「ゲーマーズ・ハイ」(仮)1   作:VANILA

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第2話

「えーお前達が二年生になって、あーもう直ぐで一ヶ月になるわけだが。まぁーそれで、先輩風を吹かすような奴等が多いみたいで……」

 

教壇の前では担任の男教師、「菊野門拓」が相も変わらず気乗りがしないとでも言いたげな態度で、ショートホームルームの締めの言葉を話していた。

 

「えーうちの学校は部活動が盛んだから、あー確かに縦社会というか上下関係が出来やすいのは分かってる。が、まぁーそれでも、先輩なら先輩らしく後輩をしっかり導いてやるというかだな……」

 

どこまでもやる気の無さげな、間延びした声と中身がカラッポの話に、クラス全体までもが気の抜けた雰囲気になっている。

 

その雰囲気にほだされ、不真面目な生徒の何人かは既に携帯を机の下から出し、ポチポチとSNSやソーシャルゲームを起動している。静かにはしているものの、担任の言葉を真面目に聞いてる生徒は無いに等しい。

 

「えーだから、あーつまりは、まぁ面倒事を起こすなよって事だ、以上」

 

あまりにも唐突に話が打ち切られたものだから、クラス全体の空気がいっそう抜けてしまう。

 

新学期が始まってもうはや三週間はたつというのに、この担任はその始まりから今日に至るまでずっとこの調子である。

 

流石はその名前と余りの不真面目さから『PTAを震え上がらせた男』『名前を言ってはいけないあの人』『キクモン・ライト』など数多くの二つ名を有してるだけのことはある。

 

「なんにせよショートは終わりだ。……ほら日直、はよ号令しろ」

 

クラスの緩くなった雰囲気を察したのか、担任はホームルームを終わらせるよう日直に促す。

 

「起立、気を付け、礼」

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

クラスの生徒達が一斉に立ち上がり、半拍ほどした後に遅れて礼をする。それが済むと、教室内は途端にワッと騒々しくなった。

 

「学食でパン買っていかね?小腹空いてんだよね今」

「なんかここの近くにヒヤキンが来てんだってー」

「あー、部活行きたくねぇ。バックれねぇ?」

「あーほんとありえないんですけどー」

 

クラスメイト達は席から立ち上がると、それぞれのグループやコミュニティを作って、おしゃべりに興じ出す。

 

「俺もちょうど腹減ってたんだ、じゃあ早速行こうか」

「それマジ!?うわやっべ、ヒヤキンとかマジヤバ!」

「やめとくわー、うちの部活厳しいかんさー」

「なぁーに宮子、さてはまた男失敗したなー?」

 

(同じ年代なのか疑わしくなるほど中身の無い幼稚な会話ばかり。何が楽しいのか、俺には理解できそうにない)

 

漠然とそんな事を考えながら、雑談に熱をあげてるクラスメイト達を尻目に、黙々と荷物をまとめてから教室を出る。新学期が始まって直ぐというのもあって、教科書を纏めた鞄の中は軽い。

 

教室を出て廊下を通り靴箱まで歩くと、その間に多くの生徒達がすれ違った。この時間帯だと、帰宅する生徒は少数だ。

 

「今日もまた先輩のしごきが待ってるよぉ。やだなー」

「しゃあないっしょ、地区大会が近いんだし」

「次の試合で勝てばうちらのハンドボール部B+に上がれるらしいし、先輩も張り切ってんだよ」

「でも付いてくれるスポンサーってあの漬け物屋っしょ~?どうせなら喫茶店とかブティックとかがいいなー」

「えっこ贅沢すぎぃ。スポンサー援助貰えるだけいいじゃん」

「でもでも本当は~?」

「やっぱ漬け物よりもスイーツが良い!」

 

体操服を着た三人組の女生徒達は、ゲラゲラと貞淑さを感じさせない粗雑な笑いを上げながら、靴箱へと向かう俺の隣を小走りで通りすぎる。と、すれ違った瞬間にその三人組の一人───確かえっことよばれていた生徒の肩が俺の腕にぶつかった。

 

直前まで女生徒が小走りだったからか、腕に結構な衝撃を感じ、思わずたたらを踏んでしまう。

 

「……」

 

ぶつかった女生徒の方へと振り向いて、ジロッと非難の意を込めた視線を向ける。が、女生徒はぶつかったことなど気にもしてないようで、此方に一瞥もせずなに食わぬ顔で何処かへと走っていった。

 

仕方なく、先の出来事を割りきることにした。鬱憤をこめた大きなため息を吐いて、ぶつかった箇所を軽く二三度払ってから再び靴箱を目指すことにする。

 

靴箱に向かうだけなのに、何十人もの生徒とすれ違う。生徒たちは一様に白の体操服を来ていて、彼らはみな部活生で、これから体育館にいく行くのだろうと察せた。

 

誰も靴箱には向かっていない。周りの生徒たちは皆、俺とすれ違っていくばかり。

 

生徒たちは、すれ違いざまに俺を白い目で見るか、見えてないかのようにそっぽ向いて歩き去った。部活に入らない不良生徒というレッテルは、人を汚物や透明人間にするには充分である。ということを、俺はこの学校で一年を過ごして、文字通り身に沁みて学んでいた。

 

───さっさとここから出てしまおう。

 

肌に張り付く寒々しい雰囲気から抜け出したい一心で、靴箱へ足を進める。顔をうつむき加減で、前へ前へと足を出すように早足で駆ければ、直ぐに靴箱へと辿り着いた。

 

辿り着いてしまえば、あの寒々とした雰囲気はだいぶ薄れていて、周りにほとんど生徒たちが居ないのだと思った。

 

自分の足ばかりを見つめていた目線を上げて、靴箱を開ける。中学生の頃に親が買ってくれたスニーカーは、変わらずくたびれた雰囲気を醸し出しながらそこに鎮座していた。

 

若干泥臭いそれをつまみ上げ、タイルで出来た玄関土間へ乱雑に落とす。

 

「よぉ、お早いお帰りだな」

 

靴から舞い上がった砂ぼこりを手で払っていたところ、後ろから声を掛けられた。

 

振り向いて見ればそこにはボサボサの茶髪に軽薄そうな笑みを顔に張り付けた男、知人の蒲野油谷が腰に手を当てて立っていた。

 

「今日も熱心なことに、あそこに行くんだろ?流石は「獅童勇義」だネ」

 

「……馬鹿にしてんのか」

 

「とんでもない!「遊戯」という名前だけあって、遊びには全力なんだとむしろ尊敬してるんだよネ。だからそう気を悪くしないでくれ」

 

独特なイントネーションで喋るこの男は、おどけた様子で肩をすくめて、クツクツと笑う。

 

「それで、どうした。また近々大会でも始まるのか」

 

「いや、大会じゃない。部活同士の紅白戦があるんだネ」

 

「紅白戦?」

 

「そう、部活のネ。部の存続を賭けて戦うんだよ。その様子じゃあやっぱり知らなかったみたいだネ」

 

「俺には関係の無い事だからな」

 

部活同士の紅白戦、それも部の存続を賭けたものはこの学園の生徒にとって、目の離せない一大イベントになっている。

 

というのも、一二年に一度の頻度でしかそういった対決は起こらないので、非常に物珍しいイベントになっているのだ。そのためこのイベントが始まると毎回、多くの生徒たちが野次馬根性猛々しく観戦にくるそうだ。

 

最後に紅白戦が起きたのは一昨年の春、俺がこの学校に入学する前に起きた。

 

対決した部活は文芸部とライトノベル部の二つ、その内容は純文学とオタク文学についてのクイズだったそうだ。結果はライトノベル部の勝利、負けた文芸部は廃部となり文芸部の備品と部員は全てライトノベル部に接収された。

 

あと、これは人伝で聞いたものだから真偽の程は分からないのだが、この対決は文化部同士の対決であったにも関わらず流血沙汰になったらしい。

 

普段は大人しいがキレると、という質の生徒がどちらかの文化部にいたかもしれない。

 

キレた人間は、とんでもないことをしでかすものだ。

 

「ま、とにかくそういうイベントがあるんだがネェ……。どうする?」

 

「どうする、だと?」

 

「鈍いネェ。もし興味があるなら、観戦用の特等席に案内するよってことだよ。なんせ主催は俺たち、放送部だからネ」

 

それを聞いて俺は、あぁなるほどと思った。

 

この学校ではこういうイベント事が起こると、毎度と言っていいくらい放送部がしゃしゃり出て来て、頼んでもいないのに公事にしてしまう。そしてイベントの主催者だと言い張ってデカい面をするのだ。

 

どうやら今回も放送部主導の元、紅白戦を執り行うらしい。

 

「いや、遠慮しとくよ」

 

首を横に振って答えた。

 

「あらら、袖にしてくれちゃって」

 

「俺がその紅白戦で戦うわけじゃないからな」

 

蒲野が老婆心で人気イベントに招待してくれたのは分かっている。だが、それでも俺にはどうしてもそういった物事には行こうと思えなかった。

 

別に身の丈以上に大人ぶって、自分の唯一性を見せびらかそうだとか、優越感を得ようとしてるわけじゃない。ただ当人たちが身の縮む思いをしながら戦っている傍で、その様子を面白おかしく見るのは、何か違う気がして楽しめないのだ。

 

そも俺がイベントに行ったのなら、周囲の生徒たちは白けてしまうだろう。俺はそれくらいこの学園の生徒たちにとっては、鼻摘み者も同然の立場なのだから。

 

だから、いろいろ考えて蒲野の誘いを断った。

 

変に悩んだ素振りを見せたり返事をボカそうとしたら、蒲野は気を利かそうとするだろう。なるためぶっきらぼうに聞こえるように、少しわざとらしく返事をした。

 

「そうかい。まぁそういうなら仕方ないネ」

 

そう言うとこれ以上は特に用もなかったようで、此方に背を向けて歩き出していく。

 

「じゃあ、そっちはそっちで頑張るんだネ。俺は今から放送部で一仕事しなきゃだからネ」

 

「……おう、頑張ってこい。イベントうまく行くと良いな」

 

「そうだネェ、上手くいくといいネ」

 

「?」

 

どことなく他人行儀な発言に違和感を覚えたが、小さくなった蒲野の背中を見て、深く考えないことにした。

 

「さて、行くか」

 

スニーカーに足を滑らせ、爪先を床にトントンと軽く叩いて馴染ませる。足にうまく密着したのを確認してから、俺は靴箱のあるエントランスを後にした。

 

五月の初めを迎えようとしている時期、冴え帰るよう冷たい風が校門から出た俺の体を撫でて通り抜けた。風は校舎の方へ行き彼方へと飛んでいった。未だ校舎からは、部活生達の活気で溢れていた。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

俺の通っている京都私立西京高校から徒歩で三十分、四条通りを横切って右手には、俺が行きつけの店がある。

 

「嵐山」という名前の喫茶店で、名前のとおり嵐山姓の女性がここの店主を勤めている。若冠二十歳という若さながら二代目店主として、経営に調理、接客など店のこと全てを一人でこなしている。

 

しかしそんな彼女の頑張り虚しく、先代と比べて今の「嵐山」はすっかり寂れていた。客は日に十人来れば上々、来客したのは俺一人だけ何てこともざらだ。

 

ポジティブに捉えるなら知る人ぞ知る隠れ家的な店、という通には堪らない茶店とも言えるかもしれない。

 

しかし実際のところ、ひび割れたコンクリートの壁と看板の掠れた「嵐山」、喫茶店とは思えない寂れた外観に通りの人の少なさも相まって、どこからどうみても潰れる一歩手前の絶対絶命店舗としか見えない。

 

「お邪魔します」

 

そんな隠れ家ならず破れ家的な喫茶店に入る。

 

寂れた外観とは違って、中は喫茶店らしくゴシックでとても落ち着いた雰囲気を醸している。

 

コーヒー器具と欧風のアンティークが並べられた木製のカウンターテーブル、赤レンガの壁に天井のシャンデリアといった内装が、バーのようなアダルトさとカフェ特有の温かみを感じさせてくれる。

 

この、喫茶店でありながらどこか大人っぽいような雰囲気が、俺は堪らなく好きだ。

 

懐古的な安らぎを感じながら、この店の店主である「嵐山絵理花」さんの姿を探す。普段ならカウンターテーブルで暇そうに携帯ゲーム機を遊んでいるのだが、今日はいつもの場所には居ない。おそらく、厨房で料理やコーヒーの仕込みをしているのだと当たりをつけた。

 

「絵理花さーん。いつものお願いしますねー」

 

そう言って、カウンターテーブルの奥にある厨房に向けて呼び掛ける。

 

「はぁい」と少しくぐもった女性の声が聞こえたのを確認してから、俺はカウンターを横切る。

 

店のカウンターや丸テーブルの空席には座らない。お茶をするだけなら座るのだが、この店に来たのはお茶が目的ではない。

 

客の座っていない寂しげなひじ掛け椅子を尻目に、店の奥へ歩みを進めると『GAMER ONLY』の掛札が掛けられたアルミ扉がそこにある。

 

扉の前に立ってドアノブを軽く回す。鍵は掛かっていないようだった。

 

「さてと」

 

アルミのドアノブを回して引くと、電灯の薄い明かりに照らされた階段の踊場が現れる。俺は普段通りその踊場に足を踏み入れ、後ろ手でドアを閉めた。

 

階段通路は剥き出しのコンクリートの壁で囲まれていて、ひんやりとした無機質な冷気と静かさが満ちている。

 

手摺を握りながら、下の階へと降りる。

 

階段を降りる度にペタ、ペタとスニーカーが踏みしめる音が鳴って、その音がしつこく通路の中で反響した。

 

降り始めてすぐに下の階に着く。地下一階と書かれた壁にはアルミ扉が取り付けられていて、その扉と床の隙間から蛍光灯の白い光と電子音が漏れだしている。

 

扉を開いて、中に入る。

 

その瞬間、暗がりから出た俺を、眩しい光とポップな騒音が迎えいれた。

 

そこには、大量のゲーム筐体が所狭しと並んでいた。

 

どの筐体もチカチカと蛍光色の光を放ちながら、ピコピコやらジャラジャラやら陽気な電子音を鳴らしており、その眩しさと喧しさはゴールデンタイムの歓楽街を思わせた。

 

ゲームの種類も混沌としたこの場に相応しく、多種多様なジャンルのゲームが揃ってある。

 

『ギャラガ』や『怒首領蜂』『風雲拳』なんてレトロかつマニアックなものもあれば、『ガンダムVS』『beatmaniacs』のような新しくてメジャーなゲームも。

 

新旧ごちゃ混ぜのアーケードゲーム、そのゲームのスペースを併設した喫茶店。それこそがここ『嵐山』の最大の特徴であり、俺が此処に来る目的の一つだ。

 

ゲームに遊び疲れた時は上の階の飲食スペースで休憩をとり、暫く落ち着けたら再び降りてゲームスペースで遊ぶ。ここではそうやって、和やかさと賑やかさの緩急を楽しむのだ。

 

「……誰もいないな、今日も」

 

ぐるりと辺りを見渡しても、俺以外の客はいない。今日も閑古鳥が鳴いてるな、そう思いながらあるゲームの筐体へ向かう。

 

ゲーム筐体の行列を掻き分けて進むと、目当てのもの『キング・オブ・ストリートⅣ』というタイトルのゲームを見つけた。

 

これはプレイヤー同士で対戦することに重点を置いた、一般的には対戦格闘ゲームと呼ばれるジャンルのコンピューターゲームだ。

 

プレイヤーは総勢百体以上のキャラクターから使用キャラ選択し、オンラインもしくはローカルのプレイヤーと戦うのだ。

 

俺は筐体前に置かれた座椅子を少し引いて、そこに座る。スタートボタンを押すと、ピロンと小気味の良い音が鳴った。

 

『キング・オブ・ストリート!フォース!』

 

やけに力強いネイティブな発音でタイトルコールがされ、ゲームが始まる。プレイするゲームシステムを選択し、キャラクターを選ぶ。

 

レバーコントローラーで画面をスクロールしていく。暫くスクロールしていくと、金髪のバーバースタイルに額に刻まれた裂傷が特徴的な、「悪人面」の外国人を見つける。

 

『Die yabboo……』

 

ボタンを押して使用キャラを決めると、画面の男は渋くハスキーな声で決め台詞を吐いた。

 

俺が選択したのは『獅子王』という名前のアメリカ人。

アメリカンキャラでありながら、空手に合気道といった古武術をファイトスタイルに組み込んだ、「日本被れ」の悪役キャラだ。

 

そのためか黒の道着に袴姿という、非常にインパクトの強い格好を好んで着ており、彼の技名はほぼ全て日本語のものばかり。冷徹であり残酷なキャラクター像と、キワモノ色の強い設定とのギャップが強く、そのギャップ故に人気も高い。

 

選んでから暫くして、画面に「挑戦者現る!」の文字がポップされ、『獅子王』と対峙するような形で太った中国人の男キャラ『東西中』が現れる。

 

向き合う両雄の視線は激しくぶつかりあい、火花を撒き散らす。

 

(……さて、一気にいくか)

 

『ラウンド1!!レディ……ゴーー!!』

 

スタートとともに、獅子王は飛び出すのだった。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「ふぅ……」

 

1試合目からおよそ三十分後、俺はため息をついてゲーム筐体に倒れかかるように脱力する。

 

『東西中』との対戦を終えて、その後も調子よく勝ち続けた。しかし、七連勝に王手をかけたところでついに負けてしまった。

 

試合が長引いたことで集中力がかけてしまったのもあるが、負けた主な原因は対戦相手との明確な力量の差だった。

 

チラとその対戦相手の名前を見る。

 

名前は「nagano76」、大手ゲームメーカーをスポンサーに付けた、日本人プロゲーマーのハンドルネームだった。

 

負けた、その事実に少しばかり落ち込んでしまう。

 

なにも為す術なく打ちのめされた訳ではなかった、むしろプロ相手によくここまで食らいつけたものだと自分を褒めたい程、上等に闘えたと自負できる。

 

だがそれでも、勝てたかもしれない試合を落としてしまったこと、自分の実力を証明できる機会を逃してしまったことに、悔しさを覚えずにはいられない。

 

(……やっぱり`師範´には敵わない、か)

 

勝てなかった事への悔しさが頭の中を支配していくうちに、ふと脳裏に男性の顔が浮かびあがってきた。

 

それは、俺が人生で最も尊敬する男の顔だった。

 

優しくて、それでいて凄く強い。まさに男の中の男と称すに相応しい、そんな人。大人っぽくも、どこか子供らしい純真な笑顔を見せるその人とは、もう二年も会っていない。

 

過去の恩師を思い郷愁に浸る。そうすると、穏やかな気持ちにもなれたが、同時に朧気な喪失感を彷彿とさせた。

 

(俺が強くなれば、あの人はまた……)

 

「オーッス!お待たせ!」

 

ノスタルジックな思考にふけていた最中、突如として俺の頬に熱っぽい痛みが走る。

 

「ア゛ッ!」

 

裏返った声でスタッカート並みに短い悲鳴を上げ、頬を押さえ蹲る。別段そこまで痛かった訳ではないのだが、急に痛みを感じて驚いてしまったので、無意識にそんな大袈裟な態度をとっていた。

 

「あっごめん。そんなに熱かった?」

 

「アーッツ!熱いですよ!熱いに決まってるでしょ!」

 

「ごめんごめん!ちょっと驚かせたかったんだよ」

 

声のした方へ振り返る。そこには青髪をサイドアップに束ねた瑞々しく艶やかな女性──この店を経営している女性「嵐山絵理花」が、片手に湯気の立っているマグカップをもって立っていた。

 

推理などしなくても分かる。先の頬の痛みの正体は絵里花さんで、彼女にイタズラで熱くなったマグカップをくっ付けられたようだった。

 

熱々のカップをひっつけられた事を抗議するも、「ゴメンネ!」と年不相応な悪戯っぽい笑顔に簡単に流されてしまう。どうも昔から俺は彼女のあどけない、それこそ子供のような笑みや行動に弱いきらいがあった。

 

「はいお待たせ。砂糖とミルクたっぷりホットコーヒーだよ」

 

そう言うと、ミルクで明るい茶色に変色したコーヒーをゲーム筐体に置いた。そうするだけでコーヒーを中心に、喫茶店のように穏やかな雰囲気や匂いが、ゲーム筐体がひしめくこのゲームコーナーの中を漂っていくように感じる。

 

が、それでもそんな和やかな雰囲気程度では頬の痛みが引きそうに無かったので、すこし絵里花さんに非難じみた湿度の高い目線で彼女の顔を見る。

 

「アハハ……。あ!そ、そう言えば六連勝したんだよね?おめでとう勇義くん!」

 

不自然に絵里花さんは話題を変えると下手くそな世辞で俺を誉めて、パチパチと空気が含まれてない軽い拍手でおだて始める。多分これ以上、先のイタズラを責められても面白くないと思い、話題と雰囲気を変えようとしたのだろう。

 

ただ、彼女をからかい弄ぶ機会がみすみす無くなるのも勿体無いと思い、少し執拗だろうかと思いながらも話を掘り返す。

 

「あーあ。痛かったなぁ。火傷しちゃってるかもなぁ」

 

「……もぅ。悪かったわよ、痛くして」

 

彼女は頬をむくれさせると、拗ねたように小声で謝った。

 

絵理花さんは俺よりも年上の女性であり社会経験もある人で、そんな人が拗ねたように頬をむくれさせている姿は、倒錯的な可憐さと禁忌的なあだっぽさがあった。分かる人には分かるだろうが、それは確かにフェティシズムを感じさせるシチュエーションであった。

 

端的にいうとエロかった。

 

ムクムクと膨れ上がった悪戯心に身を任せて弄り倒したくもなるが、変に弄び過ぎても彼女が拗ねてしまいそうなのでそこは自重する。

 

「んっんん!それにしても六連勝か、惜しかったね。最後、誰と戦ったの?」

 

咳払いをして彼女は俺の顔を覗き込むように身をのりだすと、喜色をたたえながら聞いてくる。

 

「……「nagano76」さん、です」

 

文字通り目と鼻の先近くにある絵里花さんの顔から反らすように、顔を背けながら答える。

 

「え!あのプロの?!本当に?!凄いじゃん!」

 

逃げるように目線を外したさきに絵里花さんの顔があった。回り込まれた。

 

「どうだった、強かった?」

 

「そりゃ強いですよ。あっちはプロなんですから」

 

「やっぱり?流石だなぁ、プロになっただけあるよねあの人」

 

喜色満面といった面持ちで「そうかそうか」と噛み締めるように頷くと、絵里花さんは俺の肩に腕をおいて寄りかかる。こういう距離感を覚えさせない彼女の身の振り方は魅力的ではあったが同時に蠱惑的でもあり、俺の耳をくすぐるように垂れている彼女の髪や、密着した彼女の花のような甘い臭いは心臓に悪く、俺は直ぐに「近いですよ」と無粋な声明で絵里花さんを引き剥がした。

 

「あ、ごめんごめん!勇義くんも十分強いから!いつか絶対その人にも勝てるようになるよ!」

 

「別に拗ねてるわけじゃないですよ……」

 

気分が昂りつつあったのをバレないように努めて冷静な声音で引き剥がしたものだから、どうやら絵里花さんには他人を持ち上げられて面白くなくなっていると思わせてしまったようだった。俺は直ぐにそうじゃないと否定するが特に聞いてなかった。

 

「ごめんね、流石にデリカシーなかったよね。でも大丈夫!勇義くんはもっともっと強くなるよ!だってあの人の弟子なんだもん!」

 

そういうと俺を年不相応に拗ねてる少年だと思い込んでる絵里花さんは、さながら哀願動物の毛並みを愛撫するように俺の髪を優しく、ところどころ乱雑に撫でまわしてクシャクシャにしてしまう。

 

またそうやって子供扱いするんですから、と非難の声をあげるが絵里花さんはそんな俺の事など知らんぷりをして、とにかく俺の髪を撫でたり掻いたり崩したりなんかして、髪型をガタガタに変形させて楽しんでいる。

 

嵐山家の一人娘として生まれてきた絵里花さんは、たまにこうして俺の髪をクシャクシャにしてコミュニケーションをとる。兄弟というものに憧れがあるようで、こうして俺を使って遊んだりして兄弟の真似事をするのだ。俺の身長は170ちょっと、絵里花さんは175を越しているので身長差がちょうどよく、またお互いに小さい頃からの長い付き合いだったため、兄弟ごっこをするのに俺を使うのがちょうど良いらしかった。

 

かくいう俺はそんな絵里花さんのコミュニケーションを悪く思ってるわけではなく、むしろ学校だったり家庭だったりで居場所の無い俺にとっては、唯一このクシャクシャは自分を肯定してくれる実感が持てて好きだった。だからこそ自分はまだまだ子供でしかないとも思い知らされてしまう。

 

「さて、じゃあお姉さんはそろそろ上に戻るね」

 

絵里花さんはそう言うと髪を撫でる手を止めて俺から離れる。

 

俺の癖毛を介して伝わっていた、絵里花さんの仄かな手のひらの温かみが失われ寂寥感を覚えてしまうが、だからと言ってもう少しなんてそんな甘えた事を言うわけにもいかず、そうですかと気の無い返事をした。

 

「アハハ!そんなに寂しがらなくても、仕事を片付けたらまた戻ってくるから」

 

俺の心なんてお見通しだとでも言うように、絵里花さんは笑ってすかさずフォローをしてくれる。ズバリ図星を言われしかも慰めなんてされてしまった俺は、寂しくないんでさっさと仕事をしてくださいと強がりを言って、絵里花さんの考えてることは見当違いだとうそぶくが、「大丈夫お姉さんは分かってるよ」とイタズラな笑みを浮かべて更に流されてしまう。

 

こうも絵里花さんにお姉さんぶられては、高校生としての俺のプライドは形なしだった。

 

「じゃ、またねー」

 

そう言うと絵里花さんは俺が入ってきたアルミ扉を開いて、あの冷たい階段を上がっていってしまった。高校生として男としてのプライドを木っ端微塵にされて、その事について言いたい事はあったが、かといって彼女を引き留めて仕事の邪魔をするのも違うので、せいぜい今日一日は来客がないようにと幼稚な呪いをかけて、ゲームを再開することにする。

 

ゲームオーバー画面からデモプレイムービーに変わった目の前の液晶から目をはずし、冬物ブレザーの右袖を捲って腕時計を確認する。

 

注文した「コーヒー&ゲーム貸し切り」の終了時間までは、あと三十分だけだった。恐らくもう一回プレイする分には時間があるだろうと当たりをつける。

 

「さて、やるかな」

 

ゲーム筐体に向き直りレバーを握り、ルールを変更してからプレイを再開する。プレイするルールは1on1というもので、字面の通りキャラクター同士がタイマンで戦うものだ。

 

今度もまた順調に勝ち続けていき、再び連勝を重ねていく。今日は大分調子が良いみたいで、自分でもゲームへの集中力が上がっていっているのが実感できる。いつも学校で上手くいかないときは、なぜかきまってこのゲームでは調子が出て、学校の授業なんかよりもよっぽど集中ができた。

 

それから七、八、九と連勝に連勝を重ねていき、とうとう十連勝まであと一歩のところまで来た。先ほど十連勝まで行けなかったのもあって、今度ばかりはこのチャンスを逃したくはなかったので、気分を引き締める意味も込めてテーブルに置かれたホットコーヒー(もはやミルクと砂糖でカフェオレになっている)を一息で飲み干す。

 

「……あんまい」

 

緊張感を出すため気分を引き締めるためとコーヒー(再三いうが最早カフェオレ)を飲んだが、如何せん砂糖多めミルク多めに淹れてもらっていたので、甘さとコーヒーの優しい香ばしさで体全体の筋肉が弛緩して、それと同じぐらい心持ちが和やかになってしまう。まぁしかし、変にガチガチに緊張してパフォーマンスが落ちるくらいならば、多少リラックスしていた方が良いだろうと開き直って、再び目の前の液晶画面を見つめる。

 

と、液晶のなかで棒立ちしている獅子王をボーッと眺めていた所だった。このゲーム筐体の向こう側から、ガラガラッとアルミ椅子が引かれて床と擦れた音がした。

 

恐らく誰かが向かい側のゲーム筐体に座った音だった。

 

(来客か?珍しい)

 

珍しがって向こう側に座った人物に思い馳せていたが、どんな人相か想像する間もなく次の対戦が始まる。どうやら、向かい側の誰かが挑戦しに来たようだった。「挑戦者現る!」のポップが上がり、対戦相手の操作キャラが公開される。現れたのは黒の短髪に赤染のハチマキを頭に巻いた、胴着姿の筋骨隆々の好青年『リンドウ』だ。

 

『リンドウ』は、「道満空手」という架空の空手拳法を巧みに操る強者で、一も二もなく空手修行が大好きだという典型的な求道者キャラだ。設定だとこの『リンドウ』は俺の操作している『獅子王』に父親を殺されており、肉親を殺された憎しみを抱きながら、その仇を討つための旅をしている。

 

いわばこのマッチングは、「殺戮者」と「復讐者」の運命の出会いであり、対決だと言える。もっともそれはゲーム内の話であって現実には、俺とこの対戦者の間にはなんら運命的な繋がりなどなくて、それこそすれ違っても会釈一つしないような間柄でしかないだろう。

 

そうこうしているうちに、液晶の中では運命の二人が殺し合いをしようと殺気だっていた。

 

『『獅子王』……。俺の、父の仇!お前はここで死ね!』

 

『来るか、忌み子よ……!Come on yellow boy!!』

 

特殊イントロが挿入され、ゲームの中での出来事だというのに、液晶の二人同様に俺も緊張してしまう。

 

二人は向き合い、所定の位置に立つ。

 

彼らの間には言い知れ無いほどの殺気が渦巻く。

 

『ラウンド1!レディ……ゴーーー!』

 

ナレーターの声と共に、戦いの火蓋が切られる。

 

(運命の対決だ……。楽しませて貰おうじゃないの)

 

戦いの緊張感をたたえながら、俺は僅かに口角をつり上がらせた。まだ知らぬ目の前の挑戦者、その実力がこの運命の二人の戦いに相応しいか、見定めそして勝つ腹積もりで俺は手元のレバーを左に倒し、画面の『獅子王』は果敢に『リンドウ』に向かって飛び出すのだった。

 

(さぁ!やろうじゃないか!運命の対決をさ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弱ッ!!!???」

 

運命の対決もとい勝負は直ぐについた。いやこれはやはり「殺戮者」と「復讐者」の運命の対決などではなかった。ただ「初心者」の『リンドウ』を「上級者」の『獅子王』がぼこぼこにしたという、半ば弱いものいじめともとれるような一方的な戦いだった。

 

それくらい、挑戦者は物凄く弱かった。具体的にいうと、コントローラーやボタンをガチャガチャしているだけでろくに技が出せず移動もできず、ただただサンドバッグが如く打ちのめされては立ち上がり、また打ちのめされては立ち上がると、やられては立ち上がるの繰り返し位しかできなかったのだ。はたから見たら涙が出てくるほど哀れな醜態を晒し続けていた。

 

シチュエーションとしては逆転劇の無いロッキーに似てるとも言える。もっとも、弱者が努力して強者を打ち倒すという強烈なカタルシスを生む名場面が無い時点で、それは別物だともいえるのだが。

 

なんにせよ、目の前の挑戦者はそれぐらいボコボコにされて、一ラウンドを落とした。その時には俺も「あ、こいつ初心者じゃん」とやっと気がついて、息をつくまも間なく二ラウンド目が始まった。

 

このままボコボコにしてしまっては対面の挑戦者に悪いと思い、二ラウンド目はずぶ初心者であることを考慮して、存分に手を抜くことにした。

 

具体的に言うと、コマンド技を使わずその場を動かないという、自分なりのハンデを着けたのだ。

 

さぁこれで少しはマシに戦えるだろう、そう思い対戦を続けた。

 

今度もまたあっさり勝ってしまった。

 

俺の『獅子王』がしゃがんで待っていると、『リンドウ』は無防備にジャンプしたり歩いたりして近づいきた。その度にローキックやパンチで迎撃していくと、何十回目にとうとう『リンドウ』のHPが無くなってしまい、二ラウンド共に先取してあっさり勝ってしまったのだ。

 

それこそ先まで「十連勝するぞ」と意気込んでいたのがバカらしくなるほど、簡単に。

 

断じて言わせて貰うが、これは俺が強いのではない。某小説サイトの作品ならここで主人公強いアピールがされるだろうが、実際はそんなことはない。ただ単にこの挑戦者が弱すぎるのだ。

 

近づいたら反撃をくらうのなら大人しく遠くから飛び道具を使えば良いのに、それをせずに迂闊に近づいてはやられ近づいてはやられを繰り返したのだ。そも初心者ほどの実力があるかどうかすら怪しいところだ。

 

「……あぁ、やっちまった」

 

俺はそう一人ごちて席を立つ。自分よりも弱い人物を打ち倒してしまった、「初心者狩り」(厳密には違う)をしてしまったことに一抹の罪悪感が沸いてくる。

 

格ゲー界隈は、ただでさえ新規プレイヤーの参入が少ない業界だ。それなのに、こんな初心者に格ゲーの厳しさを教え、ひいては格ゲープレイヤーの減衰に繋がりかねない行為をしたこと、なにより自分よりも格下の人物を打ち倒してしまったことは、自分を許せなかった。

 

席を立って、反対側のゲーム筐体へ向かう。先程のプレイを謝るためだ。「せっかくゲームをしてくれたのに、不愉快なことをしてすみません」それを言って、少しでも心中で膨らんだ罪悪感を萎ませたかったのだ。

 

挑戦者はどんな顔をしているだろうか──。席を立ったときふと、そんな事を考えた。

 

コテンパンに打ちのめされて、怒っているだろうか。もしかしたら、悔しさで人目も憚らず涙を溜めているかもしれない。何にせよ、ポジティブな感情は何一つ無いだろう。そう考えると、なおのこと心持ちが沈んでいった。

 

どんな顔をして、どんな声のトーンで、謝るべきだろうか。頭の中で謝罪のシミュレーションを繰り返し、対面のゲーム筐体へ歩を進めていたときだった。

 

俺は、唐突に、つんのめった。

 

───なぜ?

 

人とぶつかりそうになったからだ。対面のゲーム筐体から席をたった、女の子と。その子が挑戦者だった。俺の胸位の身長しかない小柄な女の子で、赤いふわふわの癖毛を纏めたツインテールと、飼育犬のような人懐っこさを思わせる優しい黒目が特徴的な、一見すると幼い印象を受ける可愛らしい女の子だった。

 

だけども幼い印象に反して、その子の着ていた服は俺の通っている西京高校のもので、赤いネクタイは俺と同じ二年生であることを意味していた。

 

こんな小さい子が俺と同じ年なのか、こんな可愛らしい女の子が格ゲーをするのかと驚いたが、俺はそれ以上に彼女の顔を見て驚いた。

 

───どうして?

 

彼女は、笑っていた。太陽が霞んで見えるほど眩しい、子供のような満面な笑みで俺を見ていた。さっきまで俺が打ちのめしてしまったのに、そんな子細な事はどうでもいいと、それよりも素敵な物を見つけたんだと、そんな目で俺の目を見つめた。

 

正直俺は、人と目を合わせるのが得意じゃない。だけど、彼女の目は不思議と見続けることが、彼女と目を合わせるのを苦だと思えなかった。それで俺は、唖然とした。この子がどうして笑っているのか、俺がどうしてこの子と目を合わせられたのか、分からなかったから。

 

すると、そんな俺に彼女は。「堂島愛」は、声を掛けてきた。

 

───なんて?

 

「勇義君!すっごく上手いんだねっ!」と。

 

俺はその時、あの勝負は運命の戦いなんかじゃなく、ただの弱いものいじめだと思った。事実試合内容だけ見れば、その通りだと今でも思う。

 

だが、今になって思う。

 

あの一戦は、紛れもなく俺と彼女の運命の一戦だったんだと。

 

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