機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
ヴィトー・ルカーニアは、
少し先に置かれた編み目状の黒い籠(かご)から、
一際大きなオレンジを手に取った。
ヴィトーの手から溢れんばかりの大きなオレンジだった。
沈黙が長引いた。
そのうちに、アントンの後ろ髪が汗を帯びて、うっすら輝いてみえる。
平静を装うように両手をポケットに突っ込み、
自身を覗き込むフィロパトルにも笑顔で対応してはみたものの、
目を逸らした瞬間に表情が曇る。
さて、この沈黙を破るのはヴィトーのこんな言葉だった。
「……問題は出来るか出来ないかのそれだけでな」
ヴィトーは少し笑いながら、
ボールのようにオレンジを上へ放り、落ちてくると掴む。
この繰り返し。
以下、ヴィトーの視線はほとんどオレンジにだけ向いていた。
「次の目標地点は、エル・アラメイン。
4つの大隊と、おそらく1つの小隊の指揮を執ることになる。
フォーコレ……確か、スコルツェニーの部下だったな?」
「はい」
と側に控えていたフィロパトルが頷く。
「……という連中を従えて、テメェは勝たなきゃいけねぇ。
相手は分かっている。
ハーシェル・クリーブランドって、ナイルの神の腹心らしい。
大西洋連邦で大佐にまでなった腕利きだと聞いた。
野郎が昔どこぞで孕(はら)ましたガキだって噂もある。
真偽はともかく……厄介なヤツだと言えるだろうな。
やれるか?オマエに」
アントンの手がテーブルに乗り、顔がヴィトーの方に向く。
「……オバマで遅れを取ったオマエに」
鼻で笑うヴィトー。
「アニキ!俺だって!」
宣誓は許されなかった。
野球ボールのようにヴィトーはオレンジを投げたのである。
目標はアントンの顔らしい。
命中は、幸か不幸かしなかったが。
「あっ、危ねぇ……」
そう言いつつも、アントンの手はオレンジを掴んでいた。
「……どのみち、決行に一週間程度はかかるだろう。
今から行っても間に合う。行ってこい」
オレンジをゆっくりテーブルに置き、顔を上げる。
「いいんすか?アニキ」
「あぁ……俺の代理人だと名乗れば、連中も逆らえねぇ。
補佐官もつけてやる……補佐官は……」
アントンの目はフィロパトルへ向いていた。
フィロパトルはうっすら微笑みを浮かべて、これに頭を下げる。
「……フェイをつけてやる」
「えっ?」
アントンがゆっくり視線をヴィトーに向けたとき、
当のヴィトーは洋梨のヘタを掴むと、
ツタを曲げたり伸ばしたりして、指先で弄んでいる。
「フェイは武将として優秀だ。
モビルスーツパイロットにしてもいい。ボディーガードにもなる。
戦いに連れていくなら、アイツが一番いい」
ポキッと折れたヘタ。
それに飽きてか、顔を上げたヴィトー。
「……不満か?」
「いや……そういう訳じゃあ……ないんですがね」
再びフィロパトルをチラリと見るアントンだったが、
フィロパトルの方は彼に見向きもしてはいなかった。
その後、アントン含め諸衆は退散、皿も片付けられ、
部屋にはヴィトーとフィロパトルだけになった。
「奥さんに随分手を焼いてるそうよ?アントンくん」
「……俺の妹だからな」
笑いながら、ソースかワインだかで赤黒く汚れた唇を、
ナプキンで拭(ふ)いている。
「親父は大層な野心家でな。
カネと出世の為なら何でもする男だったよ。
アントンの親父は結構な資産家だった。政略結婚てヤツよ。
まだ小さかったガキ同士に結婚を約束させた。
向こうは親父の政治力をアテにしてな。
アントンは昔からうちによく来ていて、
ホントの兄弟みたいだって話をした。
兄貴も妹も、アイツを気に入っていたしな。
……まあ、アントンの方は、
昔からあんまり妹を気に入っちゃいないって風だったが」
掌を開き、テーブルの上に乗せる。
その手の平に乗っていたのは、あの折れた梨のヘタ。
「いつの間にこんなもん……まあ、いい」
ヘタをクロス引かれたテーブルの上へ。
「15年だ。
アイツは親父さんの為に15年も、
ロクに好きでもない女と添い遂げてきたことになる」
「それで……アントンのお父さんは今?」
「死んだよ。2ヶ月前に」