずは無い。

私の見立てでは、彼は無鉄砲な癖に責任感だけは異様に強い。

きっと自分から聖杯戦争から降りる事はしない。

しかし、その責任感はある一人のサーヴァントと、ある一つの事情によって保たれていたものだ。

 

サーヴァントの名はセイバー。

彼が最初に契約したサーヴァント。

そして事象とは、あの黒い影が行っていた人喰いである。

その黒い影の正体は間桐桜こと、マキリの杯。

間桐臓硯が生み出した紛い物の聖杯。

だがセイバーは敗れ、黒い影も桜の死亡と共に消え去った。

故に、彼にはもう理由が無いのだ。

彼も馬鹿では無い。

丸腰で英霊に挑むなんて蛮勇は存在しないと分かっている。

 

願いを持つ訳でも無く、願うものが近くにいる訳でも無い。

そして聖杯戦争(これ)はもう他者を傷付けるものでは無く、我ら魔術師間に置ける争いへと変化している。

 

けれど当の本人は、さも当然のように参戦を語る。

それが私にはおぞましかった。

簡単に命を賭けるこの男に、頭が理解を拒んでいた。

 

 

「だから俺はここにいる。前とは違う。前は戦いを止める為に戦っていた。けど、今は」

 

 

「今は、戦う為に戻って来た。これが俺の選んだ道だ。譲る気なんて毛頭ない。……分かってくれたか?」

 

 

 

「意味……分からない……」

 

 

分かるはずが無い。

飲み込めるわけが無い。

悪い冗談だと笑い飛ばすのを、目の前で起こった惨劇が否定する。

彼はアーチャーを殺したし、アサシンにイリヤ(小聖杯)を追わせた。

敵だと判断するには十分過ぎるくらいだ。

でも、そうだと分かっていても。

どうしても信じる事が出来なかった。

 

 

 

「あんた…何でこんな事してんのよ……」

 

 

張り裂けそうな胸中を抱きとめるように、自らの胸を強く抑え掠れた声で呟く。

そう言った時、不意に頭に過ぎったのは昼間の出来事だった。

 

 

『君は無意識に人を殺すのを恐れている。そんなんじゃあ勝てないよ。』

 

 

あの時の慎二の言葉。

それは数時間越しの、自分が最も警戒していなかった男からの置き土産だった。

今この状況こそ、慎二の言う通りになっていた。

 

私は怖いのだ。

自分の手で親しい人間を殺めるのが。

そうして血に濡れた手で、何でもない顔をして進むのが。

続ければいつかそれにすら慣れてしまいそうで、そんな自分を恐れているのだ。

 

 

 

「話すべき事はこれで終わりだ。じゃあ、………やろうか。」

 

 

 

「!?、やるって、何をよ。」

 

 

 

「何って、決まってる。殺し合うんだろ、俺たち。」

 

 

 

彼は淡々と手にした剣を構える。

そこに疑問を挟んだような素振りは無い。

寧ろ状況に追いついていないのは私だった。

 

 

 

「士郎、少し冷静になって、お願いだから。自分が何してるか分かってる?あなた今自分がどんな状況なのか分かってるの?」

 

 

 

頭も定まらず、状況も理解出来ない。

こんな状態で戦うなんて不可能だ。

 

 

 

「一度、そう!一度話し合いましょう。私も少し突き放し過ぎたわ。また一から教えてあげるから今は一度落ち着いて、ね?」

 

 

 

 

「…………………」

 

 

 

無言が突き刺さる。

士郎も少しは考えてくれているのか。

そう思った瞬間に、私はそれを後悔した。

慎二の言葉の意味が、その時ようやく理解出来た。

退路なんてもう、どこにだって無い事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ………遠坂。」

 

 

 

 

慎二の言う通りだ。

私は甘い。

一度知り合い、そして分かり合ってしまったこいつと戦いたくないから、こんな提案をしてしまう。

アーチャーはそれを善いと言った。

だが慎二はそれを、戦いに置いては悪しと言ったのだ。

いつから士郎がこうなったのかは知らない。

けど、この状態になった士郎と間違い無く共闘した慎二が、そう言ったのだ。

 

士郎の顔が険しく歪む。

細められた琥珀色の目に宿るのは、嫌悪。

彼がここまで感情を表したのを、私は見たことが無い。

 

 

 

 

 

 

 

「いつまでも、さ。一般人扱いするのはやめてくれないか。」

 

 

 

 

「え………」

 

 

 

「お前には恩があるし、感謝してる。けどそれでも俺はお前と戦うって決めたんだ。」

 

 

 

 

「状況を見ろよ。俺はアーチャーを殺して、お前に刃を向けている。話し合うなんて余地あると思うか?」

 

 

 

今回ばかりは彼が正論だった。

でも私が知る彼は、そんな正論を綺麗事で蹴飛ばすような男だった。

そんなどこまでも真っ直ぐで愚直な青年は、もうそこにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「いや、実を言うとな。話し合うならそれでもいいんだ。お前が負けてくれるならそれでいい。でもさ、遠坂。」

 

 

 

 

思考が凍りついて上手く動かない私の頭を気にもせず、彼は矢継ぎ早に畳みかける。

それは彼の最後の優しさだったのか。

それとも、ただ私を焚き付ける為だけの挑発だったのか。

どちらであろうと結果は変わらず、

最後の戦いの火蓋は、そんな彼の最後の言葉によって切られる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜を殺してまで、戦う事を選んだんだろ?自分の実の妹を自分の手で消し去ってまでも、ここに立つ事をお前は決めたんだ。でもそれ、こんな程度で折れる程の覚悟だったんだな。」

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーっ」

 

 

 

 

 

「簡単に事が済みそうで良かった。いつの間にか腑抜けになっていてくれて助かったよ。」

 

 

 

 

それが何を意味するのか。

それが私にとってどんなに重いものなのか。

こいつは知ってる、知っていてそう言っている。

分かっている、安い挑発だと。

私を戦わせるだけの詭弁だと。

きっと頭の固い士郎の事だ。

戦わないと納得出来ないから、私を無理やりにでも戦わせたいのだ。

そうして互いに折り合いをつけて、憂うこと無く事を終わらせたいのだ。

 

 

あぁ、分かってる。

あぁ、分かってる。

 

 

 

ーーーあぁ、分かってる。

 

 

勿論、そんな事、当たり前に分かっていて。

 

 

 

 

 

 

 

「お前、私の前でその名前を出す事が、どういう事か知っていて言ってるんでしょうね?」

 

 

 

 

 

 

 

分かってなお、私は自分の激情を抑える事は出来なかった。

眼から血が出そうな程に、強く、強く彼を睨み付ける。

いい加減頭に来た。

怒りを通り越して、これは憎しみだ。

許せない。

アーチャーを殺したこいつが許せない、私の勝利を奪ったこいつが許せない。

例え、本心じゃないとしても。

私の覚悟を鼻で笑ったこいつが、許せない。

そんな憎しみが私の体を動かす。

立ち上がり、彼の方を真っ直ぐと向いて、銃口()を構える。

 

 

 

「やってやるわよ。あんたみたいなへっぽこどうって事ない。今更後には引けないもの。一人背負おうが二人背負おうが変わらないわ。」

 

 

 

 

目的は一つ。

眼前のものを、跡形もなく消し飛ばす。

その骸をもって、本当の終わりとする。

 

 

 

 

 

「そうだ、それでいい。お前の前にいる男は、お前の今までの努力を、想いを、積み重ねを、その全てを否定する者だ。」

 

 

 

 

 

「黙りなさい。」

 

 

 

 

「恨んでいい。許さなくていい。その代わり、聖杯は俺が貰う。」

 

 

 

 

「黙れって言ってんでしょ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……………さぁ、終幕(オーラス)だ。遠坂凛。」

 

 

 

 

 

言葉は消えた。

理性は踏み潰した。

今の私は、憎しみ力に変えて撒き散らす獣だ。

奴が人が獣だと語るのなら、私が教えてあげよう。

我こそは純然たる人という獣。

どこまでも人間らしく、

前に進む事でただの獣から抜け出した、誇りある生物だということを。

衝動で、本能で、戦いを求めての戦いは終わり。

ここからはアレ(獣ども)にはまだ早い、人間らしさ(怒りと憎しみ)で動く戦い。

 

 

 

 

 

 

「殺してやる。正義の味方(英雄気取り)が。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さよならだ、一人きり(トップランナー)。せめて悔いの無いようにな。」

 

 

 

 

 

鼻先に冷たいものが触れた。

泣き出した空から溢れ出す涙は、耳に届くほどになっていく。

それは次第に地面に黒い斑を描いていく。

葉に水がはね返る音。

地面が水を吸い、辺りには湿った香りが充満していく。

みるみるうちに雨足は強くなり、私たちは一瞬にしてびしょ濡れになる。

一瞬、視界が白に染った。

数秒後、遠くで雷鳴が雨音を切り裂いた。

警笛、或いは警鐘か。

眼前に立つ男を殺せと、身体全てが吠えている。

そんな私の思いと呼応して、空もまた雷と共に怒りを轟かす。

そんな遅れて来た轟音を歯切りにして、士郎はゆっくりと口を開き、静かに双剣を構えた。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、漸く………、終わらせるよ、桜。」

 

 

 

 

 

そうして、泣き出した空を慈しむように見上げる彼の姿を捉える事もせず。

私は怒りに身を任せ、湿り切った大地を蹴り上げた。

 


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