機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
次いで車のキーを抜いて、ヤン自身が降りたときには、
プラウダがチャイムを押した後だった。
彼女では手を伸ばしても少しだけ足りない高さにチャイムはあり、
ドアの前に置かれていた段ボールの箱に右足を乗せて踏み込み、
少しジャンプしてチャイムを押した。
ガチャっと音がして、それからドアが開く。
チェーンがされ、
拳がギリギリ2個分入るかという程度の隙間より、
まずは、プラウダより濃い紫色のお下げ髪と、
上と下と、それを結ぶ2つの黄色いシュシュが見える。
次いでプラウダの頭に、女性のものらしい細身の手が置かれた。
相手の女性がプラウダに何か話しかけているようだが、
ヤンの位置からでは、風の音が邪魔して聞き取れない。
それから、プラウダが一歩下がったかと思うと、
一度ドアが閉じた後、改めて開かれた。
それも今度は、チェーンもなく、完全な形で。
間もなくドアの外へと、
お下げ髪を2つ下げた長髪の女性が現れる。
プラウダを見下ろして、彼女は微笑む。
しかし、その表情は、
顔を上げた彼女がヤン・クールカの姿を見つけると共に、
怒りとも呆れとも言えぬ複雑な表情へと転じる。
そんな顔を見られまいとしてか、プラウダを抱き寄せる彼女。
対するヤンは何も言わず、ただ頭を下げた。
相手の彼女も何も言わないまま、ドアを開けたまま、
プラウダを抱き締めたまま、家の中へと入っていく。
やがてドアは、ヤンがそこにたどり着くより先に、
風のせいか、それとも元々の性質か、
とにかく勝手に閉まってしまった。
電線の上、
小鳥の囀(さえず)りが聞こえる麗(うら)らかな街で。
頭上の太陽が静かに、雲の奥に隠れていった。
ヤン・クールカが家に入ったとき、
プラウダはソファーに腰掛け、テレビを見ていた。
先程のお下げ髪の女性が立つ台所を挟み、
リビングらしき奥の部屋にプラウダの姿はある。
お下げ髪の女性は、何やら料理をしているようで、流し台の前に。
ヤンがそこを通りすぎようとしたとき、彼女は、
「……ニュース、見たわ」
と漏らした。ヤンが足を止める。
「今日も……同じ用事でここに来たの?」
そこで、トントンと聞こえていた包丁の音が止む。
「重要機密だ……例え親族にも明かすことではできない」
「……あっそう」
包丁の音がまた聞こえ出した。とはいえ、すぐに途切れるのだが。
切ったものを何かに移したのだろう。
少し、彼女が前屈みになるのが後ろ姿からでもわかった。
「自分が何をしているか……わかってる?」
彼女はゆっくりと上半身を起こし、左手で蛇口を捻る。
当然のように流れ落ちる水の音だが、
水の勢いがことのほか強く、音もまた大きい。
「……何がいいたいんだ?義姉さん?」
「別に……でも、その呼び方はやめて」
シンクに直接ぶち当たっていた激しい水音が途切れ途切れになる。
洗っているのだろう。きっと。
その後、蛇口が締められ、水が止まるまで、
それほど時間はかからなかった。
「政治とか戦争とかのことなんて、私にはわからない。
ただ、わかるのは……」
ゆっくりと振り返るイレーナ。
「貴方が3年前から何も成長してないってことだけ」
それだけ言うと、彼女はまたキッチンの方へと向きを戻した。
「妹が死んだこと……今更誰が悪いかなんて、
責めるつもりはないわ。『プラウダ(あの子)』だけでも、
助かってよかったと思ってる。でもね……
貴方がテロリストだったから、貴方たち家族が狙われた。
それは事実でしょ?」
ヤンは何も答えない。
「なのに貴方は今も……まあ、言うだけ無駄でしょうけどね。
早く出ていってくれる?もう貴方に言うことはないから」
「……わかった」
ヤンは振り返り、ドアへと進んでいく。
「どうして妹は、貴方なんて男を……」
「さあ……今となってはわからない。
ただ、そうだな……これだけは言っておくよ」
そう話すヤンの、クールカの手は既にノブへとかかっていた。
「近々、カタがつく。あの国が折れるか……俺が死ぬか」
ノブが回り、ドアはキィーッという、あの独特な音を立てながら、
ゆっくりと開き、閉じられた。
イレーナが、左手側にある小窓から外を覗くと、
雲は黒ずんで、今にも雨を降らさんとしていた……