機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
「ハーマン・メルヴィル著、『白鯨』の物語は、
片足を食いちぎられたエイハブが、
モビィ・ディックて白いクジラへと戦いを挑むってぇ筋書きだ。
だがなぁ、原作じゃ生憎(あいにく)エイハブの復讐は敵わない。
乗組員のほとんどを道ずれに、テメェも死んでくだけ。
……終わりだ、『兄さん』。アンタの『復讐』も、ここで」
そう、《パーヴェル》が巻き上げる煙の中へと。
モビィ・ディックに足を消し飛ばされた、といえば……
『ざけんなァァ!!』
ってんで、カトリーナ・スティーヴィンズが下から追い上げてくる。
だが、
『……残念。こっちには俺がいるんだな』
そう飛び出した銛を掴んで、ワイリーが制止する。
「……何だよ。調子のいいヤツめ」
思わず、そう苦笑した。
『「復讐」?フフッ、それは心外だな』
クールカの声が即座に俺の表情を引き締める。
『……これは「夢」だと、言ったろう?
まだ残っているさ。「私の可愛いコたち」が』
聞き覚えのある台詞。嫌なヤツの顔が脳裏を過る。
そう言えばヤツは、「可愛いコたち」が俺に殺られてどうのとか、
言ってやがったが……
「!?」
突然、背後にいた《ジズ》が背中に張り付いてきた。
ヴァイデフェルトの《ジズ》だ。
後ろから抱き締めるように、《ヴェスティージ》の腰を抑える。
「ヴァイデフェルト?何をして……」
【イヒヒヒ】
聞こえるハズのない声がした。
ジェイナス・ビフロンスの、あの下卑た声が。
「……テメェ」
【イヒヒ、前に言っていたわ。このコ。
アナタのお役に立ちたいんだって、そうね。健気でしょ?
だから……使わせてもらったの。
本望なんじゃない?
アナタを終わらせる為、お役に立てるのだから】
嘲笑するような高笑いを背に聞いた。
「……『終わり』?『終わり』だと?
よせよ。そんなもん、ジョークにもならねぇ」
【はぁ?】
「生きる方が戦いだ。
何も分かってねぇのは、オマエの方だよ……馬鹿野郎」
正面ではライフルを構えたクールカ。
照準ぐらいは合わせていたかもしれぬ。
しかし、ヤツに引き金を引くだけの時間はなかった。
突如横から現れた《アビス》のビームサーベルが、
クールカ機を脇腹から貫いたのだから。
『ひとまず、アーモリー・ワンと、グナイゼナウと、
ふたつ借りは返したぜ……おっさん』
てのは、アレハンドロの台詞で。
「大体、俺は一人じゃない。
まだ死ねないんだ……アイツらの為に」
折れたカーテナの刃を、《ジズ》のビーム砲へと突き立てた。
脇の下を通して、逆手に持ち替えて。
「……クールカの夢の中に、俺はいない。
俺がいるのは、いつも現実だけ。
キラ・ヤマトも、アスラン・ザラも、オーブもない、
残酷な現実の中だ。
そして、クールカさん。
アンタはキリストでも、パウロでもなかった」
クールカ機の爆発四散。
色を失い、いくつもの小さな破片となり、海へと。
海面に浮かぶいくつもの鉄屑の中にそれはあった。
恐らく《パーヴェル》の頭部、
それも左目の辺りであろうというものが。
《ダーティ》の顔が頭に浮かんだ。
そうだったな、《ダーティ》は顔の左半分がレドームで、
潰れていたようなものだったな、と。
皮肉なもんだ。まともに分かるパーツがそれだとは。
「……ビフロンス、最後に聞いとくよ。
何でオマエは今更俺の前に現れた?
いや、『オバマ』のときから、ずっと疑問だった。
傭兵のオマエが連中に肩入れして、牢から逃げなくとも、
俺たちはテメェらを罪に問えない。
なのに何故?」
【私に人を想うココロがないとでも?……フフッ】
ビフロンスの声は、それを最後に聞こえなくなり、
掴んでいた《ジズ》の指から力がなくなる。
落ちていくその腕を掴み上げる為、迷わず俺は剣を捨てた。
『すっ、すみません。副長。
何だか、頭がぼうっとして……』
「あぁ……いい。俺も…………誰かの役に立ちたかったんだ」