機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
今だと口にしたのは、別に合図ではなかった。
だが、アレハンドロとラグネル、
そしてワイリーが合図として受け取った。
《アビス》は甲羅で身を包んだ姿になり突撃し、
地上からは《ガイア》がビームライフルにて援護射撃を行う。
俺は……ゆっくりと高度を下げ、クールカとの間に距離を持った。
「……俺が守りたいものは今にしかない。いつもな」
どうして約一年前俺はこの台詞を愛した女へと言ってやれなかったのか。
我ながら苦笑した。
「理想は結構だ。現状維持なんて出来ないことも知っている。
だが、その未来を誰が信じられる?誰もが信じられることか?」
『……変革を否定する気か?』
「世直しの為に無関係の人を犠牲に出来る程、アンタは偉いのかよ!」
ビームピックに手をかけた。
しかし、腰から僅かに抜かれたピックがビームの刃を形成した辺りで、
やめてしまった。
レーダーと、肉眼が見つけていたから。
《パーヴェル》の前に立つモビルスーツの反応と、
うっすら《パーヴェル》にかかる靄(もや)とを。
『……夢なら寝て見ろってんだぜ?』
如何にも前以て準備していたらしき気障(きざ)な台詞を枕に、
ワイリー・スパーズの攻勢は始まった。
空の色と同化した《ゲルググ改》。その足にビームの線が形成される。
ビームの爪が引っ掻くように振るわれた。
当然クールカはこれを回避。しかし、敵はワイリーだけじゃない。
甲羅を押し開けて本体を見せた《アビス》が少し後ろにいた。
クールカとワイリーの間が少し空いたところを見逃さず、
持ち前の砲撃を雨や霰(あられ)と撃ちかける。
すべては命中しないにしても、完全な回避は間に合わず。
右の肩口が消し飛んだ。
クールカが続いて左に動けば、
ワイリーは逆側に体は向けつつ、右足はビームの刃でクールカを襲う。
蛇は身を捻って道を進むが、ワイリー機のモーションはそれに近い。
もっとも、そこまで綺麗な動きではなかったが。
言ってしまえば、足を捻り少し関節のところで折り曲げて延ばしただけ。
けれども、その動きがペースを狂わせる。
クールカは寸でのところで回避した筈だった。
しかし、少しの延びで刃がギリギリ掠める程度まで近付くのである。
腹に擦り傷を残す程度に。
この間、アレハンドロも暇しちゃいないから、
盾で我が身は守りつつ、《パーヴェル》に接近する。
それも一足先に左へ進み、右側からという手の込み用。
泣きっ面に蜂の文句よろしく、《アビス》のビームサーベルが襲う。
『そう続けて食らうものか!』
しゃがむように高度を下げて回避すると、そのまま一気に後退した。
いつの間にやら握られていた2丁目のライフルでもって、
《アビス》の右肩と右腿を移動しつつも狙撃。
傷は割に深く、右側シールドがアームを傷つけられてぐらついていた。
『この好機!逃すもんかってェ!』
ワイリーが攻め立てる。お次は左足のビームブレイド。
下でアシストしていたラグネルの《ガイア》も動いた。
飛び上がると共に変形していく。
変形といえば《ゲルググ改》もそう。
背中についていた飛行機型のバックパックが分離した。
スペースシャトルがオービターと燃料タンクが分離するとき、
タンクは切り落とされるが、それに近い。
《ゲルググ改》がタンクのように、その場に取り残される中、
このバックパック──フォルトゥーナというが──は、
オービター同様に上昇を続けた。
《パーヴェル》は片手を《ゲルググ改》の直線上に合わせ、
ビームシールドを展開。
かつライフルでもってフォルトゥーナを攻撃。しかし……
『……ほう』
フォルトゥーナにはうっすら膜状のシールドが張られていた模様。
ライフルから出た緑色のビームが弾かれてしまった。
『二兎を追う者は……ってなァァ!!』
目を離した隙に《ゲルググ改》の手へ握られていたビームサーベル。
ライフルの銃口に向けて、その桃色の刃が迫る。
『フフッ……「今」か』
クールカの声が聞こえたとき、
俺は背中をマユ・ヴァイデフェルトの《ジズ》に支えられながら、
《パーヴェル》を見上げていた。
ピーピーと耳障りな警告音を聞こえない振りしながら。