ここで場面は少し入れ替わる。
深山町の丘の頂上。そこにある西洋風の屋敷。
近所の人々からはお化け屋敷、等と言われているその屋敷こそ、間桐臓硯の根城、間桐邸である。
そんな間桐邸の内部、今は亡き間桐桜の部屋の中で、一人の男が怒り狂っていた。
「うわぁぁぁぁーーーー!!!!お前の!お前のせいだぞ!!衛宮ぁぁぁぁ!!!」
男の名は間桐慎二。
士郎のクラスメイトであり、今回の聖杯戦争のマスターの1人、に成り切れなかった者。
彼は昨日、妹である桜を拉致し、それを餌にして士郎を学校に呼び出した。
そこで自らのライダーと彼を戦わせ、惨めな姿を晒させた挙句、彼を殺す。
サーヴァントが相手なら彼に勝ち目はない。故に、彼の作戦は絶対に成功する、はずだった。
様々なイレギュラーの乱入によって、彼の計画は瓦解した。
遠坂凛の乱入。偽臣の書の焼失。自分の人形のはずである妹の反逆。
何よりも衛宮士郎が、自分には使えない魔術を使えたこと。
様々な要素が、悉く彼の計画を妨害した。
その結果、彼は激昂をさらに加速させていた。
保険として用意していた薬によって、裏切り者の妹は痛めつけることができたが、まだ足りない。
元々プライドの高い彼が、自分の敗北を認め、ましてや逃げ帰ってきたなど、許せるはずがなかった。
「くそ!くそくそくそくそくそぉ!!あいつら、揃いも揃って僕をバカにしやがって!!」
「何が桜桜桜桜だ!!あんな奴、僕の人形に過ぎないゴミのくせに!」
「そうだ。あいつさえ居なければ、間桐の教えは全部僕のものだったんだ!それをあいつが全部奪いやがった!あいつさえ、あいつさえ居なければ!!」
しかし彼はそれが有り得る筈のない夢物語だと知っている。
間桐の血はもはや廃れ、今は見る影もない。
彼はおろか、父にすら魔術回路はほとんど存在しなかった。
最早、魔術師と呼べるレベルの使い手が間桐から誕生することはない。
だからこそ臓硯は、養子である桜を間桐の後継者とした。
よって、もし桜が居なかろうと、彼が間桐の魔術を教えられることはあり得ない。
間桐慎二に、いやこれからの間桐には、魔術師としての未来は無い。それはどうしようもない、決められてしまった運命だ。
そんなこと、ずっと前から分かっていた。分かりながらも、それを変えようと抗い続けた。
魔術回路が無かろうと、間桐にはそれまでに積み重ねてきた知識がある。
それを学べば、何もない自分にも何か成せるかもしれない。
それを、そんなことだけを信じて研鑽を続けてきた。
だから、彼にとって聖杯戦争は千載一遇のチャンスだった。
もし、自分が勝ち残り間桐に聖杯をもたらせば、臓硯は自分の評価を改めるかもしれない。
そうなれば、きっと自分も見てもらえるだろう。
あんな愚図の妹ではなく、自分こそが、間桐の後継者にふさわしい存在として。
しかし、そんな夢は根底から崩れ落ちた。
偽りのサーヴァントであるライダーはあっけなく消滅し、もはや自分に戦う力はない。
自らの傀儡である義妹も、衛宮士郎に奪われた。
自らの最後の希望と、僅かに残った自尊心が、ガラガラと崩れ落ちていく。
そんな覆せない現実と、自らで創りあげた虚構の
そんな彼は、もはや正気とは言えなかった。
大声をあげながら机のものをまき散らし、本棚の本を乱暴に床に投げる。
カーテンを引きちぎり、クローゼットを蹴飛ばし、そして終いには壁紙さえも破きかねない勢いだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」
だが、
「ここで何をしておる。慎二。」
そんな彼の狂乱も、鶴の一声で終わりを告げる。
「ひっ、お…お爺…様…。こ、これは、その…」
先ほどまでの怒号は霞のように消え、顔を出すのは怯え切ったか細い声。
間桐臓硯。慎二の祖父にして、この家の絶対的な権力者。
彼にとってこの男は、畏怖の象徴であり、抗えない存在だった。
「まったく、部屋を散らかしおってからに…ふん。まぁよい。貴様に客じゃ、慎二。」
「あ、え…僕に…客、ですか?」
「そうじゃ、早く行け。客人を待たせるでない。」
「いや…今はちょっと…」
「いいから早く行け、儂の手を煩わせるな。」
鋭く慎二を睨む臓硯。
「ひっ、わ、分かりました。」
彼にとって臓硯を怒らせるのは、それこそ死に等しい。
臓硯に逆らうな。それがずっと祖父の言いなりだった父から彼が教わった唯一の事だ。
しかし、それでも腹は立つ。
そう思いながら玄関へ行く。
こんな時に家に訪ねてくる、空気の読めない馬鹿に構えるほど、彼は寛容ではない
イライラを全く顔に隠さずに、勢い良くドアを開ける。
「おい!誰だか知らないが僕は今忙しいんだ!!用があるならまた今度……に…」
しかし、そんな彼の目の前にいたのは
「よっ、昨日ぶりだな。慎二。」
なんて、気さくに笑いかけてくる
「は……え、衛宮?」
「なんだよ慎二。鳩が豆鉄砲を食ったような顔して。」
当たり前だ。なんてったってさっきまで目の敵にしていたやつが、目の前に現れたのだから。
「お前…衛宮ぁ!今更どの面下げて!!」
「まぁまぁまぁまぁ、落ち着けよ、慎二。」
そう言って肩に手を置いてくる衛宮。
それを乱暴に振りほどく
「触るな!僕は落ち着いてるよ!!それよりも今はーーーー」
先ほどまでの怒りが息を吹き返す。
今は話しかけられること、何よりこんなに馴れ馴れしくされることに腹が立つ。
丁度いい、今ここで、こいつをーーーーーー
「それじゃ、しばらく慎二を借りるぞ。臓硯。」
「…………は?」
気づけば、後ろには臓硯が立っていた。
「あぁ、精々気を付けるんじゃな。」
「へ?…お爺様?」
お爺様が衛宮を気遣った?
「ほら、行こうぜ慎二。」
その声を聞きたくないと言わんばかりに肩を組んできて、先へ行こうする衛宮。
・・・・・・・・・・・・・・・・待て、待て待て待て待て。おかしい。これは明らかにおかしい。
何で衛宮がお爺様と普通に会話してるんだ?
こいつ、遠坂と一緒に組んで、お爺様を倒したいんじゃないのか?
それにお爺様も、お爺様だ。
こいつが今ここに来るってことは、間違いなく聖杯戦争絡みの筈だ。
なのに、なんで放置する?
こいつは、自ら火に飛び込んできた虫みたいなものだ。なら、望み通り燃やしてしまえばいい。
なのに、なんで見逃す?
何かの作戦なのか?
矢継ぎ早に、次々に驚くべきことが起きたので頭が混乱している。
何が何だか分からない。
一体、一体どうなってるんだ?