「……は?」
目の前の女の子、その子からのあまりにも突拍子もない言葉に俺は面食らっていた。
爛々と輝く大きな彼女の黒目とは反対に俺はただでさえ三白眼気味の小さい黒目を点にして、ただただ彼女の言葉の真意を図りかねていた。
何せ散々ボコボコにした対戦相手から「君ゲーム上手いね!」と賛辞を受けたのだ。これが果たして言葉通りにの意味なのか、それとも「ゲームだけ上手くて満足かオタク野郎」という皮肉なのか俺には区別がつかない。
いや、おそらく状況的には間違いなく後者なのだろう。しかし目の前の少女からはそんな嫌みったらしさは感じられず、むしろその瞳からは分かりやすい尊敬の念が見てとれたのもあって、ますますこの小さな女の子の意図が分からず俺はすっかり参っていた。
この場合、なんとこの子に声をかけるべきだろうか。
日本語のハイコンテクストさを疎ましく思いながらなんと言えば分からず困窮し、ただただ黙してしまう。気まずい沈黙が俺と目の前の女の子との間に漂う。
「ねぇ勇義くん。やっぱり勇義くんって「獅子王」が好きなの?」
そう思っていた矢先、訪れると予想してた沈黙は来ず、かわりに女の子から溌剌とした笑顔で簡単な質問が来る。
どう対応するべきか悩んでいたが、別に先程の試合を追及されるような事はなかったので、恐らくさっきの発言は文字通り俺のゲームの技量を誉めていたのだと分かり、ようやく女の子の意図が読めたことで胸を撫で下ろした。
「あぁ、まぁ……。そうだな。「獅子王」は好きだよ。もうかれこれ八年近く使ってるキャラでな」
「そうなんだ、昔から使ってるんだね!にしてもわかるよぉ、「獅子王」はニヒルな雰囲気とファイトスタイルが良いよね!こうなんというか、『自分こそが支配者だ』って自負してるような険しさがあるよね!勇義くんは「獅子王」一筋なの?」
「あ、あぁ。まぁ、「獅子王」以外はあまり使わないな。たまに「リンドウ」を使うことはあるが……」
「「リンドウ」!いいよね「リンドウ」!やっぱりこういう求道者キャラのストイックな性格や設定は凄く心惹かれるものがあるよね!技もカッコいいし声も渋いしで……クーッ!私もう大好きでね!勇義くんは「獅子王」のどんなとこが好き?」
「えっ好きな……?あーっと……やっぱり、ギャップだったり設定だったりの。あー、キャラのカリスマ性、が好きだな……」
矢継ぎ早に女の子から質問が飛んできて、その質問に俺は一拍遅れでたじたじながらも答えを返していく。俺が答えていく度に彼女の口調は熱を帯びていき、ひっきりなしに彼女は大仰な反応を返してくるようになり、それと対照的に喋ることに慣れていない俺は連射銃の如く飛んでくる女の子の質問に答えていくうちにだんだんと言葉尻がすぼんでくる。
そんなに話してて楽しいのだろうかとは思ったが、俺の返答に強く同意したり時には興奮して跳ねたりなどしていて女の子の反応を見る限りでは、おそらく本当に楽しんでいるんだと思った。
しかし初対面の、それも自分をボコボコにした異性の相手と、ここまで談笑に熱を上げるというのはかなり凄いことではないのだろうか?そう思うと不思議な感じがして、会話の合間に俺は女の子の風貌を見つめた。
謝ることに頭がいっぱいになっていたので気づかなかったが、改めて女の子を見てみると彼女はかなりパンクで今時の女子高生といった格好をしていた。赤茶の髪をツインテールにして、膝たけより上のミニにしたスカートと缶バッジの付いたブレザーという格好は、このゲームセンターには似合わない程に明るくそして浮わついている。
この女の子はもしかして、クラスの中心的なグループの女子なのではないだろうか。
そう考えればこんな初対面の俺に対して友好的に会話を導入して、俺とのゲームについての質疑応答で過剰な態度をとるのも納得できる。ただそうだとするなら、この女の子はなぜこんな寂れたゲームセンターに訪れたのか。
クラスの中心的女子、俗に「リア充」と呼称される陽気な女子がゲームセンターに足を運ぶのは別におかしくはない。が、このお店「嵐山」は喫茶店でゲームセンターをカモフラージュしているかなり奇特な喫茶店だ。それもあってここのゲームセンターの存在を知るものは殆どおらず、知っているのは古くからこのお店に通っている常連客か、もしくは俺のようなちょっとしたゲーム通だけだ。ゲームセンター目当てで来たとは考えづらい。
そう考えると喫茶店目当てだろうかとも思ったが、それなら女の子が今いる地下のゲームセンターに来ている事に説明がつかない。絵理花さんは基本的に初めて来たお客さんには、ここのゲームセンターの存在を伝えないからだ。
さてそれではどういうことか、なんの因果でこの子はこんな所に来たのだろうか、そう考えていると件の女の子がじっと俺の目を覗き込んでいることに気づいた。
「どうしたの?なんだか上の空って感じだけど……。もしかして、私と話すのって面白くない、とか……?」
そう言うと彼女はさっきまでの楽しげで陽気な雰囲気は何処へやら、悲しげで陰気な面持ちで俺を見つめている。
「あーその、違うんだ。君の話が面白くないだとかそう言うんじゃない」
「そうなの?」
「あぁ。むしろ一緒にゲームの話ができて楽しいくらいだ。ゲームの話ができる相手ってのはなかなか居ないからな」
これは、気休めではなく俺の本心だ。矢継ぎ早に質問をされるのは少し気疲れしてしまうが、こうしてゲームの事について語れるの相手が居るのは、気分がいい。
「それなら、いいんだけど……。じゃあどうしたの?なんだか私を不思議そうに見ていたみたいだけど。」
かなり目敏い。表だって動機を探るのは失礼じゃないかと遠慮して黙っていたが、この様子だと逆に黙ったままのほうが無遠慮なようだ。
「いや、どうしてここに……あー。その」
と、女の子に実情を話そうとした途中で、そう言えば自分はこの子の名前を知らないことに気づいて、どもった。
「どうしたの?」
「いや、そういえば君の名前、知らないなって……」
「あれ?私名前言ってなかったっけ?」
「言ってなかった、筈だな」
「あっ!そうだっけ?!いや~ごめんごめん!自己紹介もせずに勝手に喋り倒しちゃって」
ばつが悪そうに笑うと女の子は頭を数回掻いて、
「私の名前は堂島愛。勇義くんと同じ学年で、一組。」
「なるほど、クラスが違うのか。にしても一組とは、優秀なんだな」
「そんなことないよ。たまたまテストが上手くいっただけだから」
だから俺はこの子の事を知らなかったんだなぁと、勝手に納得する。西京高校では、偏差値によってクラス分けがされており、偏差値上位者は一組に割り振られ成績上位の順に二組三組四組と割り振られる。因みに俺は三組、中の下もしくは下の上程度の成績だったのでそれにふさわしいクラスに落ち着いている。
本人は謙遜しているが、一組は偏差値が60を越える秀才どもの集まりだ。決して運の良し悪しで決まるものじゃないく、この子がどれだけ成績優秀なのか推して図れる。
「ん?じゃあなんで俺の名前を知ってるんだ?クラスが違うのに」
「えー!そりゃあ知ってるよ!だって勇義くんなんだもん!」
「お、俺だから?」
「うん!前から勇義君の事は知ってたんだよ?でもなかなか勇義くんと話す機会って中々無いから、今まで話したくても話せなくって……。本当は、一度で良いからお話したかったんだけど」
「そうなのか?」
「そうだよ。それで度々勇義君の事、目で追ってたりしてたんだけど……。やっぱり気づいてないよね」
どうやら、愛は一方的に俺の事を知っていたようだった。それは果たして俺が「部活無所属」だからなのかそれとも、俺がそんなに目立ちやすい人相だったのか。答えは二つに一つだろうが、できればそんなマイナスな答えは認めたくない。
「堂島は……」
「愛だよ」
「えっ?」
話を急に遮られる。
「堂島愛。さっき教えたんだから、「堂島」なんてよそよそしく呼ばないで、「愛」って名前で呼んでよ」
「下の名前でか?」
「うん」
「いや、でも……」
「言ってくれないの……?」
初対面なんだし堂島じゃだめなのかと言おうとした。が、堂島の瞳に不安げに揺れる光がたたえられているのが見えて、咄嗟に喉元まででかかっていた言葉を呑み込んだ。
「分かった。これからは愛って呼ばせてもらう」
そう言うと愛は、先の切なげな顔が嘘のように五分咲きの桜が満開になったような、晴れやかで華々しい笑顔を見せる。名前を呼んだだけなのに、良い意味で不相応な笑顔だ。
あまりにも晴朗な、見てるこっちまで清々しい気分になるような笑顔なので、名前を呼ぶ恥ずかしさよりも呼んで上げて良かったというある種の充足感が勝ってしまう。
まぁこの程度でこんな分かりやすく喜んでくれるなら名前で呼ぶ程度安いものだと悦に浸っている途中で、そう言えば肝心の事を聞けてないことに気づいて俺は聞き直した。
「それで話に戻るんだが。愛はどうしてこんな場所に来たんだ。さっき俺と話したかったと言ってが、それと関係あるのか?」
「あっ!そうだった!忘れるところだった!」
そう言うと、愛は途端に来ているブレザーの襟を正し、見た感じ埃は無さそうだったが服装に付いた埃を払う所作をして、俺をじっと見つめ出す。
その目はまさしく青き焔を思わせる真実味を帯びており、波すらなく揺れることない冷たい眼光の奥底では、燃ゆるような情熱そのものが渦巻いてるようだった。
急に態度が、雰囲気が豹変した愛の姿に流されるように、俺の心持ちもまた彼女の次の動作を真剣に待っていた。
「勇義くん。実は、お願いがあるの」
お願いがある、その言葉に俺は身構えた。つまりこの子、愛は、ゲームセンターや喫茶店が目当てでここに来たのではなく、最初から俺目当てで来たことが察せられた。
「勇義くん、私を……」
言葉尻に溜めを作ると彼女は、
「私を、弟子にしてください!!」
おもむろに膝をつくと、その勢いで座礼いや土下座をして俺に頼み込んでくる。埃や汚れの付いた、タイル床の上で。
「……」
「……」
沈黙。そこには騒音渦巻くゲームセンターでありながら紛れもなく沈黙があった。愛はおもむろに土下座を敢行するとそのまま頭に地面を擦り付けて、俺はそんな彼女の突然の奇行に頭がついてこれずただただ大口を上げて愛の頭頂部を、赤い髪のつむじ部分を眺めていることしかできない。
なんだこの展開、俺はそう思った。
ゲームセンターで遊んでいたら突然女の子に勝負を挑まれ、勝ったらその女の子から弟子にしてくれと土下座された。
改めて自分の現状を独白する。
『なんなのだ、これは!どうすればいいのだ?!』
ますます訳が分からない。このシチュエーション、余りにも現実離れしているというかケレン味というか、とにかく実際に体験している俺ですら嘘臭いと思える。
こういうのは民度最低の某掲示板であったり、願望垂れ流しの某小説サイトのような所で人知れず放流され、「嘘松!」「文才がない」「『チンチンモンゲ』」みたいに不特定多数に攻撃されるような「アレ」じゃないのか。なぜそんな「アレ」を現実として俺が体験しているのだ。
そんな事を思ったがともかく、
「……あー、その。とりあえず顔を上げようぜ。その、床、汚いし……」
一先ず無難に彼女の土下座を止めさせようと声をかける。目の前で女の子が土下座したまま話をするわけにもいかないし、こんなところを絵理花さんに見られたら通報されかねない。
「そうはいかないよ!勇義くんに弟子入りさせてもらうまで、頭は上げない!それが礼儀だもん!」
「どんな礼儀だよ」
が、そんな俺のことなど知ってか知らずか、愛はよく分からない使命感をもって床に張り付き続ける。
「いや、ほら。俺はそもそも弟子をとるようなスタンスじゃないし、弟子入り云々は最初から無理というか……」
「そこを何とか!可愛い弟子の事を思って!」
「いや弟子じゃないよ。なに勝手に弟子になってるんだよ許可とれ許可」
「じゃあ許可頂戴!」
「だから俺は弟子なんて……」
「お願い!短い間教えてもらうだけだから!すぐ終わるから!ほんの少しの間!ほんっ
っ
っ
っ
っ
っ
っ
っ
っ
っ
っ
っ
っ
っ
っの少しだけで良いから!」
「ほんの少しってレベルの溜めじゃなかったろ今の。大分長かったぞ」
「もしかして師匠って呼び方がダメなの?!それなら大元帥とか警視総監とかで良いから!」
「どんな呼び方だよ。なにアーケードゲームの階級システム引用してんだ」
門前払いしようとするも愛はなかなかしつこく俺から「入門許可」なるもの(そんな資格俺は持っていないのだが……)を得ようと躍起になって「くれくれ」と乞食のように乞い続ける。
「弟子にして!」「いやだ」「そこをなんとか!」「無理だ」そんな押し問答をしばらく繰り返し、若干うっとうしく思えてきた俺は、突き放すような言葉を愛に投げ掛けた。
「そもそも、だ。なんで俺に弟子入りなんてしたいんだよ。上手くなりたいならプロのプレイ動画を見るなりなんなりして、練習すればいいじゃないか。何でもかんでも、直ぐに人に教えを乞うっての不勉強なんじゃないか」
苛立ちの混じった低く唸るような声で俺はそう言って、直ぐに後悔した。相手はゲーム初心者の、それもただの(ただのというには癖が強い気はするが)女の子だ。そんな女の子がわざわざ面識のない俺の所に来て、必死に頼み込んできている。そんな彼女の真摯さを、「不勉強」なんて言葉で切り捨てる資格なぞ、「部活無所属」の俺にはない筈だ。
だのに、俺は愛に対して咄嗟に突き放すような事を言っていた。それは自分の中で「ダメだ」という感情が凝り固まっていて、それが意図せず前に出てきたからだ。
「時間が、無いの」
流石に言い過ぎたし、無礼なことをしたと自覚せざるを得ずとにかく謝ろうとした矢先、地面に伏せたままの愛が呟くようなか細い声でそう言った。
「独学だと、ダメなの。時間がないから。もっと早く、確実に強くなれなきゃ、ダメ。私の、私の場所がな、無くなって……」
聞き逃してしまいそうな程小さく、そして微かに震えている声だった。
「……取り敢えずさ、土下座はやめようぜ。それじゃあ、話したくても話せないだろ」
いっそ聞き逃してしまえば楽だったのだろうかと思いながら、彼女の肩を掴んで床から引き離す。
彼女の腕と体は断固として床から離れないように力を込めていたが、俺は無神経に男女の体格差と力に任せて強引に引き剥がした。その代わりうつむき気味の彼女の顔を見ないようにだけはして、アルミ椅子に座らせた。
椅子に座ると、愛は分かりやすくうつむき項垂れた。表情は俯いていて見えないしそもそも見るべきではないと思ったが、おそらく愛はじっと彼女自身の手を見つめているのだと何となく思った。
「……」
椅子に座らせたはいいが依然、彼女は顔を上げようとしない。
土下座してもさせなくても、座ったままの愛の正面に立って彼女を見下ろしてる俺からは彼女の赤い頭頂部しか見えず、この状態で話を進めようとするのは無粋だと思えたので、さっきの「時間がない」という発言について詳しい話を聞こうにも聞けそうにない。
仕方ないと思いながら椅子に座ったままの愛を後に、ゲームセンターの一角にあるくじつきの自販機に飲み物を買いに行く。
硬貨を投入してボタンを押すと、ガコンという鈍い音とともに缶コーヒーが出てくる。
自販機のくじは外れ。十年来少なからずこの自販機で飲み物を買ってきたが、相変わらず当たる気配は微塵もない。
もう一度硬貨を入れてボタンを押す。さっきと同じ缶コーヒーが出てくる。くじは先と変わらず外れ。
スチール缶特有の刺さるような冷たさを両手の指に感じながら、愛の元に戻ってくる。時間がさして経っていないから仕方ないが、まだ彼女は俯いていたままだった。
「やるよ。これ」
体は愛に向けたまま、顔をそっぽ向けて手に持つ缶コーヒーの内一つを愛に差し出した。
視界の外で愛が顔を上げた気配を感じる。
「そんな、悪いよ」
「くじで当たったんだ。二本も飲む気はないから、やるよ」
咄嗟に遠慮されて面倒だったので、適当な嘘をついてあしらった。逡巡するような間が暫く続いたあと、俺の手から硬質な触感が溢れたのを感じた。
「ありがとう……」
小さな声でお礼を言われる。
礼を言われる筋合いなんて本当はない。ただ女の子が目の前で困っているのこの状況が居心地悪くて、少しでも愛に落ち着いて貰うために飲み物を渡しただけ、単に打算的な思惑で動いただけだ。だから、コーヒーも甘いカフェオレを選んだ。カフェオレは気分を落ち着ける飲み物だから。
それなのに愛は「ありがとう」なんて、不相応に俺を喜ばせるようなことを俺に言う。それは嬉しいことでもあったが、同時にひどく不快でもあった。俺の中にある罪悪感と喪失感を想起させるから。
胸中で苦く酸っぱいものが込み上げるのを感じ、俺はカフェオレを喉に流し込んだ。香ばしくも冷たい液体が喉を通ると喉奥に張り付いた物を洗い流せたような、そんな爽快感を覚える。
ちらと愛の方を見てみれば、プルタブを開けてコーヒーを飲み始めている所だった。小さな缶を両手に持ち、チビチビと遠慮気味に口をつけている。
なんとなく、声をかけるのが憚れてしまう。愛が落ちついたら話を聞こうと思っていたが、やめた。愛が自分から話を切り出すのを俺は待つことにした。
そう決めて缶コーヒーを傾ける。と、飲み口から出てきたのは数滴の雫。缶の底を回すように揺らすが、内容物が入っている気配は微か。
チラと愛の手元を流し見る。相変わらず愛はチビチビと缶コーヒーを飲んでいて、飲み終わるまで時間がかかりそうだった。
「……」
飲みきってしまうんじゃなかった、これでは居たたまれない空気を誤魔化せない。
仕方ないので、何も入ってない缶コーヒーを緩く傾け飲むふりを、二・三回した。口には何も入ってこず、缶からカフェオレの名残たる芳しい臭いが俺の鼻をくすぐるばかり。
そんな無意味な動きをいたずらに繰り返していると、
「私ね、部活に入っているの」
愛のほうから話を切り出した。
シュンシュンと鼻を啜る音が聞こえる。愛を視界の隅におさめているため彼女の様子はよく見えないが、目元から口元にかけてを腕で拭うような雰囲気も感じる。俺はあまり考えないようにして「あぁ」とだけ答えた。
「ゲーム部って部活でね。ゲームについて沢山研究して、それをまとめるって部活なの」
「ゲーム部……」
はてそんな部活が果たしてあっただろうかと疑問に思っていると堂島は、そんな俺の心中を察してくれたのか「廃部寸前の部活だから知らなくても無理はないよ
」とフォローしてくれた。
「廃部寸前ってことは、部員が三人を下回ったのか?」
「それもあるけど……」
「なんだ?」
「……一ヶ月後に紅白戦を、挑まれているの」
「なに?」
それを聞いて驚く。紅白戦、それも部の存続をかけての勝負があるというのは、俺も昨日の今日で初めて知ったことだ。俺が今まで知らなかったからなのだが、話題が余りにもタイムリーな印象を受けた。
「紅白戦の相手は「競技ゲーム部」。設立されたのは去年の5月、でも去年の「全国高校e-sports大会」で県優勝して、クラブランクもB+の新進気鋭の部活グループ……」
「B+……」
俺が、そして愛が通っている高校「私立西京高校」には変わった校則が、システムがある。それは部の成績や人数次第で部活生への待遇が変化するというもの。「クラブランク」と呼ばれるシステムだ。
ランクはAからDまであり、更に+-とで細分化している。部活のチームが学校に一定の貢献をする、もしくは公式・非公式を問わず何らかのイベントで結果を残すと、このランクが上昇していくのだ。
この「クラブランク」は底辺と頂点の差がひどく、D-の部活は部費すら出ないが、A+だと毎月に8万円もの部費が支給される。
件の「競技ゲーム部」のランクはB+。これは月に5万が支給され、学校からスポンサーの導入が約束されるほどの、学校内でトップクラスの待遇だ。つまりそれだけ「競技ゲーム部」の実力、経歴共々学校側が期待を寄せるほどのものだと考えられる。
そんなまさしく強豪部に、廃部寸前の弱小部が立ち向かっても万に一つ勝ち目は無いだろう。
「対戦内容は?『キング・オブ・ストリートⅣ』か?」
「うん……」
「『キング・オブ・ストリートⅣ』のプレイ経験は?」
「さっきプレイしたのが、初めて」
加えて、これだ。薄々、というか十中八九そうだろうとは思ったが、彼女には『キング・オブ・ストリートⅣ』の経験がない。この様子だとコンボはおろか、コマンド技すらまともに出すことが出来ないのだろう。
受けている待遇も、実力も、何もかも向こうが圧倒的に上だ。詰みとしか言いようがない。例え俺に今更教えを乞うたところで、出きることなんて何もないだろう。紅白戦が始まる一ヶ月の間に、そんな集団と渡り合えるようにするなどできるわけない。
「……」
これは、無理だ。愛は格ゲープレイヤーである俺の事を何処かで知って教えを乞いに来たようだが、この問題は俺個人がどうこうできる範疇を越えている。
何も知らない一般人なら、たかが格ゲーなんだ一ヶ月もあれば戦えるようになるんじゃないか、と考えるかもしれない。しかし一般人が考えているほど、格ゲーは甘くない。
コマンド入力の精度やゲームの理解、キャラの有利不利だったり択の選択などなど、格ゲーで強くなるには多くのファクターがいる。
格ゲーが大流行した時代、当時は格ゲーで強くなるには「昇竜、波動コマンド」をいかに素早くいかに正確に入力できるかが要だと言われてきた。
当時の格ゲーは『投げ』『ガード』『打撃』の三つの技選択肢があり、これら三つはじゃんけんの如く三竦みの関係にあった。『投げ』は『ガード』に強く、『ガード』な『打撃』に強く、『打撃』は『投げ』に強い、こういったゲームシステムだった。
その為に『投げ』と『打撃』に強く出れる『必殺技』の存在が大きかったのだ。子供が理不尽に出してくるグッチョッパーのように、その『必殺技』だけで勝てる状況も多かったからだ。
しかし、それはあくまでも昔の話だ。今の格ゲーは物凄く複雑化しており、この『キング・オブ・ストリートⅣ』も稼働してから四年続いているが依然、ゲーム全体の研究は終わっていないほどだ。
1990年代の「昇竜、波動コマンドを出せたら一人前」という考えは、もはや古代の遺物と化しているのだ。今の格ゲーではコマンド入力の精度だけでも、キャラの理解だけでも勝てない。それら全て、つまりはゲーム自体の理解が必要になってくるのだ。
俺でさえ、格ゲーで上級者とマトモに戦えるようになるまで、二年はかかった。それをたった一ヶ月で、上級者と初心者の実力差を埋めることなど、無茶だ。
「だから、お願い。勇義くん」
そんな俺の心中なぞ知らないのだろう、愛は赤く充血した目ですがるように俺を見つめている。
「私を、ゲーム部を助けて欲しいの。だから」
続けて愛はうつ向くように頭を下げて、
「私を、弟子にしてください」
涙で浸みたような、そんな湿った声でまた、頼み込んでくる。
「……」
「俺に出来ることはない」その一言で、全て片付く。だが愛の哀愁を誘う姿を見ると、何故だかその一言を発するのがタブーのように思えて、言い出すことができなかった。
別に、その場の雰囲気に流されて、一過性の悲壮感に心動かされたわけではなかった。愛の境遇は可哀想だと思えるし、そんな彼女が一縷の望みを賭けてこんなところまで来たのは痛ましくそして健気だと思うが、それとこれとは別の話だ。
ただ彼女の、愛の姿に懐かしさを、既視感を覚えたのだ。それで言えなかった。
『師範!弟子入りさせてください、お願いします!』
『どうしても強くなりたいんです!どうか稽古をつけてください!』
ふと子供の声を空耳した。それは過去の自分の声だ。愚かしくも実直に生きていた、小学二年生の自分の声。
思えばこのシチュエーションは、俺が師範に弟子入りしたときにそっくりだと、俺は思った。俺はそのときまだ面識のなかった師範に頼み込み、師範を大いに困らせたものだ。あれから十年近く経ったが、今でもその時の師範の困り顔は忘れられない。
最初は「無理かなぁ」と困り顔で断られて、二回目以降は「いや、無理だから」と呆れた顔で断られた。それでも諦めずアプローチし続けて、ようやく何度目かのアプローチで弟子にしてもらった。
今思えば、あの時の俺の行動は突飛かつ、非常に迷惑かつ不躾なものだった。だがとにかく、あの時はアプローチが成功したものだから、俺は諸手を上げて喜んだ。非常識な弟子入りの仕方ではあったし、師範もあまり乗り気ではなかったが、その時の俺は間違いなく充実していたのだ。
そんな過去の俺と、今の彼女の姿が被って見えて、既視感を覚えた。
「」