機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神   作:申業

103 / 157
PHASE-15 混沌の世界の中で(3/8)

ヤン・クールカという男。

彼がどのような経緯を辿り、今に至るのか。

31年の生涯を、全て語りきるには、あまりにも時間がない……

パーソナルマークは「棕櫚(シュロ)の枝と5つの星」。

パーソナルカラーは赤と金。

人は彼をこう呼ぶ、『メサイアの悪霊』と。

貧しい家庭の出で、生活の為に軍人となった。後に部隊長へ就任。

それなりの実績を重ねてきたが、

真にその怪物性が発揮されたのは、かのメサイア攻防戦でのこと。

7年前、ユニウス戦役最後の激戦となった戦いだ。

ユニウス戦役末期にクライン派についた彼は、

三度(みたび)搭乗機を撃墜されながらも、

撃墜される度に、どうにか戦艦まで逃げ延び、

新たな機体に乗り換えて、戦場に舞い戻ったという。

彼の健闘の甲斐もあり、メサイアは陥落。 

当時の最高評議会議長ギルバード・デュランダルも戦死した。

撃墜スコアは驚異の200機以上。

プラント士官学校の教科書にすら、その名前は登場する。

戦後、当時『ORDER』であったエヴァ・ロンメル傘下にて、

大隊長という大役を任されるまでになるが、

その頃には、仇敵デュランダルの目指した世界に惹かれ始めていた。

熱心なクライン派であった上官ロンメルと対立する。

やがて、オーブを巡る大西洋連邦でのひと騒動を経て、

そのロンメルが『円卓会議』より失脚、退役する中、自身もまた、

「信念に逆らうことは出来ない」

と一言と共に、要請を拒否。以後、一時的に消息を絶つ。

その後の大規模な『摘発』騒動の直後、

彼の名前は挙兵したザフト脱走兵の幹部として、

実に2年振りに現れるのであった……

クールカは、一時はデュランダルに敵対した自身を、

キリスト死後に信者となった異邦人の使徒パウロに準え、

「デュランダルのパウロ」と、自嘲気味に語っていたという……

──さて6月。サングラスに手をかけ、見上げながら、

「これは……壮観(そうかん)だな」

そう語るヤン・クールカは、そのとき、モビルスーツデッキにいた。

周囲にはそれなりに人がおり、

中にはクールカの傍らに控えているものもいるが、

多くは目前にある1機のモビルスーツの整備に取りかかっていた。

機体の背中辺りにはいくつものケーブルが繋(つな)がり、

胸の側の梯子(はしご)がかけられている。

機体は今こそ全身灰色だが、いや、そんな色であっても、

その洗練されたデザインといえば……

そんなことを、

傍らに立つ人物が資料を捲(めく)りながら話している。

もっとも、当のヤン・クールカの本人には、

自分に熱心に話しかける彼の表情は見えていても、

その言葉は何故か、音として彼の耳に届いていない感じがしていた。

まるで、目の前で口パクをされているような感覚。

ただ、それも遂には収まり、

「……ナチュラルの連中が作ったってのは気に入りませんが、

コイツは名機ですよ。この《パーヴェル》は」

そんな一言だけは、はっきり彼の耳へと届けられた。

「パーヴェル……パウロ。その語源は確か……」

左手を自身の顔に翳して、フッと笑うクールカ。

「……へ?」

先程まで嬉々としてモビルスーツについて語っていた、この技師。

クールカの物言いに、不思議そうに手を止める。

「あぁ、すまないな。独り言だ」

「はぁ……」

「しかし、感心せんな……その言い方は。

我々がレイシストだった時代は、もう終わったのだ」 

そう語り、クールカは手を離し、この技師と顔を合わせた。

「ははっ……失礼しました」

技師はクールカに合わせて、そう笑いかけたものの、

先程までと比べて、ぎこちなさが拭(ぬぐ)えない。

「では……頼むよ」

「はい」

その後、クールカは振り返って、どこへと行ってしまった。

背中を見つめる技師の表情は振り返るまでは仮にも笑顔だったが、

クールカの姿がドアの奥へと消えていくと、

「……ヘンな人だな」

との独り言と共に、首を振る。その顔より表情が消えた。

「プロトタイプの《サウリ》に乗ったギボンさんは……

あんなに喜んでたのになぁ。まったく」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。