武器の解析を済ませ、それを見つからない場所に隠した後、俺はすぐに家を出た。
行先は間桐邸。そこに用があったからだ。
自分は冷静なつもりだった。いや、実際に冷静だった。
間桐邸に行けば、そこには臓硯がいる。しかし彼と戦うのは今じゃない。
そもそも間桐邸では俺に勝ち目はない。
あそこは間桐の工房。
そこで戦うなど自殺行為だ。念のため武器は持ってきたが、生きて帰るのは不可能だろう。
故に、ここでは臓硯にどんな挑発をされようと乗らず、かといって彼の機嫌を損ねず、ただ自分の目的だけを達成して帰る。そのつもりだった。
けど、それは不可能だった。
奴を見た途端、頭が真っ白になった。理性なんてものは一瞬で燃え尽き、どす黒い感情に体が支配される。
気づけば、自分の目的も、ここに来た理由も何もかも忘れて、ただ、殺意だけをぶつけていた。
「あぁ、お前を殺しに来たんだよ。間桐臓硯。」
「ク、クク。」
しかし
「ククク、カカ、カカカカカカカ!!」
それとは対照的に、老魔術師は心底可笑しそうに嗤う。
「おぉ怖い怖い。儂を殺すときたか!いや全く全く、まこと貴様は裏切らんのぅ。衛宮士郎。」
一方的に殺害を告げられたというのに、何とも楽しげだった。
そうしてひとしきり笑ったあと、
「それで?どうするのかね。今ここで殺しあうか?儂は一向に構わんぞ。」
圧倒的な戦力差をもって、返答を告げた。
「ッ!!」
気づけば、周りは蟲たちに囲まれている。
空を飛ぶ奴、地を這う奴、何十匹もの蟲の群れ。
そいつら1匹1匹が今にも俺に喰らいつこうとしていた。
「あの影の性で、町に餌が少なくてのぅ。こやつらはたいそう腹を空かしておるぞ。」
臓硯の声に合わせ、虫たちがギチギチと蠢く。
今か今かと、目の前の獲物に食らいつこうとする。
…まずい。何をやってるんだ。間抜けか俺は!
自分の感情もコントロール出来ないんじゃ、これからの戦いを勝ち残るなんて無理だ。
ここでやられては計画が水の泡だ。どうにかうまく切り抜けないと。
落ち着け。ここでは勝ち目はない。こいつを殺すならそれなりの準備をしないと不可能だ。
そう思うと徐々に頭が冷めきて、自分のすべきことがはっきりしてきた。
「なんじゃ、今更怖気づいたのかね。」
様子がおかしいことに気づいたのか。臓硯が問う。
それに対し、動揺を悟られないように、声が震えるのを抑えて答える。
「そう焦るなよ。魔術師同士の争いは、夜にやるのがルール、だろ?」
「ふん。貴様1人誰にも見られずに葬るなど、儂には容易いが?それに、あれだけの啖呵を切っておいて、何も無し等と言う訳無かろう?」
「なんだ、随分と血気盛んなんだな。それとも、この程度の挑発で本気になっちまうくらい余裕がないのか?間桐のご老公よ。」
「…………」
「心配するなよ。そう焦んなくても、アンタは俺が殺してやる。でも、それは今じゃない。今日は別の用事でな。」
「別の用事、じゃと?」
「あぁ、魔術師ではなく、1人の人間としての用だ。」
「今日、俺はーーーーーー」
「なんじゃと、貴様。貴様今何と言った。」
問いを返す臓硯。それほどまでに士郎の言葉は不可解だった。
「何度も言わせるな。今日、俺は慎二に会いに来たんだ。」
「そんなことを聞いておるのでは無い。何故ゆえあやつに用がある。、と聞いておるのだ。やつも貴様と同じ負け犬じゃ。傷の舐めあいでもするのか。」
そう、もはや敗北しているこの2人が今更会う理由なんてない。
「何って、そんなの決まってるだろ。」
しかし、さも当然のように士郎は
「慎二は俺の友達だ。だから今日は遊びを誘いに来た。」
なんて、この場に不釣り合い過ぎる、要件を口にした。
「…………………………は?」
「何だよ、何か文句あるのか。」
「…………いや、貴様正気か?遊びに来た?今この状況でか?」
臓硯の困惑はもっともだった。
だが、目の前の男に先ほどのような殺意は殆ど無く、
「だから、」
「今、慎二は家にいるか?」
なんて、言うのだから。
いくら臓硯とはいえこれには困惑を隠しきれない。
何かの策略か?いや、もはや如何なる姦計をめぐらそうと、この男に勝ちの目など無い。
ならば一体…まさか本当に遊びに来ただけとでも言うのか?
その場で士郎を観察する。
そうやって、しばらく黙り込んでいると
「いや、居ないのならいい。自分で探す。さっさとこいつら引っ込めてくれ。」
そう言って、場を去ろうとしてしまう士郎。
「……………待て。」
士郎を制止し、再び考え込む臓硯
だが、ある程度の察しがついたのか。しばしの静寂の後、警戒しつつも口を開いた。
「…………つまり今貴様は、聖杯戦争の参加者ではなく、あくまで慎二の友人としてこの場に来た、と言いたいわけか。」
迷いながらも、臓硯が訝しむように聞く。
実際、彼の行動は意味不明だ。昨日殺しあった相手を遊びに誘うなど、正気の沙汰とは思えない。
しかし
「そうだ。だから今の俺に敵意はない。分かってもらえたか?」
彼の言葉は、嘘偽りもなく本当だった。
間桐臓硯。他人の体を奪って延命を繰り返し、あまつさえ自らの孫にあたる桜の体に刻印虫を埋め込み、鍛錬とは名ばかりの拷問を10年にわたり強要してきた、正真正銘の外道。
しかし、実のところ何だかんだ身内には甘い。というのが彼の本質だ。
魔術師は子を何よりも大事にする、と言うが彼はその典型的とも言える。
実際、孫たちに苦悩を与え、苦しむ姿を楽しむのも、愛情の裏返しとも言えなくはない。
愛しいから愛す、愛しいからこそ慈しむ、ではなく、愛しいから虐げ、その苦悩を肴とする。
愛と憎悪は紙一重。彼が孫を虐げるのは、ある意味1番の愛情表現ともとれるわけだ。
…もっとも彼の場合はいささか度合いが過ぎているわけだが。
とにかく、それは魔術刻印のない慎二も例外ではない。
加えて、彼の外面は穂村原のPTA会長だ。そんな男が客人を追い出したなどという噂が広まるのもよろしくない。
なので、相手が「孫の友人」と名乗るならば、それだけですぐに殺す理由が無くなってしまうのだ。
「…クク、なるほどのぅ。」
そう言って臓硯は蟲たちを撤退させる
「それならば、孫の友人を無下にするわけにはいかなくなるな。中々に考えたではないか、衛宮士郎。…少し待って居れ、今、呼んで来よう。」
「あぁ、助かる。」
そう言って家の方へ戻っていった。
家に戻りつつ臓硯は呟く
「カカ、良いだろう。何をしたいのかは知らんが、貴様の思惑に乗ってやるとしよう。」
余裕に満ちた表情でそう呟く。
彼にとって士郎はまさに虫同然。警戒することなど1つもない。
故に、その思惑に乗ってしまう。
それが、後に自らの破滅に繋がるなどとは露とも知らずに。