機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
きっと同じ頃合いだったろう。
陽の光など届かない、どこぞの暗い部屋に彼らはいた。
古風な電灯が部屋を照らしてはいたが、
太陽の代わりとしてはあまりにも小さく、点滅もしていて。
空間を黄色に染め上げるこの不器用な太陽の下、
老人は何やら食事をしているらしい。
傍らにはスーツ姿の強面な男が2人。
そんな部屋の端に、仕事帰りのレェ・アモンの姿はあった。
「……そうか」
老人──ムーサー・カリーアッラーフはその一言にて、
レェ・アモンの報告に応じた。
「……咎めないのだな?じいさん」
アモンはどこか拍子抜けしたという顔で。
「咎めたところでどうにもなるまい。
……死んだザフトの指揮官というのが何者かは知らんが、
とにかく対応の遅れは聞くに分かった。
オマエの言う、信用ならんという意見も理解できんではない」
そう語りつつ、蛇のような紋様が入った青銅の杖に手をかける。
「だが……明けの砂漠には戦力がない。オマエ以外にはな。
私の前任者は、どうやらオーブとのコネクションがあったようだが、
今となってはどうなっているかしれん」
「あの国はもう滅んだようなものだ」
「……だとしても、人的資源に欠くことは致命的だ。
旧アフリカ共同体政府は、軍権を半ば放棄し、
軍事力の大部分はザフトに依存してきた。
明けの砂漠も、かの虎との戦いで一度は壊滅している。
アフリカの若者たちはもう神すら信じはしない。
気付いておるのだ。
ナイルの神なるファラオもどきが君臨しようが、
それを追い払おうが、
結局はザフトが入ってきて、支配の歴史を継承するだけだと」
血のように赤いワインを口に運び、
マトンのように並べられたカエルのもも肉の唐揚げを食らう。
「アンタはどうする気だ?」
「どうする?……決まっておろう。
独立を勝ち取ることだ。ひとまずはそれしかない」
手掴みで口に運んだカエル肉。
肉の部分だけを食い千切り、残った骨を皿に戻す。
いや、皿に戻そうとして、手を止めたが正解。
「ナイルの神は認めなかった。だから見限っただけのこと。
プラントの属国になったとしても、植民地だけは避けねば。
プラントが認めねば、大西洋連邦、東ユーラシア、東アジア……」
骨を指示棒に見立て、アモンを指差す。
「……私は悪魔とでも手を結ぶ」
アモンが少し頭を垂れたとき、被っていた山高帽が少し下がり、
顔が隠れた。
「仮にも……『ナビー(予言者)』と呼ばれる男のセリフかよ」
のろまな音を漏らしながら、皿に置かれる骨。
「自ら名乗った訳ではない。
名前をつけた両親と、誤解した君たちがいただけだ。
ただの学者だった男だよ。私は。
それがあれよあれよという間に、
祭り上げられてしまっただけのことでな」
「……デュランダルも学者だった、らしいぞ」
「だから、尚更相応しくないのだよ。本来ならね」
ワインを口に運ぶ。
「ただ今となってはナビーなどと呼ばれるのもやぶさかではない。
いや、彼の苦労が分かるというべきか。
神がいるか否かを論じる気はないが、今でも証明できないことを、
当時の人に信じさせるのが如何に難しいか。
痛いほど分かる。
その点、かの神は優秀だったのだろう。
地震を利用し、天罰だとして愚昧な民に己を信仰させた。
公会議の失敗以来、最早宗教なぞ無意味と思っていたが……
まさか数年で空白になっていた北アフリカを制圧してしまうとはな」
口から離されたワイングラスが揺すられる。
足とグラスとの地平線のよう、
ほとんど一本筋と化した残りのワインが、波を打つ。
踏まれた水溜まりみたいに飛び散る。
「……だが、ザフトが本腰を入れた途端、
北アフリカの8割がナイルの神の手から転げ落ちた」
「ビザンツ帝国も、テオドシウスの城壁のおかげで、
幾度となく滅亡を免れてきた。
似たような事例はどこにでもある。
まだアガレス一派にはテオドシウスが……ノーマンやフロイがいる」
「……今は英雄なき時代。1機が戦況を変えるとまではいくまい。
たとえ、オマエでもな。レェ・アモン」
ボディーガードらしき脇の2人が警戒して懐に手を。
しかし、アモンは何ら動かない。
「いや、オマエの言い方は正しい。その通りだ。
ここから、ザフトの連中は苦戦を強いられるだろう。
……連中に、恩を売るいい機会だ」
フンと鼻で笑うアモン。
「次はどんな奇跡を遂げる気だ?ナビー」
「……カエルだな」
そう語ったときにはもう、
皿の上のカエルどもはみな骨だけになっていたが。