機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神   作:申業

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PHASE-15 混沌の世界の中で(7/8)

「もう……大丈夫だ」

クールカの右手がジンの肩を優しく叩いたとき、

ジンの手は、もうクールカの腰を離れていた。

白杖をさながら3本目の足に見立て、体重を預けながら、

前に進むクールカの背中は丸まっていた。

「カトリーナは……彼女も私も本質のところは変わらないのだ。

いずれは分かってくれるものと、信じている。

フフッ……それより先に、私が死んでいなければなぁ……」

言葉の節々に笑みを混ぜながら、扉へと歩いていくクールカは、

しかし、その杖の先がドアと床の隙間に当たったとき、

足を止め、頭上を見上げた。そして、

「……気付かなかったなぁ」

なんて笑いながら、振り返る。

「ジン……オマエは知っていたか?これを」

杖を自らの方に寄せ、柱にもたれかかり、頭上を右手の指し示す。

ジンは要領を得ないという表情で、指の先を目で追った。

「レリーフとか言うんだろう?こういうのは」

クールカが語る通り、

上の階のベランダに当たるのであろう、その天井には、

いっぱしの絵画が彫られていた。

「モチーフは、察するに『サン・ピエトロのピエタ』……

それも、ミケランジェロが彫ったヤツだな」

レリーフはクールカが語った通り、

聖母マリアが生き絶えたイエス・キリストの遺体を抱き抱える、

そんな場面が彫られていた。

ただし、クールカの目にはもう、

それがカメオ(浮き彫り)なのか、インタリオ(浮き彫り)なのか、

見抜く力は残されていなかった。

「観光客向けのホテルとはいえ、

ムスリム的には少々具合の悪い話とみえるがな」

クールカは鼻息を交えつつ、そうジンに微笑みかけた。

ただし、ジンから見るとそれは、

隣にいる誰か──勿論いないのだが──を、

クールカが瞠目(どうもく)しているようで、

視線のズレを感じていた。

「ムスリムは、こうした絵画を……

偶像崇拝として嫌悪しているからな」

「……お詳しいのですね。クールカ隊長」

「いいや……昔に本で読んだだけのこと……」

クールカの目線はレリーフへと戻っていた。

レリーフの女性へと。

「しかし、若いなぁ……

キリストは亡くなったとき、私と同じぐらいだったと聞く。

だとしたら、マリアの年齢は……少なくとも……

フフッ、女性とは不可思議なものだな」

クールカにその意図はなかったかもしれない。

しかし、ジンは『女性』の言い回しにカトリーナの顔が浮かび、

気まずさを覚え、顔を逸らした。

ジンの目はドアのガラスを突き抜けて、

部屋にて足を組み、不服そうな表情でスマホを弄っている、

カトリーナの横顔を見つけていた。

「……時々考えるのだ、私も」

そんな呟きが、ジンの目線を引き戻し。

「プラウダは……私の娘は、果たしてどんな大人になるのか。

見たいが……いや、どだい無理な話とは、心得ているがね」

自嘲気味に笑いつつ、両手を杖に下ろし、体を少し反らした。

「……会われないおつもりですか?」

「会えるものか……子どもの免疫力では、この病は……」

クールカの右手が、その胸へと運ばれる。

「今は……どちらにいらっしゃるのですか?」




大西洋連邦は、旧アメリカ合衆国領ネブラスカ州リンカーン市。
かつては州の首都が置かれていた、この街には、
80年の『バスティーユ条約』締結以来、
多くのコーディネイターが移住を始めていた。
未だ半年しか経っていないというのに、
街の形が変わってしまうばかりに建築ラッシュが進んだというが。
そんな街の片隅に、その家は建っていた。
柵のようになった門扉を押し明け、苔(こけ)蒸す庭を抜けて、 
チャイムの位置が高いドアの前へ。
傍らには段ボールが2つ横並びで置かれており、
開いた窓からは、シチューらしきいい匂いが漂(ただよ)ってきた。
チャイムを押す。
家の中から、
「プラウダァ、悪いんだけどォォ、出てくれなァァい?」
などというイリーナの叫び声がして。
小さな子供の大きな足音が、ドアの前へと近付いていく。
ガチャガチャと鍵を開ける音が内側からして、ドアが開く。
チャイムの横辺り、ドアの隙間からはチェーンが見えて、
ドアそのものも、数センチ程度しか開いていない。
腹の側で息がして、目線をゆっくりと下げていくと、
そこには少女──プラウダ・クールカが立っていた。
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