機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
「……おう、俺だ」
そこはホテルの一室。
背丈以上もある大きな窓の外には、荒れ狂う暗い海が見えていた。
窓はそのまま姿見の鏡となり、
イスにだらしなく腰かけるバスローブ姿のヴィトー・ルカーニアと、
その手が握るワイングラスへと、
その語の意味するところと同じ、血のような赤い色をした、
サングリアというワインを注ぐ女性。
長い黒髪を背中まで垂らし、こちらもローブ姿という、
この彼女の名前はコマチ。
なお部屋はアロマキャンドルなんて焚いて、
その微弱な灯りでもって、辛うじて視界を維持しているばかり。
聞こえてくる物音も、
ワインの注がれるごく小さなものを除くとすれば、
他になく、そのため、
『お疲れさまです。ルカーニア司令』
という電話相手の声が優に聞こえた。
「……ご機嫌麗しゅう、参謀総長様々。
あなた様ともあろうお方が、私のごとき凡愚に、
一体、何の御用が御座いましょうか?」
なんてくさい芝居で返すルカーニアに、
『……お気付きのことと、存じますが』
と平然と返す参謀長ヨーゼフ・スコルツェニー。
「相変わらず……つまんねぇヤツだな。ジョセフゥ?」
右足を振り上げ、左足に乗せるルカーニア。
その動作とタイミングを同じくして、
スコルツェニーの息を飲む声が聞こえてくる。
『……挑発のつもりですか?』
「いいや、ただの洒落(しゃれ)だよ」
『……そうですか』
ルカーニアが笑う。
横ではワインを注ぎ終わったコマチが、ゆっくりと手を引いた。
それを確認してグラスを浴びるように、
らっぱ飲みするルカーニアには、コマチも驚いたようだが。
「……フゥゥゥ、ヒヒヒッ」
荒っぽく後ろにあった木製のテーブルにグラスを叩きつけると、
その手で口元より溢(あぶ)れた酒を拭う。
そんな下りを終えたところでスコルツェニー方から、
『よろしいか?』
との問いが投げ掛けられた。
「……ええ、どうぞ」
『データは……ご確認いただけましたでしょうか?』
「データ?……あぁ」
振り返れば、
コマチが机上にノートPCを開くと共に、
跪(ひざまず)く体勢を取っていた。
スマートフォンを耳から離して、逆の手をコマチの頭の上に置いた、
ルカーニアは、
少しばかり彼女の体を引き寄せると、掠れるような声で、
「よくやった……後で可愛がってやる」
そう囁き、赤面させる。
さてPC画面を覗いてみれば、ウィンドウ内にファイルがある。
試しにそのひとつ、《GAT-04R3》というものをクリックしてみれば、
時計回りに回転するモビルスーツの3Dモデルが表示される。
──このモビルスーツは《ウィンダム・ハイマニューバ》といい、
本来は線の細く、白と青からなるカラーリンクが特徴の、
7年前の量産機《ウィンダム》がベースである。
とはいえ、
《ブルデュエル》にて採用された増加アーマーを発展させた、
専用兵装フォルテスラ・ノヴァにより機体強度を底上げされており、
見た目ひとつ取っても、
線は太くなり、色も赤く、
そして肩に乗った《ハイザック・カスタム》由来の、
大型ビームライフルが目を引く。
そんな、大西洋連邦の量産型モビルスーツである……
「随分と、しっかりしたデータですなぁ……えぇ?」
『大西洋連邦に派遣した諜報員と、
西ユーラシア連邦の情報提供を元に作製したものです。
信憑性は高いかと』
「……《ワイルドダガー》もあらぁ」
一連の様子を少し離れたところで見ていたコマチは、
話に夢中な上官が聞き逃している、足音を先に察知し、
振り返った。
ルカーニアは気付いているのか否か、反応を見せない。
『それよりも……見ていただきたいものが』
「……これですかい?《GAT-X142》っての」
『……ハイ』
近付く足音が気になるコマチは、ドアの方へと進んでいく。
勿論、自分は足音を立てぬよう、細心の注意を払いながら。
「……こりゃ、興味深いもんでぇ」
なんて呑気言うルカーニアの傍らで、
部屋の前に達した足音が止む。
コマチの表情はひきつっているが……
そうしている内にインターホーンが鳴って、
『フレイヤ大隊より……シン・アスカです。ご挨拶に参りました』
振り返るコマチに、ルカーニアは首を振って、
開けてやれと指示を出す。
ドアの脇にあった認証装置に指を翳すと、
「……どうぞ」
とインタホーン越しに返事するコマチ。
間もなく自動ドアが開かれ、俺は部屋に入った。
右手側でローブ姿のコマチに怪訝な顔で見つめられながら。
スマートフォンをまたも離したルカーニアは、
「……いいときに来るじゃねぇか」
と笑った。このときの俺は、まさかPC画面に、
あの《デスティニー》に瓜二つのモビルスーツが3Dモデルの姿で、
映っていることなど、知る由(よし)もない。