機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
『ノルマは達した……もう無理に出張る必要はないぞ?』
との呼び掛け。声の主はロコ・オツォである。
『……ホルローギンのヤツに合わせる必要はないんだぞ?』
「本気で……おっしゃっているのですか?」
『あぁッ?』
オツォの犬が唸るような聞き返しの言葉に、
コクピットに座す彼女は答える。
「今なら……殺れるんですよ?《フリーダム》を。かの伝説を」
後ろ姿を見れば、
目につくのは、後頭部のヘルメット末端より垂れた髪。
黒と茶色と、色の異なる毛がドレッドヘアよろしく束ねられ、
まるで首筋に絡まったヘビみたいで。
「少し打ち合ってみて……確信しました。殺れます」
両手よりそれぞれ2本ずつ指を伸ばして、
その指先を合わせて四角形を作り、
そこから手を胸の前へと突き出せば、カメラのフレームのようで。
この小さな枠の中に、《ヴェスティージ》が綺麗に収まるのである。
対して、画面越しにコクピット内を見るオツォの目に映るのは、
うってかわり、彼女の翡翠色の瞳がフレームいっぱいに光っていた。
『油断するなよ?相手は仮にも……』
「機体はともかく、パイロットは大した腕ではないかと。
こちらの暗器を見抜いたのは、恐らく偶然。
恐れるまでもありません……
少なくとも、本人でないことは明らかですから」
オツォはそれ以上、反論しなかった。ただ、
『……なるだけ早く帰ってこい』
とだけ言い残して、回線を切った。
もっとも、そんな上司の忠告も、
獲物を丸呑みにするヘビがごとく、
口を開けて敵を見据えた、この女の耳には届いていないようだった。
そう、慢心するのも無理はないことで、
現に俺は攻めあぐねていたのだから。
接近戦におけるモビルアーマーへのアドバンテージが、
このアルゴルには通用しないらしい。
しかし、距離を取ったとしても、決定打に欠ける。
……俺が、《ヴェスティージ》のスピードに慣れていないのを、
差し引いても。
『援護が必要ですか?』
ダイの声。
「いや、ここは俺一人の方が上手くやれる……」
『……了解』
回線の切れる音がした。
俺はひとまず、ビームピックを投擲した。
先程、ビームサーベル代わりに使っていたヤツだ。
そして、投擲する片手間に、ビームライフルを抜くのであって。
ピックの刃が、《アルゴル》の張ったリフレクターに阻まれる直前、
俺は上から下へ落ちる感じで、ライフルを撃ち込んだ。
被弾箇所より煙が巻き上がれば、
俺は逃げるように退避して、武器を持ち換える。大剣カーテナに。
突っ込んで来い。仕留めてやる、と。
これが《ダーティ》の煙じゃない以上、敵の座標は表示されている。
距離はまだしも、高度については感覚的には分かりにくいが。
弱点があるとしたら、上か下か。
もっと動物っぽい言い方するなら、背中か、腹か。
ヤツの手足は短い。本当にイノシシみたいに。
あのリーチなら、体の中心には手も足も届くまいて。
多分、チャンスは一度。
前進してきた《アルゴル》を、上に飛んで刺し殺すか、
下に潜って突き刺すか。
ヤツの砲口は恐らく上にしか向いていない。
下は……確認できていないから、ないというのは早計だろうて。
ここは、敵の攻撃がおおよそ予想できる上を。
……なんてゆっくり考えてた訳じゃないが、
ぼんやりと目的が分かった辺りで、煙がとぐろを巻くのが見えた。
来る。やはり、突っ込んで来る。
ビーム兵器の搭載位置からして、
砲撃中はリフレクターを同時に張って身を守るってのは、
出来ないだろうから、バカに発砲してこないのは分かっていたが。
まあ、後退するメリットもなくはないが、
相手が退いたなら、状況はリセットされるから。
そんな訳で、前進してくるのは、おおよそ分かっていた。
とにかく、前に出たんだ。
流石に瞬発力はこちらが上で。
リフレクターを張って、体を守っているが、関係ない。
むしろ、砲火が待っていないだけ、有利なくらい。
左へ避けた。荒ぶる闘牛の突進を避けるマタドールみたいに。
相手も方向転換の素振りを見せるから、
狙いをつける余裕はなかったが、
それでもリフレクターの隙間、そして腕のリーチ外となる、
左の脇腹に目掛けて、カーテナの先端部を槍よろしく突き出す。
勝利を確信した。しかし……
「……掴んだ、だと?」