機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
……4月7日まで遡(さかのぼ)る。
窓辺のテーブルと回転イス、そこに腰かけたオートクレール、
その背中にブラインド越しの夕暮れが射し込み、
男の肩にかかる程長い白髪のほとんどが赤く染まっている。
ここまでは、先日と同じシチュエーション。
ただ、中央のテーブルに腰かけた人物が違うらしい。
「北山に行ったんだよ。この前ねぇ」
オートクレールは語る。
「それはまた、遠出されましたねぇ。お一人で?」
テーブルの男が間延びした言い方で、そう言葉を返す。
「……あぁ」
「い、け、ま、せ、ん、よォ……」
言葉の一言一言に笑みを混ぜながら、そう話す相手。
「……お立場もありましょうにィ」
「まぁ、聞け……良いところなんだぞ?あそこは。
人工とは思えん。昔ながらの田園風景でなぁ~」
「昔からお好きでしたもんねェ……自然が」
白いコーヒーカップを握る男の腕。
カップの上に僅かに顔を出す、茶色くドロドロのコーヒー。
それがゆっくりと、男の口元へと運ばれていく。
「何時でしたっけェ?……あれは」
「おおう?」
「ロバに乗って、田舎道を歩いたことがありましたねェ……」
オートクレールの顔が少し綻(ほころ)ぶ。
「古き日本風の庭園を覗いて……
あぁいうところに住みたいものですねェ……
なんて話したのを覚えていますよ。
確かァ……あれは、もう、10年は前でしたっけねェ?」
そんな話をしていると、ドアがゆっくりと開いた。
時刻は19時06分。
ドアの隙間からは、今度は白っぽい金色の前髪が覗いた。
「……殿下」
部屋の中央のテーブルから、そんな声が。
「あぁ……」
オートクレールは爪を研いでいた。
下がっていた顔が上がり、視線が開かれたドアの方へ向けられる。
立っていたのはノエル。それと、一歩後ろでリョウの姿もある。
少し腰を曲げ、室内を見渡すリョウの目が、
中央のテーブルに向いて。
「……あっ」
コーヒーを飲む男。
その際に、少し前屈みになった、その男の後頭部が見えた。
それは丸刈りなのだが、頭頂部が禿げ上がっており、
奇しくも、ハート型を描いていた。
「ご一緒でしたか……シーザー・ルチアーノ長官」
「えぇ……」
ゆっくりと向き直り、ソファーより足を出す。結構長い。
「いやぁ、久しぶりだねぇ。秘書くん」
お辞儀するシーザー。
「……話は聞いてるよ。いやぁ、申し訳なかったねぇ」
そんなシーザーに対して、ノエルは、
リョウにアイコンタクトを送った後で、シーザーに向き直った。
「南米も……何かと物騒だと聞いています」
「あぁ……全くもって、そうなんだよ。これが」
シーザーがテーブルにコーヒーを置けば、食器の音がキンキンと。
「すみませんが……私はオートクレール殿下にお話が」
「……あぁ、そうかい」
コーヒーを置くにあたり、一度向き直っていたシーザー。
その体勢のままで、静かに動きが止まる。
シーザーの背中側を通り過ぎ、窓際へ向かうノエル。
なお、リョウの方には動きはない。
ノエルの足がテーブルに至ると、
彼は大きな巻物をやや荒っぽくテーブルに置き、勢いよく開いた。
それは地図らしい。区画された町並みに、
スペイン語で表記された店や家が並んでいる。
「コルドバの地図です……」
「紙で用意するとは、君も古風だねぇ……」
シーザーが呟いた。
体勢はそのまま、少しだけ顔をシーザーに向けるノエル。
「街全体の……おおよその配置を、覚えていただきたく」
「そう、かァ……」
そうしてノエルから目を離したシーザーが、
次に目を向けたのは、ドアの前になおも控えるリョウの方で、
彼が軽く会釈をすれば、リョウも会釈で返した。
話の方はしばらくして方がつき、
「それでは」
との一言と共に、地図は閉じられ、ノエルも踵を返す。
出口へと向かうノエルの足。
その身が中央のテーブルの横に差し掛かったところで、
「……お父さんとは、あまり似ていませんなァ」
なんて言葉をシーザーが漏らした。ノエルの足が止まる。
「丁度……ホルローギンさんとも、その話になったんですがね」
「……『父ほどの天才でもなければ、母ほどの根性もない』、
ホルローギン・バータルさんが?」
そう名前を呼ぶと共に、振り返るノエルの横顔。
「そういう言い方は……よく、ないなァ……」
「……どのみち、アナタほどではありません」
目を丸くするシーザー。
「……では」
そう振り返ると、ノエルはそのまま進み、部屋を出ていった。
リョウもそれに続く。
その頃になって、シーザーはハハハと笑う。
「……相変わらず、無作法なヤツだろう?」
オートクレールが言う。
「いえいえ」
頷くシーザー。
「今回の騒動で……最後まで反対の立場を取ってきた彼だ。
これぐらいの貫禄はあってもらわないと、私も困りますよ。
正に……父の才能と、母の根気を受け継いでいる訳だ。
楽しみですねェ。彼の将来が」
そう言い、彼が口に運ぶコーヒーカップ。
言い忘れていたが、そのデザインは独特で、
色は真っ赤で、そこに黒で双頭の鷲が描かれている。
そんなものだ。
「……反対派に、潰されてしまわねば、よいのですが」
そうしてシーザーの口角がクッと上がった頃、
ぽーっと立ち上るコーヒーの湯気の奥で、
デジタル時計が19時39分を指し示していた。