機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
尋ねれば、彼女はコクりと首を縦に振った。
その頭に手を置いた。
「俺は、ロコ・オツォという者だ……
悪いが、『イリーナおばさん』って人を、呼んでくれるか?」
「……『お姉さん』」
「ん?」
手を振りほどくばかりの勢いでもって、頭を上げた少女は、
頬を膨(ふく)らませ、
「『おばさん』て言っちゃダメ。『お姉さん』て呼ぶの。
じゃないと、『イリーナお姉さん』にシツレイなの。
……お父さんがいってたもん」
そう言うと、その場で地団駄踏む……というよりはジャンプした。
「そうか……そうかぁ……」
膝を曲げ、目線をプラウダに合わせた。
「ごめんなぁ……おじさん、知らなかった。知らなかったんだ。
怒らないでくれ」
「……怒ってないよ?」
「そうか……よかった。それじゃ、その……『イリーナお姉さん』?
……を、呼んで来てくれないかな?」
プラウダは一度振り返り、
「んー」
と唸(うな)りながら、少し思案した末に、
「……わかった」
そう言い残し、ドアを開けたまま、
小走り気味に部屋へと引き返して行った。
ドタドタという足音が徐々に遠退(とおの)いていく。
止むと同時に、部屋の奥から聞こえてくる。
「ロコ・オツォさんて人がね、『お姉さん』を呼んで来てって」
「……ロコ・オツォって、あぁ……ね」
「この前、お父さんのこと、お電話してた人?」
そこから妙な間があった。
ゆっくりと腰を上げた。手を引っ込めながら。
「ええ……お父さんのお知り合いの人なのよ。
きっと今日も、お父さんのお話になると思うわ」
「そうなんだ」
次に、カチッという音がした。
と同時に、僅かに聞こえていた炎の音が止んだ。
エプロンでも脱いだのだろう、そこから一呼吸あり、
「じゃあ……少し待っててね」
とのイリーナの声。
その頃、俺は、少女を撫でたその腕で、
腰のホルスターの中の、
拳銃──スタームルガー・ブラックホークを触っていた。
「私を、酷いヤツだと思ったろう?……秘書官殿」
シーザー・ルチアーノは笑っていた。暗い部屋の中で。
「いえ……」
「あの女は、我々を売ろうとしていたのだ。
私は、当然の報いだと思っているよ。
ザフト内にいる私の密偵が、
偶々(たまたま)情報を受け取ったから、事なきを得たものの……
場合によっては、事前に露見する危険性もあった訳で」
「……わかりますが」
軽く頭を下げるノエル。
「それでも……
あんな年端(としは)もいかぬ少女を犠牲にすることはなかったと?」
「我々は、強盗ではないのですよ?」
「だがテロリストだ。一般人にとっては、さして変わらないことさ」
無駄に長い両足を組んでいたルチアーノ。
そう告げると共に上に乗っていた左足が降りる。
「これでも私は、ヤン・クールカを支持しているのだよ。秘書官殿。
彼がファーストペンギンになってくれた。
誰かが火蓋を切らねばならなかった。
マルティン・ルター……いや、ヤン・フスのように、な。
アマルフィに、グールド……いや、あの場にいた議員たちは皆、
私に言わせれば、ブレイク・ザ・ワールドで死に損ねた連中だ。
牛の歩みもいいところ。
あれではラクス・クラインより先に、自分がくたばってしまうよ。
長生きしたいなら、それもいいかも知れないが」
顔を上げ、ノエルと見合わせるルチアーノ。
「……君は、目的の為なら明日と言わず今日にでも、
死んでもいい……死んでしまいたい、という顔をしているが」
顔を逸らしたノエル。
「そこまでは……」
「ない?と。まあ、そうだろうが……覚悟の話だよ。
それぐらいの覚悟が君にはある。
カーン・カーァもそうだった。クールカも。
……君が知っているかしらないが、
私の部下だと、アンドレイ・ココフという男がそうだ。
迷いがないというか、焦っているというか。
私にはない感情だ。大事にしたまえ」
首を振りながら立ち上がるルチアーノ。片手で腰を摩(さす)りつつ。
「……知らぬが仏、という言葉もある。
クールカは、幸運かもしれんよ。
あらゆる不幸を知らぬまま、戦いに行ったのだからな」
そのとき、ノエル・ド・ケグは斜め上を見つめながら、
両手のポケットに手を突っ込んでいる。
ミケランジェロ作ダビデ像のような……
「君はどう思うね?ノエルくん」
シーザー・ルチアーノは笑う。
その横顔にはアゴの下にもうひとつシワが寄り、
口は三日月のように折れ曲がる。
「どうも、こうも……ないですよ。長官」
「……どうもこうもないィィィ?」
微笑みながら、振り返ったシーザー・ルチアーノには、
拳銃(ベレッタM950)が向けられていた。