機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
ヤン・クールカという男。
彼がどのような経緯を辿り、今に至るのか。
31年の生涯を、全て語りきるには、あまりにも時間がない……
パーソナルマークは「棕櫚(シュロ)の枝と5つの星」。
パーソナルカラーは赤と金。
人は彼をこう呼ぶ、『メサイアの悪霊』と。
貧しい家庭の出で、生活の為に軍人となった。後に部隊長へ就任。
それなりの実績を重ねてきたが、
真にその怪物性が発揮されたのは、かのメサイア攻防戦でのこと。
7年前、ユニウス戦役最後の激戦となった戦いだ。
ユニウス戦役末期にクライン派についた彼は、
三度(みたび)搭乗機を撃墜されながらも、
撃墜される度に、どうにか戦艦まで逃げ延び、
新たな機体に乗り換えて、戦場に舞い戻ったという。
彼の健闘の甲斐もあり、メサイアは陥落。
当時の最高評議会議長ギルバード・デュランダルも戦死した。
撃墜スコアは驚異の200機以上。
プラント士官学校の教科書にすら、その名前は登場する。
戦後、当時『ORDER』であったエヴァ・ロンメル傘下にて、
大隊長という大役を任されるまでになるが、
その頃には、仇敵デュランダルの目指した世界に惹かれ始めていた。
熱心なクライン派であった上官ロンメルと対立する。
やがて、オーブを巡る大西洋連邦でのひと騒動を経て、
そのロンメルが『円卓会議』より失脚、退役する中、自身もまた、
「信念に逆らうことは出来ない」
と一言と共に、要請を拒否。以後、一時的に消息を絶つ。
その後の大規模な『摘発』騒動の直後、
彼の名前は挙兵したザフト脱走兵の幹部として、
実に2年振りに現れるのであった……
クールカは、一時はデュランダルに敵対した自身を、
キリスト死後に信者となった異邦人の使徒パウロに準え、
「デュランダルのパウロ」と、自嘲気味に語っていたという……
──さて6月。サングラスに手をかけ、見上げながら、
「これは……壮観(そうかん)だな」
そう語るヤン・クールカは、そのとき、モビルスーツデッキにいた。
周囲にはそれなりに人がおり、
中にはクールカの傍らに控えているものもいるが、
多くは目前にある1機のモビルスーツの整備に取りかかっていた。
機体の背中辺りにはいくつものケーブルが繋(つな)がり、
胸の側の梯子(はしご)がかけられている。
機体は今こそ全身灰色だが、いや、そんな色であっても、
その洗練されたデザインといえば……
そんなことを、
傍らに立つ人物が資料を捲(めく)りながら話している。
もっとも、当のヤン・クールカの本人には、
自分に熱心に話しかける彼の表情は見えていても、
その言葉は何故か、音として彼の耳に届いていない感じがしていた。
まるで、目の前で口パクをされているような感覚。
ただ、それも遂には収まり、
「……ナチュラルの連中が作ったってのは気に入りませんが、
コイツは名機ですよ。この《パーヴェル》は」
そんな一言だけは、はっきり彼の耳へと届けられた。
「パーヴェル……パウロ。その語源は確か……」
左手を自身の顔に翳して、フッと笑うクールカ。
「……へ?」
先程まで嬉々としてモビルスーツについて語っていた、この技師。
クールカの物言いに、不思議そうに手を止める。
「あぁ、すまないな。独り言だ」
「はぁ……」
「しかし、感心せんな……その言い方は。
我々がレイシストだった時代は、もう終わったのだ」
そう語り、クールカは手を離し、この技師と顔を合わせた。
「ははっ……失礼しました」
技師はクールカに合わせて、そう笑いかけたものの、
先程までと比べて、ぎこちなさが拭(ぬぐ)えない。
「では……頼むよ」
「はい」
その後、クールカは振り返って、どこへと行ってしまった。
背中を見つめる技師の表情は振り返るまでは仮にも笑顔だったが、
クールカの姿がドアの奥へと消えていくと、
「……ヘンな人だな」
との独り言と共に、首を振る。その顔より表情が消えた。
「プロトタイプの《サウリ》に乗ったギボンさんは……
あんなに喜んでたのになぁ。まったく」