機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
『……仕事は済んだ』
電話口の声に、シーザー・ルチアーノは、
側に控えるノエル・ド・ケグにも聞こえる程度に大きな声で応じた。
「御苦労。ロコ・オツォ隊長」
ロコ・オツォ。その名前を呼んだ瞬間に、ノエルの眉がピクリと動いた。
そこからゆっくりと眉間へと皺(しわ)が寄り、心なしか背筋が伸びた。
まるでシーザーを見下ろすように。
「どうだったね?彼女らは」
『……どうもこうもねぇよ。よくある一般家庭だ。
まあ、直接の娘じゃねぇから、その辺の言い方は微妙だがよ。
普通だよ。自分の命が狙われるかもなって警戒はなかった。
呼び鈴が鳴らしたら、ヤツの娘が出てきて、
娘ってのに伯母さんだかお姉さんだかを呼べってったら、
「はいはい」とか何とか呑気な声上げながら出てきたってそれだけ。
出てきたから、俺は仕事をした。それまでだ。それまで』
「娘を撃つのを躊躇したかね?」
そう問うシーザーの顔は、
どこか嘲笑したような笑みと共にノエルを見上げていた。
『……流石にただのガキだ。俺だって少しぐらい悩む』
掠れた声で応じるロコに、シーザーの顔が歪む。
「それはまた……意外なこともあるものだな」
『……俺を冷血動物だとでも思っていたか?だとしたら残念だったな。
オマエやヤツと一緒にされちゃ困る』
言い回しに違和感を感じたのは、シーザーもだが、
どちらかといえばノエルの方だった。首が右に傾いたのだから。
「ヤツとは?」
『決まってんだろ?……ヤン・クールカのヤツだ。
テメェらがどういうか知らねぇが、アイツはイカれてるよ』
「……ほう」
ルチアーノの顔にうっすら浮かぶ笑み。
『御国の為になんてと、
ほざきやがった酔狂な輩(やから)は何人も知ってたんだ。
だがな、アイツのそれはまた違う。
口じゃ理想を語りながら、動けば徹底したリアリスト。
だのに、そこに矛盾が存在しない。イカれてるとしか言い様ねぇよ』
「……イカれてるか」
ノエルの呟きが電話先のロコに聞こえたかどうかは知れぬ。
ただ、ロコ・オツォは待っていたように、少しの間押し黙っていた。
「それを……君は『称賛』する気はないと?」
シーザーは矛盾していた。
言葉には悲しげな、落ち着いたニュアンスを乗せて発しながら、
しかし顔は人を食ったように笑っていたのだから。
『「称賛」?……ヤツが何時そんなことを望んだってんだ。
ヤン・クールカは常に、「行動」していただけだ……
あえて言うなら、「賛同」だろ?』
「……別に言葉遊びをしたいんじゃあないんだよ?ロコ。
私が聞きたいのは、もっと単純なことだ。君は彼をどう思うね?」
『「称賛」も、「賛同」もしねぇよ。
俺は俺でただ「行動」するだけだ……』
どうやら瞬発的な機動力という一点に限れば、
《パーヴェル》よりも《ゲルググ改》の方が上と見える。
後退の動きを見せたものの、
結局はビームサーベルが、
《パーヴェル》のライフルを貫いたのだから。
「つくづく……オマエってヤツが羨ましくて仕方がねぇ。アスカ……
《ヴェスティージ》といい、コイツといい、
いい機体ばっかり貰いやがってこん畜生。
……まあ、今回ばかりは、そのお陰で助かったけどなァ!」
啖呵(たんか)を切るワイリーの声はどこか楽しげで。
「……そろそろ、終わりにしてやらぁ!」
フェンシングよろしく、サーベルを何度も前へ前へと突き出すワイリー。
《パーヴェル》は後ろへ後ろへと。
しかし、刃は確実にそのボディに接触し、
小さな刺し傷をまたひとつ、またひとつと残していく。
一見愚策に見える動き。しかし、ワイリーは気付いていた。
(一歩届かねぇ)
下唇を噛む、というよりは口内に押し込めたワイリー。
ヤン・クールカは絶妙な距離を維持し続けていた。
背後にいたアレハンドロの《アビス》が入り込む余地はない。
しかし、《パーヴェル》の刃のリーチを考えれば、
後ろに下がろうものなら、そのままグサリといかれかねない。
敵の動きを見れば分かる。
分離したフォルトゥーナにもきっちり意識が向いていることが。
足下の《ガイア》も近付いてきていたが、近寄るに近寄れない様子。
前に出るしかない。それでも、一歩足りない。
(……コイツ、本当にスナイパーか?)
唇の奥から漏れた苦笑。
『面白いな。攻めている君の方が、私に恐怖しているとは』
そう語るクールカには、同じ笑みでも余裕が見てとれる。
「逃げ腰の癖に、デケェ口を叩くなァァァ!!!」