機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
その場に立ち会っていたルアクが伝える。
「わかりました」
ゆっくりパイプ椅子から腰を上げたドルゴン。
部屋の外に向け歩み出す。
「……カトリーナにはもう話をされたんですか?」
背中を向けたまま、ドルゴンがそう。
「まだだ」
「そうですか……彼女はあんな性格ですから、お気を付けて」
そう一礼し、部屋から出ていくドルゴン。
「…………ご忠告どうも」
俺のそんな返答は、
同時か少し遅れて鈍い音を鳴らしつつ閉まる鉄の扉に阻まれて、
恐らくドルゴンには聞こえなかったようだが。
それから暫く、俺は待たされることになった。
噂の二人目の面会人を。
だが、退屈はしなかった。
突然鳴り響くケータイが暇を与えなかったから。
マナーモードにしていたから、着信音自体は鳴らないのだが、
代わりにポケットの中で起きるバイブレーションが事態を知らせた。
画面にはアーサー・トラインの名前と電話番号が出て、
着信を報(しら)せている。
ケータイを取れば、アーサーは開口一番、
『撃たれたんだよ!ゴンドー大隊長が!』
思えば随分前のことのようだが、
先日、ヴィトー・ルカーニアから直々にお呼びがかかった際の話。
実はあれで終わりではなく、
あの後、簡易的な会議の場が用意されていた。
出席者は、
ルカーニアを支える首席、二位、三位の補佐官たる、
フェイ・デ・カイパー、フィロパトル・アルシノエ、コマチ・カショウ。
(通称『ルカーニアの喜び組』)
ヴィトー・ルカーニアの妹婿であり、「若頭」の愛称で知られる、
近衛隊の隊長アントン・ランスキー。
ルカーニア艦隊に属する大隊でも最高の兵力と格式が認められた、
ロイヤル・イタリアン大隊の隊長アミルカレ・ヴィスコンティ。
(もっとも彼はイタリア貴族の末裔とかいう肩書きばかりデカい、
痩せこけたチビのじいさんだ)
崩壊したサーベラス大隊の隊長だったプリュトン・ギドー。
(……除隊したギドーが何故この場にいたのかは知らないし、
聞くのも忍びなかった)
そしてヤツ……モーリス・ゴンドーもいた。
──俺はルカーニアとコマチの後ろにいて、
二人と共にその部屋に入った。
「君は、確か……」
アミルカレ翁が俺を見るなり、そう指摘した。
俺が弁解するより先にルカーニアが言った。
「アルメイダ隊長は来れなかった。コイツは代理。
代理つっても只者じゃねぇ。
フレイヤ大隊の副長、ナンバーツーだからな」
ひとまず俺は頭を垂れた。
反応は疎ら。
ギドーとフェイが顔を見合わせる。
フィロパトルは半笑いで俺を見ており、
アントンは俺よりそんなフィロパトルの方が気になる様子。
アミルカレ翁だけが礼を返す中で、
ゴンドーは無言でただこちらを見つめていた。
あの仮面の奥の金色な眼で。
毎度ヤツを見る度に思うが、あれはクマなのか、仮面の影か。
仮面から覗くヤツの目の回りが黒く見えて、不気味な印象を受ける。
そんな俺の感情なぞお構い無しに、ルカーニアは、
「しかしまあ、苦戦が続いてるみてぇだな」
なんて笑いながら話を始める。
「どうだ?……イギリスはよ」
イギリス……厳密に言えばグレートブリテン島とアイルランド島。
なんて括ったら、アイルランド人にキレられそうだが。
大西洋連邦領であるこの二つの島にて、
配置された連邦軍が南下の動きを見せており、
特に数隊は大西洋を通り、地中海に入るルートと、
北極海から大きく迂回してインド洋からエジプトに入るルートとを用い、
ナイルの神の軍勢に物資の支援を行っていた。
やむなくルカーニアはイギリス領に奇襲攻撃をかけさせていた。
……自身が最も信頼するロイヤル・イタリアン大隊に。
「お恥ずかしながら、物量の差に悩まされています。
ダスティン・ホーク小隊など、各方面から縁のある兵を借り受け、
事態に当たってはいるのですが……」
アミルカレ翁が恐縮そうに口を震わせながら述べる。
「おいおい。ダスティン・ホークのとこはあれだろ?
フレイヤ大隊にくれてやったとこじゃねぇか。
アフリカも大変なんだぜ?早いとこ返してやれ。
優先すべきは北アフリカ征討。
イギリスでは負けてもいい。足止めさえできればな」
甘い判断……と思ったが、口は挟まなかった。
黙って聞いている俺。
「で、アフリカの方だがなぁ……」
言いかけたルカーニアを制した言葉がある。
「今の戦いに意味はありません」
と……ゴンドーの台詞である。