機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
数時間後、トブルクに向かう《フレイヤ》、その艦内にて。
医務室は随分な騒ぎとなっていた。
ラグネル、ダスティン、アレハンドロが立て続けに運び込まれる。
ラグネルには大きな外傷は見られない。
ただ高所から叩き付けられた形になる分、
その衝撃で何本か骨折していたようだ。
ダスティンについても、傷が開いたのはあるものの、
深手は負っていない。
問題はアレハンドロである。
例のフランベルジュに刻まれ、
右の脇腹から右腿に至るまで大きく肉が抉(えぐ)れている。
出血多量。かつ意識もなしと来ている。
アレハンドロ、アレハンドロと叫ぶパーディの声がこだました。
7、8人の医師・看護師に取り囲まれたアレハンドロのベッドが、
『集中治療室』の看板下がる別室へと運び込まれると、
ドアは閉じられて、中の様子など見えなくなる。
パーディも看護師に制され、中には入れなかった。
閉ざされた厚い鉄製のドア、その取っ手を軽くなぞるパーディ。
その肩は後ろ姿からも分かる程、下がっていた。
そんな背中を見つめる視線。
それは窓際のベッドに横たわっていたダイのもので。彼は、
「……うるせぇな」
なんて漏らしながら、寝返りを打った。
寝返りを打った拍子に彼は見ることになる。
窓とベッドとの少しばかり空いた隙間に立ち、
その左手を背中の後ろ、窓の枠に置いた女を。
「……アンタ」
答えるより先に、右手の人差し指がダイの頬をなぞった。
「アナタは大丈夫そうね?ダイくん」
大丈夫そうとはいえど、
ダイの両手は骨折により包帯でグルグル巻きにされている。
指を払い除(の)けることはできない。
せめてもの抵抗としてか、ダイは再度寝返りを打った。
女の細い指が頬を離れる。
「……これで、大丈夫に見えるかよ」
顔は天井に向いていたけれど、目は窓の方を向いていて。
窓枠が鏡代わりにダイの姿を映し出していた。
「眼窩底骨折(がんかていこっせつ)……だったか」
右目の目蓋が降りており、かつ赤く染まっていた。
「……他にも色々言われたよ。あちこち骨折とか、打撲とかな」
「そうなんだァ~」
間の抜けた返事である。
「お大事に」
そう言いながら、ダイの長い前髪を撫でるようにかきあげ、
額を出させると、そこへキスをした。
「元気になったら……また相手してあげる」
耳元にそう言い残すと、女はステップ気味に去っていった。
「おい、アンジェリカっての……」
包帯に覆われた手に体重を支えさせ、ゆっくり上半身を起こす。
苦悶の表情を浮かべるのは、
手の痛みゆえか、それとも節々の痛みゆえか。
ともかく苦しみに耐えて起き上がり、
去り行くかの踊り子が後ろ姿でも探そうとしたとき、
医務室から廊下へと抜ける開かれたドアの外にいたのは、
ビンタンではなく、ヴァイデフェルトだった。
結局、トブルクの攻防戦にアルメイダ隊は加わらなかった。
……加われなかったの間違いじゃないかって?
ともかく、トブルクは我々の力なくして半日にして陥落した。
6月21日。朝。
トブルク陥落の報がジブラルタルに伝えられたとき、
方面軍司令官ヴィトー・ルカーニアと、
そのナンバー2のアントン・ランスキーは、
フィロパトル・アルシノエら部下たちに囲まれ、
5メートルはあろうかという縦長のテーブルを経て、
相対していた。
そそくさとランスキーは肉を切り分け、口に運ぶ。
下唇が赤黒く染まるのも気にせずに。
ルカーニアはワインを飲んでいた。
空になったグラスをテーブルに置けば、
フィロパトルが脇に控えていて、これに足す。
「ンフッ」
なんて、文字にするのも滑稽ではあるけれど。
鼻を鳴らし、頭上を見上げるルカーニア。
腰はうっすら背もたれより離れ、首の方が上からのし掛かる。
「エジプトは……大変らしいじゃねぇか。フィロパトル」
「また『災厄』に襲われたそうですよ?」
「現代のモーセ様も、随分酔狂だな」
そう鼻で笑いつつ、ワイングラスを口へ寄せる。
「……楽しくなってきたな?アントン」
ランスキーは同意しなかった。
ナイフとフォークを皿の上に雑に置いたかと思うと、
「アニキ」
と言いながら顔を上げる。
「……俺にやらせてくれないか?次の仕事は」