機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神   作:申業

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PHASE-15 混沌の世界の中で(6/8)

市街地を横切る、明るい緑色のライトレール。

それが高層ビルの麓(ふもと)を通り過ぎたとき、

当のビルの上階、ベランダにて、その男は座っていた。

アラベスク風の幾何学模様に彩られた白い石柵(せっさく)を背に、

ゆりかごのように前へ後ろへ揺れる黒いバーバーチェアに腰かけた、

ヤン・クールカは今、後ろに立つ一人の青年によって、

髪を梳(と)かされていた。

ネコ科の肉食獣がそうであるように、

青年の手は、うっすら焼けて赤っぽく、指は短く、たなごころは広い。

そんな手が握る白い櫛(くし)が、

クールカの暗い褐色の髪を、その癖っ毛に絡まり、留められながらも、

徐々に、しかし確実に、下へ下へと降りていく。

クールカとしても、多少の痛みはある筈であるが、

目の上のサングラスすら、揺れる様子はない。

「……いつもすまないな。ジン」

「いえ」

青年──ドルゴン・ジンは、そう返答しつつも、

作業が忙しいとみえて、顔はクールカの方には向いていない。

そんな中、クールカの正面にあった引き戸のドアがガラガラと。

戸のガラス部分に写った、金色の頭。

クールカの左手がむっくりと起き上がり、

サングラスに触れたとき、

その頭の持ち主たるカトリーナ・スティーヴィンズの足が、

ベランダの石のタイルを踏んでいた。

「……チッ」

舌打ちするカトリーナに、

「タバコでも吸いに来たのか?カトリーナ」

そうクールカが答えたとき、

うっすら緑を帯びたレンズは右側に、彼の瞳が見えた。

しかし、カトリーナ本人は気にも止めないという様子で、

踵(きびす)を返そうとした。

「ジンくん……君、タバコは?」

「吸いませんが、気にもしません」

「……ならよかった」

止まるカトリーナの足。傾けられたクールカの首。

「……チッ」

カトリーナはまた舌打ちしながらも、

クールカの脇を通り、ジンの背後に回り、

その間、胸ポケットに仕込まれていた箱よりタバコが抜き出され、

唇の奥へと押し入れ、火が灯された。

風は彼女の右側へと流れていた。

ポンパドールの下、一束ばかり垂れた前髪が揺れ、

タバコの煙も右に流れていく。

彼らのいる部屋は角で、右には隣のビルがあるのみで、

またそこまでの距離も、煙が届かぬほど遠い。

「……カーン・カーァとは、私は話したことがなくてな。

どんな男だったんだね?長い付き合いだったんだろう?」

「別に……話すようなことはねぇよ」

ドルゴンの髪結(かみゆ)いは、

もう編み込む段階に入っていた。

2本に束ねられた髪が、クロスした形で捻(ねじ)られていく。

「……君の気持ちが、分からないとは言わないが」

「わかっちゃいねぇよ」

口から落ちるタバコの吸殻(すいがら)。

柵の指一本分しかない隙間に、これが丁度挟まる形で落ちると、

カトリーナの足先が、灰を踏み潰す。

「何にせよ……これから、私に従ってもらわねば」

そう言っているうちに、ドルゴンの手が止まる。

彼は小声でクールカにこう伝えた。

「終わりましたよ」

と。クールカがゆっくり首を前に出すと、

その三つ編みが地を這う蛇のように背もたれを通り過ぎ、

毛先が背中の真ん中辺りに触れた。

やがてクールカの腰が上がり、その手に白杖が握られる。

タイルとタイルの隙間を、杖が進むカツンカツンという高い音。

ドルゴンの手がクールカの腰に添えられる中、

クールカの顔自体はカトリーナの方に向いていた。

ゆっくりとした足取りで、カトリーナへと歩み寄る。

左手がなおも、サングラスに添えられていた。

風は吹いている。その所作は落ちないように、であろう。

クールカの顔は下を向いていた。

それは、その顔が、振り返ったカトリーナの左肩へと近付くまで。

杖をつっかえ棒代わりにして、その身を押し上げるクールカ。

そうなると、クールカの口はカトリーナの耳の位置にあった。

「……乗りかかった船という言葉もある。

最良の条件で、常に挑めるとは限らないものだ。

カーン・カーァ氏のことは不幸ではあったが、仕方のないことだ。

今は……今のベストを尽くすべきだろう」

「……知るかよ!」

雑にクールカの胸を押して払いのけ、カトリーナはドアへと消えていく。

倒れた彼の両肩をドルゴンが抱き止める。

「……大丈夫ですか?」

「ああ」

杖に乗るクールカの両手。

「酷い女でしたね」

「いや、いい。いいんだ、ジン。

何……上手くいかないのは、今に始まったことではないからな」

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