機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
プラントは首都アププリウスの町外れ。
そこは昼には太陽を拝めず、夜も月明かりが届かない。
そんなある家の2階の、
ほの暗い部屋の中にイスに腰かけた二つの人影が浮かぶ。
「今日は相談があって来たんだけどねぇ……ゴトウダさん?」
声の主は声からして女性らしい。
砂のような色味の巻き髪が右も左も肩まで垂れているのは分かる。
しかし、その背後に光る赤茶けた電灯の影になって、
彼女の顔はまるでポッカリと開いた穴のように見える。
「何でもいいが……
何かの悪巧みに私を巻き込むつもりなら、悪いが乗る気はない。
私も暇ではないのでね」
向かい側の彼は、
その眼鏡により、カメレオンのように大きく見えるその眼を、
すぼめて嘲(あざけ)るが如く相手を見つめている。
「ラクス様に嫌われては困ると?」
次に、この男──クラウス・ゴトウダが、
細長く白いタバコを口に運んだとき、
その目前にあった古びたテーブルに、1枚の小切手が落とされた。
それも、女の手から。
「……何のマネだ?」
「それは前金です……好きな額を書いてもらって構いません。
一応、失敗したときのリスクも考えてね」
「話が見えないな。何をするつもりだ?
仮にも、この国の外務委員長ともあろう者が……」
暗く大きな穴に見えた彼女の顔から、
ミミズでも這ったような動きが見えたかと思えば、
直後に少し顔を下げたことと相俟(あいま)って、
その大きく口角の上がった口元が浮かび上がる。
随分と、狡猾(こうかつ)そうな微笑である。
「……この国は滅びる。そう、遠くない未来にね」
女は、その腰をゆっくりと上げた。
木製だったらしい、そのイスが小さくカタッと鳴った。
その足が2歩、3歩と前に出て、
呆れた顔を浮かべるゴトウダの左腕から黒いオイルライターを奪うと、
キーンという音を立てながら開き、引き起こされた火を、
ゆっくりとゴトウダのタバコへと寄せた。
「お気づきでしょう?」
ライターが閉じられ、タバコの火も煙へと転じる、ほんの数秒、
女の顔が完全に見えた。
それが何に似ていたかといえば、ヒラメであろう。
離れた両目が同じように意地悪そうに笑っていた。
「……フン」
ゴトウダが首を右に振った。
煙がそのモーションに合わせて空中に線を描き、
そして右側にて暗く濃い息としてゴトウダの口より排出される。
「まあ、今日はひとまず、これで……
スコルツェニー参謀長の『オバマ』出征の影響を見つつ、
お互い、よく考えましょう。身の振り方は」
女の気配が足音と共に遠退いていき、やがてはドアを開け、外へ。
その間のどこかで一度だけ、足音が止むと共に、
「暗殺は、最もメジャーな免職方法です。プラントではね。
……ご存じでしょう?よく」
そんな言葉が聞こえてきた。
足音が聞こえなくなった頃になって、ゴトウダもまた呟くのだった。
「道端に落ちた犬の糞のような女め。誰が踏んでやるものか」
などと、その手に握られたタバコ──ゴロワーズの箱を握りながら。
同じように握るにしても、数本ばかしタバコの入った箱と、
単なるメモ用紙とでは、訳が変わってくるもので。
太陽が燦々(さんさん)と降り注ぐ病室にて、
ベッドに横たわる、
全身包帯まみれの木乃伊(みいら)男──ワイリー・スパーズは、
メモ用紙をクシャッと左手で握り潰して、こう漏らした。
「……あのなぁ。アレハンドロ」
彼の視線は、右手側に向けられている。
ベッドの右側にうつ伏せるブドウ色の頭の持ち主は、
何を隠そうアレハンドロ・フンボルト、その人に相違ない。
枕代わりに曲げた両腕を下に敷くこのアレハンドロに、
名前を呼ばれて答える声はない。
「あのなぁ……」
バツが悪そうにワイリーは右手で後頭部をかきながら、
視線を外し、左手側に広がる外の景色に目をやった。
「いや、分かるぞ?俺だってなぁ……ショックなことはよ。
こう何度もこんなことが続きゃ、誰だって嫌になるさ。そりゃあ」
チラチラと目線を下げてアレハンドロを確認しては、
すぐ外にまた目を向けるの繰り返し。
そのうちに手が後頭部より剥(は)がれて、
「俺は病人なの。慰められる立場の人間なんだよ。
どっちかっつーとな!」
語調は強いが、目を合わさないワイリー。
外向きながら、話を続ける。
「……だのに、よぉ?何だよ、連日通いつめて、愚痴りがって。
俺はカウンセラーじゃねぇの!むしろ患者なの!……アンダスタン?」
ムッスリと顔を上げるアレハンドロ。
だが、それでも肩は落ち、顔も下を向いている。
「……悔しいんすよ。俺」
キョロキョロ動いていたワイリーの頭が動きを止めた。
まあ、それでも向いているのは外の方だが。
心なしか、表情も硬くなる。
「何でこうも……上手くいかねぇんだか」