機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
金槌型の小柄なうすら橙色の電灯が照らす、ほの暗い寝室に、
純白のベッドに腰を据えた、ルシア・アルメイダの姿はあった。
「……どういうことです?これは」
ベッドの縁(へり)に置かれた彼女の青いスマートフォンが、
奇しくも部屋を覆うオレンジ色の補色ということで、
思いの外、目立って見えた。
少なくとも、ピンク色したアルメイダ自身の髪より、はるかに。
「ご約束なされたではありませんか?
私を、南米方面軍の司令官に推挙していただけると」
『あぁ……確かに約束しましたがね』
そう答える、声の主はスコルツェニー。
ヨーゼフ・スコルツェニー参謀長、その人である。
「では?」
指と指を合わせて、右斜めに傾ける。
これに合わせて、首も同じ向きに軽く倒した。
このとき、もし彼女の前に鏡でもあったなら、
自分の顔を見て、精々顔を真っ赤にでもしただろう。
いや、面の皮の厚いアルメイダという女のことだ。
案外、平然と話を続けるかもしれない。
……随分、脱線したが、
ひとまず、バカにニヤついたアルメイダのバカ面を想像すれば、
おおよそ当たっていよう。
『申し訳ないが……「円卓会議」の決定には、私も従わざるを得ない。
仮に、それが「盟主」のご意志であっても……ね』
アルメイダの口角がゆっくりと下がる。
そこから続く、スコルツェニーの弁明を他所に、
アルメイダは電灯の下の小棚へと手を伸ばした。
『あくまでも、臨時の「会議」における決定は、
南米方面軍結成の否認と、一部方面軍の配置換え』
アルメイダは聞いているのか、いないのか。
その棚の二段目を、
袖の奥からスッと出した小さな銀色の鍵で開けると、
音もなく棚の上に鍵を置き、また音もなく引き出しを開ける。
鍵がかけられていた割には大したものは入っていない。
ただ、キューバ産の葉巻を入れた片手ぐらいの大きさの箱が2、3、
蓋はされずに並んでいた。
『そして、貴女の上司であられるヴィトー・ルカーニア司令は、
この度、オルランド・マッツィーニ司令と交代となり、
ヨーロッパ方面軍に異動となられた』
話の間、アルメイダはまるで聞こえていないといった風に、
一番手近にあった葉巻を一本抜き取る。
ここから先は、流石に音を立てずに、というのも無理な話と見て、
マイクを切る。
これでアルメイダの方の音声は、もう聞こえない。
葉巻を噛み、ポケットより出した使い捨てのライターで焙る。
そんなこと知らないスコルツェニーの話は続いて、
『これも既にお聞きのことと思うが、
プリュトン・ギドー大隊長の除隊に伴い、後任人事で、
アルメイダ中隊長を大隊長に取り立ててもらうよう、
私の方から話はつけておいた。
……勝手とは承知の上だが、
この度はそれで我慢してもらえないだろうか?』
そこまで続いた。
流石に、そのまま葉巻に火を点ける余裕はなかったアルメイダ。
マイクをオンにするが、
「……ハァ」
という溜め息だけ聞かせて、またマイクを切った。
挑発のつもりか、何か。
少なくとも、沈黙が生まれたことには違いなくて。
10秒程度、スコルツェニーの吐息だけ微かに聞こえてくる中、
アルメイダは葉巻の先に火を点す。
『では……こうしてはどうだろう?』
アルメイダの表情が少し変わる。
ほんの僅かではあるが、苦々しい顔がいくらかマシになった。
『……君には、ヨーロッパ方面軍に言ってもらう』
相手に聞こえないのをいいことに、
「フン」
と呆れた調子に鼻を鳴らすアルメイダ。対して、
『ここだけの、話になりますが……』
そう語り出すスコルツェニー。
『……誰にも、聞かれてはなりませんよ?』
アルメイダはスピーカーを切り、スマートフォンを耳に当てた。
そこから数秒後、彼女の表情は徐々に解れていく……
「……了解しました。はい。
参謀長のおっしゃる通りで。ええ。
必ずや、ご期待に添える活躍を遂げてご覧に入れます。ええ。
失礼します」
そこまで言うと、通話を終了させた。通話時間53分。
……と、同時に、録音時間もまた53分であった。
「……さてと」
再生すると、確かに音声は入っていた。
『……どういうことです?これは。
ご約束なされたではありませんか?
私を、南米方面軍の司令官に推挙していただけると』
『あぁ……確かに約束しましたがね』
『では?』
『申し訳ないが……「円卓会議」の決定には、私も従わざるを得ない。
仮に、それが「盟主」のご意志であっても……ね』
……なんて、先程の会話が再生された。
「フッ」
とほくそ笑むアルメイダだったが、
すぐに別の番号に電話をかけ始めることとなる。
「あぁ……オルランド?聞こえる?少し、話があってね……」
声色を変えて、そう話し始める彼女の隣では、
灰皿の上でまだ長いままの葉巻が静かに煙を燻(くすぶ)らせていた。