機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神   作:申業

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──そのとき、クールカの脳裏に駆け巡ったものは何だったか。
その心象風景を、そのままに言い当てることは無論出来ない。
しかし、彼に関して……語っておくべきことがある。
彼が幼い頃、その母は神に祈っていたという。
最初のコーディネイターと言われたジョージ・グレン氏が、
Evidence01なる地球外生命体の存在を示唆する物品を持ち帰った。
以来、宗教権威は地に堕ちた、とされる。
しかし、人間はそう単純には出来ていない。
ジョージ・グレンの後継者ともいうべき、
コーディネイター国家プラントには、
キリスト教の聖人にその名を由来とするヤヌアリウス市を始めとして、
今なお宗教の影響は持続している。
……どこぞの国の大統領様は、反発する意味で、
わざわざ悪魔の名前を自らに与え、
「リュツィフュール(ルシフェル)」を名乗ったりする訳だが。
クールカ家もそうだった。
彼の母は熱心なキリスト教の信者だったという。
幼きヤンを教育する上で、度々聖人の勤行を語って聞かせたという。
何より、いつぞやにヤン・クールカが自嘲気味に語ったことが、
今も頭を離れない。
「私の名前は、イニシャルにこそ重きが置かれているのだよ。
チェコ語で書くとJ・K……
これが、ある人物のイニシャルと一致する」
「一体……誰だって言うんですか?」
「そう急(せ)くな……順を追って話してやるから……」


PHASE-14 Distance(7/7)

『「急ぎ過ぎ」ている……か。フフッ』

クールカは静かに笑うと、サングラスをゆっくり押し上げてた。

『そうか、そうだろう。アスカ……オマエは知らなかったな。

私の病のことなど……』

「知ってるさ……だからって!」

手袋へとゆっくり手を通すクールカ。

機体と同じ、赤に金を挿した色の手袋である。

『どのみち、私に時間はなかった……

体のことだけじゃない。子どもの将来を考えても……ね』

クールカは笑っていた。

少なくとも、その口角は上がっていた。

『そして、「過去」か……フフッ、オマエというヤツは、まったく……』

この間、俺も暇してた訳じゃない。

《ヴェスティージ》の背中には火が点いていて、

その体を徐々に上昇していたのだから。

『……なくしたものばかり、数えていた。

アーモリー・ワンでも、グナイゼナウでも、随分仲間を失ったしな。

フフッ……確かにその通りだ、アスカ。オマエは正しい。

私が結論を焦らなければ、彼は死なずに済んだろう』

《ヴェスティージ》はそう話す間にも、

緩やかに、しかし確実に間合いを詰め始めていた。

『……ジョットは私にとっては息子同然の部下だったし、

オスマンも優秀で、またカストールとポルックスは仲のいい兄弟だった。

私のせいで彼らは死んだと……確かにその通りだ。

フフッ……我ながら、とんだろくでなしだな』

間合いはすぐに詰まった。

勢いよく刃を叩きつけたってよかった。

相手がクールカでなかったならば。

ヤツの技量なら、軌道を読んでカウンターなんて芸当、

優にやってのけることだろう。

だから近付くしかなかった。

相手がどのように動いても対処しやすいよう、

わざわざ牛の歩みでもって……

『アスカよ……』

詰まった間合い。

だというに、クールカ機は微塵(みじん)も動く気配がなく。

一瞬、妙な躊躇(ためら)いをしてしまったが、

すぐにカーテナで斬りつけた。狙いはクールカ機の腹回り。

ヤツはビームシールドさえ用意していなかった。

避けるには近すぎる。あまりにも良すぎるシチュエーション。

……反(かえ)って、妙な不安感に襲われる。

そんな中、

『……後悔、してるよ』

クールカのそんな言葉を聞いた。

そこまでの嬉々とした言い方とはうってかわって震えていた。

滴る涙さえ、見えるように。

ぶつける筈だった刃が、腰の側にて停止し、手が止まる。

『……私はあまりに、色々なものを犠牲にしてきた。

後悔しても、しきれんほどにな』

「何を……今更……」

自分でも、こんなに動揺するとは思わなかった。

手が止まるとは……返す言葉が見つからないとは……

『母さんは私に……聖人たれと教えていた。

信念に従い行き、妻を死なせ、娘を苦しめている。

いちいち考える度に、自分を責めずにはいられない……

オマエは、どうだ?アスカ』

「クールカさん、アンタ……」

我ながら、随分とセンチな気分になっていた。

父さん、母さん、マユに、ハイネ、ステラ、レイ……

脳裏に浮かんだ名前は数知れず。

いくつもの手が俺を押さえつけるようだった。

かの『神曲』のマーレブランケどもがそうしたように……

すっかり何もかもが頭を離れていた。

そう、目の前の『敵』さえも。

『だが……いや、だからこそ、というべきか』

気付けなかった。

たとえ、コクピット内に攻撃を報せる警報が鳴り響くとも。

『後には引けないのだよ!私も!』

クールカ機は、2本の剣を抜いた。一切の躊躇なく。

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