機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
頬杖をつき、少しだけ小バカにしたように笑ってみせた。
「どうして……貴方はそちら側に付くのです?シン・アスカ副長殿」
「……知ってたのかよ」
「貴方は大戦の英雄だ。知らない方がおかしいでしょう?」
……時代は変わったというべきだろう。
何せ知らなかったのだから、俺は。
軍に入った当初の俺はアスラン・ザラの顔さえも。
「答えて……いただけますか?」
「知ってどうすんだ?」
「クールカ隊長は知りたがっていた。
だから、ボクが聞いているんです……
お答えいただけますか?……お答え、出来ますか?」
首を振り、ふと足下を覗いた。
別に何もありゃしない。
せいぜい……タバコの吸いカスがいくらか転がっているだけで。
俺の前にここへいたアルメイダが吸っていたのだろう。
知らぬ間に踏んで散らかしまっていたらしい。
ついでに足を上げて見てみれば、案の定、靴に灰が。
「確かに……無駄かもな」
「それなら、どうして」
「……今更、新しい道なんか選べねぇよ」
──同日のこと。旧リビア領の都市ベンガジにて。
少し説明がいるだろう。
もう古い記憶で、正確な部分は覚えていないが、
オーブにいた学生時代、社会科の授業で、
ダグラス・マッカーサーの日本上陸の映像を見せてもらった。
パイプを口にくわえて、サングラスをかけ、我が物顔で、
タロップから降りてくる姿。
確か、そのシーンの撮影の為に、何度かやり直したとかなんとか。
支配者の偉容(いよう)ってヤツを、アピールしたかったんだろう。
ベニナ空港に降り立った仮面の男の姿は、
ダグラス・マッカーサーより偉そうだったと。
見ずとも想像が出来た俺は、リアルタイムで見ちゃいなかったが。
飛行場の傍らに建つ金網の列は、蜂の巣みたく彼是(あれこれ)と、
講釈垂れる報道陣の後頭部を隙間から映していた……
「間もなくゴンドー隊長を乗せた戦艦『オズボーン』が……」
言いかけるキャスターを、その背後で響く轟音(ごうおん)と、
首を縦に振って後ろを合図する正面のカメラマンの気遣いとが、
振り向かせる。
「ああっ!……ついに到着しました!『オズボーン』です!」
空に現れた『オズボーン』は徐々に高度も速度も下がっていく。
やがて着陸。エンジンもまだ冷めぬうちに、
角も丸ければ、それ自体も丸みを帯びた縦長のドアが、
下向きに降りる形で開き、タロップが降りる。
「……モーリス・ゴンドー隊長、間もなくご登場されるかと」
キャスターは興奮気味にそう語っていた。
画面の約半分にキャスターの姿を映していたカメラが、
グッとズームして、
戦艦『オズボーン』のタロップが画面いっぱいに映し出される。
まず見えるのは、足だった。
黒く垂れたローブの内から覗く、橙色のスラックスと、
ツメのように鋭く先の尖った革靴と。
ゆっくりと降りていく足と共に、その全容が徐々に現れていく。
ローブを折り重なった翼のように身に纏(まと)い、
ゆっくりと一段、一段降りていく。
その動く度、翼は右へ左へ揺れている。
続いてオレンジ色のシャツが見えたかと思えば、
黒いローブの頂点に、扇のように白い羽根を束ねた襟巻きが乗り、
更にその上へ向けば、光に照らされ、
オレンジにも黄色にも見える生い茂るようなアゴヒゲに次いで、
あのペスト仮面が遂に姿を顕(あらわ)とする。
黒い仮面と一口に言ってきたが、厳密には違う。
むしろ、白い。大部分は。
ただ目の回り、アイシャドウのごとくして、黒い線が入っている。
そんなマスクだった。
「出てらっしゃいました……ゴンドー隊長です!」
徐々にマスクも上の方、上の方が映っていき、
やがてその両目が画面の中心に添えられた瞬間、
ぶれる筈のないカメラマンの腕が、少しぶれた。
そんな矢先、今度は仮面の男の姿自体がフレームアウトする。
この直前、轟いたのは、激しい銃声。
カメラがその映す範囲を下げたとき、タロップの下、
力なく倒れた仮面の男の姿が映っていた。
胸から血を流して、倒れていた。ピクリとも、動く様子はない。