私的鉄心END   作:たまごぼうろ

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追憶 正義のミカタ④

「いや~、2人で遊ぶのは久しぶりだな。中学以来か?」

歩きながら衛宮が言う

こいつは楽しげだが、僕はそれどころじゃない。

「おい、おい!どうゆうことか説明しろよ!」

「どうって、遊びに来ただけだぞ?」

当然のように言う衛宮。

「そんな訳無いだろ!昨日のこと忘れたのか!?」

昨日とは、無論僕が桜を人質にして、こいつを殺そうとした事だ。

「忘れたわけじゃないけどな。でも、もう俺もお前も聖杯戦争の参加者じゃないだろ?だったら、昨日までのことは水に流してさ、今日は気分転換でもどうかって。」

何を言ってるんだ。人が良すぎるのもここまで来れば異常だ。

「いい加減にしろよ。僕をバカにしてるのか?昨日殺しあった相手と遊べるほど、僕はお人好しじゃない。」

そう言って、肩にかかった衛宮の腕を振りほどく。

そしてそのまま、来た道を戻ろうした。

「あ、おい!どこ行くんだよ。せっかく来たのに。」

「…帰る。僕は忙しいんだ。それに、お前と一緒に居たら頭がどうにかなっちまいそうだ。」

「そう言うなって。いいじゃないか、たまには。」

けど、衛宮も引き下がらない。今度は僕の腕をつかんできた。

それで、今まで困惑で鳴りを潜めていた怒りが、また顔を出す。

「触るな!何でったってそんなに僕にかまおうとする!?」

無理矢理に腕を払う。

「何でって、それは」

「分かったぞ…」

怒りはヒートアップしていく

「お前も、僕が無能だって言いたいんだろ?間桐のくせに魔術回路も無くて、お前でもできる初歩の初歩の魔術も使えない、おまけに桜を人質にとることでしか、お前らの気を引くこともできない。そんな役立たずの僕を、笑いに来たんだろ!!」

それは、自分自身が1番分かっていたが、1番認められなかった事実。

僕自身の、どうしようもない本音だった。

「いや、俺はそんな…」

「うるさい!兎に角、僕はどこにも行かない。そんなにお人好しごっこがしたいなら、またどこかで大好きな人助けでもしてろよ。その方がよっぽど有意義だぜ。」

そして、とどめとばかりに

「助けを必要としない人間を助けようとする。傲慢すぎるよ、この偽善者。」

そう言い切った。今までの胸中を全てさらけ出しぶつけてやった。

昨日の事だけじゃない。今までのこいつの行い全てを否定する言葉。

こいつの夢は知っている。だから敢えて、それを壊すような言葉を選んだ。

これだけ言えば、あいつだって僕に構うのを止めるだろう。それでいい。それだけの事を僕はしたんだから。

今更…今更戻れるわけがない。

「そうか、それだけ言うならしょうがないな。」

「…………」

これで話は終わり、僕は再び後ろを向いて帰ろうとする。

ようやく、この頑固者も諦めた。

 

 

 

 

―――――――かのように思えた。

 

「だったら、無理やりにでも来てもらうぞ。」

 

「え?」

気づけば、首元に冷たいものが当たっていた。

視線を下す。それが大ぶりのナイフだと気づくのに、そう時間はかからなかった

血の気が引く。さっきまであんなに熱かった頭が、氷水でもかけられたみたいに冷えていく。

臓硯が出す、へばりつく様な、べっとりとした殺意(もの)ではない。

もっとシンプルではっきりしている。

刺すような、向けられるだけで体がこわばる、明確な殺意。

首元で光る、痛いくらいに綺麗な、銀色の凶器。

それらを、衛宮が僕に向けていた。

「え、衛宮?何のつもりだよ…」

背後の衛宮に震え切った声で問う。その顔は見えない。

「いいから、黙ってついて来い。俺だって、犠牲は少ないほうがいい。」

冷たい、感情のない声だった。

「犠牲…?何言ってんだよ、お前。」

「もう一度聞くぞ、慎二。」

 

「黙って、俺に、従え。」

 

「っ、嫌だね!僕はお前と話すことなんて無いんだから!」

精一杯の虚勢で叫ぶ。どうせハッタリだ。このお人好しがこんな事出来るわけ、

「そうか。」

ナイフが首元に押し当てられる、よほど切れ味がいいのだろう。首の皮が裂け、鮮血が飛び出す。

「痛って、はぁ!?ちょちょちょ、待て!嘘だろ!?やめろ!やめてくれ!」

衛宮がナイフの手を緩める。

「なんだ、まだ何かあるのか。」

「何ってお前!今本気だっただろ!?」

「当たり前だろ。お前が従わないのなら、殺すしかない。」

は?何言ってるこいつは。殺す?コロス?こいつが僕を?

こいつにそんな事出来るわけがない。

頭でそう考えても、首元の痛みに否定される。

こいつは本気だ。今本気で僕を殺そうとしてきた。

いや、違う。

こいつ、最初はナイフなんて持っていなかった。なのに、僕が誘いを断った瞬間に取り出してきた。

つまり、元々それを持って来ていたってことだ。

そして、こいつは僕に会いにここに来た。と言っていた。

お爺様じゃない。こいつの目的は、最初から僕1人。

それは、つまりーーーーーーーー

 

「おい、なんとか言え。今度は止めないぞ。」

そんな冷たい声で、はっと我に返る。

これではっきりした。ブラフやちゃちな脅しなんかじゃない。

そもそもこいつに、そんな駆け引き出来るわけない。

こいつは今日、僕が誘いを断ったなら、殺す気で来ている。

無駄な犠牲は出したくない。だけど、

出てしまうものは仕方が無い(・・・・・・・・・・・・・)と、こいつは本気で考えている。

分かった途端に、恐怖に全身を支配された。

怖い。嫌だ。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

こんな所で、惨めに、何も出来ず死ぬなんて、そんなのあのくそ親父と同じだ。

気づけば、みっともなく声を上げていた。

「分かった!ついていく!言うことも聞く!だから、だから殺さないでぇぇ…」

必死の懇願。痛々しいほどの命乞い。

もうこれくらいしか、自分が生き残る道が見えなかった。

「本当だな?途中で逃げたりしないだろうな。」

「しない!本当だ!誓ってしない!!だから早くこれを下してくれ!」

その言葉が響いたのか。衛宮はようやく殺意の塊を下してくれた。

「はぁ、はぁ、はぁ、」

動悸が荒い。生まれて初めて受けた脅しに、虚勢なんて通じるわけがない。手をついた膝はガクガクで生まれたての小鹿のよう。立っているのが精一杯だった。

傷はじくじくと痛みを放っている。

それでも懸命に立ち、衛宮の方に向き直る。

「ひっ!!」

そこで見た衛宮の顔は、あまりにも冷たかった。

およそ感情なんてものが感じられない。ただ張り付けただけのような、

しかし、見るものすべてを射殺すような鋭い眼光。

先ほどまでの穏やかな表情と比べると、ほとんど別人に近い。

こいつ、こんな顔だったか?

人が人を傷つける際、被害者であれ加害者であれ、多少なりともの動揺が生じる。

人を傷つけるのは、少なからず自らの心も傷つける行為だ。

そして人によっては、罪悪感として一生消えないものとなる。

でも、こいつは、こいつはその傷を恐れていない。

いや、傷そのものがこいつにとっては気になっていないんだ。

こいつの心は傷つかない。こいつの心は鋼そのものだ。

きっと、こんなのを異常者というんだろう。

そんなモノが、自分をじっと見ていた。

思わず身じろいでしまう。

まだ、何かするのか。

そう思い、後ろに下がろうとする。

 

だけど、こいつは急に雰囲気が変わって、

 

「…悪かったな、慎二。言うこと聞いてもらうにはこうするしかなかったんだ。あっ、首の傷大丈夫か?生憎、俺は治療魔術なんて使えない。取り合えず、これ使えよ。」

 

なんて言って、ポケットから出した白いハンカチを手渡してくる。

「…………!」

その顔は紛れもない、自分がよく知っている衛宮士郎の顔。

その豹変っぷりに再び背筋が凍る。

こいつはイカれている。前々からその気はあったが、ついにタガが外れやがった。

他者を震え上がらせるほどの殺意と、それを本気で心配する人の良さ。

そんな矛盾する存在が同居してやがる。2重人格なんて言ってくれた方がまだいいだろう。

自分で負わせた傷を、自分で心配するなんて、異常すぎる。

かと言ってそれに言及なんてしてみろ、それこそ命が無いかもしれない。

自らの保身のためには、この異常性を指摘してはならない。

必死に気づいてないふりを重ねる。明らかな違和感なのに、何も知らないを装う。

こいつはもう手遅れだ。何を言ってもこの矛盾には気づかない。

「どうかしてるよ、お前。」

震えた声で小さく呟き、ハンカチを受け取り、傷口に当てる。

血が染み込んでいく。

真っ白なハンカチに、どくどくと染みていく赤。

鋭い痛みが、この状況が現実だと無情に告げる。

「じゃあ行こう。傷は痛いだろうけど、そこまで深く切ってないから安心しろ。

少し落ち着いたら、ちゃんと治療しよう。」

そう言って、僕に背を向け、向かおうとする衛宮。

無防備な背中。今なら逃げきれそう、なんて考えがよぎる。

…いや、それは最悪の悪手だ。

きっと今逃げ出したら、またアイツが出てくるんだろう。

そして今度は容赦しない。いや、最初からアイツに手心なんてない。

今度こそ、一切の躊躇無しに、僕を殺す。

それから、何事もなかったかのように過ごすんだ。

隙だらけの背中が、それでも雄弁に語っている。

「逃げてみろ、次なんてないぞ。」

 

ギリ、と歯を食いしばる。抵抗は死を意味する。

黙ってついていく以外何も出来やしない。

…所詮、僕は強者に食い物にされるしかない、弱者ってわけか。

そう分かっていても、それでも従うしかない自分が悔しかった。

先に行く背中を追う。

一体、どこに連れて行こうってんだ?

 

 

 

衛宮に連れられてきたのは新都だった

というか、歩いて新都まで行くとかどうかしてるだろ。バス使えよバス。

そう言ってやったら

 

『そんな傷でバス乗ったら目立ってしょうがないぞ。』

 

だと。地味に正論なのに腹が立った。お前がつけたんだぞ。この傷。

そう言ったらさらに何かしてきそうなので、それ以上言及するのはやめた。

やはりこいつ何かずれてやがる。

しかし、黙って彼との日常を演じる他に、僕が生きる道はない。

1時間ほど徒歩で、新都を目指す。

だが、そろそろ疲れてきた。目的もわからず歩かされるのも限界に近い。

それに、首の傷だって痛い。血は止まる気配がなく、どくどくと流れ続けている。

街をゆく人に変な目で見られるし、それを隠す手段も持ち合わせてない。

恐る恐る、衛宮に訪ねてみる。

「なぁ、衛宮。そろそろ目的地がどこか言ってもいいんじゃないか?ただ遊びに来たってわけじゃないんだろ。」

だが、衛宮はいつもと同じ調子で言ってくる。

「そうだな。もうすぐで着く。そこで傷の治療もできるから、あと少し頑張ってくれ。」

やはり変わってない。自分が知る衛宮の顔。

しかし、今となっては違和感しかない。

先ほどの姿を学校で見せたら、こいつに頼みごとをする奴なんていなくなるだろう。

きっと誰もが僕と同じ反応をするはずだ。

遠坂だって、こいつを見限るだろう。

それに、心底どうでもいいが、あの、愚図な妹だってーーーーーーー

 

 

「着いたぞ。」

そう考えていると、衛宮に声をかけられた。

目の前の建物は、

「教会?ここで何の用だよ。」

着いたのは冬木教会。

ここは、聖杯戦争の監督役である、神父がいる場所だ。

基本的にここにマスターが来ることは無い。

有るとすればそれは、自らの敗北を認め、保護を依頼する時のみ。

まさか、保護されに来たのか?

「さぁ、行こうぜ慎二。大丈夫、俺だって気乗りしてるわけじゃない。」

そう言って教会の中に入っていく衛宮。

「…………」

何も言わずに、その背中を追った。

 

教会に入る。自分がここに訪れるのは初めてだ。

中は妙に息苦しいような、神聖ではあるが、ある種綺麗すぎるような、

兎に角、居心地の悪い場所だった。

その1番奥、祭壇のある場所に1人の男が立っている。

男はゆっくりと振り返る。

とってつけたような口元の笑みと、死んだような瞳。

身長は高く、ガタイもいい。

ただでさえ大柄なのに、ここの雰囲気と相まって、威圧的にすら見えた。

「邪魔するぞ、言峰。」

衛宮がぶっきらぼうに挨拶する。

言峰、と言ったか。こいつが神父か。

妙に胡散臭い奴だった。

殺人現場に居合わせれば、まず真っ先に疑われるような、そんな男だと感じた。

「ほう、誰かと思えば衛宮士郎。それに…」

神父が僕の方を向く。

光のない目が、品定めをするように見てくる。

「あんたが、今回の監督役か?神父さん。」

威圧的なのはかわらないが、それでもさっきの衛宮ほどではない。

少し気圧されるも、警戒しつつそう聞いた。

「あぁ、君のことは知っている。間桐慎二、元ライダーのマスターだな。」

僕のことを知っている?…なるほど、聖杯戦争に絡むことはすべてお見通しってわけか。

「お初にお目にかかる。私は言峰綺礼。今回の聖杯戦争で監督役を任されているものだ。最も、もはや敗退した君には、あまり関係のない話だがね。」

「ッ!う、うるさい!」

出会い頭に痛いところをついてくる。

ほんとに聖職者かこいつ。見た目と言い言動と言い、神父とは思えないぞ。

「アンタ、初対面の人に嫌味を言わなきゃ気が済まないのか?大概にしておけよ、エセ神父。」

「なんだ、まだ根に持っていたのかね。貴様も案外恨み深いんだな。」

という事は、衛宮も初対面で何か言われたのだろうか。

こいつも心無しかイラついてるように見える。

どうやら目の前の男とは、相性が悪いらしい。

「ふふ。して、今日は何用かね。聖杯戦争の敗北者が揃いも揃って、我が教会に保護されに来たのか?それならば慈悲の言葉の1つでもかけてやらん事もないぞ?何しろ今回の聖杯戦争で初めて我が教会を頼る者だ。心から歓迎しよう。」

神父は嬉しそうに言う。

「ふざけろ。誰がアンタなんかに保護されるか。」

それは僕も同意見。この男に保護されるなんて、いつ後ろから刺されるか分かったもんじゃない。

かといってこのまま衛宮と一緒ってのもごめんだ。さっさとここから居なくなりたい。

「なんだ、違うのか。それは残念。では何の用だ?私も暇ではないのだが。」

微塵も残念さを感じさせずに、言峰神父が尋ねる。

そうだ、一体こんな所に何の用がある?

道中その事を聞いても、衛宮は一向に答えなかった。

着いたら説明する。

それを繰り返すばかりで、ちっとも探ることはできなかった。

「聞かせろよ衛宮。ここまで引っ張ったんだ。いい加減説明してくれ。」

しかし、少し考え込む衛宮。まだ勿体ぶるのかこいつ。

「分かった。けど、その前に、言峰。アンタに頼みたい事がある。」

「?、何かね。」

「慎二が怪我してる。治してやってくれないか?」

自らがつけた傷のくせに、まるで他人事のように言いやがる。

いや、だがそれよりも

「は?治すって、この神父がか?」

こちらの方が意外だった。

間違っても傷を治すタイプじゃない。こいつは加害者。いつだって傷つける側。

お爺様と同じ、他者の不幸を悦とするタイプ。そう考えていた。

「意外かね?これでも魔術師の端くれだ。その中でも、とりわけ治療魔術は相性が良くてな。一日の長、というやつだ。」

どうやら、人は見かけによらないようだ。正直かなり不安だが。

「確かに、首元が出血しているな。どれ、見せてみろ。」

でも、確かにそれはありがたい。いつまでも血を流してるのは、みっともないからな。

しかし、僕が素直に治療を受ける気になれないのには、もう1つ理由があった。

「…神父さん、ここは神前だろ。魔術なんて異端の業、使ってもいいのかよ。」

 

聖杯戦争の監督役というのは、中立の立場を図るため、通常は聖堂教会から派遣される。

聖堂教会、というのは主の御名の元、異端とされるもの達を狩る、いわゆる「異端狩り」なんてものに熱狂的になってる奴らのことの指す。

ここで言う異端とは即ち魔術師の事。

彼らの目的は、人類の神秘を独占し、それを正しく管理する事だ。

故に、徒に神秘を使い、時には奇跡すら再現しようとする魔術師達は彼等にとっては天敵そのものだ。

一方の魔術師も、根源なんて有るか分からないものを目指す異常者。そこに一般的な倫理観等は無く、邪魔する者は神の使いであろうと殺すだろう。

つまり、魔術師と代行者は殺し、殺される関係にある。神を冒涜する者と、その教えを絶対とする者。まさに水と油。相いれるはずがない。

現在、表向きには協定を結んでいるが、水面下では今なお殺し合いが続いている。

 

なので、教会の人間は通常、魔術を使わない。使うものは異端とされ、粛清されるからだ。

そんなやつが、魔術なんて使っていいのか?

「ほう、知っていたか。」

意外そうに神父が言う。

「当たり前だろ。魔術を学ぶ者なら、知っていて当然の事柄さ。」

うちの書庫にはその手の本が山ほどある。昔読み漁ったときに、その手の内容の本があった。

「なるほど…君は衛宮士郎と違い、かなり魔術について詳しい様子だな。生憎、才に恵まれることは無かったようだが。」

こいつ……いちいち嫌味を吐いてくるな。

頭に来て、神父を睨む。

「おっと、気を悪くしたならすまない。衛宮と違い、君の反応は新鮮なのでね。失敬失敬。実に人間らしいとも。」

神父は楽しそうに答える。それが無性に腹が立った。

「いいから!質問に答えろよ!」

声を荒げる。

「ふふ、そう猛るな。そうだな…確かに教会の掟から見れば、私は異端そのものだろう。神意に反している、と捉えられても仕方が無いかもしれん。」

神父は静かに語る。

「…だがな、目の前に傷ついたものが居て、それを見て見ぬふりをすることもまた、神意に反しているだろう。私にとってはそのほうが異端、というだけの事だ。」

「なんだよ、それ。」

妙に説得力のある言葉に、返しが思いつかない。

どう考えても拡大解釈。あまりにも自分に寄り過ぎた考え方。

「それに、主は寛大だ。この程度の事で、見限りはしないだろう。」

しかし、反論はできない。納得してしまう自分が居た。

「随分と都合のいい神様なんだな。ここに居る神とやらは。」

代わりに衛宮が口を挟んでくる。

どうやらこの神父に関しては、一言言わずにはいられないようだ。

「まぁそう言うな。こちらに来い、間桐慎二。その傷を治してやろう。」

そんな衛宮の嫌味を気にも留めず、教会においてあるベンチに座るよう促してくる神父。

大丈夫なのか?相変わらず不安は晴れない。

「大丈夫だぞ慎二。こいつこの腕だけは確かだ。」

「だ、そうだ。特に何かするわけでもない。早く来い。」

渋々神父の言葉に従い、ベンチに座る。

血に濡れたハンカチを取り、傷を見せる。

「なんだ、大した傷ではないな。派手に血が出ているが、それだけだ。」

そう言って、治療を開始する神父。

腕は確かなようで、手際がいい。

どうやら、衛宮の言葉は真実のようだ。

「あんた、治療なんてするタイプじゃないだろ。どこで覚えたんだ。」

気まぐれに聞いてみる。

この男の事だ。大した理由もないだろう。

「…………」

しかし、意外に言いよどむ神父。

何かまずいことを聞いただろうか。

「あ、いや、答えたくないんだったら…」

「…昔の話だ。目の前で死病付きに死なれてな。それ以来、覚えた。今ではこの通りだ。」

その言葉に割り込むように、神父はどこか遠いところを見てるふうに言った。

こいつ、こんな顔できたのか…

先ほどまでの薄ら笑いとは一転。

それは明らかに、それは亡き者に安寧を願う聖職者の目だった。

「…………悪かったな。」

「何を謝る。気にすることは無い。」

それっきり黙り込む神父。

僕の方も何か気まずくて話しかけられなかった。

この神父と言い衛宮と言い、分からない奴らだらけだよ。まったく…

 

神父の腕は確かに本物だった。一瞬にして傷はふさがり、血も止まっている。

痛みもほとんどない。

「あ、ありがとな。神父さん。」

この男に礼を言うのは憚られたが、こうも綺麗にいったんじゃ仕方ない。

「礼など不要だ。では…用件を聞こうか、衛宮士郎。貴様は何用で我が教会を訪れた?」

治療が終わった途端、直ぐに衛宮に向き直る神父。

僕も衛宮の方を向く。

ようやくだ。ここまで連れてきた要件、聞かせてもらおうじゃないか。

「…分かった。…今日ここに来たのは、2人に協力してもらいたいことがあるからだ。」

協力?こいつ、今更何をする気だ?

僕らはとっくに敗北している。首を突っ込んでも死ぬだけだ。

「これは、慎二とアンタにしか頼めない。俺には2人の助けが必要だ。」

正直巻き込んでほしくなかった。

でも、衛宮がここまで言うなんて。

それに、こいつに頼まれ事をされるなんて初めてだった。

こいつはいつも引き受ける側で、誰かに頼る姿なんて見たことが無い。

「………」

神父は思案するように黙っていた。

代わりに僕が口を開く。

「いいから、早く言えよ。」

衛宮を急かす。

少し迷った顔になる。

だが、覚悟を決めたのか、

「あぁ、…分かった。」

そう、呟いた。

瞬間、顔が変わる。

背中にまた冷たいものを感じた。

さっきと同じ。感情のない顔。

最早おぞましくも見えるソレが、口を開く。

 

「間桐臓硯を殺す。協力してくれ。」

 


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