機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
盤面から弾かれたパチンコ玉みたいに、
戦艦『フレイヤ』より排出された俺の《ヴェスティージ》は、
アオスジアゲハよろしく、暗い宇宙に青い翼をはためかせながら、
徐々に降りていく。
上も下も定かじゃない宇宙空間で、
降りるとか下がるって表現が適切かは知らないが。
とにかく、目標となる場所が下に見えていたことには違いない。
目標地点は、軍事要塞『オバマ』。
サザエの殻を思わせる、灰色で歪なこの三角錐からは、
花びらみたいに均等に、ビーム砲がいくつも顔を出している。
『……「オバマ」に次ぐ』
ルカーニア艦隊の「若頭(アンダーボス)」アントン・ランスキーの声。
やることはわかっている。
『テロ勢力「ザフト脱走兵」の幹部が、
寄港に潜伏しているとの情報を得た。
早急な引き渡しを願う。
反対するというなら、実力行使を辞さない……』
早い話が宣戦布告。あるいは恫喝(どうかつ)だ。
ただ、『オバマ』側からの返答はなく、
代わりにサザエより顔を出す例の砲の一門が、
ゆっくりと立ち上がり、
自身の頭上を脅かすアゲハチョウに砲身を合わす。
その様は、高い枝へとその身を伸ばす芋虫のようでもあって。
砲口がこちらに向き、放たれるまで2、3秒程度。
はっきり言って遅すぎる。
こちらには、放たれたビームを避けた上で、
逆にビームライフルで撃ち返す余裕すらあったのだから。
被弾し、あっさりへし折られた砲身。
あとには、
鳥に啄(ついば)まれた後の姿にも似た、
哀れな芋虫の残骸が残っていただけ。
『全軍……突撃!』
アントンの叫び声。
これを嚆矢(こうし)として、このサザエ擬(もど)きの身の上に対し、
ビームの雨が降り注いでいく。
最初は薄い水色のような、緑色のような色をした、
ビームの膜が張り巡らされ、
サザエのボディを守っていたのだが、やはり手数の問題か。
雨粒のいくらかが発生装置を直撃し、この膜に穴を空けてしまった。
ここまでに、恐らく1分もかからなかったろう。
かつサザエの頭上を脅かすカラス似の黒き《ジズ》の群れには、
芋虫の唾に撃ち落とされたものはおろか、
傷ついたものすら見当たらない。
ただ、玉ねぎの皮でも剥(む)いてくみたいに、
蒼い薄皮みたいなビームの膜が消えていく。
その間も、雨は止まない。
降り注ぐ桃色の雨が、サザエの表面を少しずつ傷つけていき、
あちこちで煙を上げ始めている。
その姿は、金網の上で焼かれるサザエに似ていた。
時間としては、そんなこんなで2、3分ほどは経った後だったか。
『……突入!』
と声を荒らげるアントンの号令に、
不揃(ふぞろ)いなカラスたちが魚群みたくまとまり、
獲物を襲う猛禽類(もうきんるい)がごとき素早さでもって急降下、
サザエより上がる煙の中へと消えていく。
俺はそんな様子を、しばらく上空から見下ろしていた。
コクピットの画面下部に映る機体後方の様子には、
ヴァイデフュルトの《ジズ》と、ダイの白き《Im/A-P》の姿がある。
それに今、アレハンドロの《アビス》まで合流した。
カブトガニみてぇなモビルアーマー姿の方で。
『副長!』
ダイがそう急(せ)かす。
後方に佇(たたず)む『フレイヤ』よりは、
丁度カオスが射出されたところ。
円柱型のポッドが機体より分離して、
一気に前進していくのが見えた。
「ああ、わかってる」
右に直り、機体の半身を後方の部下たちへ向ける。
「俺たちもそろそろ……」
そう言いかけたときだった。
『副長!後ろ!』
同じ頃、かの大船『ベルフェゴル』では。
「……アントンの小隊29機の突入を確認しました」
とのオペレーターの声に続いて、
「順次各隊にも突入させよ」
なんてフェイ・デ・カイパーの指示が。
ブリッジ前方を覆う映画館のスクリーン顔負けな大画面上で、
居並ぶモビルスーツの群れが、
蜘蛛(くも)の子でも散らすように動き出したかと思えば、
やはりサザエの方に急降下していく。
ただ、およそ最も遠方に見える『フレイヤ』の周囲だけを除けば、
暗い宇宙に紛れた黒いカラスどもの姿は、
その一切が消え失せてしまった。
さて、ブリッジ中央では、
例によってヴィトー・ルカーニアが偉そうにふんぞり返り、
眉をかいていたかと思えば、呑気に欠伸(あくび)までした。
欠伸の音に振り返った傍らのフェイは渋い顔で、
ルカーニアを見下ろす。
視線が合うが、ルカーニアは笑うだけ。
依然、その余裕寂々という態度を改める様子はない。
「……睨むなよ、フェイ。こんなもん、ただの戦争じゃねぇか?」
ニィィと口角を上げるルカーニアの表情の意味を、
フェイはまだ知らない。